地元のさくら祭はいつも満開の時期を逃してしまって、なんだかなぁ…だったけど、今年はドンピシャ!しかも晴れ☀️

午前中、気功のクラスの後…通りは賑わっていた。

よかったね、参加する人も主催した人も楽しみにしていた人も。



春といえばホワイトアスパラガス!
先日ロピアで佐賀産が600円弱だった。
当然買いでしょう…
茹でてポーチドエッグを載せてパルメザンチーズをこれでもかとすり下ろして、黒胡椒。

これを食するためにメニューはボローニャパスタと ルッコラとスティルトンチーズのサラダ



カンパーニュ風クルミパンはホシノ酵母を使った。

ホシノは時間がかかるけど、美味しい💓



「平行世界」という写真とエッセイの本

フランスに住む知人が発行所から送ってくれた。彼女を含む5人の女性によるその土地々々(ゴルド・ミラノ・コペンハーゲン・サンディエゴ・東京)の朝と夜を伝えてくれる。

それぞれに暮らしがあり感慨があり背景がある。

どこにいても毎日を新鮮に感じていたい。


桜も。

こうして愛でられる今、この場所。

……感謝






今日は27℃になるとか。
どうなっていくんだろう、この気候は…

近所ではカタバミがピカピカに光ってとても長閑に咲いていたけど



先日読み終えた本

カズオ・イシグロ、2022年の発行

少し未来の話かな。

クララって人工知能搭載のお友達ロボット。

余裕のある家庭の子は能力向上処置という遺伝子操作をして賢くするらしい。

そんな処置を受けた女の子の母親に買われてその家にやってくる。

このクララが機械らしく真面目で純粋で一生懸命で…

物語にはいろんな要素が組み合わされ問題提起をしているから、どこに反応するかは読者次第。

私は観察と思考の末に奇跡や祈りを獲得していくクララに驚いた。

人間のほうがデジタルになってしまっている…



久しぶりにホシノ酵母で発酵させたカンパーニュを焼いた。

なんだかとても美味しい。

パンを作り始めてしばらく経って、やっと「待つ」ことが出来るようになった気がする。アナログな趣味…



なんでもない日だけどムスメが来て夕食を食べると。何を作る?

私はパエリアが食べたくなって… 

ブルーチーズも食べたくなって… 

でも食材調達にデパートまで行くのが面倒。ほとんどを近所のOKストアで賄ったけど、できるじゃん😉

ローストビーフは週末に焼いたものの残り。お肉はロピアで。

昔はこんなメニューばかりだったね。

歳を取ると食の好みも大人しくなる。



 

 


カズオ・イシグロ 2015年発行

(原題 The Buried Giant  埋葬された巨人)

 

本の最後に早川書房編集部の解説があり、そこにこんな一文があった。

イシグロが繰り返し述べているように、『忘れられた巨人』は「本質的にラブストーリー」であり、ある老夫婦の冒険と愛を描く普遍的な物語として受け入れられている。

しかし私の読後感は・・・

アーサー王が武力を持ってサクソン人を追い払いブリトン人の国を作ったその後の世界。

なぜか人々は過去に会ったことを忘れ(良いことも悪いことも)ぼんやりとその場の感情だけで動くようになっていた。

横穴式の住居に住む集落の、労わりあい愛し合う老夫婦は昔出奔していった息子の元へと旅立つ。

その世界には悪鬼や竜や巨人など、わけのわからない暴力や脅威があるが、道中、サクソン人の虐げられた少年や戦士と同行することになり、さらにアーサー王の騎士と出会い、山の上の修道院へ向かう。

この国は雌竜クエリグの吐く息で過去を忘れるという魔法にかけられていて、一行はその竜を倒して記憶を取り戻すか、このままの世界でいるかで意見が分かれる。

過去、この国ではたくさんの殺戮があったがいまは全て忘れ去って平和の裡にぼんやりと暮らしている。が、一方敗戦国は多くの犠牲を払わされたことに遺恨を持ち、復讐の機会をうかがっている。

 

これはメタファではないかと気づくと、壊滅的な暴力が横行する今の世界情勢が重なって見えてくる。

イスラエルからガザ地区への攻撃は、過去から続いていた復讐の応酬であり、たとえ停戦になったとしても、その後民族に残る記憶はどう歴史を動かしていくのか。

忘れられた巨人とは、過去の戦地に残る残酷な爪痕のことだろうか。

それは夫婦のあいだの過去の亀裂のことともとれる。

 

様々な冒険を経てついに息子の住む島対岸に辿りつく。もちろん高齢者の徒歩での旅、その困難だったこと。

そしてハッピーエンドかどうか、それは何とも言えない。

どう受け取るか、人それぞれだと思う。

私は、過去を思い出すことの恐ろしさに怯えた。

 

