
それはもう善悪を超えた事象だった・・・
お疲れ様です。
確かに寒い一日です。
午前中少し雪がチラついていたのですが、残念なことにそれっきりで。
今夜から明日にかけての降水に期待です。
さて、私の方、予定していた最後の1コマがオフになりましたので、それで時間ができましたので真面目な考察を書いてみたいと思いまして。
テーマ:「あの先の大戦をどう考えるか」
「果たして先の大戦(日中、日米の戦争、つまりはいわゆる大東亜戦争)は避けるべき悪しき戦争だったのか」、ということ、それはイコール「極東軍事裁判」で断罪されたように、A級戦犯も含め「日本が1億総懺悔して反省すべきダメ事案」であったのか、ということなのです。
しかし、私が記憶する限り、戦後は一貫して「それが前提」であったと思うのです。
日本は明治以来の昭和の時代を「軍部独走を許したダメ時代であった」という認識でいたのです。そしてあの戦争も「最大級の悪であった」という認識です。
そして私などは「それが当然であるかのように」、なんとなく刷り込まれていたのです。
それゆえ、私も一時は大真面目に考えていたものなのです、「あの戦争を避けるには、ポイントオブノーリターンはどこの時点だったのだろうか・・・」などと。
(※ この「ポイントオブノーリターン」なる言葉は、過去このブログで何回も使っているのです。参考までに上げれば次のように。他にもあるのですが)
【参考過去記事】
(2021-08-06)
・もう、本当に「ポイントオブノーリターン」の地点に追い込まれていたのです。まさに「窮鼠」になっていたのです、「ネズミを噛む決定しかし得ない事情になっていた」のです。
・(そもそもあの戦争は「避けられ得た」ものだったのか・・・、日米ともに・・・)
・「過ちは繰り返しませぬから」・・・
・過ちねぇ・・・、過ち・・・、
・はっきり言えば、あれは「過ち」という種類のことでなく、「不可避のこと」であったと言うべきでないのかと思えるのです。
・過ちといえば過ちなのでしょうが、それは「誰の」というべきものでもないように思えるのです。
・人類は、そういう愚かを「為さざるを得なかった」というべきなのでしょうか・・・。
(2017-10-09)
・「ポイントオブノーリターン地点は、もう明治維新にまで遡らなければならないかもしれない」
(2017-09-25)
・それはかつて昭和前期の日本が、太平洋戦争へ向けて一歩一歩「ポイントオブノーリターン」地点まで歩みを進めていたことと、一種似た状況にも思えるのです。
*********************
と、色々書いているのです。
結論としては「それは明治維新まで遡る…」という。
世の中的には、昭和になってからのいくつもの政治的動きが挙げられているのでしょう。
そしておそらくは、もし明治維新にまで遡らないとするなら、きっと「ルーズベルトの対日戦争決意」がそれだったのでしょう。
これで決定的に日本は「窮鼠猫を噛む状況」に陥らざるを得ないことになったのですから。つまりは、日本は外形的には「ルーズベルトによって戦争に導かれた」とはなるのです。
ですが、それをもって、「だから日本に非はない、責任はない」ということにはならないのでしょうが。
と、いう風に今までは考えていたのですが、今、「それは違うな・・・」と思えてきているのです。
というのは、さらに言うなら、「その問いそのものが間違いだ」という認識に至ったということなのです。
つまり、「あの戦争は避けるべき悪しき戦争だった」という認識そのものが誤りであろうと、思えて来たということなのです。
それでは、「じゃあお前はあの戦争は正しい戦争、善い戦争、するべき戦争だったとでも言いたいのか?」ということですが、それに対しても、「そうでもない」と。
「じゃあどう言いたいのか?」
はい、結論が、キリン氏の名言、
「どっちでもイイ」、
という。
・・・、
キリン氏が何をどう考えてこの「どっちでもいい理論」を編み出したのか、もう忘れてしまっているのですが、ただ、どういう訳かキリン氏はこの理論を独自に主唱しているのです。
キリン氏によれば、どうも、「人間がほんとうにとことん考え抜いて決断することは、AでもBでもどっちでもイイのだ」となるのです。
そして私はそのロジックの所以は忘れてしまっているのですが、しかしその結論だけは「きっと正しい」と思えてきているのです、今日まで。
きっと、起きていること、起きたことは、みんな「それでイイ」のです・・・。
あの大東亜戦争を、「ダメ事案」、「あってはならない、避けるべき、悪しき事案」であったと認識することが、そもそも違うのだろうと思えているのです。
勝間和代女史の名言、「起きていることは全て正しい」を、「起こったことはすべてそれで良い」という風に拡大解釈できるのでないと思えるのです。
なぜといって、
「人生はあざなえる縄の如し」、
「塞翁が馬」、
「楽は苦のタネ、苦は楽のタネ」、
「目先の損は先の得のタネ」、
「失敗は成功の母」、
の、世界なのです・・・。
そういうことで、私はハタと気が付いたのです。
あの戦争を「最低最悪のダメ戦争で、それを導いた軍部もダメだし政治家も軍人もマスコミもみんなダメだったよね」という歴史認識を、それを私は「そうだよね・・・」という風に思い込んで生きてきたのですが、どうやら、それが誤りであると気が付いたのです。
あの戦争は、そういう風に捉えられるべきではないと。
(ただ、近隣諸国に対する謙虚な「申し訳ないことでした…」の反省と謝罪は必要でしょうが)
「するべき正しい戦争であった」のかというなら、それは違うのです。
ですが、「避けられるはずのことであった」のかというなら、それも違うと。
それは「もう避けられるはずのない不可避的な必然事象だった」という風に認識すべきなのだろうと。
なんというか、「善悪を超えた事象」ということでしょうか・・・。
そして「起こったことは全て正しい」とも・・・。
そして「どっちでもイイのだ」とも・・・。
う~~む・・・、
イイカゲンな考察のようにも思える・・・
とりあえず、
今朝、
なんか妙にこのことが浮上して来ましたので、
書いておきたいと・・・
ご紹介まで。
ではでは。
期日前投票とやらに行ってきた
おはようございます。
今日は何やら「雪or雨」が降る予報です。
有り難や有り難や、です。
(ただ、当然ですがやけに寒いのです…)
さて、実は私たち夫婦、昨日は期日前投票なるものに出かけていたのです。
はい、初めての経験です。
私は別に日曜日でも全然OKで気にしていなかったのですが、トミさんが「日曜は雪とか雨の予報で、天気悪いらしいわよ。それなら暖かいイイ天気の日に行っておいた方がいいわよ」と。
言われればまぁそうかと。
で、行きました、午前中11時前頃でしたが。
そしましたら驚くことに、「みんな来てる!」。
いやいや、ひっ切りなしに人が来て、20畳ほどの特設会場が常に人でいっぱい状況です。
特別出張所(太田区役所の出先機関)の会議室のようなところが投票所です。
(う~~む、年寄りは考えることが一緒やね・・・)
はい、来てる人はほぼ全員が後期高齢者です。
それで係の人もなんか予想外のようで忙しくご案内してくれています。
(ふ~~ん、なるほどねぇ、そりゃ豪雪地方じゃみんな天気の良い日を選んで期日前投票に行く人が多いって訳だねぇ・・・、納得・・・)
はい、そんな初めて経験でした。
で、選挙ですが、どうやら「自民圧勝、中道惨敗」の構図が実現しそうです。
