以下は簡単な雑感である。
どの宗教でも原理主義的思考がある。最近ではイラク北部を中心としたサラフィー主義系の過激派の活動が盛んに報じられている。
原理主義的思考とはその宗教の始まりから現在に至るまでのの歴史的展開を否定してその原初に跳躍する事で現在の当該宗教の抱える問題を一気に解決しようとする思考である。
かかる原理主義的思考の現実化は我が国においても、実の所、経験済である。所謂、明治時代の神仏分離令とそれに伴う廃仏毀釈がそれで、そもそも江戸時代の後期国学に端を発する復古神道の運動の現実化でもある。結局の所、それが齎した結果は様々な大きな爪痕を残したに過ぎず、数多くの貴重な文化遺産の破壊や海外流出といった事態やその後の信仰の混乱、或は神社への国家統制の強化やその一環としての神社合祀令とそれに伴う地域の信仰基盤の破壊といった事態を招来した様に見受けられる。
宗教における原初というものは、何かと理想化され易い。特に特定の教祖が存在する場合、その教祖への信仰、若しくは尊崇の念が存在する以上、その傾向が強く、原理主義的思考は大きな誘惑となるものである。
しかしながら、その宗教の歴史的展開というものは原初以後の様々な事情変更に対する応答であり、その積み重ねであるが、原理主義的思考はかかる応答の連続を比定して原初に回帰しようとするものである。それは歴史性の否定と同義であるが、往々にしてそれは大小様々な悲劇を招きやすい。又、かかる原理主義的思考自体も歴史的経緯から生じた歴史的産物であるから、其処に原理主義的思考の孕む根本矛盾もあり、又、ある特定の原理主義的思考自体も時間とともに歴史性を帯びてゆき、思考の地平の一コマとなってゆく。
かかる原理主義的思考がこれまでにも度々繰り返し出現してくるのは、かかる思考が人間の思考様式の一つと言い得るかも知れないと思える程、人間にとって根深いものの様である。
6.障礙神としてのガネーシャ
(1)ヒンドゥー教における障礙神としての姿の名残
今日のヒンドゥー教のガネーシャにおいて嘗ての障礙神としての名残は殆ど残っていない。僅かにガネーシャが鼠をヴァーハナ(乗物)としている所にその面影を推測し得るに過ぎない。
しかしながら、ヒンドゥー教の大神シヴァ関連のテクストが伝える幾つかの伝承において象頭神ガネーシャの古い障礙神としての性格を推測する事は可能の様である。
さて、様々なシヴァの図像の一つにシヴァが象の魔神ガジャースラ(Gajasura)を殺戮する様を表すガジャースラサンハーラ(Gajasurasamhara)というものがあるが、かかる図像の由来に関して以下の通りの伝承がある。
○『クールマプラーナ』によると、聖地ヴァーラーナシーにおいて象の姿の魔神(アスラ)が出現し、シヴァの象徴であるリンガを礼拝していたバラモン達を攻撃した。すると、激怒したシヴァがリンガから出現して魔神を殺戮すると、その皮を剥ぎ、身に纏ったと言う。
○『シヴァプラーナ』が伝える伝承によると、女神ドゥルガーに殺戮された水牛の魔神マヒシャの子である象の魔神ガジャースラ(Gajasura)は苦行によりブラフマーを満足させ、特別な力を得ると、人々に対して略奪や殺戮を行う様になったが、強大な力を得たガジャースラに対して神々は何ら手だてを講じる事ができなかった。ますます驕り昂ぶる様になったガジャースラは遂に聖地ヴァーラーナシーの大神シヴァの信者達にも攻撃を行う様になった。かかる事態に激怒したシヴァは自身の信者達を救済すべくガジャースラを殺戮し、その皮を剥いで纏ったと言う。
○『ヴァラーハプラーナ』が伝える所によると、シヴァは貧しい乞食行者の姿でダールカヴァナを訪れたが、その際に妻として美しいモーヒニー(Mohini)を連れてきた。さて、ダールカヴァナには傲岸不遜な行者達が集っていたが、彼らはモーヒニーを眼にすると、忽ち彼女に夢中になった。しかしながら、モーヒニーは彼らを全く相手にしなかった。激怒した行者達は魔術を駆使して悪魔ガジャースラを作り出し、乞食行者の姿をしていたシヴァを襲わせた。すると、シヴァは本来の姿に戻ると、ガジャースラを殺戮し、その皮を剥いで身に纏ったと言う。
以上の様な伝承を典拠とするガジャースラサンハーラと呼ばれるシヴァの姿に関しては、シヴァが単独でガジャースラを三叉戟で殺戮している、或は剥いだ象の皮を広げて踊っている相とシヴァがガジャースラを殺戮しつつ、その傍らで女神カーリーがガジャースラの体から滴り堕ちる血を器で受けて飲んでいる相とがある。
殺戮し、剥いだ象の皮を広げて纏うというシヴァのモティーフは仏教にも齎され、例えば、シヴァの化身、或は相(murti)の一つと言っても良いかも知れない、日本密教にもお馴染みのマハーカーラ(大黒天、摩訶迦羅天)は胎蔵曼荼羅において象皮を広げており、又、インド後期密教の母タントラ系の代表的守護尊のひとりであるチャクラサンヴァラもやはり象皮を広げている。
(2)仏教における障礙神としての姿
障礙神としてのガネーシャの姿は仏教においてよく知られていた。
今日の上座部仏教圏の場合、スリランカにおいてはナーラーギリ(Naragiri)という象頭の悪魔がよく知られており、ナーラーギリは諸々の災いや病気を齎して人々を苦しめると伝えられている。しかしながら、同じ上座部仏教圏でもミャンマーやタイではガネーシャは専ら現世利益の善神と見られており、その点では今日のヒンドゥー教における事情と殆ど変らない。