本の右には小物作りの得意な友人が作ってくれた今年の干支・竜。

手先が器用でこういう遊びができるのは、老後も楽しめるということ。

羨ましい。

 




伊集院静さんが先月亡くなられた。74歳、まだ若かったのに…

この本は若い妻を亡くして放縦な生活をしていた時に出会った色川武大またの名阿佐田哲也氏との交流と、そこから再生していく心の動きをサブローといねむり先生という名を使って描いている。



色川氏がどれだけチャーミングで不思議な人か、読んでいると気になって仕方がない。けれどそれは伊集院氏も同じ。平凡で熱量の余りかからない生き方をしているものからは、別次元のヒトのような気がする。


いねむり先生の語ったことば…
「猫というのは人間に添おうとしない分だけ、かたちがいいねえ」
きっと人も同じ。妙に合わせようとしない人は、かっこいい。自分がある、ということ。
いねむり先生の小説の一節…
「自分のどこかがこわれている、と思いだしたのはその頃からだった。漠然と感じる世間というものがそのとおりのものだとすれば、自分は普通ではない。他人もそうなのかどうかわからない。他人は他人で、ちがうこわれかたをしているのか、いないのか、それもよくわからない」
たぶん私はいねむり先生ほどは世間とズレがないはずだと思っている。けれどわからない。わからない恐怖を感じたくないから、自分は普通だと思いこもうとしているのかもしれない。人に合わせなくてはいられない。かっこ悪い私。
サブローといねむり先生が共に抱えている狂気が、この本に度々現れる。

程度の差はあるものの、生きていくうえで皆少しの狂気を抱えているのではないか。何かしらの呪縛から解き放たれたくて、皆もがいているのではないか。


この小説のなかには合法、非合法を問わず、ギャンブルの場面がたくさん出てくる。

このことについてサブローは…

世の中にはギャンブルをする人としない人がいる。それだけだ。といった内容のことを語る。ギャンブルは金儲けでも、遊びでも、人生でもない。ただ、するのだ。私にはわからない感覚。


サブローはこの本の中で何人もの人から幾度も再び小説を書くことを勧められる。そのたびに自分は書けない、そんな才能はないと最後まで断り続ける。しかし私達は知っている。その後伊集院静氏は、『乳房』『受け月』『機関車先生』と滋味溢れる名作を生み出していったことを。




誕生日前祝いで、恒例のシャトー・オー・ブリオンを開けてくれた。
あの芳醇な香り…と思っていたら、なんとカビ臭い。半端なくカビ臭い。
10年以上前に21000円で購入してワイン用のトランクルームで眠らせておいたもの。
え?トランクルーム全体がこうなってしまっている!?
なんだかもう、やるせない。私はぜんぜん飲めなかった。
夜中も気になって起き出しネットで調べてみたら、ブショネという状態だそうだ。天然コルクの消毒をする際に稀に発生する化学反応で、この一本に限った現象だと。他の冬眠中のワインには影響はない。ワイン自体は問題ないので飲めるらしいが、あの臭いでは美味しくなど感じられない。

今年のオー・ブリオンは残念な結果になってしまったが、こんな稀な一本を引き当ててしまったのだから、きっと別に良いことがあるはず…と思っておこう。
一昨日、帯状疱疹の予防接種2回目を受けた。
覚悟はしていたけど、昨日は朝から体中が痛い。節々はもちろん、腹筋も。いっそ熱でも出てくれたほうがスッキリするのに悪寒だけで体が冷えている感覚。
腰も痛くて軽い運動すらフラフラして出来ない。
そんな一日…
365ページのこの本を読み切った。
中国人現代アートの巨匠・蔡國強と、いわき市の事業家・志賀忠重の、出会いとその後の絆を描いている。
素晴らしいおっさん達。チームいわきのかっこよさ!
そもそも心に壁を持たない、純粋にやりたいことを追求する人達なのだ。
特に志賀さんの、経済と情熱のバランスがすごい。それは北極徒歩単独横断を決行する大場満郎のベースとなることでも発揮される。
日本に来たばかりの無名の蔡國強に協力した場合もそうだったが、滋賀さんの人をまるごと引き受ける。その懐の深さに感動する。
このふたりはそれぞれ時代の大波に襲われた。文化大革命、そして東日本大震災。
この本の中には、現代アートとは……の答えもあるような気がする。
本は2018年刊行だからコロナ禍での活動は記載されていない。
いま、どうしているのか知りたい。
いわき回廊美術館も、いわき万本桜も見たい。