私は自民圧勝については、まぁ「負けずに良かった」というくらいで特段嬉しくもないのですが、逆に中道惨敗については「ほぃ、結構なことでござりんす♪」といくぶん嬉しい心持です。
どうやら自民圧勝の理由も、「それは高市人気による」というより、「立民と公明の合体合流を有権者が大いに嫌ったため」ということの方が真因なのでないかと見られているようです。
つまりは「壮大なオウンゴール」という(中道に行く予定の票がほとんど自民に行っただけ)。
実態は自民の大勝利でなく、中道の壮大な自滅という。
いずれにしても私のかねての希望、「立民が消えてなくなるならメデタシメデタシ」に近づいていますので結構なことなのです。
それはそうと、
後で少し真面目な考察を書いてみたいと思っているのです。
テーマは「先の戦争(日米戦争)をどう考えるか」という・・・。
今はこれから授業がありまして。
今日はなんと午前中1コマ、そして午後に連続で3コマという予定で少し忙しい事情なのです。
ではでは。
なだ万でランチ&レフト系知識人論考ご紹介
お疲れ様です。
今日も今日とて上天気、です。
世の中、選挙が終わるまではどうにも、なんや落ち着かないといいますか、どうしても目が「選挙情勢」の方に行ってしまってあきません。
さて、昨日はキリン氏と久しぶりのランチ会がありまして、昨日は珍しくちょいと「たまには高級志向で行ってみよう♪」となりまして普段は絶対行かない「お高い店」に出向いてきたのです。それで備忘録的に記しておこうと思いまして。
品川はさくらタワーというプリンスホテル系列のホテル内にあるレストランでして、「なだ万」という。
(以下の写真はみんなネット上のモノ)
こちらの3階にその和食レストランはありまして、
いやいや、ロビーからして雰囲気は「高級」という。
着いた席はロケーションが素晴らしい一等席です。
こんな感じの「お弁当懐石」的なお料理でした。
こんな懐石の和食は年に1回も食すことはなく、まさに珍しいことでした。
私は以前(シンクタンクに居た頃)は、業務的なことで新宿は京王ホテル内の『樹林』というレストランを何回か使っていたのですが、そこも植栽が良く見えるロケーションは最高のところですが、雰囲気は断然こちらの方が素晴らしく上等でした。
そうですねぇ、そういえばこれ以前には奈良から佐賀利氏が上京した折、『八芳園』内のレストランに行ったのがこういう高級志向系の最後でしたか。それがもう何年前のことでしたか。(その時にもキリン氏のご紹介で4人で行かせてもらったのでした)
ランチ後は近くの高輪プリンスホテル内のラウンジでコーヒーを。(ここはもう何回も行っているのです。素晴らしい雰囲気です。もちろんお高いのですが)
ここで2時間近くも話ましたか。
ちょいと私の方で「ご意見を拝聴したい」案件がありまして、色々アドバイスを受けて来たのです。
そして帰宅3時半と。
はい、備忘録はそれくらいにして、ちょいとご紹介したい記事を。
私はレフト系の知識人のご意見を読むことはあまりないのですが、昨日の夜は珍しく、内田樹氏のブログを読みに行きまして。
それで、(う~~む・・・、なるほどね・・・)と、それなりに納得するご見解を読ませてもらいましたので、ご紹介しておこうと思ったのです。
もちろん、左派系の考え方ですので、私が「そうだ、その通りだ」という風に賛同、同意する見解ではないのです。
ただ、左派系(立民・中道支持派)の人たちはきっとこういう風に考えているんだろうなぁ、ということでの、参考意見としましては知っておくべきことなのかなと思われまして。
(2026-02-02)
日中関係の緊張が高まっている。この原稿を書いているのは2015年の12月下旬だが、本が出る頃には時局はまた変わっているだろう。
高市早苗首相の「台湾有事発言」から始まった日中関係の悪化は、中国総領事の暴言、中国人観光客留学生への渡航自粛、水産物の輸入禁止、低レベルの経済制裁、公海上での軍事的示威、空自機へのレーザー照射・・・と段階をふんでエスカレートした。首相が発言を撤回し、失言を謝罪するまで中国の対日圧力はこのまま加圧されてゆくだろう。
中国政府の圧力について「カードを切る」という比喩がよく使われるけれど、実際に行われているのは「カードを切る」というようなデジタルな切り替えではなく、「ボリュームを上げる」というのに近いアナログな加圧である。つまり制裁には無限の選択肢があるという意味である。
[…略…]
その中に「社会的信用システム」という監視技術がある。国民全員に「社会的信用スコア」が配点されている。政府の政策に賛同し、ネットで習近平を絶賛するような国民は高い信用スコアが得られる。逆に、共産党を批判をしたり、文化大革命や天安門事件や新疆ウイグルの民族運動に言及したりした国民には低スコアがつけられる。
低スコアだからと言って、いきなり逮捕投獄拷問というようなハードな処罰はされない。ただ、外国旅行の申請が通らないとか、ホテルや列車の予約が取れないとか、ネットがなかなか繋がらないいうようなテクニカルなストレスがかけられるだけである。ソフトな拷問である。ただし、この拷問からは主体的に逃れることができる。ネットで習近平を絶賛し、通販で毛沢東全集を買い、中国共産党に入党申請をする・・・というような「面従腹背」行動をすればスコアを上げることができる。
そこが悪魔的な仕掛けである。別に中国共産党は14億の国民が心から独裁者に服すことを求めているわけではない。「独裁者に服すふりをする」ことを求めているのである。「心からの忠誠」を獲得するためには膨大な洗脳コストがかかる。「上に政策あり、下に対策あり」と言われるように、中国人は権力者に従いはするけれども、権力者を信じてはいない。だから、「反権力的なそぶりを見せると処罰されるが、権力者に阿ると『いいこと』がある」というわかりやすい利益誘導をする。
私が言いたいのは「中国はアナログな拷問術についてはノウハウの歴史的蓄積がある」ということである(「則天武后以来の」と言ってもいい)。日本人は「真綿で首を絞められる」というのがどういう感じのことなのかを、これからゆっくり味わうことになるだろう。
[…略…]
それに対して、高市首相のやり方にはロジックがない。発言が政府与党内でも当惑をもって迎えられたので、すぐに政府は「日本政府の立場はこれまでと変わっていない」と言って火消しを試みたが、首相は議事録からの発言の削除を拒否した。だが、どう考えても、高市発言は「これまでの日本政府の立場」から大きく踏み外したものである。首相は「中国が台湾に武力侵攻したら、日本は自衛隊を派兵して、中国と戦う可能性が高い」と言い切ったのである。
高市自身はこれまで「内輪のパーティ」でこういう言葉づかいで威勢のいいことを言って、万座の喝采を浴びて来たという成功体験があったのだろう。その勢いでつい「それを言うといつも大受けする決まり文句」を口走ってしまった。軽率な発言である。一国の総理大臣が国会答弁で口にしてよい言葉ではない。「内輪のパーティ」と公式の場の区別がつかない人間は総理大臣の器ではない。
[…略…]
こうして日本は周囲のすべての国に不信と嫌悪のまなざしを向ける、ハリネズミのような武装国家、つまり、「金のある北朝鮮」になる。そして、その時に、「これって、もしかしてオレたちの理想の国家なんじゃないの」と思わず笑みを漏らす人が国民の多数を占める...、というのが私の想像しうる「最悪の事態」なのである。 <了>
****************************
なるほどね、さすがによく考えられていらっしゃる・・・