続いて大乗仏教圏に眼を転じると、前期密教と中期密教の過渡期に成立したと見られる『蘇婆呼童子経』において障礙神として毘那夜迦(ヴィナーヤカ)が登場するが、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は行者の仏道成就を喜ばないとされている。当該経典によると、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は複数の存在であり、以下の四つの部族が存在すると言う。
①摧壊部:部主名は無憂大将。四天王の真言を念誦する者に障害を齎す。
②野干部:部主名は象頭。摩醯首羅天(シヴァ)の真言を念誦する者に障害を齎す。
③一牙部:部主名は厳髻。梵天(ブラフマー)、那羅延天(ヴィシュヌ)等の真言を念誦する者に障害を齎す。
④龍象部:部主名は頂行。仏教に説かれる真言を念誦する者に障害を齎す。
かかる毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は、行者の隙を狙って様々な障害を齎すとされているが、当該『蘇婆呼童子経』によると、軍荼利明王の印を結び、その真言を唱えることにより毘那夜迦(ヴィナーヤカ)を斥けることができると説いている。
又、同じく前期密教と中期密教との過渡期の経典である『蘇悉地経』においても毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は障礙神として登場し、かかる毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の障りを斥ける為には行者は如法に法を修すべきこと、そして毘那夜迦(ヴィナーヤカ)が好む五辛を避けるべきことが説かれている。
その他、日本密教においてよく知られている伝承だが、善無畏(シュバカラシンハ)の訳と伝えられている『大聖歡喜雙身大自在天毘那夜迦王歸依念誦供養法』が伝える双身歓喜天の由来譚によると、摩醯首羅天(※マヘーシュヴァラ。シヴァの別名。)とその妃烏摩(※ウマー。パールヴァティーの別名。)の間に三千の子がいるとされ、その内の半分の1500は毘那夜迦(ヴィナーヤカ)を長とし、残り1500は扇那夜迦持善天を長としていたと言う。毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は自身の部族として10万7000もの毘那夜迦類を率いて専ら悪行を行い、一方、扇那夜迦持善天は自身の部族として10万8000もの福技善持衆を率いて専ら善行を行っていたと言う。実は扇那夜迦持善天とは観音菩薩の化身であり、扇那夜迦持善天は毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の悪事を鎮めるべくその兄弟として生まれ、夫婦になったと言い、双身歓喜天はその姿であると言う。
上述の『大聖歡喜雙身大自在天毘那夜迦王歸依念誦供養法』の他に天台密教の事相書『阿娑縛抄』では次の様な伝承を伝える。
毘那夜迦山、或いは象頭山、又は障礙山と呼ばれる山があり、其処に毘那夜迦(ヴィナーヤカ)が多くの眷属と共に住していた。そして、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は大自在天(マヘーシュヴァラ)の勅を奉じて衆生を害しようとした。この時、観音菩薩が慈悲心を起こし、毘那夜迦女に変じ、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の許を訪れた。毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は毘那夜迦女を見て激しい欲情を起こしたが、毘那夜迦女は毘那夜迦(ヴィナーヤカ)に対してその欲情を満たす条件として、仏教への帰依と行者の守護を提示した所、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)はこれを受け入れ、夫婦になったと言う。
その他、『加持祈祷秘密大全』に次の様な伝承を紹介している。
昔、魔羅醯羅列王という王がいた。この王は牛肉と大根を好んで食していたが、牛が尽きてくると、続いて死人の肉を食する様になり、死人が尽きてくると、生きている人の肉を食する様になった。これに耐えかねた大臣以下の諸臣、軍兵、国中の人民は遂に蜂起し、魔羅醯羅列王が倒そうとした。其処で王は大鬼王毘那夜迦(ヴィナーヤカ)となり、眷属を率いてその国から飛び去った。その後、国中に疫病が流行する様になった為、大臣と人民は十一面観音に救いを求めた。これを受けて十一面観音は慈悲心を起こし、毘那夜迦女に化して毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の許に赴いた。毘那夜迦女を見た毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は激しい欲情を起こしたが、毘那夜迦女は欲情を満たす条件として仏教への帰依と疫病の流行を止めることを提示した。毘那夜迦(ヴィナーヤカ)はその条件を受け入れ、遂に欲情を満たすことができたと言う。
以上より中国、日本密教において障礙神としてのガネーシャの姿は双身歓喜天の由来譚とも結び付けられていた事が伺える。
