ぼくの秘密日記 -14ページ目

こうして課題は解決する(その2)

今朝は目覚めた後から、多忙を極めた。

目覚めると同時に、尿意と空腹とシャワーを浴びたいという欲求が、分刻みどころか一気に押し寄せた。
それぞれトイレとダイニングとバスルームを間違えずに冷静に対処できたのは、ワタシの正確な判断力が成す技であり、課題解決力の確かさを証明するものである。

しかし、ことが探し物という課題になった瞬間に解決力は一気に低下し、やはり整理が必要だ、という誤った解決策に走ってしまった。
それほど物の整理という課題は難解だと言えよう。

結果として今ワタシの目の前には、探し物をしているのか整理をしたいのか、どっちつかずの状態になった本が溢れている。

人よ、笑いたくば笑え。
実際、ワタシも自分に苦笑いしているほどだが、周りが笑おうとも、ワタシは逃げる訳にはいかない。

ワタシの家の整理とはワタシにとってはそれほどまで重要な課題だが、他人にとってはなんの課題でもないのがシャクに触る。

笑うならせっかく学んだ真理を教えてあげないぞ。


整理整頓するか毎回探し物をするか、やはり探し物をする方が得だ。

整理整頓は、常に物が現実に存在してしまうのに対して、探し物はひょっとしてここに存在しないかもしれないという気持ちがあるので、仮に見つからなくても諦めがつく。

こうして課題は解決する

探し物をした経験は、誰もがもっているだろう。

なぜ必要なときに必要なものがでてこないのか?

その謎は、技術の結晶であるドラえもんでさえ解き明かしてはくれない。
実際、劇中でパニックになるとドラえもんのポケットからでてくる道具は大半が役立たずなモノである。

思い興せばワタシの人生のうち、探し物に費やした時間を全て加算するとかなりな量になるはずである。
東京ドーム何個分かと聞かれても、想像すらできない。

おそらく探し物をする時間を、全てゴルフだけに費やしていたとすると、今頃はタイガー・ウッズ並にゴルフのルールに精通していたとしても不思議はない。

しかし、なぜモノが無くなるのか。

一説によると整理の仕方が悪いという原因があるらしい。
記憶力が悪いのかと思っていたワタシは、少し安心した。
ただし、整理をするにも時間はかかる。
ワタシは整理する時間と探し物をする時間を天秤にかけ、結果として整理せず、探し物にかける方を中心として生きてきた。
しかし、整理をしない分、探し物に必要な時間が増えたのは当たり前だと言えよう。

この判断が誤っていたかと聞かれると、あながちそうとも言い切れないところもある。
朝から部屋を整理しようとしていたワタシは、この整理に関する真理を見つけた。(続く)

一口では説明できない課題(その2)

このあたりの前振りが長いことと、脈絡がないこと、更に中身もないことはワタシのスピーチの特性だが、今日はスピーチについて語る訳ではないので割愛する。
(全く関係ないが今日のワタシの朝食は、ピーチじゃなくてイチゴを食べている)


課題というのは、人に課される場合と自らに課す場合と更には産まれたときから課されている場合がある。
または人や自分から重複して課されたり、段々と課される要素が増える場合もある。

結婚課題は、一般的に産まれたときから種の保存の前提として法律で課されており、歳をとると共に自らがその課題を課すことになり、更に解決しない場合は第三者からも課されるのである。
なお第三者は大抵身内の筈だが、中にはワタシのように、他人の家庭を不幸にしないために、という理由で同僚から課されるモノもいる(※夜当番が原因か。夜当番については、5月3日の記事参照)。

ダイエットもしかりだ。
最初は自分に課していたが、埒(ラチ)があかないのでワイフまたは夫に課され、最近は国をあげて課題にしようとしている。

あれ?
全く本題に触れずに終わってしまった。
歯磨き中、苦い感じがしたのはこのことだった。

明日、まだ覚えていたら続きから始めたいが、記憶力の向上という課題もあるので約束はできない。

一口では説明できない課題

今朝は魔がさしたように目が覚めた。

覚めてからよくよくみるとさしたのは魔ではなく、ベッドサイドに置いて読んでいた文庫本の角だった。
さされたというよりは、寝返りをうったために寝る直前まで読んでいた文庫本の角が顔にめり込んだのだ。

