sou uma japonesa -2ページ目

旅人

人間は人生を生きる。
それは旅をしているのと同じ。
私はここ数年間で人生を変える出来事が沢山あった。

病気が治った訳では無いし、一生付き合って行かねばならない障害がある事も分かって、いい大人が迷子札を必要とする状態な時もある。

だけど、幸せだと思える様になった。
同級生と普通に話せる様になった。
幸せをくれる生涯の伴侶を見つけた。
普通の生活が当たり前の生活が出来る様になった。

ただただ感謝しか無い。

無くした物や手からこぼれ落ちてしまった物もあるけど、ひとつずつ拾って過去を振り返る。

それが今の私です。

大人だから

私は鏡をその昔の私とは別人の様な気持ちで見つめる。

くっきりした二重の瞳は金という人生を活性化させる道具で手に入れた。

更にそこに引かれたアイラインと弧を描く美しいラインの眉毛も同じだ。

顔に針で痛みを加えて施した。

そこまでしてでも私はコンプレックスを捨ててしまいたかった。

これは幼少時代の極度のコンプレックスを抱いた少女が描いた夢の顔なのだ。

まだまだ足りない気もするが、昔に比べたらかなりマシだ。

そんな自分に愛しさを感じるくらいだ。

今の自分は昔よりもずっと好きだ。

まず見た目で精神病だと悟らせない。
話し方で一般的な人間だと思わせる。

自分が病んでいる事を子供の頃から一番知っている。

消極的になりそうな事に興味を抱いた自分自身が大きかったのかと思う。

ただやっぱり私は外見は昔とは変わったけど、中身はやはりポンコツと変わらないのだ。

昨日、伊丹十三氏の映画あげまんを見た。
私は作中に出てくるナヨコと変わらない存在だと感じた。
運命に翻弄されながら生きる様な。

ただ、伊丹十三氏のナヨコを演じる妻の宮本信子への愛は痛い程に感じた。

あの演技は愛を知っているからこそ出来る愛する者への演技だから。
伊丹十三氏の私の中での解釈では、自殺の意味が解釈出来る気がする。

本当はすごくすごく繊細なんだよね、きっと。

鏡や映像や写真には映りきらないものがそこにあるんだよね。

絵と針と糸 2

私には好きな物がある。
それは子供の頃から変わらない、人形だ。

ジェニーちゃんやリカちゃん、バービー人形など。

小さな頃におもちゃ屋さんでショーケースに並んでいた綺麗なドレスを着た人形に憧れの視線を送っていた。

初めて糸と針を持って縫い物をしたのは保育園の年長さんの時。

いつか人形のドレスを作ってみたいという想いから。

ある日おばあちゃんに小さなフエルトの切れっ端で人形の服を作って貰った時は嬉しかったなぁ…。

母は不器用だったから、私の髪の毛すら結ぶ事もできなかった。

編物も大好きだ。
小学校の時にクラブに入った事がきっかけで始めたけど、今でも続けている趣味のひとつ。

私は幸せだと思う。
色々な事に興味を持てたから。
私は外見からはとても精神障害者とは思われない。
そうゆう部分を見せない様に生きてる。
精神障害者と呼ばれる立場ではあるけど、趣味や興味を持てた事に必死になることで自分を保ってきた。
ちょっと変わり者。
だからこそ苦労もしたんだけどね。