点検整備してきました。

 愛車1150GSではなくて、小生自身の身体のほうです。
 まともな健康診断は初めてです。身体の抵抗力なんての普通の人よりあるほうだと思っていたのですが、さすがに加齢には敵わないと大病をするまえに自分の今の状況を知っておくべきだと、この頃考えるようになっていたのです。

 それなりの金銭がかかることは覚悟の上で、とある個人病院を選びました。癌の遺伝子治療を専門とする病院でヒマな時に人間ドッグを受付しているようでした。40半ばも過ぎれば、癌などの病に冒されている可能性もあるわけで、実際、最近の胃腸の具合が悪い時の気分は若かりしときに感じた種類のものとは違うことが自分のなかでハッキリと自覚がありました。

 担当医は、ハツラツとした40代後半と思しき男性で、ジーンズの上に白衣を纏った好感のもてる医師でした。
足元の高級ブランドモノのローファーが心憎い。
 
 検尿、検便、心電図、バリウム飲んで詳細に胃の検査。
 内臓の超音波検査のところで、初めて医師が詳細に問診をはじめた。

 『あんた、毎日酒を飲むだろ?』
 気軽な感じの医師の口調に重大な病巣が見つかったわけではないだろうと小生は予想しながらも恐る恐る乱れた自分自身の食生活を白状した。
 内臓の映像検査からみるに、小生の膵臓の状態はどうもよろしくないようだと。担当医は『管が開いている』という言葉を使っていたが、このままダラダラと毎日酒を飲むような生活に終止符を打たないと、10年後に何の前触れもなく突然に糖尿病になると予告されてしまいました。
 ビンゴです!
 まさに小生の父親がその診断どおりでした。
 60代半ばに突然、血糖値が上がり始め、糖尿病に片足を突っ込んだ状態は今も続いています。親族のそんな状況を医師に伝えると、遺伝も多分に原因ひとつであるのだから、酒をもう少し控えろと厳重注意されました。
 
 『あんたような仕事は、酒を飲まなければならないような時もあるだろう。そんな機会はたっぷりと飲みなさい。ただ、自宅でダラダラと目的もなく酒を飲むようなことは今から控えなさい。男は、やらなければならにときに力を発揮できる準備をしておくべきだ』
 と、何やら年上の兄にでも説教されているような気持ちになってきました。
 なかなか人心の収斂のたけた医師であると、すっかり感心してしましました。

 すべての検査を終え、血液検査は別として、視覚的な検査結果では大病の可能性はなく無罪放免であるが、膵臓は注意をし、酒を抜く日を必ず用意しろとあらためて釘を刺されました。

 物言いのハッキリした医師で、清々しく検査を終えた気分でした。


 それから、、、、
 小生もエラくなりました。
 どうやって、酒を抜くべきかいろいろと思案しました。
 夜毎必ずビール3本、気分が乗ればさらに焼酎かウィスキーを飲むような日々を過ごしていたわけですから、すべてあらためるとなると抑制しているようでストレスも溜まるであろう、、、、、。
 そこで、ノンアルコールビールで晩酌することにしてみました。
 キリンフリーという銘柄ものを冷蔵庫でよーく冷やして、風呂上がりグビグビっと一気に2本くらい飲んでしまうのです。ノドごしに甘ったるさがあるものの、よく冷やして飲めば、気分は晩酌。案外と飲めるもんですな。
 連続4日、ノンアルコールビールで晩酌しました。
 酒を4日も口にしないなんて10年ぶりくらいだったのではないでしょうか。
 酒を飲まないとよく寝れないなんて思っていたのも幻想で、翌日の目覚めも当然のように良くなることに気付きました。
 
 壮年期に突入する我が人生に、心と身体に、意図的にメリハリをつけようと固く心に誓うのであった。
 ヒラハタクリニックの平畑先生に感謝。

 
 
 

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 産経新聞出版の『田母神国軍 たったこれだけで日本は普通の国になる』です。

 田母神俊雄さん、なんか好きです。
 祖国を愛するがゆえのその意図的なまでの右翼発言。
 右翼的に見えるには、その方法論の展開であって、確信たる論拠は『日本の自立』そのものである。
 太平洋戦争の敗戦後に、鬼畜米英の掌の上で、民主主義ということばに洗脳されてしまったサムライニッポン。無論今となっては、正しき歴史の階段を昇ってきたのではあるが、そろそろ自分の頭でニッポンの未来を考えようぜと。