それで、文中に「中国の信用スコア」についての記述があったので少し驚いたのです。
橘玲氏でないですが、なんやここ数日この言葉が目に付きますので。
中国は、確かにこの信用スコアシステムで「民度が向上した」という良い部分と、「国民全員監視システム」というマイナス面も併せて充実したようです。まさに善し悪しないまぜで。
いや、すべてのことが「善100%」とか「悪100%」とということでなく、「善悪ともにないまぜで」生じ来たるということが真実なのでしょう。
何かを引き受けるということは、同時に何かを失うことでもあるという。
さて、テレビの中では、なんや「トランプ氏が中国と仲良くやりたくて、これまでのアメリカ外交の本筋(中国封じ込め策)から逸脱しかけている。国務省や国防省などとは基本方針が異なっている。これは問題です」という細谷氏のお話も聞こえて来るのです。
ほんまにトランプ氏が去った後のアメリカはどういう風になって行くのでしょうか。
それよりなにより、ほんまに習近平氏は「本気で台湾を取りたがっている」らしいのです・・・。
ムムム・・・、
困ったことでござりんす・・・。
ご紹介まで。
ではでは。
ホワイト化する社会&可哀そうな人を救うこと・・・
❝国家は効率的に「いいひとしか生きられない社会」を作ったので、そこからはじき出された者たちが東南アジアの華僑と緊張し、カンボジアやミャンマーで巨大な犯罪ビジネスが誕生したのだと思います❞(by 橘玲)
おはようございます。
今日も今日とて東京は上天気なのです・・・
ですが日本海側は「大雪で死者まで出る騒ぎ」とか・・・
いやいや、それでも「上天気過ぎ」もまた良くないのです。
昨日などは多摩川土手などは「カラッカラッに乾燥」して、強風でグラウンドの砂が巻き上げられて砂嵐状態・・・、これが雨ナシ状況がもたらす大変な事情なのです。
話は替わりまして、冒頭の一節なんですが、昨日の延長でのお話でして。
中国は国家が効率的に「いいひとしか生きられない社会」をつくったので、そこからはじき出された者たちが東南アジアの華僑と結びつき、カンボジアやミャンマーで巨大な犯罪ビジネスが誕生したのだと思います。どんな社会にも、「いいひと」では生きられない者が一定数いますから。
— 橘 玲 (@ak_tch) February 3, 2026
昨日は私が少し異論を申し上げたのですが、上記一説のご指摘につきましては、「その通りです!」と大いに賛同し同意するところなのです。
確かに、中国は「芝麻信用(セサミ・クレジット)」というサービスを利用して国民の民度を劇的に向上させることに成功したのです。
それは私も昔注目してここで書いた記憶もあるのです。
丸ごと紹介してしまいますが、2017年のこういう記事でして、
◆KOBNONBLOG◆
~ご紹介(“セサミクレジット”って…、知らなんだ系)~
(2017-12-26)
「私は中国に暮らして5年ですが、来中当時の2012年は紙の地図を見ながら街歩きしていたくらいなので、その発展のスピードはお分かり頂けると思います。とにかく中国はインターネット関連でイノベーションが起こり続けています。
“セサミクレジット”なるものを聞いたことがありますでしょうか? アリババが開発している「信用度」を数値化するサービスで、支払い状況や学歴、職種などさまざまな情報をポイントにしてユーザーの信頼度を自動で算出しています。
将来的にこの信用度が高ければ享受できるサービス(空港で並ぶ必要が無い、ホテルのデポジットを払う必要がないなど)が増えて行くようで、中国は、ルールを守り徳を積むことが社会的な信頼を勝ち取っていく社会を形成しようとしています。かなり面白い試みなので、興味ある方は調べてみてください」
上の引用文は、中国在住のアニメクリエーター山下智博氏のウェブ記事からです。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53795
私はこの記事を読んで、(ほ~…)と感心したのです。
そして“セサミクレジット”なるものに興味を惹かれて早速調べてみたのです。
そして以下の記事を読んで大体納得できたのです。
◆WEDGE Infinity◆
2017年9月11日 高口康太 (ライター・翻訳家)
あなたはどの程度、「信頼」されているだろうか? なかなか答えられない質問だが、中国では簡単だ。芝麻信用の点数を告げるだけでいいのだ。
■個人の信用がスコア化される
芝麻信用(セサミ・クレジット)とは、アントフィナンシャル社旗下の第三者信用調査機関が提供する個人と企業の信用状況を示す指数だ。2015年から始まった、まだ新しいサービスである。アリペイ・アプリからサービス開始を申し込むと、自分のスコアを簡単にチェックすることができる。スコアは最低で350点、最高で950点となる。「スコア公開」機能もあり、SNSなどを通じて第三者に自分の信用力をアピールできるようにもなっているのがユニークだ。
このスコアはどのように算出されるのか? ネットショッピングや振り込み、決済などのアリババグループのエコシステムに関する取引記録と政府のオープンデータベースの2種類がある。後者については学歴や公共料金支払い記録に加え、「失信被執行人リスト」というデータベースも含まれる。
[…略…]
興味深いのはこうした道徳的人間ほどお得なサービスが受けられるという点にある。宗教や規律ではなく、便益をインセンティブにした道徳システムと言えるかもしれない。代表的なところでは、スコアを上げると、「シェアサイクルやホテル、図書館のデポジット(保証金)を免除」「一部の国で個人観光ビザ申請手続きを簡素化」などのサービスを受けられる。
[…以下略…]
***********************
いやいやいや、面白い動向です。
中国ではあまりにも不道徳がはびこっておりまして、道を歩いていて倒れた人を助けようとしたら、なんとその人から訴えられるというようなこともあり、もう人々は「公徳心」などかけらもないような状況になっているようなのです。
要は「自分さえ良ければいい」、「目先得することしかやらない」というような情けない民度であることがユーチューブ動画などで世界に知れ渡ってしまっているのです。
もちろん、本当の中国はそんな人ばかりでなく、真面目で正直、誠実な人だって多いに違いないのです。
ただ、ニュースや動画であまりに愚かで情けない人たちの実態が曝け出されると、海外の人たちには「中国人ってなんて民度が低いんだ…」として、そういうイメージが定着してしまうのは否めないのです。
さて、そんな中国で、「国民が積極的に徳を積むようになるシステム」が今、着々と進行しているようで、興味深いのです。
もちろん、この動きには、その先に「国家による監視」という危ない姿も予見されるということで、諸手を挙げて賛成できる動きではないようですが、それも含めて注目に値する話には違いないのです。
◆GlobalVoices◆
中国は「オーウェル風ディストピア」?「社会信用制度」とは
中国で、国家規模の社会評価制度が生まれようとしている。政府が独自の基準で、国民の信用度を定めるのだ。
新制度では、個人の金銭取引記録やオンライン・ショッピングに関するデータ、ソーシャル・メディア上での言動、そして、雇用履歴などが組み合わされ、全国民一人一人の総合的「社会信用度」が割り出される。信用度は、西洋でも金融制度の一環として利用されている。しかし、その内容は、各個人の金銭取引記録に基づいて弁済能力が定められ、ローンを借りるための条件付けが行われるだけである。ところが、中国で採用された信用度制は、個人の懐事情をちょっと確かめるという範疇を大きく超える。