なお、偶然にも顔にめり込んだ本が横山秀夫氏の『深追い』で、面白くて昨晩のめり込み過ぎていたというのは出来すぎのようだが事実としてつけ加えておく。
現実はかくも奇なり。

しかし、今日これからの課題に対する試練を彷彿とさせる幕開けに、ワタシは歯磨き粉の苦味を噛み締めている。

ワタシには課題がたくさんある。
主なものをあげても、ダイエット課題、結婚課題、飲み屋の酒代などとキリがない。
どれもロクなものでもナナなものでもないが、課題とは何故こうもうれしくないものばかり並ぶのだろう。

あまりにつまらなくてたいていの課題は記憶に残らない。
今までの課題で唯一楽しかったのは、某女子医科大学のお姉さんと遊んだことくらいだ。

女子医科大学。
じょしい課題がく。

…ちょっと言ってみたくなっただけなので気にしないで、あっ!

モノも投げないで欲しい。

なんと。
今日の課題の内容を一切説明する前に携帯電話から更新可能な文字数がつきた。(続く)

耐える喜びとダイエットの決意(画像)


バルコニーにて…


楽しいバーベキュー


バルコニーの大きさが伝わらないのは、酔っ払いカメラマンの卓越したテクニックのおかげです
テントをはることも卓球をすることもできます

昨日は大人6人、子ども2人、犬が1匹でした(いつもよりちょっと少ない)

残念ながら顔はNG
期待してたら申し訳ないです


大丈夫、期待してないよって声が聞こえますが…

耐える喜びとダイエットの決意(その2)

しかし、昨日に限り優雅なジェントルマン演劇の会合は、悲劇の舞台となった。

子どもを除けば一番若輩者のワタシが「1年見ない間にデブになった、ダイエットするべきだ」と周りから集中砲火を浴びた。
惨劇のG.W.ハートブレイクである。

若輩者は辛い。
ワタシが砲火を浴びせる相手とすれば、後は子どもしかいないのだが、昨日は子どもにもウルトラマンの怪獣役にされて叩きのめされていた。

確か去年までは会長のペットもワタシより格下だった筈だが、最近ペットショップで"初老"と診断されたらしい。
逆転されてしまった。

結果として集中砲火の中を話題を代えようとウロウロと奔走する羽目になった。
しかし、そんなワタシに更に刺客が送り込まれる。

「無駄に大きいんだから、炭が消えないように風上に立っててよ」
「顔のパーツが真ん中に集まったよね」
女性スナイパーの容赦ない狙撃が、ワタシの心臓を的確にヒットする。

よくワタシの精神が崩壊しなかったと我ながら驚くが、ワタシはじっと自らの輝ける未来を待って耐えた。

幸いにも輝ける未来はすぐに訪れた。
焼肉はタレに浸され美しく輝き、生ビールビールは、泡がキラキラと光を反射する。

嗚呼あせる
耐えるって素晴らしい。

これだけ耐えられれば、きっと辛いダイエットも大丈夫だ、と焼肉と生ビールをたしなみつつ強く思った。

耐える喜びとダイエットの決意

昨日は『男の浪漫倶楽部』の会合があった。

会長であるワタシの先輩を筆頭に、仕事で知り合った仲間が男の浪漫について語らう、会長、部員のワイフから白眼視されている楽しい倶楽部である。

女性は男の浪漫を解さないことはわかっているので、基本として男は勝手に最近の浪漫自慢で盛り上がり、女性は傍らで男に呆れており、子どもは無邪気に走り回り、会長のペットの犬はワタシの顔中をペロペロなめまわしている活動だ。


一応、付け加えておくがワタシ達部員は、男の浪漫を語る際も、常に女性のことを忘れず、我々の活動は女性の理解で成り立っているという意識を持っている。
女性は素晴らしいと思うだけではなく公言もしている。
そう言わないと、ただではすまないからだ。

話を会合に戻す。
会長の家はマンションの最上階にあり、ルーフバルコニーがかなり広い。
その気になれば、ワタシのために二十畳ほどの部屋を建て増しできるくらいだが、残念ながら会長のワイフがその気になってくれない(ワタシの会社の元同期だ)。

そこに会長が常備している家庭用生ビールサーバーセットを運び、バーベキューセットを持ち込み、バルコニーにあるガーデンテーブルに料理を並べて上品にたしなむ。
都会の真ん中で、かくも楽しく優雅なバーベキューができるとはなんて贅沢なんだ。(続く)

