コニー・ウィリスSF『ブラックアウト』と『オールクリア』 | 高井戸の住人のブログ

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今年の1月末から1ヶ月ほどかけて、コニー・ウィリスのタイムトラベルSF『ブラックアウト』『オールクリア』(各文庫版上下)を読んでいました。
西暦2060年のイギリス・オックスフォード大学の史学生たちが「ネット」と呼ばれるタイムマシンで過去に行くというものの続編。
今度の舞台は第二次世界大戦下のイギリス。
『ブラックアウト』はドイツ軍による空襲時の"灯火管制"、『オールクリア』は"空襲警報解除"を意味します。

SFとしてはほとんど学問的な話は出て来ません。
ストーリーの紡ぎ方と表現の妙がこの著者ならでは。
読んでいる自分まで戦時下のロンドンに没入して3人の史学生と行動を共にした気になれました。

👱‍♀️ポリー·チャーチル:オックスフォード大学の女学生。1940年9月15日のロンドンにデパートの店員として降下。空襲下のロンドン市民の過ごし方を観察。

👩メロピー·ウォード(アイリーン):オックスフォード大学の女学生。1939年12月ウォリックシャー州バックベリーの領主館のキャロラインの使用人として降下。疎開児童の観察。

👱マイクル·デイヴィーズ:オックスフォード大学の史学生。1940年5月29日ダンケルクの対岸に新聞記者として降下。英仏撤退戦の英雄たちを観察。


👨ダンワージー教授:オックスフォード大学史学科の教授。シリーズ全部に登場。

🙋‍♂️コリン:高校生。教授の助手として働きたい。『ドゥームズデイ・ブック』のときは子供だった。

そのほか3名ほどの史学生たち+αが登場します。


史学生たちの降下場所と初期の移動。
イギリス南東部。


"降下"というのはオックスフォード大学の研究室にあるタイムマシンで過去の時間と場所を設定し人が過去に行くことを言います。
戻って来るときは、研究室の方で同じ地点でカーテンを開け閉めするように時間の扉を開けて、人がそこに入って"回収"するという"ファンタジー"なしくみ。
過去にしか行って戻って来ることしかできない、らしいです。
またもちろん過去を変えてしまうような事をしてはいけないし、あるいは"時間"のほうも過去を変えてしまう人物をその時代、場所には近づけないように振る舞う、らしいです。

当然、その時代の人に目撃されてはならないので降下・回収地点に近づくときは注意が必要で、研究室の方も目撃される可能性があったりすると時間の扉を開けないようにするなど、機能させる上での制限もいくつかあります。

さて3人の回収地点に問題が発生して、メロピーとマイクルはポリーを頼って空襲下のロンドンに集まります。

下記のあたりで大変なドラマが展開されます。


ここで冒頭から非常に気になったことがあります。
"Battle of Britain underground"などで検索すると出て来る以下の写真。

なんとロンドンの地下鉄駅構内に市民が避難しているのです。
線路に吊ったハンモックで寝る子供たち。
トランプゲーム。笑顔。
線路にお客さん、ホームに演奏家。

ロンドンの市民は家やアパートの庭に掘った防空壕のほかに、こうした地下鉄駅構内や大聖堂、教会の地下室などで空襲を凌いでいたのです。

「日本の戦時下で地下鉄に避難という話は聞いたことがないな。」と思って調べたら
思わぬ記事に行き当たりました。

貴族院防空委員会で当局言明
「空襲下における地下鉄避難行わず」
どうやら日本は公式には駅地下への避難は認めず「逃げずに空襲で発生した火を消せ」ということだったようです。
。。。なんたる。。。!

物語冒頭。
ポリーは最初に逃げ込んだ教会の地下壕で有名な俳優ゴドフリーに会い、その場に居合わせたみんなで地下鉄駅構内で演劇を披露することになります。
メロピーは疎開先で出会った孤児同然の姉弟の面倒を見ることになり、マイクルは行く予定のなかった危険なダンケルクに行って脚に重傷を負ってしまいます。

果たして3人の史学生たちは2060年の現代に無事に帰れるのか!?

著者は本書を書き始めるにあたって当時の空襲体験者の人たちにインタビューしたそうで、当時のリアルな模様が描かれていました。
地方の領主が戦争奉仕の一環として疎開児童を預かったり、ドイツ軍の暗号を解読するためにパズル好きな人間をスカウトしてブレッチリーの町に集めたり、ノルマンディー上陸作戦前に上陸場所を欺く欺瞞作戦があちこちで展開されたり、英国に派兵されて来た米軍兵士と英国女性との付き合いがあったり、、、といろいろな光景を堪能できました。
さまざま登場人物も「こういう人いる!」という描き方をできるのはこの著者の最大の長所のひとつ。
さらに「この人物は一体誰なのか?」と推理しながら読むミステリー要素も十分でした。
意外な展開や、登場人物と入れ替わって凝視してしまうような印象的なシーン(戦勝記念の日)もありました。

コニー・ウィリスはたしかに頭ひとつ以上天井を突き抜けている作家だと思います。

「ネタバレ」のあらすじも書けますが、この著者の良さは臨場感なので私のまとめメモを書いても不粋・陳腐なのでやめておきます。



訳はやっぱり大森望氏。
大森氏の本の選択はピンポイントで、訳も現代の人間に馴染みやすく良く考えられていると思います。
次は中国SF『三体』を読む予定。

※過去に紹介したコニー・ウィリスの小説。