デフレの脱却について、各党が政策を練るとな。
我々世代が若かりし頃は、日本ではインフレのことばかりが金融界では言われていたように思う。インフレに対するフレーズとして『デフレ』という言葉を記憶しておりましたが、まさか実際にデフレが日本を覆うようなことになるとは、まったく思いもよらず、極めて現実味うすい経済の現象だと思っておりました。
 就職元年はまさにバブル真っ盛り。日本の国土をすべて金銭に換算すると、アメリカの全土を50回買う事ができる、、、なんて言われておりましたらね。
 
 さて、果たして衆議院選挙などうなることやら。
 憂国の士が選びだされ、キッチリした舵とりをお願いしたいものである。
 わたしなんぞは、日々、自分をとりまく小さな仕事が、上向きになるために滅私して働くばかりでありやんす。

 ジジイイとババアばかりが大手を振って楽しんでいる世の中ではいけませんな。
 目先の利益のために、ターゲットを年寄りにシフトした金儲けはいただけない、、、そんなふうに考える今日この頃。

 今日は、他界した親友の誕生日。
 夜空に向かって、おめでとうといっておこう。

 

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「盾の会」の副班長だった井上豊夫著の『果たし得ていない約束ー三島由紀夫の残せしものー』(コスモの本発行)を読んでみました。

 尖閣諸島の国有化を機に、日本国に属する人民に少なからずのナショナリズムの心が芽生えたような、、、。尖閣諸島の海底には『レアアース』がたっぷりあるかもしれないですからな。
 その尖閣諸島の領土問題に最初の一石を投じたのは石原慎太郎の東京都にするという動きだったわけで、その石原慎太郎がどっかの本で『三島由紀夫がおかしくなりはじめたのは、ボディビルなどいって、身体を鍛えはじめたからだ』と書いていた記憶がある。その石原慎太郎が日本国のナショナリズムに火を点けることになったのだから、なんとも不可思議なものだ。
 世界で唯一原爆が地上で爆発した国、日本。そして、悲惨な戦争を終わらせるべく、その原爆の開発を、時のアメリカ大統領ルーズベルトに進言したアルベルトアインシュタインはこう言っている。
 『ナショナリズムは子供の病気だ。人類にとってのハシカのようなものだ』

 三島由紀夫の本のはなしに戻ると、この本には上智大学の学生だった当時の筆者が、三島由紀夫を主宰する『盾の会』に入隊し過ごした日々の回顧碌となっている。三島由紀夫が市ヶ谷の駐屯地で、自衛隊員のヤジを浴びながら割腹自殺するまでの経緯を、行動をともにした証言者として、三島由紀夫の行動の真意を語っています。

 45歳にして、割腹した三島由紀夫。
 最後に記した檄文です。


 われわれ楯の会は、自衛隊によって育てられ、いわば自衛隊はわれわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的行為に出たのは何故であるか。

 かえりみれば、私は4年、学生は3年、隊内で準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、又われわれも心から自衛隊を愛し、もはや隊の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに知らなかった男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に富士の原野を馳駆した。このことには一点の疑いもない。われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。
 われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。 

 われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。
 4年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。楯の会の根本理念は、ひとえに自衛隊が目ざめる時、自衛隊を国軍、名誉ある国軍とするために、命を捨てようという決心にあつた。憲法改正がもはや議会制度下ではむずかしければ、治安出動こそその唯一の好機であり、われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、はじめて軍隊の出動によって国体が明らかになり、軍は建軍の本義を回復するであろう。日本の軍隊の建軍の本義とは、「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか存在しないのである。国のねじ曲った大本を正すという使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、挺身しようとしていたのである。
 しかるに昨昭和44年10月21日に何が起ったか。総理訪米前の大詰ともいうべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変らない」と痛恨した。その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢えて「憲法改正」という火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になった。政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、国の根本問題に対して頬かぶりをつづける自信を得た。これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしやぶらせつづけ、名を捨てて実をとる方策を固め、自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて、実をとる! 政治家たちにとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、政治家は気づかない筈はない。そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠蔽、うれしがらせとごまかしがはじまった。
 銘記せよ! 実はこの昭和44年10月21日という日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。創立以来20年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が、非議会主義的方法の可能性を晴れ晴れと払拭した日だった。論理的に正に、この日を境にして、それまで憲法の私生児であつた自衛隊は、「護憲の軍隊」として認知されたのである。これ以上のパラドックスがあろうか。
 われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。われわれが夢みていたように、もし自衛隊に武士の魂が残っているならば、どうしてこの事態を黙視しえよう。自らを否定するものを守るとは、何たる論理的矛盾であろう。男であれば、男の衿がどうしてこれを容認しえよう。我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。しかし自衛隊のどこからも、「自らを否定する憲法を守れ」という屈辱的な命令に対する、男子の声はきこえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。
 われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこかへ行こうとするのか。繊維交渉に当っては自民党を売国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった。
 沖縄返還とは何か? 本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであらう。
 われわれは4年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと30分、最後の30分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

                                       三島由紀夫
 Eさんの駆る、走行20万kmの1100RS号のセルモーターの故障をきっかけに、小生もセルモーターについていろいろ調べてみた。

 箱根にいたEさんは、BMWディーラーのモトラッド湘南のご担当者が親身に世話してくれたおかげで、日暮れに故障発生、立ち往生となったにもかかわらず、無事に22時には帰宅できたそうです。まったくエンジンの始動しない状態ってのは、ホントに怖いですな。