 世界と対等に渡り合うには、ケンカに備えて鍛えておこうぜと。
 ケンカになれば、道具も必要だと。
 相手が、棒切れで殴ってくるなら、こっちもやろうぜと。
 
 なかなか折れない、強い棒を持っていれば、相手も手は出せないぜと。
 イジめるジャイアンに、いつかはドラえもんの手を借りることなく、のび太自らの手で殴ってやろうぜと。
 
 この本では、
 憲法改正し、自衛隊を日本国軍に。
 日本も核の保持を。
 海上自衛隊(海軍)には、空母をと。
 
 現状の日本では、ちょっと極論もありますが、大筋で小生は賛成です。
 立ち上がろうぜ、ニッポン。

 田母神俊雄元航空幕僚長、影ながら応援しとりますっ!

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 吉村昭の本、つづいてます。

 新潮文庫の『破船』です。

 この本は、暗い歴史、民族学に属するのではないでしょうか。
 江戸の時代、貧しい海岸沿いの村で行われた『塩焼き』。
 海水を、真夜中に火にかけて沸かし、塩を精製する作業『塩焼き』。

 その塩焼きは、海の荒れる季節にしか行われなかったという。
 というのは、『塩焼き』の本当の目的は、海の波浪の荒れた中を航行する商業運搬船が座礁するように、
嵐に遭遇した船が人家の火と間違えて航行の難しい岩礁に近寄ってくるようにと炊かれた火だったと。
 
 難破した商業運搬船の荷駄をそっくり頂戴することで村が潤い、貧しさで身売りをしなければ生きていけない村人の、臨時収入だったと。
 難破船を『お船さま』と呼称し、神が贈ってくれる恵みのようにとらえていたのだと。
 僻地の、豊かではない地に生きる人々の、口外できぬ風習の『塩焼き』
 かつての日本の、名もなき村の当たり前の生きかただったのでしょう。

 明文化されていない、クラい日本の歴史ってのも、そこかしこにあるんでしょうな。
 民族学なんてのに、ちょっと興味を抱いたこの本でした。
 いやはや、もう、ページをめくるのがもどかしいくらいの、楽しい本でした。
 
 新潮文庫の『アラスカ物語』新田次郎著 です。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1467308/img_1467308_62051814_1?1309086910

 明治に実在した日本人。アラスカに渡り、エスキモーとして生きぬくことを決意し、エスキモーの女を娶り、未開の地を切り開き、エスキモーの村を築いたのだそうです。
 主人公 フランク安田の実際の写真だそうです。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1467308/img_1467308_62051814_0?1309086881
 『日本』という国からきたエスキモーだと自称し、アラスカのエスキモーからも敬われていたのでしょう。
 本中には、エスキモーの生活習慣など、初めて知る興味深い異人の生活を伺い知ることができます。
 食料を貯蔵するという計画性がなく、そこにあるものをすべて食べ尽くしてしまうエスキモー。
 客を自宅に招くと、自らの妻の身体を客に提供してもてなす習慣だったというエスキモー。
 客の家にいったら、そこんちの奥さんとイッパツやれ!ということですから、、、、ちょっと変わってますな。

 そんなこんな、フランク安田が、アメリカ政府の保護から独立し、アラスカエスキモーの自立を促すために未開の地の開墾をし、村を興す姿が描かれています。
 日本に生まれ、エスキモーとしてその生涯を終える、、、。
 出生の地、日本のことを思い出し、アラスカの大地を静かに見つめていたフランク安田。

 いはやは、稀有な人生を送った、さまざま人がいるものである。
 この本を読んでいるときの、あの時間。
 著者の新田次郎氏に、深く感謝。

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 山本周五郎なんて読むのは、四十半ばにして初めてでございます。

 短編集を集めた文庫ですが、どれも、まるで教科書でも読んでいるような気分でした。
 まこと正しい、読者に何かを伝えるがために書かれておるわけですな。

 無駄なく、簡素に、それでいて意味深く、、、作品として仕上げること、それが文学であると。

 短編のひとつ『油断大敵』が、ひどく小生の心に残りました。
 死を覚悟して生きること。
 煩悩を捨て去り、身辺を完璧なまでに整理して、日々生きる。
 いつでも、この瞬間に死ねると。

 小生なんざ、まだまだ、誰にも言えぬ秘密が多すぎて、墓場に持っていく準備すらできてません。

 言葉は軽く、そして重いのであった。

 日々、勉強。