ぼくの秘密日記 -34ページ目

『ブラック・レイン』(1989年・米)

『ブラック・レイン』DVD
監督:リドリー・スコット
CAST:マイケル・ダグラス
  :アンディ・ガルシア
  :高倉 健
  :松田 優作
☆ネタバレ有
松田優作の遺作となったアクション・サスペンス。
日本向スペシャルコレクターズエディションが発売され購入。
今観ても優作の圧倒的な存在感には感服。
既に癌に犯されていたそうだが共演の安岡 力也だけが知らされていたそう。
元々は優作が死んで終わるエピソードだったのを試写で不評だったこと、あまりの悪役ぶりに続編を作るために急遽シナリオを変えて逮捕で終わる結末にしたのは有名な話。
バイクのシーンではスタントを使わずに優作本人が演じている。(個人評価73点)

『チームアメリカ☆ワールドポリス』(2004年・米)

『チームアメリカ☆ワールドポリス』DVD
監督:トレイ・パーカー
VOICE:トレイ・パーカー
   :マット・ストーン
人形劇にも関わらず、R-18指定された問題作。
金正日ソックリな独裁者やハリウッドの俳優を実名でだして、そのクビをちぎって殺すなどして茶化している。
内容はかなり政治的かつそれも偏向気味で、人によって好き嫌いはハッキリ別れそう。
ワタシ自身、人形同士のラブシーンには、シーンの長さとその内容に呆れて苦笑した。
実際にショーン・ペンは、文書で抗議し、プラハの北朝鮮大使館は上映中止を求めたという。
理解があったのは、ジョージ・クルーニーだけだったとか。
人形のリアルさには驚かされる。(個人評価65点)

目標

今年の具体的な目標が定まった。
今年は「患うこと」を目標にしようと思う。

職場の同僚と話をしていて気がついた。
ワタシもその独身の同僚も患うことをしていなかった。
なぜこんな簡単なことに気づかなかったのかと、今更ながら自分の鈍さに苦笑してしまう。
周りの結婚した先輩や後輩(人生では先輩になった)を見て分析すると、皆患ったのだ。
期間の長さは人によって違いはあるかもしれないが。
ほとほと自分の身体の強さが恨めしい。

患う先に幸せがあるのだ。
という訳で今年は絶対に'恋に患う'ことにする。
身がこがれるくらい患いますように。

元旦に(その3)

認めたくないが、やはり'孤独死'は切ない。

という訳で今年の目標を'孤独死'しないと掲げよう。
'結婚'とか'出産'ではない。

狭い四畳半でひとり孤独に死んでいかないようにかかりつけのお医者さんなどを見つけるのだ。
そうすれば風邪をひこうが、インフルエンザにかかろうが胸をはって(?)「調子は悪い。ただし、'孤独'ではない」と電話にでることができる。

しかし、今も決してひとりじゃないし、'孤独'ではない。
正月早々出勤している職場の仲間がいる。
嗚呼、正月も仕事でよかった。

ちなみにワタシはかなり負けず嫌いで痩せ我慢な性格である。

元旦に(その2)

他人の休みに働き、他人の仕事中に休めるのは、たまの休みにワイフや子供の相手をしなくてもいい独身の特権だ。
独身万歳。
自由って素晴らしい。
ちょっと前に「週末婚」が話題になったが、ワタシはできれば「隔週末婚」または「月末婚」が希望だ。

と考えていたが、正月早々風邪をひいて調子がワルイ。
前に風邪で寝込んでいたときに上司から所用の電話があり、「きっとそうしてサミシク誰にもみとられず死んでいくんだなぁ。そういうのを'孤独死'っていうんだよ、'孤独死'。フフフ。(^^)」と言われ、寝込んでいるところに追い討ちをかけられたことを思い出した。(続く)

元旦に

あけましておめでとう。

どうやら無事に年を越せた。

ただ、ワタシは新年早々仕事で出勤している。
ワタシは、就職してからというもの正月にキチンと休んだ記憶があまりない。
新人の年から4年連続して年末年始対応主任という名誉称号を授かり、暮れは大晦日深夜まで、新年は3日の夜から出勤した。
何をしていたかと言えば、職場で年賀状を書いていた記憶がある。
独身の先輩と二人で元旦の0時に新年の挨拶をコーヒーで乾杯して交したこともある。

常々、日本の風習に逆らってきた反社会人であることは、家庭という最小単位の社会さえ築けない事実が証明する。(続く)

年の瀬に(その4)

'砂金掘り'はかなり有名な肩書だった。
'愛'を追って、'砂金'を見つけたのだ(割愛)。

愛についてワタシが学んだのは、'愛'とは使命のために生きることなのだ。
女性は子宮でモノを考えるというが、それはこの世に生を受けたときから、子孫を残す使命を帯びていることをいうのだろう。
そのため、生まれたときから、優秀な遺伝子を求めていく。
それが'愛'だ。

かたや男は、生まれてから自分探しが人生の中心になる。
ワタシのようになかなか見つからないと厄介だ。
女性への'愛'より先に自分探しが優先される。

その結果として。

嗚呼、ココはどこ?
ワタシはだれ?

年の瀬に(その3)

クヨクヨ悩んでも(全く悩んでいないが)仕方がないので、来年も目標に向かってがんばりたいと思う。

しかし、'愛'とはなんなのか。
結婚するにはまずここから理解せねばいかんのではないか。
昔、無名な芸術家がこう語っている。
「'愛'は真心。'恋'は下心。」

実はその芸術家とは、学生の頃のワタシだ。
特に哲学的な意味はない。
漢字のどこに心があるかを授業中に発言したら、大いにウケて殿堂入りしたのだ。(肝心な'殿堂'を見たことがないので実際殿堂入りしたかはわからない)
芸術家という肩書も当時のモノで、今は'妖怪人間'、少し前は'砂金掘り'だった。(続く)

年の瀬に(その2)

それにしても我ながら厳しい目標をたてたものだ。
いつまで経っても自分が何合目にいるかもわからない。
ひょっとしたら、誤って隣の山に登ってしまった可能性もある。
そういえば職場の両隣はワタシより若いが既婚者で、二人とも可愛い子供がいる。
彼らのどちらかの山に誤って迷い込み、ゴールに気づかずせっせと登っている可能性はゼロではない。
家庭の一員になったかを確認するため、正月に行ったらご馳走があるかを聞いたが、二人からは丁重に断られた。
期待したが、正月だけに他人は招待しねえん(新年)らしい。甚だ残念だ。(今年最後のボケも残念だ)(続く)

年の瀬に

とうとう今年も最後になった。
今年も目標をキチンと達成できただろうか。

ワタシの目標は2000年から一貫している。
ワタシの意志がかたい表れだろう。

目標とは世紀末までに結婚することである。
当然のことながら、この目標は2001年になり、21世紀末まで自動延長された。
なにがあろうと後94年以内に結婚するぞ。

その過程として今年は「ワタシは女心が'かなり'わからない」ことを学んだ。
昨年は、'かなり'がまだ'やや'か'ともすれば'程度のことだと誤解していた。
これは人類にとっては小さな一歩だが、ワタシにとっては人生が関わってくる大きな進歩だ。(続く)