保立さんの「現代語訳 老子」を少しずつ読んでいる。
※本の概略についてはこちらを参照
■第2部 星空と神話と「士」の実践哲学
第三課 「士」の矜持と道と徳の哲学
話は神話の世界から「士」の世界へ進んでいく。
まず、「士」とは何ということである。
「士」とは、中国の春秋戦国時代に王や卿・太夫といわれた上級貴族の下にいた、中下級の氏族の長、地主や官吏の身分をいう。彼らは徐々に地位を上昇させて文武の職能をもって統治の責任をとる身分として確立した。これが東アジアの「士」の時代の開始であって、日本の武士もその一つである。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p228
更に、「徳」についての説明が続くのでこちらも紹介しておく。
「徳」は実際に「はたらき」「いきおい」と読む。これは現代日本では普通は知られていない意外な読み方であるから、以下まず「はたらき」という読みから説明すると、この読みは、諸橋轍次『大漢和辞典』にも「はたらき(能力、作用)」として載っている。そもそも、普通、「徳」の意味は「心に養い身に得たるもの」とされるが、それをもっと端的にいえば「良いはたらき」ということになる。(中略) ただ、「善」と「徳」のニュアンスに少し違うところがあるのを示すのが、「徳」の「いきおい」という二番目の読み方である。「徳」はただの「善の用き」ではなくて、常同的な「いきおい」をもった「善の用き」なのである。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p230
さて、本題に戻ると取り上げられるのは原典23章である。
【現代語訳】
その告げることに従って道にある者は、道と一体になることができる。あるいはこの声の徳(いきおい)をうけ容れれば徳(いきおい)を同じにすることができる。ただ、もしこの声が聞こえなくなると、人は喪失と絶望の運命をたどることになる。
【書き下し文】故に事に従いて道なる者は、道に同じ、徳なる者は、徳に同じくす、失なる者は失に同ず。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p235
保立さんは「この声」とは、「道」が微かに発する声だという。
また「失」については、それまで聞こえていた道の声が聞こえなくなった衝撃を読んだと言っている。
個人的にはここに、善なる心の声を読んだ。
この声は欲にまみれるほどに聞こえなくなる。
とは言え、これは現代的な読み方かもしれない。
二千年以上も前の時代にあっては、自意識の概念とあり方が違った可能性がある。
現代ではアイデアの閃きと言われるような経験が、神からのお告げと言われていたかもしれないということを指摘しておきたい。
次に「士」の実践について、原典41章が取り上げられる。
【現代語訳】
上等な士は、「道」を聞けば理解して実践につとめる。中等の士はよくわからず半信半疑で、士で最悪のものは馬鹿にして笑いだす。逆にいえば彼らが笑わないようでは「道」とはいえないのかもしれない。
【書き下し文】上士は道を聞かば、勤めて之を行なう。中士は道を聞かば、存(あ)るが若く亡(な)きが若し。下士は道を聞かば、大いに之を笑う。笑わざれば以(も)って道と為すに足らざるか。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p241
保立さんはこの章を、あるべき様としての「道」とその実践としての「徳」という対応を設定をしている部分ではないかと言っている。
個人的に感じたのは、実に痛烈にしてシニカルだということであった。
道の声を聞いて実践せよと言っているわけだが、そもそも道の声というものがしっかりと聞ける者でなくてはならないのだから、まず道の声が聞こえる者であれと当たり前のように言っているのである。
痛烈である。
そして道の声がしっかりと聞こえる者ではないということは、「道」に対して半信半疑であるか、知らず知らずのうちに馬鹿にして笑っている者であることになる。
恐ろしいことである。
更に、「逆に言えば……」という部分は補足であるから無くてもかまわないのに、わざわざ「士で最悪のもの」が笑うことが道の証明ですらあると加えている。
なんたる皮肉であろうか……痛いなぁ……
尚、原典41章の後半部分には有名な「大器晩成」という四字熟語が含まれているが、保立さんは「大器」のはたらきは容易ではなく予測できないという意味合いを考慮して、「大きい器はまとまりにくく」(p241)と訳している。
それにしてもあまりに痛いので、以降は次の記事とする。
▼保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書2018
【目次】
序 老子と『老子』について
第1部 「運・鈍・根」で生きる第一課 じょうぶな頭とかしこい体になるために
第二課 「善」と「信」の哲学
第三課 女と男が身体を知り、身体を守る
第四課 老年と人生の諦観
第2部 星空と神話と「士」の実践哲学第一課 宇宙の生成と「道」
第二課 女神と鬼神の神話、その行方
第三課 「士」の矜持と道と徳の哲学
第四課 「士」と民衆、その周辺
第3部 王と平和と世直しと第一課 王権を補佐する
第二課 「世直し」の思想
第三課 平和主義と「やむを得ざる」戦争
第四課 帝国と連邦制の理想