中国政府が公表した「社会信用力制度構築のための概要計画」によると、制度の目的は政界、経済界、そして民間という3者間の信頼を精査し、高めることだけではない。政府業務や商取引上における信頼性と、社会的誠実性(誠信)を強化し、司法の中立性を構築することもその目標の内に掲げられている。
中国政府は信用力制度の試験的な実施にあたり、複数の信用調査会社に対して、国民の信用情報を収集・評価そして管理する権限を与えた。こうした仲介会社の中にはセサミクレジットと呼ばれるゲーム形式のアプリを作成し、制度試行の先導となったアント・ファイナンシャル(アリババ系列)も入る。
[…以下略…]
***********************
それにしても中国、その変貌ぶりには驚かされるのです。
前にもご紹介しましたが、「キャッシュレス化」にしてもそうですし、この「セサミクレジット」にしましても、そしてタクシー業界などでもスマホを利用した便利なシステムが導入されているとか、いやいや、革新的、先進的な動きをどんどん取り入れているのです。
まさに中国は「21世紀を駆けている」という感じでしょうか。
それに引きかえ我が日本では、「墓じまい」とか、「安楽死」とか、「経済のシュリンク(縮小化)」というような後ろ向きな話題が多いのです。
さすがにこれはちょっとまずいでしょうと。
もう少し元気の出るような、明るい前向きなニュースも欲しいところです。
ま、仕方ないのですが。
ご紹介まで。
ではでは。
*********************
、という風に書いているのです。(これがもう8年も前のこととは…)
いや、そういうことで中国が劇的にホワイト社会(いいひとしか生きられない社会)になりつつあることは、疑いを容れないところだと思われるのです。まさに橘さんの仰る通りでありましょうと。
そういうことで、橘さんは「この日本でもそういうヨシアシ両方含めて可視化社会になるだろう」という風に見通されているのです。
言われてみれば確かにそういう可視化社会がさらに広がって行くことは否定できないのでしょう。
日本人は今、インバウンドが広まったことで世界中の人から《そのサービスの凄さ》に驚かれているのですが、それには「元からの日本人の良さ」と同時に、「マーケティングの一環としてそれがシステム化されて広がっている」ということと、日本人の「同調圧力による部分」といういくつかの要因が重なって、そういう奇跡的に凄い事実が現出しているのです。
その中でも「マーケティングの一環としてそれがシステム化されて広がっている」という部分が、中国における「信用スコアを利用した民度の向上」ということに繋がっていることと同じ構造だと思われるのです。
いずれにしても、この「ホワイト化した社会」という図は、岡田斗司夫氏なども以前からご指摘されていることなのですが、今後ますます日本社会でも広がって行くことでしょう。ヨシアシを含めまして。
ただ、最底辺(言葉は悪いですが、いうなら「可哀そうな人たち」という一定層)の人たちに、こういう動きが繋がって行くかというと、それが疑問なのです。それが昨日私がここで指摘したことなのですが、橘氏はそれを「そこからはじき出された者たち」とされている訳です。
今、日本各地の学校で水面下で行われているイジメや暴力ですが、それがどこまで「普通の子らがやっていること」と見るべきなのか、それとも「可哀そうな子ら」=「そこからはじき出された者たち」がやっているのか、については難しい判断でしょう・・・。
どう見ても普通の子が、つまり「まさかウチの子が?!」という感じで、普通の子らがそういうマネをしていることも有り得るでしょうし・・・。
ただ、いずれにしても昔も今も、一定数の割合で「犯罪に手を染める人たち」が常に常にいることは否定しえない事実なのです。
そういう人の「割合」が、国によって多いのか少ないのか、それともどの国でも同じような割合でいるのか、そこは私にはなんとも言えないのですが・・・。
そういう人たちを「救う」のは、「社会がシステム的に何かの方策を構築する」という在り方では不可能だろうと思うのです。どれほど教育システムや保護システム、緊急避難システムや養護施設を作ってみたところで、根本的には救えないのだと・・・。
そこに「良い意味での宗教」の存在意義があるのですが、しかし、現代日本にはもうそういう「良い意味での宗教」など存在しえないようなことなのです。
私が生きた昔の天理教という宗教には、確かにそういう「救い」を実現しえる力があったのです。私はその現場に居た人間としてよく知っているのです・・・。
(※ですがその天理教でさえ、母が嵌った「献金」などという大きなマイナス要因も抱えていてのです、まさにヨシアシ混然として)
本当の愛情が、そこに、そこに生きる人々の間にあったのです。それが人を救うのです。
ですが、社会がシステムとしてどれほど施設を作っても、生活保護を出そうとも、市役所の職員さんにそんな「愛」を要求することなど出来ないのです。
中学国語の教科書に、「ルロイ神父」の物語があるのです。(中3)
それは井上ひさし氏の小説なのですが、素晴らしいのです。
かろうじて養護施設などにルロイ神父さんのような素晴らしい人格が居れば、そこに暮らす子らは救われていくでしょうが・・・。
ただ、独立した一家を構える「個人個人の家庭」に、どこまで行政が関われるのかというなら、それが不可能でしょうと。まさに内政干渉ですので。
「救い」というのは、難しいところです・・・
ご紹介まで、
ではでは・・・
多摩川、自民党大勝とな?!&イジメ問題
おはようございます。
これはネット上に転がっていた写真ですが、
(おそらく土手ぎわのマンションの一室からの眺望だと思われ)
私が毎日のように歩く多摩川土手風景なんです。
川向うに武蔵小杉ビル群が見えています。
右手が上流方面、チラリと見えているのが新幹線の橋、
素晴らしき、愛すべき多摩川、
ほんまに、我がふるさとの象徴、
モズが飛び、
ボラが跳ね、
カワウが潜り、
カモやオオバンが川面に群れ、
シラサギがすっくと立ち尽くし、
そして遥か上空にトンビが舞い、
セキレイが前を歩き、
テナガエビやハゼが釣れ、
草上にときにモグラが歩き、
そして西には霊峰富士が白く輝き、
朝日に草の夜露がキラキラと輝き、
あ~、
素晴らしき自然・・・
東京のいなか、
あ~、
有り難や有り難や・・・
話は替わりまして、何やら総選挙議席予想では「自民党圧勝」とか。
朝日新聞の調査が出まして、専門家筋では衝撃をもって受け止められているとか。
何やらこのまま行けば、小泉劇場時の議席数を超えるくらいの歴史的大勝利になるだろうとか・・・。
こんな、
この二人のYouTubeを視聴していたのですが、右の今野氏なる人が首を傾げていたのです。
それが、「なぜに高市さんは失言しても支持が下がらない???」という。
確かにもう色々と「やらかし」ているのです。
普通ならそのうちの一つでさえ「ドタ下がり」の決定要因になったりするのに、不思議なことにそういう現象が起きていない。つまり普通なら失言やら失態一つで逆風になるのに、そうならないのは何故なのか、という。
ふ~む・・・、
言われてみればそうかもと思うのです・・・。
それでは、なんでこうまで高市人気が持続しているのか・・・