さて、仏教におけるガネーシャ信仰の詳細に関しては別述するとして、ガネーシャの障礙神としての相であるヴィナーヤカの性格は日本密教においてその信仰受容後も決して忘れられる事は無く、歓喜天を祀るに当たっては十一面観音や軍荼利明王も併せて勧請されるのは、かかる障礙神としての性格を鎮める為でもあり、又、鎌倉時代の真言宗新義派の学僧頼瑜も『真俗雑記問答』において外典において説かれる荒神とは内典における毘那夜迦(ヴィナーヤカ)に他ならないと述べている所である。
因みに、日本密教における毘那夜迦(ヴィナーヤカ)降伏の尊格としての上述の軍荼利明王の他、十一面観音も上述の伝承からその障礙を鎮める役割が期待されている。
又、ネパール、チベット密教においては軍荼利明王と同系列の尊格であるその名もヴィグナ(Vighna)の敵を意味するヴィグナーンタカが知られており、ネパールの仏教絵画においてヴィグナーンタカはヴィナーヤカをその足下に踏んでいる。
この他、チベット密教においてアティーシャの法流に連なるカダム派系のアチャラ(不動明王)もヴィナーヤカをその足下に踏みしめ、又、チベット密教において人気のある護法尊であるマハーカーラもしばしば象皮を広げてヴィナーヤカを踏みしめており、これらの諸尊においてヴィナーヤカ降伏の役割が期待されている事が伺える。
(1)ヒンドゥー教における障礙神としての姿の名残
今日のヒンドゥー教のガネーシャにおいて嘗ての障礙神としての名残は殆ど残っていない。僅かにガネーシャが鼠をヴァーハナ(乗物)としている所にその面影を推測し得るに過ぎない。
しかしながら、ヒンドゥー教の大神シヴァ関連のテクストが伝える幾つかの伝承において象頭神ガネーシャの古い障礙神としての性格を推測する事は可能の様である。
さて、様々なシヴァの図像の一つにシヴァが象の魔神ガジャースラ(Gajasura)を殺戮する様を表すガジャースラサンハーラ(Gajasurasamhara)というものがあるが、かかる図像の由来に関して以下の通りの伝承がある。
○『クールマプラーナ』によると、聖地ヴァーラーナシーにおいて象の姿の魔神(アスラ)が出現し、シヴァの象徴であるリンガを礼拝していたバラモン達を攻撃した。すると、激怒したシヴァがリンガから出現して魔神を殺戮すると、その皮を剥ぎ、身に纏ったと言う。
○『シヴァプラーナ』が伝える伝承によると、女神ドゥルガーに殺戮された水牛の魔神マヒシャの子である象の魔神ガジャースラ(Gajasura)は苦行によりブラフマーを満足させ、特別な力を得ると、人々に対して略奪や殺戮を行う様になったが、強大な力を得たガジャースラに対して神々は何ら手だてを講じる事ができなかった。ますます驕り昂ぶる様になったガジャースラは遂に聖地ヴァーラーナシーの大神シヴァの信者達にも攻撃を行う様になった。かかる事態に激怒したシヴァは自身の信者達を救済すべくガジャースラを殺戮し、その皮を剥いで纏ったと言う。
○『ヴァラーハプラーナ』が伝える所によると、シヴァは貧しい乞食行者の姿でダールカヴァナを訪れたが、その際に妻として美しいモーヒニー(Mohini)を連れてきた。さて、ダールカヴァナには傲岸不遜な行者達が集っていたが、彼らはモーヒニーを眼にすると、忽ち彼女に夢中になった。しかしながら、モーヒニーは彼らを全く相手にしなかった。激怒した行者達は魔術を駆使して悪魔ガジャースラを作り出し、乞食行者の姿をしていたシヴァを襲わせた。すると、シヴァは本来の姿に戻ると、ガジャースラを殺戮し、その皮を剥いで身に纏ったと言う。
以上の様な伝承を典拠とするガジャースラサンハーラと呼ばれるシヴァの姿に関しては、シヴァが単独でガジャースラを三叉戟で殺戮している、或は剥いだ象の皮を広げて踊っている相とシヴァがガジャースラを殺戮しつつ、その傍らで女神カーリーがガジャースラの体から滴り堕ちる血を器で受けて飲んでいる相とがある。
殺戮し、剥いだ象の皮を広げて纏うというシヴァのモティーフは仏教にも齎され、例えば、シヴァの化身、或は相(murti)の一つと言っても良いかも知れない、日本密教にもお馴染みのマハーカーラ(大黒天、摩訶迦羅天)は胎蔵曼荼羅において象皮を広げており、又、インド後期密教の母タントラ系の代表的守護尊のひとりであるチャクラサンヴァラもやはり象皮を広げている。
(2)仏教における障礙神としての姿
障礙神としてのガネーシャの姿は仏教においてよく知られていた。
今日の上座部仏教圏の場合、スリランカにおいてはナーラーギリ(Naragiri)という象頭の悪魔がよく知られており、ナーラーギリは諸々の災いや病気を齎して人々を苦しめると伝えられている。しかしながら、同じ上座部仏教圏でもミャンマーやタイではガネーシャは専ら現世利益の善神と見られており、その点では今日のヒンドゥー教における事情と殆ど変らない。
続いて大乗仏教圏に眼を転じると、前期密教と中期密教の過渡期に成立したと見られる『蘇婆呼童子経』において障礙神として毘那夜迦(ヴィナーヤカ)が登場するが、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は行者の仏道成就を喜ばないとされている。当該経典によると、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は複数の存在であり、以下の四つの部族が存在すると言う。
