35歳の“元”自治会長日記 -15ページ目

35歳の“元”自治会長日記

31歳で約200世帯の自治会の長となった者のブログ。【開放から1年目】

市の政策企画課より手紙が届いていた。


市からの手紙は、市民活動課や道路管理課などから


が多く、政策企画課からの連絡は余りないので、何だろうと


封書を開けてみると・・・それは・・・・


御国からの御礼状でした。

(一部加工)





もっと世の中の役に立ちたい。

とりあえず、萩焼の窯元を見つつ、松陰神社へ帰還。


まだ、時間があったので、世界遺産に登録?されるハズの


炉を見学に行くことにした。


(結構ニュースとかでやってるから人も多いかもという

不安を抱きつつ・・・)


つきました


いやー、看板とか見当たらないし分かりにくい。。。






登山口・・・

結構登るのかな?と不安になりつつ上る。




つきました!


萩反射炉


しかし・・・


人が一人もいない・・・






素人なので、歴史的価値がどれほどなのかは

分からないけど、同時期に推薦された

長崎の教会群には及ばないような気がした。

(ちなみに、松陰神社等もこの炉と一緒に推薦

 される予定)


はい。

ここでタイムアップ。


お腹も空いていたので、はぎしーまーとで食事。

(萩に来た時は必ずここになってしまう。他に

 食事できるところが見当たらない。。。)


刺身定食と海鮮天丼を頂きましたとさ。

前にも書いたけど、ここは安部首相や

テレビの取材を受けている有名店?である。






なんか、歩き疲れた。


来週末は。。。防災訓練・・・。





さて、伊藤博文旧宅を後にし・・・


次は・・・


そう!松下村塾の創設者である、玉木氏の旧宅である。





こんな人である。


さぁ!まだまだ歩く。




つきました!

松陰誕生の地である!

暑い・・・。




跡しか残って無いけど・・・狭い?


あと産湯の井戸もあり・・・




少し怖い・・・


で、ここにも松陰先生の像!



この像から見える景色は・・・・






絶景!!


で、像の裏に回り、作者等を調べると・・・

大学教授など。錚々たる人々が関わっていることが分かった。




そして、生誕の地の近くには墓もあり。





さて、結構歩いたので、そろそろ松陰神社へ戻ろうと思ったが


せっかくなので、もう一か所歩いて回ることにした。


それがここ。





あーーーーーーーーーーーー


疲れた。


そういえば、萩には世界遺産になりそうな

モノがあったような気がしたが・・・。





その後、松陰神社の周辺を散策・・・





ん?


誰か立ってる?




誰だ??




おおおおお。

これは




初代内閣総理大臣 伊藤博文 である。


しかし、この像、意外に小さいと思ったら、

実はほぼ等身大らしい。

小柄というイメージは無かった。


ここは、伊藤博文の旧宅である。






その隣には




別邸の方は有料である。

移築したからであろうか?




さて、まだまだ歩く。








さて、ここはどこかと言うとここです。




そう、松陰神社。


来年度の大河でも若干話題の松陰先生です。


観光客は以前来た時より若干多いか?という程度で


まだまだ少ない・・・。

特に、外国人の姿は0。最近の観光地には必ず1組はいるのに。


で、県の方も何かしなければと考えているのでしょうか


アンケート調査を行っていました。

↓アンケートに答えてもらった粗品↓



さて、引き続き松陰神社の中へ・・・


お!

これは!!!



今まで数回訪れたことがあったのに、気づきませんでした。


強恕の道


さて、引き続き・・・




まあ、有名な松下村塾。

しかし、間違ってはならないことが1つ。

長州萩城下の松本村(現在の山口県萩市)に、松陰の叔父である

玉木文之進が1842年(天保13年)に設立し、松陰も学んでいる。

(wikiより)

松陰先生が設立したものではないということ。


さてさて、奥へ

これは???