一つには、やはり70%を超える支持率は「本物」だったということかと。
う~~む、それでも解せない・・・、
考えられる一つに、立民と公明の合体という奇手が、なんとも「絶好の悪手」であって、それで国民には「それはないだろう・・・」となって自民に雪崩を打って票が流れる・・・、ということになっているのでないかと、そういう分析も見られるのです。
まさにオウンゴール・・・。
それも、言われてもれば(う~む・・・、そうかも・・・)と。
つまりは、高市人気が本物だった、&、中道連合という絶好の最大悪手が後押しになった・・・、ということかと・・・。
分りませんが。
いや、ただまだ選挙戦は終盤に何が起こるか分からないですので、このまま自民大勝で終わるかといえばまだ分からないのです。
それでも「辛勝」より「圧勝、大勝」の方が断然いい訳でして、メデタシメデタシではあるのです。
さて、それはそうと致しまして、先ほどwebチェックしておりまして、(う~~む・・・)となった記事がありましたので、ご紹介したいと。
それが毎度の橘玲氏のブログ記事なんですが、今回はちょいとクエスチョンが付くという。
◆橘玲公式BLOG◆
(2026年2月2日)
新年早々、栃木県内の高校で、男子生徒がトイレで無抵抗の男子を拳で殴り、後頭部を蹴る様子を撮影した動画がSNSに投稿され、たちまち拡散して県の教育委員会や高校に抗議の電話が殺到、栃木県知事が新年の記者会見で「絶句した」とコメントし、警察が暴行容疑で捜査を開始する事態になりました。
その後、大分市の中学校で、男子生徒が別の生徒の頭を蹴ったり、馬乗りになって殴ったりする動画が投稿され、次いで熊本県でも、私服姿の少年が別の生徒の顔を蹴ったり、首を絞めたりする動画が拡散し、傷害容疑で中学生が逮捕されました。
一連の事件は、日本の中学・高校でいまだに陰惨ないじめが行なわれている現実を突きつけました。その一方で、加害生徒の実名や自宅住所、きょうだいの名前や通っている学校、親の職業や会社まで、詳細な個人情報がSNSにアップされたことが問題になっています。
わたしたちはみな、正義が実現される社会を望んでいます。その一方で、法律や司法機関にはさまざまな制約があり、すべての悪が罰せられるわけではないことも知っています。だからこそドラマやマンガなどで、「闇の仕置き人」が悪人を処刑し、正義を回復する物語が繰り返されるのです。
ところがSNSによって、このフィクションが現実のものになりました。いまでは誰もが悪を成敗する“祭り”に参加し、一瞬だけでも「ヒーロー」になれるのです。わたしたちは、不適切な言動をいつ誰が録音、撮影、スクショしているかわからない世界に放り込まれてしまったのです。
[…中略…]
ところが驚いたことに、eBayは大成功し、ネットオークションは巨大なビジネスに成長します。その理由は、買い手が売り手を「監視」し「評価」する仕組みにありました。
買い手は、約束を守るきちんとした業者には高い評価を、ウソをついたり騙したりする業者には最低の評価をつけます。ユーザーはこの評価を参考に、誰と取引するかを決めますから、本人がどういう人間かにかかわらず、すべての売り手は「いいひと」を演じるしかないのです。
さて、この2つの話はどうつながるのでしょうか。それは、中学生や高校生の子どもをもつ親が、暴行動画事件にどう反応するかを考えればわかります。
中高生の男の子はいまごろ、「デジタルタトゥーは一生消えないから、こんな動画をさらされたらまともな会社は雇ってくれないし、結婚もできない」「わたしたちだって仕事を辞めなくてはならなくなるし、この家にも住んでいられない」と、親から口をすっぱくして説教されているでしょう。
そうなればネットオークションと同じく、社会は「いいひと」ばかりになるかもしれません。この「一億総監視社会」がよいことか、悪いことかはわかりませんが。
<了>
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はい、この問題は教育界に生きる私にとっても、注目せざるを得ない話なのです。
で、いつも私は橘氏のブログには大感謝で、だいたい「同意!」、「グッジョブです!」と称賛することが多いのですが、今回だけはちょいと「ここはどうかと・・・」という点があるのです。
それが、最終盤のここですが、
「中高生の男の子はいまごろ、「デジタルタトゥーは一生消えないから、こんな動画をさらされたらまともな会社は雇ってくれないし、結婚もできない」「わたしたちだって仕事を辞めなくてはならなくなるし、この家にも住んでいられない」と、親から口をすっぱくして説教されているでしょう」
はい、もちろんそういう話を口をすっぱくして説教している親御さんも多いでしょう。
ですが、
ですが私の長年の現場経験では、
《そういう真似をする生徒の親は、ほとんどそういう話を子どもにしていない》
であろうと予想されるということなのです。
つまり、そういう話を子どもに聞かせるのはまともな親御さんたちでしかないという。
なので橘氏は「そうなれば・・・」と明るい未来を予測するのですが、現実の未来は決してそうはならないでしょうと。
可哀そうな親から可哀そうな子ができる・・・という構図は、強烈な不都合な真実なのです・・・。
いやいやいや、ですがそういう可哀そうな子らも、私の塾に通ってくれていたものなのです過去には・・・。
愛すべき可哀そうな子ら・・・。
はい、ちょいと話が暗くなりましたが、それでも日本の未来は明るいのです。
それに間違いはないのです。
話は替わりますが、「雨よ降れ」なのです・・・
ほんまに多摩川河川敷には切実に雨が必要だ・・・、
神さま、雨をご守護賜りますように・・・
ご紹介まで。
ではでは。
ここにも素晴らしい知性がいた件&中国が凄い件
❝実は警察だと思っていたアメリカが、一番の力を持ったヤクザでした、みたいな話❞
おはようございます。
上記フレーズは朝比奈一郎という方のアゴラ寄稿記事の一節です。
私は10年ほど前から数年、この方に注目していたのですが、ここ最近はノーチェックで来ていたのです。ですが、今朝のwebチェックでアゴラを覗いたらこの方の名前が目につきまして、読んでみれば素晴らしいと。
実は数日前に、なんと地上波のどこかのワイドショーに氏が出演しておりまして、私は(おぅ~、朝比奈さんやん!)と少し驚いていたのです。
10年前の40数歳の若い時の顔しか記憶にない身としては(へ~、歳月は流れているよねぇ…)という感想をもったものなのです(余談)。
で、ご紹介したいと思いまして。
(2026.02.02)
[抜粋]
❝ある意味で、今の世界はヤクザの抗争状態で、今月3日の正月気分が吹き飛ぶようなトランプ政権によるベネズエラ急襲も、ダボスで焦点となっていたグリーンランドを寄越せという要求も、キューバを伺う動きも、カナダやメキシコやブラジルへの圧力も、今は少し静かになっているパナマ運河への野心も、「南北アメリカは俺のシマだ」というヤクザの争いみたいなものだ❞
❝中国やロシアが、新疆ウイグルや台湾、あるいはウクライナなどに対して、「俺のシマだ」と警察官のアメリカを恐れつつも、ちょっかいを出していたら、実は警察だと思っていたアメリカが、一番の力を持ったヤクザでした、みたいな話であり、調子に乗ってアメリカの「シマ(パナマ運河やベネズエラ)」に手を出していた中国などは、後悔している感じも受ける。特に欧州などは、目を丸くしてうろたえ始めている❞
❝多くの議員は実は単なる駒に過ぎない❞
(その通り!)