①摧壊部:部主名は無憂大将。四天王の真言を念誦する者に障害を齎す。
②野干部:部主名は象頭。摩醯首羅天(シヴァ)の真言を念誦する者に障害を齎す。
③一牙部:部主名は厳髻。梵天(ブラフマー)、那羅延天(ヴィシュヌ)等の真言を念誦する者に障害を齎す。
④龍象部:部主名は頂行。仏教に説かれる真言を念誦する者に障害を齎す。
かかる毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は、行者の隙を狙って様々な障害を齎すとされているが、当該『蘇婆呼童子経』によると、軍荼利明王の印を結び、その真言を唱えることにより毘那夜迦(ヴィナーヤカ)を斥けることができると説いている。
又、同じく前期密教と中期密教との過渡期の経典である『蘇悉地経』においても毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は障礙神として登場し、かかる毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の障りを斥ける為には行者は如法に法を修すべきこと、そして毘那夜迦(ヴィナーヤカ)が好む五辛を避けるべきことが説かれている。
その他、日本密教においてよく知られている伝承だが、善無畏(シュバカラシンハ)の訳と伝えられている『大聖歡喜雙身大自在天毘那夜迦王歸依念誦供養法』が伝える双身歓喜天の由来譚によると、摩醯首羅天(※マヘーシュヴァラ。シヴァの別名。)とその妃烏摩(※ウマー。パールヴァティーの別名。)の間に三千の子がいるとされ、その内の半分の1500は毘那夜迦(ヴィナーヤカ)を長とし、残り1500は扇那夜迦持善天を長としていたと言う。毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は自身の部族として10万7000もの毘那夜迦類を率いて専ら悪行を行い、一方、扇那夜迦持善天は自身の部族として10万8000もの福技善持衆を率いて専ら善行を行っていたと言う。実は扇那夜迦持善天とは観音菩薩の化身であり、扇那夜迦持善天は毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の悪事を鎮めるべくその兄弟として生まれ、夫婦になったと言い、双身歓喜天はその姿であると言う。
上述の『大聖歡喜雙身大自在天毘那夜迦王歸依念誦供養法』の他に天台密教の事相書『阿娑縛抄』では次の様な伝承を伝える。
毘那夜迦山、或いは象頭山、又は障礙山と呼ばれる山があり、其処に毘那夜迦(ヴィナーヤカ)が多くの眷属と共に住していた。そして、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は大自在天(マヘーシュヴァラ)の勅を奉じて衆生を害しようとした。この時、観音菩薩が慈悲心を起こし、毘那夜迦女に変じ、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の許を訪れた。毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は毘那夜迦女を見て激しい欲情を起こしたが、毘那夜迦女は毘那夜迦(ヴィナーヤカ)に対してその欲情を満たす条件として、仏教への帰依と行者の守護を提示した所、毘那夜迦(ヴィナーヤカ)はこれを受け入れ、夫婦になったと言う。
その他、『加持祈祷秘密大全』に次の様な伝承を紹介している。
昔、魔羅醯羅列王という王がいた。この王は牛肉と大根を好んで食していたが、牛が尽きてくると、続いて死人の肉を食する様になり、死人が尽きてくると、生きている人の肉を食する様になった。これに耐えかねた大臣以下の諸臣、軍兵、国中の人民は遂に蜂起し、魔羅醯羅列王が倒そうとした。其処で王は大鬼王毘那夜迦(ヴィナーヤカ)となり、眷属を率いてその国から飛び去った。その後、国中に疫病が流行する様になった為、大臣と人民は十一面観音に救いを求めた。これを受けて十一面観音は慈悲心を起こし、毘那夜迦女に化して毘那夜迦(ヴィナーヤカ)の許に赴いた。毘那夜迦女を見た毘那夜迦(ヴィナーヤカ)は激しい欲情を起こしたが、毘那夜迦女は欲情を満たす条件として仏教への帰依と疫病の流行を止めることを提示した。毘那夜迦(ヴィナーヤカ)はその条件を受け入れ、遂に欲情を満たすことができたと言う。
以上より中国、日本密教において障礙神としてのガネーシャの姿は双身歓喜天の由来譚とも結び付けられていた事が伺える。
さて、仏教におけるガネーシャ信仰の詳細に関しては別述するとして、ガネーシャの障礙神としての相であるヴィナーヤカの性格は日本密教においてその信仰受容後も決して忘れられる事は無く、歓喜天を祀るに当たっては十一面観音や軍荼利明王も併せて勧請されるのは、かかる障礙神としての性格を鎮める為でもあり、又、鎌倉時代の真言宗新義派の学僧頼瑜も『真俗雑記問答』において外典において説かれる荒神とは内典における毘那夜迦(ヴィナーヤカ)に他ならないと述べている所である。
因みに、日本密教における毘那夜迦(ヴィナーヤカ)降伏の尊格としての上述の軍荼利明王の他、十一面観音も上述の伝承からその障礙を鎮める役割が期待されている。
