前回記事の通り、 保立さんの「現代語訳 老子」を少しずつ読んでいる。
※本の概略についてはこちらを参照
今回は、
の残りの部分、
第七講 自分を知る「明」と「運・鈍・根」の人生訓
である。
ここはまたひとつ、非常に重要な部分であるので、まず原典33章について引用する。
【現代語訳】
人を知り、義論するのは「智」。自分の心を照らすのは「明」。人に勝つのは力があるが、自らに克つのが本当の「強」である。足るを知れは豊かになるが、「強」をつらぬくのを「志」があるというのだ。自分の世界を大事にして命を「久」しくすることもいい。しかし死を懸けても「志」を忘れないものは、最後に笑んで「寿(ほぎうた)」を聞くことができる。
【書き下し文】
人を知るは智、自らを知る者を明とす。人に勝つ者は力有りといい、自らに勝つ者を強とす。足るを知る者は富み、強を行うものは志有り。その所を失わざる者は久しく、死しても忘れざるものには寿あり。
【解説】本章は、①「人を知る智」と「自からを知る明」、②「人に勝つ力」と「自らに勝つ強」、③「足るを知る富」と「強を行う志」、④「所を失わざる者は久」と「死しても忘れざる者は寿」は四つの対句からなっている。老子はこの四つの対句の前の句のいうことは外面的だとし、後の句が大事だという。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p54-55
そして保立さんは、他の章で「知足」ということを説きながらここではそれよりも「強を行う志」が重要としている意図を十分に汲み取らなくてはいけないという。
「強を行う志」は「運・鈍・根」の人生訓の「根」に相当するものであり、これを忘れない者に寿がある。
この保守主義一辺倒でないところに老子の本質があるという。
色分けして整理すると下記のように、一般的な社会的な強さ(黒字)、老子の保守主義的な強さ(青字)、老子の革新主義的な強さ(赤字)というように階層をなしていると見ることができる。
①「人を知る智」と「自からを知る明」
②「人に勝つ力」と「自らに勝つ強」
③「足るを知る富」と「強を行う志」
④「所を失わざる者は久」と「死しても忘れざる者は寿」
確かに保守主義だけでは、富んで長生きすることはできようが、それは何のためであろうかという疑問が残る。
禅のように悟りを目的とする在り方を自己目的化した保守主義と見ることができるのに対して、保守主義であることの意味を問う考え方には中国古代哲学の持つ実践志向があるように思われる。
とは言え、出家僧においては仏の教えを実践して伝えていくという使命がありこれを志と見れば、禅もまた自己目的化した保守主義ではないし、在野の者にあっては老子の革新主義的な強さは実の所非常に重要な意味があると思われる。
保立さんはこの第七講の終わりに、「自からを知る明」についてとギリシャ哲学における「汝自身を知れ」という考え方との共通性を指摘している。
この記事では、私の人生テキストの一冊であるソロー「森の生活」との共通点を考察して終わりたい。
※ソローについてはこちらを参照
保立さんは「自からを知る明」には自らを内省するという意味だけでなく、原典52章の「小を見るを明」を挙げて微かなものを見ることが含まれているとしている。
ソローもまた、ものごとをよく見るということの重要性を強く述べている。
見るべきものをつねによく見る、という訓練に比べれば、たとえその内容がどれほどみごとに選ばれたものであろうと、歴史、哲学、詩などの講義は取りに足らないし、最高のひとびととの交際、あるいはこのうえなく立派な平素な暮らしぶりなどにしても同様である。
※ソロー「森の生活(上)」岩波文庫(飯田 実 訳,p201)より引用
ウォールデン湖の森で自給自足の生活をしたソローはまた、次のようにも述べている。
私が森へ行ったのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、死ぬ時になって、自分が生きていなかったということを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである。
※ソロー「森の生活(上)」岩波文庫(飯田 実 訳,p162)より引用
ここには「強を行う志」と「死しても忘れざる者は寿」との共通性を見ることができる。
ソローが「老子」の英訳を読んでいたということがあったのかどうかは未確認であるが、いずれにせよ保守主義の上に「志」とその実践が問われていかねばならないのである。
▼保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書2018
【目次】
序 老子と『老子』について
第1部 「運・鈍・根」で生きる第一課 じょうぶな頭とかしこい体になるために
第二課 「善」と「信」の哲学
第三課 女と男が身体を知り、身体を守る
第四課 老年と人生の諦観
第2部 星空と神話と「士」の実践哲学第一課 宇宙の生成と「道」
第二課 女神と鬼神の神話、その行方
第三課 「士」の矜持と道と徳の哲学
第四課 「士」と民衆、その周辺
第3部 王と平和と世直しと第一課 王権を補佐する
第二課 「世直し」の思想
第三課 平和主義と「やむを得ざる」戦争
第四課 帝国と連邦制の理想