❝こういう混乱の時代は、官邸中心に、少数のスタッフたちが必死になって戦略を立てて実行するしかない。オープンな議論というのは理想形ではあるが、人間社会、船頭が多くなると推進力は弱まる❞
❝ただ、国や社会は、トップが旗を振ることだけは強くなれない。戦略は現場の戦闘力をともなってこそ機能する。戦後の日本が成長したのも、一時は日本に抜かれて終わった国とも見なされたアメリカでいわゆるGAFAMなどのIT産業が勃興して経済が強くなったのも、中国で多くの先端企業が生まれているのも、実は国による旗振りだけの成果ではない。むしろ、民間のリーダー(始動者)たちが、官や政の協力や指導も受けつつ切磋琢磨して生まれた結果である。民主導や、維新の時のように各地からの湧き上がるような迫力がなければ、如何に協力な戦略も絵にかいた餅となるであろう❞
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なかなか鋭い着眼点で素晴らしいです。
高市自民党がどの程度勝つのかについての予想も、私はそれを大いに評価したいのです。(もちろん蓋を開けたら「全然ちゃうやん」、ということもあるのですが)
そして「世界国際情勢を見る目」とか、「高市政権の経済政策をどう見るか」ということについても正鵠を射ていると思えるのです。
朝比奈さん、
これから再び私の中で「その言説、要チェックや」、となることに・・・。
ご紹介まで。
【おまけご紹介】
※)中国の技術力、これは侮れないです・・・、むしろ本格的にヤバいと思われ・・・
これだけでなく、AⅠ開発にしましても、ロボットにしましても、宇宙開発にしましても、日本が優位性のある分野など、今はあるのでしょうか、技術関係で・・・
いや、中国とどう対峙するか、ほんまに難しいところです・・・
「債券自警団」だって?!&ロシア考
おはようございます。
朝から真っ青な空が広がり、まさに「今日も今日とて…」の陽気です。
さて、今日はもう「2月」です。
昨年も書いた気がするのですが、「1月行く、2月逃げる、3月去る」の如く、2026年もアッという間に2月に突入です。
そんな2月最初の日曜日、私は今しがたwebチェックしていたのですが、ご紹介したい話がありまして。
吉崎達彦氏のブログなんですが、そこに興味深い用語が出て来ていたのです。
それが「債券自警団」、なる。
◆溜池通信◆PDF
~Report 「衆議院解散と『積極財政』の行方」~
[引用]
・・・債券市場では長期金利が上昇し、一時は 2.380%と 27 年ぶりの水準となった。加えて 40 年物国債は、2007 年の発行開始以来初めて 4%を上回っている。財政規律に警鐘を鳴らす「債券自警団」(Bond Vigilantes)が、日本市場でも動き始めたように見える。2024年 3 月までは YCC という異次元の金融緩和策が行われて、長期金利が長らくゼロに固定されていたことを考えると隔世の感がある。
[引用終]
(う~む、知らない言葉だけど、たぶん意味はこんなんだろうな…)と予測しながらググってみたのです。そしましたらまさに予想通りの回答が。
***AIによる回答***
「債券自警団」(Bond Vigilantes)とは、政府や中央銀行の放漫な財政・金融政策に対し、国債の大量売却(金利上昇)という形で制裁を加え、市場規律を強制する債券投資家集団を指す。インフレ懸念や赤字拡大局面で出現し、2026年には高市氏の財政拡張路線への懸念から日本市場で40年債利回りが4%を超えるなど、その影響が再注目されている。
◇債券自警団の概要
別名/由来: 米国人エコノミストが約40年前に名付けた、市場の「自警団」。
主な構成員: 機関投資家、ヘッジファンド、生保・銀行など、国債の大量保有者。
◇行動パターン: 政策の「緩み」を感じると、保有国債を売却。これにより国債価格が下落し、長期金利が上昇する。
目的: 放漫な借り手(政府)に金融の引き締めを迫り、インフレや財政破綻を防ぐ。
◇近年の動き・動向
日本市場(2026年初頭): 高市早苗氏の財政拡張・減税路線を背景に、長期金利が1999年以来の高水準を付け、自警団の再来が報じられた。
◇海外の例(2022年トラス・ショック): 英国でトラス政権の急進的な財政政策に対し、市場が即座に反応(国債急落)し、政策修正を余儀なくされた。
政府・中銀が金融抑圧(金利を低く保つ行為)をやめた際に活発化する性質があるため、財政赤字が累積する状況下では特に出現しやすい。
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いやいやいや、先日の「国債金利急騰」という事態が、まさにその「債券自警団」による警告的動きであったようです。
「・・・、世の中、知らないことばかりなり」です。
そしてまた改めて分かったのです、
それが、「海外機関投資家は基本、政府や中央銀行の放漫な財政・金融政策に対し市場規律を強制したがるものである」ということです。
それはいいのです、むしろイイことなのでしょう。
ただ、問題は、「放漫な」かどうか、ということでありまして、今回の日本の高市政権の経済政策を、それを「放漫」と見なすことがそもそも間違いであろうということなのです。
ギリシャと日本の財政状況は全然異なるのです。
しかし石破元首相が単純に、「日本の財政状況はギリシャより悪い」と認識するくらいですから、国債発行残高をどう見るかということが、そもそも難しいことなのです。
また、トラス英首相当時のイギリスと日本の事情、状況も大きく異なるのです。それを一概に「放漫財政政策である」と決めつけて警鐘を鳴らすのは、どうなのかと。
いずれにしても、高市政権の積極財政は、国内の緊縮派(自民党内でもそれが主流派という)を相手にすると同時に、この海外機関投資家という自警団も相手にしないといけないという困難を抱えているのです。
コロナ禍のとき、街には「マスク警察」が発生して少しく話題になりましたが、世界経済という大きな世界でも、それと似たような事象が生じるということなのでしょうか、面白いといいますか・・・
う~む・・・、いずれにしても大変だ・・・
とりあえず選挙では「大勝」ではなくとも「負けではない」ことが確定しているようでメデタシメデタシですと。
もう1本ご紹介を。
これは昨日読んだブログ記事なんですが、素晴らしいのです。
橘玲氏のブログですが、ほんまに素晴らしいのです、「ロシア考」。
(2026年1月30日)
[抜粋]
“私たちは欧米経由でキリスト教を理解しているため、無意識のうちにヨーロッパ中心主義を当然のものとしてしまう。宗教革命以前は西ヨーロッパのキリスト教はカトリックだったから、これはカトリック(バチカン)中心史観でもある。それでは、バチカンが隠蔽し改竄しなければならなかった歴史とはいったい何だろう。それは、「もうひとつのローマ」の存在だ。”
“初期キリスト教は「ギリシア人の宗教」”
“イエスの生きた紀元前後は、アテネやスパルタといった古代ギリシアのポリスは衰退し、文化や学問の中心はアレクサンドリアをはじめとする地中海沿岸の諸都市に移っていた。キリストの教えを最初に受容したのは、こうしたヘレニズム(ギリシア)の知識人たちだった。”
“初期のキリスト教は、「ギリシア人の宗教」として始まった。だからこそ新約聖書は、ギリシア語で書かれているのだ。”
“ロシアというのは、ビザンティン人によって“発見”されるまでは文字もなければ文化もない蛮族の集団でしかなかった。それが聖キリルによって文字を与えられ、正教に改宗することで文明の光に浴し、ようやく“ひと”として認められるようになったのだ。”
“ビザンティン帝国というのはギリシア人の国だった。だとすれば、「ロシアはギリシアから生まれた」ことになる。”
“ドストエフスキーの長編小説に登場する帝政ロシア末期の知識人たちは、西欧近代との遭遇によって、農奴制の「遅れたロシア」と、神に愛でられた「聖なるロシア」に引き裂かれて煩悶する。帝政ロシア→ソ連→ロシアの歴史は、ずっとこの「自虐」と「自尊」のあいだで揺れてきた。”
“西ヨーロッパとロシアの関係がたんなる政治的な利害得失ではないことがわかるだろう。ロシアにとって、欧米の“カトリック史観”は歴史の歪曲でしかない。それは歴史と宗教の正統をめぐる根本的な対立なのだ。”
[了]
い~~や、素晴らしい!