同僚のワイフに口を揃えて言っておく(その2)

確かに昨日は呑んで帰った。
一昨日も…呑んだ気がする。

しかし、ワタシは決して義務や責任だと諦めて呑んでいた訳ではない。
ましてや「夜当番だ、仕方ない」とワイフに電話をした覚えもない(大体ワタシにはワイフがいない)。

やはり夜当番は、同僚の妄想に過ぎない。
自分の帰宅が遅いのを夜当番という、さもありがちな理由をつけているだけだ。
いやいや。
夜当番という言葉が"さもありがち"と思ったのであれば、あなたはすでに夫に洗脳されている。
考えを改めてもらいたい。

ただひとつ、同僚の名誉のために言うが、同僚の帰宅が遅い日はワタシが同僚と一緒にいたことは事実である。
ワタシと呑んでいたことも事実である。

ただし、ワタシは夜当番ではなかった。
当番で呑んだのではなく、ただ呑みたかったのだ。
そこに山があるから登るのだ、という名言があるが、ワタシも同じで、そこに飲み屋があるから呑んだのである。

しかし『夜当番』とは恐れいった。
いつの間に、そんな楽しい制度が考えだされていたのだ。
同僚も今まで隠していたとはケチくさい。
来週から、日中は監督の様にローテーションを考えよう。

そうすればワタシも昼間はなんだか仕事をしている気持ちにもなるし、夜には一緒に曲がって帰る相手を探す手間が省かれる。

同僚のワイフに口を揃えて言っておく

ワタシは職場の同僚などにデマカセで仕事をしている、デマカセで人生を闊歩していると言われている。

誉められている気がしなくもなかったが、先日は同僚から「誉めてないよ」と言われたので驚いた。
それまでなんだかむずがゆかった気持ちは、本当のかゆみだったのだ。

かゆみはともかく、ワタシもデマカセと言われるのは心外だ。

ワタシが話す言葉や書く文章が、一語一句正確とは言えないにしても、事実はさておき本質をついているはずだ。
とは言え、事実は事実として報告する必要がある。

ワタシの同僚は自分のワイフに自分の帰宅が遅いのは、リーダーのワタシのせいだと言っているらしい。
「昨日はリーダーに無理矢理飲みに連れていかれた。"夜当番"という制度があって、リーダーの元で働いている限り、毎日誰かが当番で飲みに行かなくてはいけないのだ。大リーグを知っているだろう?あれと同じで毎日誰かが先発し、最後はリーダーを抑えないといけないのだ。なので"夜登板"とも言う。残念ながら、昨日はワタシが指名されて登板したが完投したので帰宅が遅くなった」
口を揃えて言っておくが、そんな制度は存在しない。
それこそデマカセだ。

なお、ここまでの文章でワタシがデマカセを言っているのは、実は"口を揃えて"言ってなかったということだけだ。(続く)

成熟した大人が子どもを見て学ぶこと(その2)

かくいうワタシも幼い頃に二年ほど札幌市内に住んでいたが、休みとなると父親に近くの円山動物園に連れて行ってもらっていた。
さほど覚えていないが、両親の話ではサル山が大好きだったらしい。

野生のサルを見て、その堂々とした厳しさと威厳ある姿に感銘を受け、いつかはワタシもサル山のボスになりたいと考えていたのかも知れない。
その後の進化が早すぎたために、サルから大人へと変わってしまったのが悔やまれる。
人間社会ではサル山のボスは評価が低いのだと気づかなければさぞ幸せだっただろう。

子どもは無知かもしれないが、それを苦痛に思ったり、不幸だと考えることがない。
それが勉強をし、本を読み、TVを観て、人の話を聞き、知識が増えるにつれて比例して悩みやストレスが増していく。

子どもは愚かだと言うが、成長しても大人も愚かだし、幸せになる訳でもない。
人間とは何かを学べば学ぶほど幸せから遠ざかり、技術を見につければつけるほど愚かな行為に及ぶのだ。
現にワタシも社会人一年生の頃と比べると、遅刻や仕事の失敗の言い訳が天才的だと言われるが、未だに仕事が天才的だと言われたためしがない。

結論として人間は未熟な方が幸せだ。
今日は一日未熟になり、何もせず只ひたすら終業時間が来るのを待とう。