板橋の自然健康ヨーガ教室 -203ページ目

現状

時として‘努力’という文字を見るだけで疲れる時がある。


きっと今は、力を抜いて自然の流れに身を任せるくらいがいいのだろう。


これがちょっとしたなんかのきっかけで‘努力’という美学が光々と輝いてくるのである。


私の人生、この繰り返しなのだろうか?

9/3(水)本日はヨーガのレッスン日です

ヨーガは、心身の不要なものを取り除いて、純化していく、インド古来から伝わるシステムです。

ヨーガを通して、リラックスすることを学んでいただき、人間的な成長を学んでいただき、そして豊かな人生を築いていただきたいと思い、この教室を開きました。

自分のペースで行っていただくのが一番大切なことですので、年齢、性別問わず、どなたでも同じスタート・ラインから始められます。

真面目に続けていただければ、きっと何かを感じ、そして自分自身の変化に気付かれることと思います。是非、ヨーガを体験してみて下さい。



★日時:毎週水曜日 PM19時~

★場所:仲町地域センター 第二和室

★参加費:1回1,000



ご家族(ご夫婦)、カップル、知人をお誘いの上、是非いらしてください。

ヨーガとはどんなものか、少しでも味わっていただけたらと思います。

ご予約は下記のメールかお電話でお願いします。

場所などの詳細は追ってご連絡いたします。

090-2320-6566

lb-ps@bird.ocn.ne.jp

インド リシケーシから ~スヴァーミ・チダーナンダ・マハラージ~

8月28日午後8時11分にデラドゥーンでマハサマディに入られた
スワーミチダーナンダマハラージの遺体はマントラチャンティングをしながら
皆が待つシヴァーナンダアーシュラムのサマディホールに
夜中の12時半に到着しました。参列者一人ずつがお別れをした後
スワーミやブラマチャリの肩に担がれたチダーナンダジは
バジャンホール、ヴィシュワナータマンディール、ダイニングホールと回った後
一旦外に出てラムジュラのオートスタンド、スワーミジが
アーシュラムにいらっしゃった時のお住まいグルニヴァス、
グルデヴクティールを通り郵便局の下のシヴァーナンダガートへ。
私はご遺体がガンガーに流されるのは29日の午後だと思っていましたので
10時過ぎに一旦帰宅していました。
3時半にアーシュラムの知り合いのスワーミから電話をいただきました。
ただ「Come !」と言っただけで切れたのでこちらから掛けなおすと
ただ大勢の人がマハマントラを唱えているのが聞こえるだけ。
とにかく行ってみなくては・・・・と感じ、
急いで身支度をして歩いて真っ暗な中アーシュラムに向かいました。
シヴァーナンダガートに行くと暗闇の中そこだけは大勢の人たちでざわついており、
たくさんの花で飾られライトで照らされた船が用意され、
すでに事務総長のスワーミヴィマラナンダジほかトップのスワーミたちは
乗り込んでいました。しかしガートでは最後の儀式のアビシェーカが続いており、
私は何とか間に合いました。ビッグなスワーミたちが
亡くなったときは常にそうであるように
チダーナンダジも座った形で安置されていました。
スワーミジの前に立つとなんとお顔は小さく、体は小さいこと!
ガンガーの水を頭や足に掛けた後思わず足に触ってしまいました。
スワーミジは生前決して女性にはタッチするのを許されなかったことも忘れて。
でもアビシェーカを補助していたスワーミからは咎められませんでした。
驚いたことに皮ふは赤ちゃんのように柔らかく、温かかった。
5時半前チダーナンダジは船に移されラムジュラの向こうへ。
急で間に合わなかったのか箱には入れられていませんでした。
今は雨期でガンガーは増水し、流れが速いので渡し船も走っていません。
大丈夫かしら?と見守る中、時に全く進んでないように見えましたが
無事にいつもスワーミ達の遺体が流されるラムジュラを少し超えたところまで着き、
いとも簡単にスワーミジはガンガーへ。
アーシュラム内だけでなく地元の人たちにも慕われていた
チダーナンダジをしのんでその日はムニキレティの商店は閉店しました。
去年末から今年前半にかけてカイラーシアーシュラムの総長をはじめ
ビッグなスワーミが亡くなりました。あるスワーミは
座った形で飾られ小型トラックで街中を回り、
多くの住人にも見守られながらガンガーに流されたのを見ていたので
そのような形を想像していましたから「なぜそんなに早く・・・・・?」
と不思議に思いましたがスワーミの遺言で“日の出前に流すように”
とのことだったそうです。
9月12日の亡くなって16日目のプージャの日まで
アーシュラムはまるでクリスマスのようにイルミネーションが飾り付けられ、
夕方のグルデーヴクティールのガートでは毎日スペシャルアーラティが行われています。

見てしまったこと

昨日、街を歩いていると、私と向かいに歩いてきた女性がスッと地面から何かを拾い上げた。


手元を見ると5千円札。


この女性、何食わぬ顔をして5千円を拾ったのだ。


5千円札様が地面に横になられているだけでも滅多に拝めないのに、目の前で拾われてしまうのはもっと確立の低い遭遇率である。


これが正に‘知れば地獄、知らぬが仏’というものだ。


え、もしお前が拾ったら交番に届けたかって?


昔、弟がまだ小さい頃、100円玉を拾って交番に届けたことがありました。


そしたらおまわりさんは、


‘君は偉いね、ご褒美にこれは君にあげるよ’と言われ、100円を持って帰ってきたことがあった。


我が弟ながら、何とも可愛い行為だなと思います。


子供の時は皆いい人だったんですね、とだけ答えておきます。

ロードショー

先程、‘映画専門誌「ROADSHOW(ロードショー)」が、11月21日発売の09年1月号で休刊すると発表した’というニュースを読みました。

‘同誌は72年3月創刊。内外の映画スターの写真や独占インタビューなどを掲載して人気を集めてきた。映画情報をインターネットなどで集めるファンが増え、部数や広告収入が減ったことが休刊理由。創刊時の部数は21万8000部、最高35万5000部を記録(83年2月号)し、最近は平均5万部だった。’

ということです。

今から約30年前、小学生の私は100円、200円程度のお子遣いで古本屋さんに行き、この「ロードショー」や「スクリーン」の古本を買ったものでした。新書を購入した時の付録だった‘俳優女優年鑑’みたいなものは表紙こそ取れてしまったが、今でも残っています。「ロードショー」はもう何十年も見ていなかったが、まだ発刊されていると思っていた。

何とも寂しいものです。

インターネットがまた一つの文化を消してしまった。

そのニュースを知ったのもインターネット。

インタネットは、どれ程私達に有益なものをもたらしてくれて、どれ位大切なものを奪っていくのでしょうか?

何でも目の前の画面上で知ることが出来ると、小さい頃の儚い夢や趣みたいなものがなんだかなくなってしまう感じがします。


知らずうちに底なし沼にはまってしまう感じでなんだか怖い気がします。