sou uma japonesa -5ページ目
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おばあちゃんに手を繋がれ、電車を降りて目の前にある病院の暗ぼったい階段を上がると母が辛そうにベッドに横になっていた。

私はテーブルの上に乗っていたバームクーヘンを貰って食べていた。

…そこで記憶は途絶えてる。

1歳10ヶ月、弟が産まれた翌日の記憶だ。

しばらくすると弟が家にやってきた。
私はいつも弟をいじめていた。
何故なのかは覚えてない。
ただ寂しかったんだと思う。

母は弟が産まれるまで私だけを見てくれていた。
優しく語りかけてくれた。
でも弟が産まれてから、いつもイライラしてて怒っていた。
相手をしてくれなくなった。
今までは話しかけると優しく返事をしてくれた。
けれど弟が産まれてからは「何?!」と怒って返事が返ってくる様になった。
「何でもない…」
ショックだった、そして寂しかった。
私は今でも覚えている。

私はいつも弟をいじめていた。
だから、大人になった今でも子供の頃程ではないけど仲は良いとは言えない。

子供の頃は本当に仲が悪くていつも殴りあいのケンカをしていた。

でもね、弟の事は本当に大好きなんだよ。

赤ちゃんだった時にいっぱい意地悪してごめんね。

そして、お姉ちゃんのせいでいっぱい嫌な想いをさせてごめんね。

お姉ちゃんはそろそろゆっくんと本当に仲良くなりたいよ。

1978

1978年8月2日午後19時、私はこの世に誕生した。
身長も体重も正確な出生時間も忘れてしまった。
母子手帳も赤ちゃんだった頃の写真も思い出というものはほとんど紛失してしまったから。
私の両親は私が産まれた事を心から喜んでくれたそうだ。
特に父はよく私の面倒をみていたそうだ。

貧乏で貧しく、普通の幸せとはかけ離れた生活だった事は小学生位の時に知った。

それは後に書こうと思う。

お父さん、こんな娘でゴメンね。
お母さん、心配ばかりかけてゴメンね。
そして私の娘、リーヤ、泣いてばかりいるママでゴメンね。

今は幸せだと思うけど、多分産まれた時が一番幸せだったと思う。

痛みも苦しみも悲しみもこれから先に起きる全ての出来事も知らなかったから。

私は今、ここにいて生きている事が不思議で仕方ないです。

私の今までの人生は、本当に悪夢でも見ている様な人生でした。

もし、興味を持ってくれたり、時間があれば少しだけでイイから私と一緒に振り返ってみませんか?
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