橘さん、いつもほんまに素晴らしい論考です。
私には最高の図書館です。
中国情報ご紹介、(ほぅ、こんな文書が…)
お疲れ様です。
中国での軍最高幹部の張又侠氏が逮捕され消えたとの情報に関連しまして、次のような記事を読みまして、
(う~~む…、これは本物くさいな…)と思われ、ご紹介まで。
まずはその日本語訳(抄訳ですが、全文は当該サイトの方をクリックして頂ければ、
***********************
【看中国2026年1月29日讯】(看中国记者李净瑶综合报导)中共中央军委副主席张又侠突遭调查,震惊全球。周四(29日),网上传出了一封疑似张又侠提前准备好的密信。分析认为,这封信披露了许多重要的内情,它符合中共体制内的执行逻辑,也与现在发生的各种现象基本相对应。
<以下略>
【日本語訳】
独立研究者の呉祚来氏は1月29日、フェイスブックで張又侠氏が事前に用意したとされる秘密文書を公開した。呉氏によれば、提供者からの情報として、張氏は習近平氏に逮捕される可能性を予見し、海外メディアを通じて公開されるよう事前に準備していたという。
[…略…]
この密書の公開目的は、中共の闇政治の実態をより深く認識・分析するためである。
以下が密書の内容:
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
万一私に何かあったら、この手紙を公開してほしい。
私を逮捕すれば、間違いなくさらに多くの人々が連座するだろう。それは我々に違法・違紀行為があったからではなく、ただ一つの理由、すなわち私が習近平同志が理解する中央軍事委員会主席責任制に対して異なる見解を持っているからだ。
もちろん、台湾武力統一、ロシアとの戦略的協力、高級将官の急速な昇進についても重大な意見の相違がある。
こうした相違は党内・軍内で正常な現象であり、科学的かつ民主集中制の方法で対処・解決すべきだ。しかし現状では、彼は特殊な手段で解決を図っている。習近平に伝えたい。この手紙を書いている時、私はかつての紫陽(李鵬)の言葉を思い出した。「我々はもう年老いた。どうでもいいことだ」と。私は軍事クーデターを起こす条件は整っているが、断固として行わない。騒ぎが大きくなりすぎ、一旦制御不能になれば、国家は内戦に陥り、まず犠牲になるのは双方の罪なき兵士たちだ。私に非常手段を取られても、私は抵抗しない。是非と正義は天秤にかけられ、人心がその秤となる。歴史もまた真実を明らかにすると信じている。
私の心は平静だ。これらの言葉を残すのは、習近平同志にも反省を促すためだ。勝利したなら、度量と節度を持つべきだ。物事をそこまで追い詰めてはいけない。天は高いところに見ている。
確信しているのは、もし私を逮捕するなら、それはクーデターの手法で行われるだろうということだ。三、五人の密謀によって、党中央政治局の集団討論を経ずに、中央の名義で実行・公表されるだろう。
誰が法と規律に違反したのか?八九年の法違反・規律違反は鄧小平であり、趙紫陽ではない。しかし鄧小平は結局九二年に改革開放を堅持した。もし私が逮捕されれば、習近平が中国を北朝鮮化させ、台湾武力統一に専念し、いつでも軍隊で戒厳令を発令する可能性が極めて高い。
逮捕後、どんな罪名をつけられるだろうか?
第一に、間違いなく「中央軍事委員会主席責任制に反対した」と言われるだろう。考えてみてほしい、もし軍事委員会主席が本当に長年にわたる軍内の腐敗に責任を負うなら、私が反対するだろうか?私が反対しているのは、軍事委員会主席責任制が家長制に変質し、細かすぎるほど具体的な管理を行い、あらゆる事柄において自らを天才的な専門家、英明な統帥者だと考えることだ。毛沢東でさえ軍をこれほどまで管理しなかった。
人民の軍隊を党の軍隊に変えるのはまだしも、自分の家臣の軍隊に変えるのは恐ろしい。ロケット式に昇進した者たちが恩義に感じ、原則なき忠誠を誓い、軍隊に「習主席の良き戦士」を歌わせるのは、まさに文化大革命の手法だ。肝心なのは、あの時代は情報が閉鎖的で宣伝が成功したが、今は情報がこれほど発達している。どんなに宣伝しても、誰も心からあなたを偉大な指導者として崇拝することはなく、むしろより多くの人々の反感を買うだけだ。
ネット上にも動画があるが、皆が見た通り、習近平同志が会場に現れると全員が起立して拍手する。まるで北朝鮮の金正恩のようだ。私が現場で示した反応も皆が見ている通り、内心反感を抱き、居心地の悪さを感じていた。これも軍委主席責任制への反対の意思表示と言えるだろう。
海外では私と習氏の内部対立が様々な形で煽られているが、軍情報部門が頻繁に情報をまとめて見せてくれる。私はそれを見て一笑に付している。もし私が逮捕されるなら、問題は我々自身の制度にある。制度を変えなければ、誰もが次の犠牲者になり得る。
党の指導とは、党の最高指導者が細部に至るまで全てを統制することではなく、人民を率いて法則と戦略を制定し、全ての党員がこれを遵守することである。
軍隊が党の指導下に置かれるのも同様だ。軍事委員会主席責任制とは、集団指導体制下における軍事委員会主席の責任制であり、戦争時のみ軍事委員会主席が最高指揮官となる。
<以下略>
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さて、この問題、いつ頃になってその真相が明らかになるのでしょうか。
かつて「林彪」なる毛沢東政権ナンバー2の人物が飛行機事故やら何か不明なことで死亡した事件があったのです。
もちろん一部では「毛沢東に消された」という話がささやかれていたのですが、今もなおそれが偶発的事故なのか、撃墜による処刑なのかの真偽は不明です。
ですが毛沢東以後の「四人組騒動」では、それは明らかに鄧小平らによるクーデターであることが明らかになっているのです。
今回の事案はやはり習近平氏の権力闘争的な理由による粛清であることは間違いないことだろうと推測されるのです。ただこの「文書」が真正に張氏が書いているものかどうかは、不明のまま行くかもしれないのですが・・・。
ご紹介まで。
(2本目)ご報告、「一件落着」の件
お疲れ様です。
今日は1つ懸案だった「借地底地権の買い取り」事案についてのご報告をしておきたいと。
※)上の写真は武者小路実篤氏の書いたモノだと思われます。ウチに昔あった。もう70年前の頃に。オマケ過去記事での写真。
およそ2年前(2024年3月31日)、地主さんが突然現れて、「底地権をお買いになりませんか?」とご提案してくれたところから、始まった件なんです。
結局、紆余曲折、あっち行きこっち行きして「結局、買うの?それとも買わないの?」と地主さんをやきもきさせてしまったのですが、ついに「買うことになった」のです。買うことが決まってからもゴチャゴチャありまして長引いていたのです。銀行ローンをどうするかとか、つまりは資金をどう捻出するのかということで。
