コニー・ウィリス『航路』〜臨死体験•医療ミステリー | 高井戸の住人のブログ

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蒸し暑い日々が続くので、出来るだけエアコンの効いたところで、面白いSFを読もうと探していたら出て来ました。

『航路』(2001年)。
著者はコニー・ウィリス。現在71歳。
読んだあとに知ったのですが『アメリカSF界の女王』と言われているそうです。
今の今まで知りませんでした…。

翻訳した大森望という人は良作をうまく翻訳し続けている人のようです。

近所の区民センター図書館に上下巻ともありました。
分厚い文庫本なので、ちょっと立ち読みしてしばらく迷ったのですが、お試しのつもりで上巻を借りて来ました。

そうしたらシドニー・シェルダンみたいに読み始めたら、なかなか本を置けないという危険な本でした。
大森氏も最初原作をちょっと読み始めたら止まらなくなってしまったようです。

この小説のテーマ『臨死体験』というのは、死んだかと思われた人が蘇生してお花畑を見たとか三途の川でご先祖様に会ったとかいった話をするあれです。

この小説では、認知心理学者のジョアンナと神経内科医のリチャードが臨死体験中に患者や被験者の脳の中で何が起きているかを科学的に解明して、死にかけている人を蘇生する治療法に結びつける研究を進めて行こうという話です。

むかし映画で『フラットライナー』(
心電図の波形が一直線になる=死)というホラーがありましたが、こちらはヒューマンタッチな医療ミステリーでした。

人間は心停止すると4〜6分で脳死が始まるということですが、実験では薬物を被験者に投与して臨死時と同じような"幻覚"を起こして被験者に見てもらい、その時の脳をスキャンしておいて目を覚ましたら活性化した脳の部位と比較しながら何を見たかをインタビューするというものです。
それによって臨死体験中に脳のどこが働き、どんな神経伝達物質が分泌されるかなどを突き止めるというもの。

しかし臨死体験シミュレーションを適切に報告してくれる被験者に不足してジョアンナは自分自身が潜ることにします(=臨死体験する)。
そして意外な光景を目にします。
しかもほかの臨死体験者と同じように「あれは夢ではなく現実だったのでは!?」と疑い始めます。

ジョアンナは謎の解明のために何回も潜って、ある場所に行きます。
毎回「その先を行くとどうなっているのか!?」と楽しみになって来ます。
すっかりこの本の術中にハマってしまいました。


主人公2人以外にこのストーリーを面白くしている3人の登場人物も大いに盛り上げてくれました。

マンドレイク:ノンフィクション作家。人の魂は永遠不滅で臨死体験で見るのは向こうの世界への通路と死後の世界と言い、トンデモ本の自著で得た多額の印税を病院に寄付し理事や所長の支持を得て、臨死体験をした患者を誘導尋問して自説の裏付けにしようと病院内を闊歩する人物。

ウォジャコフスキー:実験に応募して来たお喋り好きの、気の良いおじいさん。太平洋戦争で日本軍と戦った経験があるが、話を聞いているとところどころ矛盾があり作話してしまっていることがある。
忙しいジョアンナが話を打ち切るのに苦労する。

メイジー:重い心臓病で入院している9歳の女の子。心臓移植手術に必要な心臓の提供を待っている。
ポジティフだけど、むかしの船の沈没事故、飛行船の爆発事故などの話が好きでジョアンナをなかなか放さない。
ジョアンナは研究成果をこの子を救うために活かしたいと思っている。

小説中ではこれらの人々の会話が秀逸で、本当に目の前で生きているかのように描写されています。

翻訳者の大森望氏はこれまで訳した40冊近い本の中でも最高で、10年に1度くらいの傑作と評していますが、自分も今年読む中でもベストワンの小説になるだろうと思います。

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