又、ネパール、チベット密教においては軍荼利明王と同系列の尊格であるその名もヴィグナ(Vighna)の敵を意味するヴィグナーンタカが知られており、ネパールの仏教絵画においてヴィグナーンタカはヴィナーヤカをその足下に踏んでいる。
この他、チベット密教においてアティーシャの法流に連なるカダム派系のアチャラ(不動明王)もヴィナーヤカをその足下に踏みしめ、又、チベット密教において人気のある護法尊であるマハーカーラもしばしば象皮を広げてヴィナーヤカを踏みしめており、これらの諸尊においてヴィナーヤカ降伏の役割が期待されている事が伺える。
5.ガナパトヤ派におけるガネーシャの意義
(1)ガナパトヤ派の概要
先述の通り、嘗てヒンドゥー教の一派にガネーシャを最高神とするガナパトヤ派が存在した。ガナパトヤ派は6世紀から9世紀の間頃に登場したと見られ、同派は秘教的性格が強かったが、10世紀頃にその最盛期を迎え、彼等はガネーシャを本尊とする寺院をインド各地に建立し、ガネーシャ信仰の汎インド的普及に貢献した。
14世紀に入ると、同派からモーリヤ・ゴーサヴィーが登場し、ガナパトヤ派の大衆化を進めるとともに、ガネーシャ信仰を鼓吹、彼の活躍によってガナパトヤ派は17世紀から19世紀にかけて西インドを中心に栄えた。
今日、ガナパトヤ派はシヴァを最高神とするシヴァ派に吸収されていると見られているが(※尤も広大なインド亜大陸の事だから、何処かで残存しているかも知れないが。)、彼らが残した『ガネーシャプラーナ』等の聖典群はヒンドゥー教におけるガネーシャ信仰に大きな影響を与えた。
(2)『ガネーシャプラーナ』
『ガネーシャプラーナ』は14世紀か15世紀頃に完成したと考えられ、全体で155章から成る。
先ず、第46章ではガネーシャの1000の名を讃える「ガネーシャサハスラマ」を含んでいるが、同讃頌は今日でもヒンドゥー教寺院におけるガネーシャへの供養(puja)に用いられている。
又、第138章から第148章が「ガネーシャギーター」と呼ばれる部分で、同箇所はヒンドゥー教の有名な聖典『バガヴァットギーター』を模しており、ガネーシャがヴァレンヤ王にガネーシャの秘密を説いた部分とされている。
「ガネーシャギーター」によると、ガネーシャはこの世界の創造主であり、同時に破壊者であり、又、何者からも生まれない者(aja)であり、万有の生命原理(bhutatma)であり、無始なる者(anadhi)であり、主(isvara)であり、諸々の神々はガネーシャの被造物であって、それらはヴィシュヌ、ブラフマー、マヘーシャ(シヴァ)であり、結局の所、万有はガネーシャに回帰すると説く。そして、この世界の正義(dharma)が衰退し、不正(adharma)が蔓延る時、悪を滅ぼして世界の秩序を回復すべく、ガネーシャは出現すると説いている。
又、『ガネーシャプラーナ』の後半部において世界の四つの時期(ユガ)に対応したガネーシャの四つの相を説くが、その概要は以下の通りである。
先ず、ダルマ(dharma)が完全に行われている最初のクリタ・ユガの時期においてガネーシャはマホートカタヴィナーヤカ(Mahotkatavinayaka)として現れる。それは身色赤色で10臂であり、獅子をヴァーハナ(乗物)として悪魔ナーランタカ、デーヴァンタカ、ドゥームラークシャを滅ぼすと言う。
続くダルマが4分の1失われたトレーター・ユガの時期にガネーシャはシヴァとパールヴァティーの子として生まれる。この時期のガネーシャはマユーレーシュヴァラ(Mayuresvara)と言い、身色白色で6臂であり、孔雀をヴァーハナ(乗物)として悪魔シンドゥーを滅ぼすとされる。又、この時期の転生の終わり頃にヴァーハナである孔雀を兄弟神スカンダに与えるとされる。
更にダルマが4分の1失われたドヴァーパラ・ユガの時期にガネーシャは再びシヴァとパールヴァティーの子として生まれると言う。この時期のガネーシャをガジャーナナ(Gajanana)と言い、身色赤色4臂であり、鼠をヴァーハナ(乗物)とすると言う。かかるガジャーナナは悪魔シンドゥーラを滅ぼす一方で、ヴァレンヤ王に「ガネーシャギーター」を説いたとされる。
更にダルマが4分の1失われたカリ・ユガの時期にはガネーシャはドゥームラケトゥ(Dhumraketu)として現れると言う。それは身色灰色2臂、或いは4臂であり、青色の馬をヴァーハナ(乗物)としてこの時期に蔓延している不正に終止符を打ち、諸々の悪魔を滅ぼすと言う。
(3)『ムドゥガラプラーナ』
『ムドゥガラプラーナ』もガナパトヤ派によって編纂されたと考えられており、編纂時期に関しては14世紀を下限とする説、或は16世紀を下限とする説、若しくは18世紀頃とする説がある。
当聖典もガネーシャに関する多くの伝承や儀礼を説くが、特に特徴的なものがガネーシャの八化現説である。その概要は以下の通りである。
Ⅰ ヴァクラトゥンダ(Vakratunda)
ヴァクラトゥンダはガネーシャの最初の化現で、万有の総体としての絶対者、ブラフマンの形相の具現化と言われている。悪魔マトゥサリヤースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は獅子。
Ⅱ エカーダンタ(Ekadanta)
エカーダンタはガネーシャの第二の化現で、全ての個別の霊魂の総体としての絶対者、ブラフマンの本質の具現化とされている。悪魔マダースラを滅ぼすとされている。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅲ マホーダラ(Mahodara)
