ガネーシャ2 | 徒然草子

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4.ガネーシャの眷属
(1)ガネーシャの妃
 先ず、ヒンドゥー教においてガネーシャには妃がいるとする説といないとする説がある。
 妃はいないとする説によれば、ガネーシャは童子神とされ、当該教説は主に南インドにおいて普及している様である。その場合の聖典上の根拠は『ガネーシャプラーナ』に出てくるガネーシャの異名の一つアビール(Abhiru)の解釈に求められ、18世紀の学者バースカララーヤはこの語を「女性を伴わない」という意味に解している。尤もアビールにはその他に「無畏」という意味もある。
 しかしながら、上掲の『ガネーシャプラーナ』自体や『ムドゥガラプラーナ』はガネーシャに妃がいることを率直に認めている。
 当該『ガネーシャプラーナ』が伝える伝承によると、ブラフマー(梵天)がガネーシャを礼拝した際にガネーシャはブラフマーの為にブッディー(Buddhi)、シッディー(Siddhi)というふたりの女神を創造し、ブラフマーに与えたとあり、これに対してブラフマーは改めてガネーシャにブッディーとシッディーをガネーシャに捧げたと言う。因みに、ブッディー(Buddhi)とはガネーシャの重要な属性の一つとされる知性(buddhi)の神格化である。それ故、かかるブッディーを妃とする事から伺える様にガネーシャは知性の夫を意味するブッディプリヤ(Buddhipriya)の名で呼ばれる事がある。又、シッディー(Siddhi)の方は成就(siddhi)の神格化である。
 又、ガネーシャとブッディーやシッディーとの結婚に関しては、『ガネーシャプラーナ』中の別の伝承によると、神々がガネーシャを祝福して贈り物を捧げた際にブラフマーは自身の心からブッディーとシッディーと生み出し、ガネーシャに捧げたと伝えている。
 又、『シヴァプラーナ』が伝える所によれば、ブラフマーの子であるプラジャーパティの娘ブッディーとシッディーとの結婚を巡ってガネーシャは兄弟神のスカンダ(クマーラ、カールティケーヤ)と争ったと言い、競争の結果、ガネーシャはスカンダに勝利し、二妃を得たとされ、ブッディーとの間からは幸運の神ラーバ(Labha)が、シッディーとの間からは財産神クシェマ(Ksema)が生まれたと言う。
 ところで、ガネーシャの妃は上述のブッディーとシッディーに限定される訳では無く、寧ろ、伝承により、一定しないと言った方が正確の様である。
 例えば、『マツヤプラーナ』においてはガネーシャの妃としてブッディーの他に財産の女神リッディー(Riddhi)を挙げている。
 以上の様な関連プラーナの説に関わらず、ガネーシャの妃としてはシッディーとリッディーという組み合わせの方が、今日、特に北インドにおいて好まれている様であり、かかる組み合わせはガネーシャ信仰における嗜好の変化が反映しているものと考えられる。
 
 この他に『ガネーシャプラーナ』によれば、ガネーシャはヨーガの八成就、すなわち、アシュタシッディー(Ashtasiddhi)とも結び付けられ、これらアシュタシッディーを神格化した八人の女神がガネーシャの妃とされることがある。アシュタシッディーの内訳は以下の通り。
①アニマ(Anima) :体を限りなく縮小させること。
②マヒマ(Mahima):体を限りなく拡張させること。
③ガリマ(Garima):体重を限りなく重くすること。
④ラギマ(Laghima :体重を限りなく軽くすること。
⑤プラープティ(Prapti):あらゆる場所に出現すること。
⑥プラーカーミャ(Prakamya):意のままに物事を実現すること。
⑦イシュトヴァ(Istva):全ての物事の支配すること。
⑧ヴァシュタ(Vasta):全ての者を服従させる力。
『ガネーシャプラーナ』において、ガネーシャはこれらアシュタシッディーに命じて悪魔デーヴァンタカを攻撃させるとあり、又、アシュタシッディーは合体して単独の女神となり、ガネーシャのシャクティとなることもある。
 又、『アジターガマ』というテクストにはタントリズム系のガネーシャであるハリドラガナパティ(Haridraganapati)が説かれているが、同書によると、当該ガネーシャに二妃がいるとされている。尤もこれら二妃の名は詳らかではなく、又、ガネーシャのシャクティでもない。

 その他、シャークタ派におけるガネーシャ信仰の場合、ガネーシャは各々の相に対応した妃を伴うとされる。そして、彼女達の名はフリー(Hri)、プシュティー(Psti)等と伝えられているが、その代り、ブッディー、シッディー、リッディー等といったよく知られているガネーシャの妃の名は登場しない。
 今日、ガネーシャは、ヒンドゥー教の宗教画においてしばしばサラスヴァティー(弁才天)やラクシュミー(吉祥天)といった女神達とセットで描かれることがしばしばあるが、これらの女神の特性はガネーシャの属性である知性(buddhi)、成就(siddhi)、財産(liddhi)とも結びついているから、ヒンドゥー教の一部では彼女達をガネーシャの妃と看做す説もある様だが、当該説は一般的ではなく、通常、これらの神々のグループは、偶々、期待されている役割が共通しているに過ぎないと看做されている。


(2)ガネーシャの子

 『シヴァプラーナ』によれば、上述の通り、ガネーシャにはブッディーとシッディーの二妃との間に幸運の神ラーバ(Labha)と財産神クシェマ(Ksema)という子がいるとされている。
 一方、北インドの一部で信仰されていたらしい、あらゆる願いを成就するとされる満足の女神サントーシー(Santoshi)の映画『Jai Santoshi Ma』が1975年に公開されると、当該映画の爆発的ヒットとともにサントーシー信仰が汎インド的に普及したが、当映画によれば、ガネーシャはシッディーとリッディーを妃とし、彼等の間からサントーシーが生まれたとされている。当映画の上述の設定はプラーナ等のヒンドゥー教の伝統的聖典に根拠が無いものの、映画のヒットとともにサントーシー信仰の普及がするとともにヒンドゥー教徒に受容されている。