そして今日、地元の信用金庫の2階会議室でその正式契約が行われて、一件落着したのです。
地主さんにはずいぶん「お安く」売って頂いたように思っているのですが、ムスコ氏は「高いよ…」と納得していない模様。
真相はいずれ分かって来るのでしょうが、とりあえず私は十分納得しているのです。
それで今度からは毎月の「地代」の替わりに銀行ローンの支払いと「固定資産税」とが支払いになってくるのです。
それで私ども夫婦とするなら、それは今までより割高の金額になるのですが、しょうがないことと納得しているのです。
いやいや、それにしても、私が5,6歳の子どもの頃に、今の地主さんの祖父にあたる老翁が毎月ウチに集金に来ていたのです。それを子どもの私は玄関の上がり框で、母親がその支払いをしているのを眺めていたものなのです。
その老翁は当時でもう70歳をゆうに越えていたでしょう、笑うと口の中に立派な金歯があって印象深いのです。
そんな地主側からするなら三代のお付き合いです。73年が経過しているのです。
はてさて今後ですが、私たち夫婦の「老後時代」はどういう風に転がって行くのやら、さっぱり見当が付かないのです。
もう来年のことすら視界不良、前途不明瞭、いったいどうなっているのやら・・・、
もちろん、突然の心臓病や脳梗塞、クモ膜下などで「来年はもういなかった」というシナリオだって考えられるのです。
そこまででなくとも、脳梗塞で半身不随、施設に行くこと必須という事態だってあるのです。
そういうことで、ほんまに前途は「五里霧中」、「一寸先は闇」、「明日は我が身」の世界なのです。
う~~む・・・、
もちろん逆に良いことが出来てくることだって有り得るのでしょうが・・・。
とりあえず、今が元気で明るく暮らせていることに感謝です。
有り難いことでござります・・・。
と、ご報告まで。
ではでは。
【おまけご紹介】
※)過去記事:2年前の今日、のブログから、この写真が勝手にご紹介で現れて来まして、(なんだ?)と思ったら「あなたが2年前の今日、書いたブログです♪」とか言ってきたのです。で、(へ~、何を書いていたんや?)と思いまして。で、こりゃ再掲したろ・・・、と。
好き嫌いを超えて行け!
「それで~いいのだ~♪、それで~いいのだ~~♪」
おはようございます。
何やら関東は雨が全然降らないので水不足になりつつあるとか。
いやいや、冬場の関東は昔から「晴天が続いてからっ風が吹き、異常乾燥注意報が出っぱなし」という感じでしたが、さすがに今年は雨が降らな過ぎのようです・・・。
さて、総選挙でテレビの中は、テレビ討論や党首の演説、各党立候補者などを追って忙しくしているのですが、私はもうそれが(アホらし…)と見えて、全然見たくない心境です。
しかし、彼らにしてみれば、それがほんまに「当選するか落選するか」、まさに「生活を賭けた必死の戦い」なんですから真剣そのものです。
私らなど外野が、(アホらし…)と思えるのと、その乖離の凄さに、何んとも言えない・・・。
まぁ、(せいぜい頑張っておくんなさい…)と。
政治、それも「選挙中心の民主主義政治」、「政党中心の国会中心政治」という基本構造そのものが、制度疲労、金属疲労しているのです、それ自体が「20世紀の過去のモノ」になっているのです、そもそも。それが(アホらし…)としか思えないようになる真因なのでしょう、きっと。
しかし、(アホらし…)とは思えても、同時に(しかし投票には行かずばなるまい…)という理性の声が…。
江戸幕府が倒れて明治新政府が出来たように、もう日本も世界も20世紀型の古い凝り固まったシステムから解放されて、「革命的な新システム」に移行していい時期なのでしょう。
時代はもう21世紀も中盤にかかろうというのに、100年前からの古いシステムが社会を牛耳っているのです。
チーム未来の安野クンのように、オードリータン氏のように、また成田裕輔氏のように、21世紀を作る若き才能に新しい政治システムを作り上げてもらいたいものなのです。
いいかげん選挙のたびに「〇〇、〇〇をお願いしま~~す!」の絶叫を聞かせられたくもないのです。ほんまにアホかと。
しかしその改革も、なんと、「投票からしか生まれない」というアイロニー・・・、
(あ~・・・)
それゆえ今日も街中に選挙カーが走り回り「〇〇、〇〇をお願いしま~~す!」の図が展開される・・・。
まさに(なんだこれ?!)
いや、愚痴を超えて歩いてゆきましょう、
バカボンパパじゃないですが、
「それで~いいのだ~♪」、「それで~いいのだ~~♪」
、もまた他面の真理。
うむ、それでいいのだ。
ご紹介したい動画と記事を。
財政学者が本格解説!高市政権の経済政策は“庶民無視”?バラマキ政策が正しい理由(東京経済大学経済学部教授/財政学者 佐藤一光)【ニュースの争点】
(43分)
※)珍しく積極財政支持派のまとも学者氏が語ってくれているのです。
<スクリーンショット>
※)この図が興味深かったのです、
池田氏や藤原かずえ女史のエックスだけを追っていると、ほんまに「積極財政支持派がまるでバカ」のように見えてくるのですが、そうではないと・・・。
しかし経済だけはイマイチだけど、それ以外の認識、判断ではお二人はもう最高峰の知性であり、洞察でありロジカルで合理的で素晴らしいという。
故に私もその二人のエックスは追わずにおれないという・・・。
もう一本は、こちらもまた私がその知性を高く評価する評論家の与那覇潤氏の論考で、
(これはもう一昨年の記事なんですが、それからも事態は全然膠着したままで)
(與那覇潤の論説Bistro、2024年12月21日)
<スクリーンショット>
<スクリーンショット>
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与那覇氏は「西側はどこで間違えたのか?」としているのです。
もう西側&ウクライナ応援団が間違っていたことは、隠しようもない事実として認識され始めているのです。
あの「ノルドストリーム2爆破」事件にしても、当初はみんな「犯人はロシア」と断じていたのです。それがもうウクライナが犯人だと認識され、また2022年4月の「停戦交渉妥結寸前→破談」の事実が、それがボリス・ジョンソン前イギリス首相の高圧的なゼレンスキー氏に対する「止めとけ!」交渉が決定的だったことも、みんなそれを否定できないことと認め始めているのです。
しかし日本のテレビと、テレビによく出てくる専門家諸氏はけっして自己批判しようとしないという・・・。
う~~む・・・、なんじゃらほい・・・
ほんまに、世の中は一筋縄で行かないものでありまする・・・
ですが、それでも「人間万事塞翁が馬」、
「楽は苦のタネ、苦は楽のタネ」
人生は「あざなえる縄の如し」でありまする、
頑張りまっしょい!
ご紹介まで。
ではでは。
