マホーダラはガネーシャの第三の化現で、先のヴァクラトゥンダとエカーダンタの統合とされ、世界の創造過程に入った絶対者、ブラフマンの叡智の具現化とされる。悪魔モーハースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅳ ガジャーヴァクトラ(Gajavaktra)(ガジャーナナ(Gajanana)
ガジャーヴァクトラ(ガジャーナナ)はガネーシャの第四の化現で、先のマホーダラと対の存在とされている。悪魔ローバースラを滅ぼすとされている。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅴ ランボーダラ(Lanbodara)
ランボーダラはガネーシャの第五の化現で、世界の創造過程において神々が生まれる段階に相応するとされ、ブラフマンの純粋な力であるシャクティーを伴う。悪魔クローダースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅵ ヴィーカタ(Vikata)
ヴィーカタはガネーシャの第六の化現で、スーリヤに相応し、ブラフマンの輝ける本質の具現化とされる。悪魔カーマースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は孔雀。
Ⅶ ヴィグナラージャ(Vignaraja)
ヴィグナラージャはガネーシャの第七の化現で、ヴィシュヌに相応し、ブラフマンの保存の本質の具現化とされる。悪魔ママースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は大蛇。
Ⅷ ドゥームラヴァルナ(Dhumravarna)
ドゥームラヴァルナはガネーシャの第八の化現で、シヴァに相応し、ブラフマンの破壊の本質の具現化とされる。悪魔アビマナースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は馬。
(4)『ガナパティアタルヴァシルサ』
16世紀から17世紀頃に完成したガナパトヤ派系の聖典と見られ、『ガネーシャウパニシャッド』という別名を有する。
当聖典ではガネーシャはブラフマンそのものと看做され、ガネーシャは「あなたはブラフマー、ヴィシュヌ、マヘーシャ(※シヴァのこと)。あなたはインドラ。あなたはアグニにして、ヴァーユ(風)。あなたはスーリヤにしてチャンドラ。あなたはブローカ(大地)にしてアンタリクシャローカ(空)、スヴァルガローカ(天国)。あなたはオーム(Om)。」と讃えられている。
この他、同聖典ではヨーガにおけるガネーシャとチャクラの関係、ガネーシャのマントラ等について説いている。
5.稲荷神の概要
先に稲荷神の内訳、或は内実とも言うべき宇迦之御魂神や荼吉尼天等について概観したが、一般的に現実の稲荷信仰においては先述の様な個別の神々について意識される事は殆ど無く、単に稲荷、稲荷神、稲荷大神、稲荷大明神等と称して信仰されており、伏見稲荷大社も宇迦之御魂神等の諸祭神は稲荷大神の広大な神徳のそれぞれの名であると説明している所である。
さて、稲荷神の神名である稲荷という名の由来に関して、稲荷神が、元来、穀物神、食物神であり、穀物の代表である稲の霊、或は稲の神と看做されてきた事から稲と密接な関係がある事が伺える。この点に関して、『延喜式神名帳頭註』引用の『山城国風土記』の逸文において次の様な話が伝えられている。
山城国において栄えていた渡来人系の豪族である秦氏の遠祖伊呂具(イログ)は非常に豊かであって、ある時、慢心から餅を的にして矢を射った。すると、その餅は白い鳥となって飛び立って、山の峰に降り立ち、稲となって生えた(「伊禰奈利(イネナリ)生ヒキ。」)。其処でこの事に因んで社名を伊奈利(イナリ)とした。その後、伊呂具の子孫は先祖の過ちを悔いて社の木を引き抜いて家に持ち帰り、植えて祀った。この木が枯れずに生き続けると、福が授かり、枯れてしまうと、福が無いと言う。
以上の伊奈利社(稲荷社)の由緒から稲荷神のその本来の姿は稲の霊であり、穀物神である事が伺えるが、かかる稲荷神の性格故に、図像的表現において、しばしば稲を持していたり、担っている姿で表現されている。
又、稲荷神はその性格から記紀における宇迦之御魂神をはじめ、保食神、大宜津比売神、御食津神、豊宇気毘売神等といった類似の神々にも比定し易かったものと考えられ、今日、神社において稲荷神を祭祀する場合、祭神としてこれらの神々が当てられる(※尤も、実際の所、以前にも記した通り、宇迦之御魂神が一般的ではあるが。)。
そして、本来的に穀物神である稲荷神が、後世、恐らくは先述の事情から財宝神としても信仰される様になり、今日に至っているが、その所以に関して、古代、中世、そして近世初期の日本の経済構造が農業を中心としており、それ故、穀物類がそのまま富と同義でもあった事と無縁では無かろう。かかる稲荷神の財宝神としての性格は図像的表現においては、上述の稲の他、しばしば宝珠を持している姿で表される。
