大人だから | sou uma japonesa

大人だから

私は鏡をその昔の私とは別人の様な気持ちで見つめる。

くっきりした二重の瞳は金という人生を活性化させる道具で手に入れた。

更にそこに引かれたアイラインと弧を描く美しいラインの眉毛も同じだ。

顔に針で痛みを加えて施した。

そこまでしてでも私はコンプレックスを捨ててしまいたかった。

これは幼少時代の極度のコンプレックスを抱いた少女が描いた夢の顔なのだ。

まだまだ足りない気もするが、昔に比べたらかなりマシだ。

そんな自分に愛しさを感じるくらいだ。

今の自分は昔よりもずっと好きだ。

まず見た目で精神病だと悟らせない。
話し方で一般的な人間だと思わせる。

自分が病んでいる事を子供の頃から一番知っている。

消極的になりそうな事に興味を抱いた自分自身が大きかったのかと思う。

ただやっぱり私は外見は昔とは変わったけど、中身はやはりポンコツと変わらないのだ。

昨日、伊丹十三氏の映画あげまんを見た。
私は作中に出てくるナヨコと変わらない存在だと感じた。
運命に翻弄されながら生きる様な。

ただ、伊丹十三氏のナヨコを演じる妻の宮本信子への愛は痛い程に感じた。

あの演技は愛を知っているからこそ出来る愛する者への演技だから。
伊丹十三氏の私の中での解釈では、自殺の意味が解釈出来る気がする。

本当はすごくすごく繊細なんだよね、きっと。

鏡や映像や写真には映りきらないものがそこにあるんだよね。