sou uma japonesa -4ページ目

最初に言っておくけど、決して母が嫌いな訳じゃない。
生き方が下手だな、とは思うけど。

私の母は子供の頃から苦労ばかりして生きて来た人。

小学生2年生、8歳の時に実父を事故で亡くしてからは本当に苦労ばかりだったらしい。

母は6人兄妹の末っ子。
二番目の次男は3歳の時に戦争中に肺炎で亡くなっている。
顔も知らない良く出来た兄だったそうだ。

父が亡くなって、たちまち貧乏になり、おまけに今まで父が長男にあたるh伯父さんの酒乱を抑えて来たが、その歯止め役もいなくなり、いつも家中のガラスを叩き割られ、母を殴られては小学生だった母が母の手を引き夜中に逃げ回る生活だったらしい。
おまけに、学校では貧乏な事を理由にいじめられたとも聞いた。
歳上の兄姉達はh伯父さんを避け早々と家を出てしまい、辛い毎日だったという。

母はバカが付くほどのお人好しで、世話好き。そしてお金の使い方が下手で、キレると気違いを見ているみたいな人。

そんな母だからこそ、辛くて泣いているのを目の前で見て来たからこそ、私は母を嫌いにはなれない。

子供が大嫌いだったのに、私を産んで幸せだったみたい。
「育てられなければ私に頂戴」と姉に言われたそうだが、そんな私が母を今している。
不思議だね。

お母さん、子供の頃に私はお母さんにすごく憧れたんだよ
沢山の友達がいる事に
そしていつも傍に居たかったんだよ、寂しくて
今は大人になって冷静な目でお母さんを見るととても同じになりたいとは思わないけど、死にたいと言われてたあの頃より、幸せと言ってくれる姿が嬉しい
もう悲しみも全てを消して欲しい
ただね、お母さんは私よりもずっと幸せだと思うんだ。

だってお母さんは本物の愛を知ってるじゃない。

「お前がいたら、どんなに辛い事でも出来る」

と言ってくれた人がいるじゃない

私にはいないかも知れないから…

私の父はどういう人なのか私は分からない。
私の中のイメージは、厳格で仕事人間で、趣味は仕事みたいに子供の頃に思ってた。
父の友人も一人しか知らない。
父は元刑務官で、その時の同期の人が父の私が唯一知る友人だ。

変わった経歴の持ち主でもある。

郵便局員をしていた事もあった。
昔の家に当時郵便局員に採用された時の文書があった。

その後、大型スーパーで警備員をしている時にエレベーターガールをしていた母と出会ったらしい。

父の実家はかなり裕福な家庭で、父が小さい頃は色々と商売をやっていたそうだ。
父の実家に行った時に近所のお店のおばさんが言ってた。
父の兄姉も公務員や老舗の女将だったりする。

父は仕事が忙しく、私が子供の頃はほとんど仕事で家にいなかった。
正月も盆も土日も関係無く仕事していた。
私は父が過労死するのではないかといつも心配だった。

父は特に弟よりも私を可愛がってくれた。
30歳後半に初めて授かった子供だったから。
いつも私にはかなり甘くて母はいつも怒っていた。

だから私はいつも父に申し訳無い気持ちでいっぱいだ。

自慢が大好きなお父さん
私は自慢出来る様な娘にはなれなかった
お父さんと過ごすほんの少しの時間が私は涙が出る程嬉しかった
お父さんには色々と言えなくていつも後から報告だったね
私にはどうする事も出来なかったんだ
どう接したらいいのか分からなかったの
もっと素直に気持ちをぶつければ良かったのかな…

幼少期

三歳になる年に私は保育園へ入園した。

いとこの女の子がこの保育園に入園していて、母と一緒にこの保育園を見に来た時に「この保育園に入りたい」とかすかに言った記憶がある。


小さな頃から泣き虫で、いつも先生の膝に座ってるような子だった。


その中でも特に私を可愛がってくれたH先生。

H先生から貰った年賀状は20歳くらいまで大事に持ってた。

引っ越しをした時に失くしちゃったんだけどね。


そして、先生が卒園式の時に沢山涙を流して「皆と会えなくなるのが寂しい」と泣いていたのを今でも思い出す。


私は、自分の子供も同じ保育園に通わせ、H先生に子供の担任になってもらうのが夢だった。

そして、私は大人になり、一女をもうけ、夢を叶えた。

去年の娘の担任はH先生だった。


おととし、私が保育園の駐車場で車を他の園児の親の車にぶつけてしまい、電話で旦那に責められ怒られて泣いていたら、先生は私の手を握り何も言わずに私の話を頷いて聞いてくれた。


「私、いくつになっても子供だな、いい大人なのにこんなに泣いちゃって」

「そんな事ないよ」


私にとって先生の握ってくれたその手は温かくて、柔らかくて、とても懐かしい時間が子供の頃に戻ったみたいだった。


H先生は今年、保育園を退職した。


あれから24年、先生は今でも独身で独りで頑張ってきた。

私は娘の行事や保育園の催しで保育園へ行く時は必ず先生の隣にいた。


もう一度あの頃に戻れるなら、今の私であの頃に戻りたい。

浅はかで単純で何も知らないって本当に幸せなことだ。

色々な知識をつけ、色々な事を知ってしまった私はあの頃みたいにとても無邪気には笑えない。


泣き虫で、いじめられっ子で、わがままだった私をいつも優しく可愛がってくれた先生。

本当に感謝してる。


子供っていいね。

人を色々な目で見ようとしない。

素直な気持ちで人と接することが出来る。


私は中学に入学した時に保育園で仲良く遊んでた子達に「気安く話しかけないで欲しい」と言われた。

再会した時は手を握り合って喜んでくれたのに、私が小学校でいじめに遭ったり、嫌われてる事を知るとたちまち皆離れていった。

蟻の子を散らしたみたいに。

悔しかったし、物凄く悲しくなった。


でも、私は学んだんだよ。

人は変われるって事を。


その気持ちだけで今まで生きてきた。


どうか、娘が私のようになりませんように。


先生、私は子供の頃に比べるとかなり弱虫だと思います。

孤独感でいっぱいでした。

あんなに可愛がってくれたのにゴメンね。

こんな人間になっちゃってゴメンね。