ところで、持物としての宝珠は仏教からの借用と考えられるが、仏教において宝珠はあらゆる願いを意のままに成就させる物とされ、又、金剛界五仏の一尊で、宝部の部主である宝生如来の三昧耶形でもあり、又、宝生如来の他、虚空蔵菩薩、地蔵菩薩等の宝部系諸尊の三昧耶形でもあるから、宝珠は仏教系の財宝尊の表徴でもある。神仏が分離する明治時代以前においては、一部の知識人の言説を除けば、神仏習合が一般的であり、特に弁才天信仰の例において見られる様に、神仏の境界が曖昧であったから、財宝神の表徴としての宝珠の借用もかかる神仏習合時代の名残と考えられる。
尚、余談ながら、神像表現における宝珠の例はかなり古く、例えば、平安時代前期に遡る滋賀県の小津神社の宇迦之御魂命像は左手に宝珠を持している(※尚、小津神社の宇迦之御魂命は当該神社の主祭神ではあるが、稲荷神では無い。)。
又、財宝神として稲荷神の地位が確立されると、古代末期、若しくは中世以降の貨幣経済の拡大や商工業の発達に伴って商工業の守護神として、更には福徳一般の神としてその信仰の裾野は広がり、今日ではあらゆる願いを成就する万能神の様に看做されるに至っている(※特定の神がその信仰の裾野が広がると、万能神の様に信仰されるのは稲荷神に限った現象ではないが。)。
先に稲荷神の内訳、或は内実とも言うべき宇迦之御魂神や荼吉尼天等について概観したが、一般的に現実の稲荷信仰においては先述の様な個別の神々について意識される事は殆ど無く、単に稲荷、稲荷神、稲荷大神、稲荷大明神等と称して信仰されており、伏見稲荷大社も宇迦之御魂神等の諸祭神は稲荷大神の広大な神徳のそれぞれの名であると説明している所である。
さて、稲荷神の神名である稲荷という名の由来に関して、稲荷神が、元来、穀物神、食物神であり、穀物の代表である稲の霊、或は稲の神と看做されてきた事から稲と密接な関係がある事が伺える。この点に関して、『延喜式神名帳頭註』引用の『山城国風土記』の逸文において次の様な話が伝えられている。
山城国において栄えていた渡来人系の豪族である秦氏の遠祖伊呂具(イログ)は非常に豊かであって、ある時、慢心から餅を的にして矢を射った。すると、その餅は白い鳥となって飛び立って、山の峰に降り立ち、稲となって生えた(「伊禰奈利(イネナリ)生ヒキ。」)。其処でこの事に因んで社名を伊奈利(イナリ)とした。その後、伊呂具の子孫は先祖の過ちを悔いて社の木を引き抜いて家に持ち帰り、植えて祀った。この木が枯れずに生き続けると、福が授かり、枯れてしまうと、福が無いと言う。
以上の伊奈利社(稲荷社)の由緒から稲荷神のその本来の姿は稲の霊であり、穀物神である事が伺えるが、かかる稲荷神の性格故に、図像的表現において、しばしば稲を持していたり、担っている姿で表現されている。
又、稲荷神はその性格から記紀における宇迦之御魂神をはじめ、保食神、大宜津比売神、御食津神、豊宇気毘売神等といった類似の神々にも比定し易かったものと考えられ、今日、神社において稲荷神を祭祀する場合、祭神としてこれらの神々が当てられる(※尤も、実際の所、以前にも記した通り、宇迦之御魂神が一般的ではあるが。)。
そして、本来的に穀物神である稲荷神が、後世、恐らくは先述の事情から財宝神としても信仰される様になり、今日に至っているが、その所以に関して、古代、中世、そして近世初期の日本の経済構造が農業を中心としており、それ故、穀物類がそのまま富と同義でもあった事と無縁では無かろう。かかる稲荷神の財宝神としての性格は図像的表現においては、上述の稲の他、しばしば宝珠を持している姿で表される。
ところで、持物としての宝珠は仏教からの借用と考えられるが、仏教において宝珠はあらゆる願いを意のままに成就させる物とされ、又、金剛界五仏の一尊で、宝部の部主である宝生如来の三昧耶形でもあり、又、宝生如来の他、虚空蔵菩薩、地蔵菩薩等の宝部系諸尊の三昧耶形でもあるから、宝珠は仏教系の財宝尊の表徴でもある。神仏が分離する明治時代以前においては、一部の知識人の言説を除けば、神仏習合が一般的であり、特に弁才天信仰の例において見られる様に、神仏の境界が曖昧であったから、財宝神の表徴としての宝珠の借用もかかる神仏習合時代の名残と考えられる。
尚、余談ながら、神像表現における宝珠の例はかなり古く、例えば、平安時代前期に遡る滋賀県の小津神社の宇迦之御魂命像は左手に宝珠を持している(※尚、小津神社の宇迦之御魂命は当該神社の主祭神ではあるが、稲荷神では無い。)。
又、財宝神として稲荷神の地位が確立されると、古代末期、若しくは中世以降の貨幣経済の拡大や商工業の発達に伴って商工業の守護神として、更には福徳一般の神としてその信仰の裾野は広がり、今日ではあらゆる願いを成就する万能神の様に看做されるに至っている(※特定の神がその信仰の裾野が広がると、万能神の様に信仰されるのは稲荷神に限った現象ではないが。)。
4.ガネーシャの眷属
(1)ガネーシャの妃
先ず、ヒンドゥー教においてガネーシャには妃がいるとする説といないとする説がある。
妃はいないとする説によれば、ガネーシャは童子神とされ、当該教説は主に南インドにおいて普及している様である。その場合の聖典上の根拠は『ガネーシャプラーナ』に出てくるガネーシャの異名の一つアビール(Abhiru)の解釈に求められ、18世紀の学者バースカララーヤはこの語を「女性を伴わない」という意味に解している。尤もアビールにはその他に「無畏」という意味もある。