道には折り紙で折った傘のようなものがたくさん釣るしてあり


よく見てみると・・・




おみくじであった。


洒落ている。


はいつきました。



松陰神社。


しかし!

忘れてはならないのがこっち。




そう、松門神社。

むしろ・・・。






さて、幽閉されていた屋敷などを回り、とりあえず松陰神社を

後にしました。


萩で間接的な仕事の手伝いがあってそのついでに


「松陰先生」にお会いすることにした。


で、まず仕事の手伝いの拠点さがし・・・ありましhた。

(約10年ぶり)



さて、手伝いも終わったので、早速お出かけである。


まず思ったこと・・「今日は久々に晴れてよかった。」


ここのとこずーーーーっと雨だったので、久々に


夏らしい天気になった。


車で移動し・・・つきました。




来ました。

「明治維新胎動之地」


そもそも明治維新とは??

・・・江戸幕府に対する倒幕運動から、明治政府による天皇親政体制の

転換とそれに伴う一連の改革をいう。その範囲は、中央官制・法制・

宮廷・身分制・地方行政・金融・流通・産業・経済・文化・教育・外交・

宗教・思想政策など多岐に及び、日本を東アジアで最初の西洋的

国民国家体制を有する近代国家へと変貌させた。(Wikipediaより)


まさに、国の全てが一新された。ように思える。


私はゲームもやる。そう、現代人だから。


で、ゲームはよっぽどのことが無い限り


中古を買う。PS3


で、今回もいつもと同じように中古の


ゲームを買った。


今回は通常280円のゲームが期間限定で


半額の140円であった。


で、家に帰ってやってみると・・・


あれ、映像がカクカクなる。


操作する場面では問題ないのだが、


映像を見る場面でカクカクトビトビなる。


140円だし、お店に言うのも面倒だなと


思ったけど、やっぱり行って交換だけ


してもらおうと思い、お店にGO。


すると、交換は当たり前で、お店の金券を


もらった。


さすが大手。


違うな。

奢ってもらうことはあまり好きでは無い。


今週末、お寿司(出前)を奢ってもらった。


遠慮もあったがそれよりも自分が好きだという理由で


にぎりではなく、「上ちらし」でお願いしていたのだが


届いたのは、「上にぎり」。


気を利かしてなのか?


まあ、奢りだからいいのだが。


さて、タイトルとは違いますが、今日は「驕り」について。


どこの職場もどこの業界もそうなんでしょうか?


組織内に対しても、組織外に対してもやたら


驕り高ぶった態度をとる輩が多い気がする。


なぜそうなってしまうのか?


その理由がわかったので、次回報告させてもらう【予定】


さて、自己中の彼はどうなることやら・・・。

今日は校区の夏祭りであった。


もちろん、自治会長として色々手伝ったわけだが・・・


しかし、今日は風は強いし、雨は止まないしで、


中止にするだろうと思っていたが・・・開催決定。


なんというか、まあ、それなりに参加者もあったみたいで


結果よかったのだろうが、そんな天候の中する必要が


あるのだろうか。


自治会長単独の意見だけでは動かないだろうが


校区の行事については、もう少し考えるべきだと思う。


少子高齢化の現代において、数十年前からずーっと


変わらず行っている行事が現代においても受け入れられる


とは到底思えない。


変える必要があると思う。







変なタイトルであるが、ここにも行ってみた。


なんというか・・・


やっぱり景観って大事にしなきゃいけないと、


ここに来るたびに、思う。

(度々来ているわけではないけども)


観光地としては十分に有名な名称ではあるが


いまや名勝とは言えない。


まあ、中心だから仕方がないのかもしれないけど


計画する時には、そういうところも重視してほしい


ものである。


そう、首都高が真上を覆っており、余りにも景観が悪い。


このことについては、当然これまでも度々議論になっている


らしい。


もうおわかりだと思うが、ここだ↓




下の暗いところが日本橋。


日本の中心なのに真っ暗。