 Eさんがモトラッド湘南の担当者に伺ったところだと、故障の前兆はほとんどないのだそうです。ただ、弱いバッテリーでセルをまわし続けていると故障が発生しやすいとのこと。走行5万キロで故障を発生となる場合もあるし、今回のEさんのように20万キロ走行するまで、まったくなんともないということもあるようだ。
 セルモーター内部のマグネットに割れ、はがれが目視できるようだとアウトらしい。まあ当然でしょう。交換のタイミングが難しいですね。

 Eさんが今回ディーラーから提示された修理代金は7万円前後だそうです。そのうちセルモーターの部品代が6万数千円。
 うーむ。
 壊れてからでは、小生の場合とんでもないところでレッカーのご登場をお願いするようなことになりそうな気がする。林道にレッカーサービスって来てくれるのだろうか。

 では、転ばぬ先の杖、、、、ってわけですでに交換してしまうか。

 いろいろ調べてみると、1150GSのセルモーターの交換は大して難解な作業ではないようだ。
 ちょっとしたコツはあるようだが、小生でもなんとかなりそうだ。

 海外通販でセルモーターを購入すると、安心の品質、日本デンソー製セルモーターが日本円に換算すると3万円弱、現状品と同じセルモーターだと2万円弱で購入できる。送料を加算しても、最高品質を追求しても4万円でおつりがくるだろう。
 さてさて、どうするか?

 小生のGSは現在7万km超。一般的なセルモーターの寿命としては10万km走行前後がひとつの目安となっているようだが、とにかく壊れてからでは恐ろしすぎる。
 
 まっ、寒い時期は作業もツライので、春先を目途に交換してしまうことにしよう。
 先人がいろいろなトラブルを経験していただくと、後を追う者としては事前に対策できてありがたいものである。 

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 作家浅田次郎の小説や対談集から、生き方の指針めいた言葉だけを抜粋して編集した本『人間の縁』(海竜社発行)。
 浅田次郎の作品なんぞ読んだことはないのですが、こいつも新聞の書籍広告でなんとなく気になって購入した本でした。書店で見つけたら中身をチラ見するだけで購入はしなかったと思うが、こういう本との出会いも案外と楽しいものだ。
 アマゾンの『本のおすすめ』でも案外と良い本に出会ったりする。失敗も多いですけどね。
 歳を重ねてくると意外なモノとの出会いというのは、保守的になるせいか減ってきますが、インシュピレーションの沸くタイトルだったら即座に買うという手段も、オノレに刺激を与えるということにおいては良い結果を生み出すことがあります。

 この本の中に記載されていることで、小生の心にひっかかった頁があったので、ちょっと抜粋。


 特別の苦労
 世の中ってね、幸せのかたちはみな似たりよったりだけれど、不幸のかたちはどれも別々なの。
 みんな特別の苦労を背負っている。貧乏な人も、お金持ちも。
 だからあなたはべつに、特別な人じゃないのよ。
 もしあなたが特別の苦労をしているとしたらそれは、
 そう思いこんでいるあなた自身の姿が、不幸なのよ。

                                  -王妃の館(小説)-

  
 最近、また読書の速度が上がってきたかな。
 ただ、猛烈に読みたい本とか作家、テーマとかがなくなってきているのちょっとさびしいんだよね。
 なんかイイ本ないかな?
 昨日の夕方、小生の携帯電話が鳴る。

 発信元は、20万キロ走行を誇る1100RSを駆るEさんから。
 こんな時間に電話、、、さては愛車RS号に何か異変でも、、、、?

 通話してみると小生の予想はビンゴ!
 なんでも平日ゆったりと箱根に紅葉ツーリングにでかけたところ、突如RSのエンジンが始動しなくなったとのこと。セルボタンを押しても、カタリと異音がしたきりエンジンが始動しないと。
 バッテリーの突然死かセルモーターがイカレタか? 
 バッテリーは交換してから大して時間経ていないので、セルモーターが壊れた可能性が大きいとのことだった。
 時刻はすでに17時を回っておりました。
 任意保険のレッカーサービスを使って、箱根に最も近いBMWディーラー『モトラッド湘南』に搬入修理してもらうことで片がついたようです。
 Eさんの1100RSは20万キロ走行のあいだセルモーターの交換はしていなかったようです。とくにこれと言った壊れる前兆もなく、突然に故障したそうです。

 いやはや、オットロしい話です。
 小生の身に置き換えて考えると、山深い林道にひとりエッチラオッチラと出かけて、人のいない見晴らし良い場所でお茶なんぞ飲んで『さあ帰るべ』なんていってセルモーターが突如パーになったら、、、。
 携帯電話もつながらない、人なんか誰もいない、人里まで徒歩で20kmなーんてところで同じ状況になったら、オットロしいことになります。
 調べると、走行10万キロくらいでセルモーターは壊れる可能性があるそうですね。
 押し掛けという手もありますが、ダート道ではまず不可能でしょうね。
 
 Eさんのお話を聞いて、ひとりで山のダートに入っていくのが少々恐ろしくなった小生でございました。幸いにもEさんがRSを持ち込んだ『モトラッド湘南』の担当者の方はとても良い方だったようで、ベストな対応をしてくれたようです。
 困っているユーザーのために尽力してくれる人というのは、なんとも頼もしいものです。
 自分の仕事でもそうあるべきなのだなと考えたりした今回の出来事でございました。

 がんばれ20万キロRS号!