しかしながら、上掲の『ガネーシャプラーナ』自体や『ムドゥガラプラーナ』はガネーシャに妃がいることを率直に認めている。
当該『ガネーシャプラーナ』が伝える伝承によると、ブラフマー(梵天)がガネーシャを礼拝した際にガネーシャはブラフマーの為にブッディー(Buddhi)、シッディー(Siddhi)というふたりの女神を創造し、ブラフマーに与えたとあり、これに対してブラフマーは改めてガネーシャにブッディーとシッディーをガネーシャに捧げたと言う。因みに、ブッディー(Buddhi)とはガネーシャの重要な属性の一つとされる知性(buddhi)の神格化である。それ故、かかるブッディーを妃とする事から伺える様にガネーシャは知性の夫を意味するブッディプリヤ(Buddhipriya)の名で呼ばれる事がある。又、シッディー(Siddhi)の方は成就(siddhi)の神格化である。
又、ガネーシャとブッディーやシッディーとの結婚に関しては、『ガネーシャプラーナ』中の別の伝承によると、神々がガネーシャを祝福して贈り物を捧げた際にブラフマーは自身の心からブッディーとシッディーと生み出し、ガネーシャに捧げたと伝えている。
又、『シヴァプラーナ』が伝える所によれば、ブラフマーの子であるプラジャーパティの娘ブッディーとシッディーとの結婚を巡ってガネーシャは兄弟神のスカンダ(クマーラ、カールティケーヤ)と争ったと言い、競争の結果、ガネーシャはスカンダに勝利し、二妃を得たとされ、ブッディーとの間からは幸運の神ラーバ(Labha)が、シッディーとの間からは財産神クシェマ(Ksema)が生まれたと言う。
ところで、ガネーシャの妃は上述のブッディーとシッディーに限定される訳では無く、寧ろ、伝承により、一定しないと言った方が正確の様である。
例えば、『マツヤプラーナ』においてはガネーシャの妃としてブッディーの他に財産の女神リッディー(Riddhi)を挙げている。
以上の様な関連プラーナの説に関わらず、ガネーシャの妃としてはシッディーとリッディーという組み合わせの方が、今日、特に北インドにおいて好まれている様であり、かかる組み合わせはガネーシャ信仰における嗜好の変化が反映しているものと考えられる。
この他に『ガネーシャプラーナ』によれば、ガネーシャはヨーガの八成就、すなわち、アシュタシッディー(Ashtasiddhi)とも結び付けられ、これらアシュタシッディーを神格化した八人の女神がガネーシャの妃とされることがある。アシュタシッディーの内訳は以下の通り。
①アニマ(Anima) :体を限りなく縮小させること。
②マヒマ(Mahima):体を限りなく拡張させること。
③ガリマ(Garima):体重を限りなく重くすること。
④ラギマ(Laghima :体重を限りなく軽くすること。
⑤プラープティ(Prapti):あらゆる場所に出現すること。
⑥プラーカーミャ(Prakamya):意のままに物事を実現すること。
⑦イシュトヴァ(Istva):全ての物事の支配すること。
⑧ヴァシュタ(Vasta):全ての者を服従させる力。
『ガネーシャプラーナ』において、ガネーシャはこれらアシュタシッディーに命じて悪魔デーヴァンタカを攻撃させるとあり、又、アシュタシッディーは合体して単独の女神となり、ガネーシャのシャクティとなることもある。
又、『アジターガマ』というテクストにはタントリズム系のガネーシャであるハリドラガナパティ(Haridraganapati)が説かれているが、同書によると、当該ガネーシャに二妃がいるとされている。尤もこれら二妃の名は詳らかではなく、又、ガネーシャのシャクティでもない。
その他、シャークタ派におけるガネーシャ信仰の場合、ガネーシャは各々の相に対応した妃を伴うとされる。そして、彼女達の名はフリー(Hri)、プシュティー(Psti)等と伝えられているが、その代り、ブッディー、シッディー、リッディー等といったよく知られているガネーシャの妃の名は登場しない。
今日、ガネーシャは、ヒンドゥー教の宗教画においてしばしばサラスヴァティー(弁才天)やラクシュミー(吉祥天)といった女神達とセットで描かれることがしばしばあるが、これらの女神の特性はガネーシャの属性である知性(buddhi)、成就(siddhi)、財産(liddhi)とも結びついているから、ヒンドゥー教の一部では彼女達をガネーシャの妃と看做す説もある様だが、当該説は一般的ではなく、通常、これらの神々のグループは、偶々、期待されている役割が共通しているに過ぎないと看做されている。
(2)ガネーシャの子
『シヴァプラーナ』によれば、上述の通り、ガネーシャにはブッディーとシッディーの二妃との間に幸運の神ラーバ(Labha)と財産神クシェマ(Ksema)という子がいるとされている。
一方、北インドの一部で信仰されていたらしい、あらゆる願いを成就するとされる満足の女神サントーシー(Santoshi)の映画『Jai Santoshi Ma』が1975年に公開されると、当該映画の爆発的ヒットとともにサントーシー信仰が汎インド的に普及したが、当映画によれば、ガネーシャはシッディーとリッディーを妃とし、彼等の間からサントーシーが生まれたとされている。当映画の上述の設定はプラーナ等のヒンドゥー教の伝統的聖典に根拠が無いものの、映画のヒットとともにサントーシー信仰の普及がするとともにヒンドゥー教徒に受容されている。




















