昨日の休暇は、久しぶりに家でゆっくり。

 家族がみーんな学校やら幼稚園に行ってしまってヒマだったので、アマゾンで頼んでおいたノギスが届いていたのでそいつを使って愛車GSのブレーキディスクの摩耗具合を調べてみた。

 新品が5mmの厚さあるらしい。
 何か所か測定してみると最も薄い数値が、フロントで4.6mm。リアが4.8mm。
 小生は、ブレーキのパッドの減りも普通のライダーに比べておそいほうです。まあ、あんまりスピードを出すほうではありませんからね。
 4.5mmになると要交換とのことなので、そろそろフロントは交換時期のようです。

 金属の0.1mmの摩耗ってどれくらいの走行距離でなるのだろうか、、、?
 頻繁にディスクの厚みを測定してみることにしようっと。

 メンテナンスってけっこう楽しい気分にさせてくれますな。
 久しぶりの純文学、芥川龍之介の『地獄変』です。
 この文庫本は、小生がバイクに乗るキッカケを作ってくれたEさんが突然小生にくれた本です。たまにはちゃんとした文学を読めっ!というつもりでくれたのかしらん、、、。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1467308/img_1467308_58503720_0?1240044496
 古い本です。紙は茶色に変色して、いかにも昔の本って感じですね。
 芥川龍之介なんて読むのは何年ぶりでしょうか。たしか『羅生門』を中学3年生の頃に読んだっきり
でしょう。
 活字の組み方をみても、いかにも純文学です。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1467308/img_1467308_58503720_1?1240044526
 読後に感じたこと。活字だけですべてを表現していた時代の文章の巧みさです。
 『地獄変』が書かれたのは大正7年(1918年)です。
 ラジオ放送が始まったのが大正14年(1925年)、テレビ放送は昭和28年(1953年)なので音や映像で物語に触れるはるか前です。
 
 とにかく表現に無駄がありません。
 ○○のような~というふうに読者が既知の場面を記憶から呼び起こす表現がまったくないのです。ストレートに芥川龍之介の描く世界なのです。
 シンプルな時代を生きた人々の心の豊かさを感じました。
 
 たまには純文学が良いものだ。
 Eさん、ありがとうごさいました。
 昨日、自宅に帰ると1通の現金書留が届いていた。
 差出人は、小生の伯母(母親の姉)からで、長男の入学の祝い金に手紙が添えられていた。

 伯母は律儀な人柄で、小生の娘や息子の年令を覚えていてくれて、事あるごとにお祝い金などをくれたりする人なのである。
 添えられていた自筆の手紙には、息子の小学校入学を祝う言葉や、親としての義務を全うして頑張れという小生への励ましの言葉が書かれていた。
 手紙の末尾に記されていた『私たちの人生も残りが僅かとなりましたが、、、、』と綴られていた言葉が小生の心にそっと風を吹かせた。
 陽の暮れかかった人生を顧みる瞬間の寂しさと、明日生きることの希望と過ぎゆく時間。
 身近に生きる人から人生の尊厳を教わったような気がしました。

 人の一生を1日の時間に喩えるなら、小生の人生は現在、午後2時くらいだろうか。
 日の暮れる前に、もう少し遊び、勉強でもしておこうかな、、なんて考えた春の日であった。
 

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 昨夜は、ひさーしぶりに牌なぞを握ってまいりました。

 いつもいく居酒屋で軽くイッパイやった後、それじゃ、ちょっとって感じで卓を囲む。
 結局そのまま、朝陽を拝む時間までタタカイ続けました。

 小生は、なんと、初の『国士無双』を上がりました。
 あれよ、あれよという間に聴牌。
 4枚目の九索を自力でツモって親の役萬。

 ちょっと疲れたけど、国士無双のツモは気分が良かった。

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 昨日は、長男の入学式でした。
 
 はい、小生は式典を欠席です。愚妻が行きました。
 小生は、どうも学校の行事などの出席が好きではありません。
 大きな原因は、おそらく小生の父親です。
 小生の父親は、小生が小学校から大学までの学生生活で、学校に来たのは1度きり。
 小学校3年生の時の運動会だけです。
 
 来て欲しいなんて考えたこともないし、寂しかったなんて思いもゼロでした。
 そんなワケで、小生も我が家の子供たちの学校行事を軽んじる傾向がモロにあります。
 
 昨日は、出席しようと思えばできたのですが、ネクタイするのしないのなんて話になって、
 下のチビの面倒もみなければならなかったので、愚妻に『お前だけが行ってこ~い』なんてことになりました。
 長男も大して気にしている様子もなく、学校行事に来ない小生の態度には慣れてきているようだ。

 もしかすると、我が家の息子ふたりも学校行事を軽んじるような男になるかもしれないな、、なんて昼飯のうどんを茹でながら考えたりもしたが、それはそれでまた良いじゃないか、、と。
 学校の入学式に一切来なかった小生の父親は、
 『自分の道は、自分で切り拓け!』
 っと、そんな想いもあったのかななんて、逆の立場になって初めて考えた。

 とりあえず、
 『男なら給食と牛乳は、残さずに全部食えっ』と言っときました。