ガネーシャ3 | 徒然草子

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5.ガナパトヤ派におけるガネーシャの意義
(1)ガナパトヤ派の概要
 先述の通り、嘗てヒンドゥー教の一派にガネーシャを最高神とするガナパトヤ派が存在した。ガナパトヤ派は6世紀から9世紀の間頃に登場したと見られ、同派は秘教的性格が強かったが、10世紀頃にその最盛期を迎え、彼等はガネーシャを本尊とする寺院をインド各地に建立し、ガネーシャ信仰の汎インド的普及に貢献した。
 14世紀に入ると、同派からモーリヤ・ゴーサヴィーが登場し、ガナパトヤ派の大衆化を進めるとともに、ガネーシャ信仰を鼓吹、彼の活躍によってガナパトヤ派は17世紀から19世紀にかけて西インドを中心に栄えた。
 今日、ガナパトヤ派はシヴァを最高神とするシヴァ派に吸収されていると見られているが(※尤も広大なインド亜大陸の事だから、何処かで残存しているかも知れないが。)、彼らが残した『ガネーシャプラーナ』等の聖典群はヒンドゥー教におけるガネーシャ信仰に大きな影響を与えた。

(2)『ガネーシャプラーナ』
 『ガネーシャプラーナ』は14世紀か15世紀頃に完成したと考えられ、全体で155章から成る。
 先ず、第46章ではガネーシャの1000の名を讃える「ガネーシャサハスラマ」を含んでいるが、同讃頌は今日でもヒンドゥー教寺院におけるガネーシャへの供養(puja)に用いられている。
 又、第138章から第148章が「ガネーシャギーター」と呼ばれる部分で、同箇所はヒンドゥー教の有名な聖典『バガヴァットギーター』を模しており、ガネーシャがヴァレンヤ王にガネーシャの秘密を説いた部分とされている。
 「ガネーシャギーター」によると、ガネーシャはこの世界の創造主であり、同時に破壊者であり、又、何者からも生まれない者(aja)であり、万有の生命原理(bhutatma)であり、無始なる者(anadhi)であり、主(isvara)であり、諸々の神々はガネーシャの被造物であって、それらはヴィシュヌ、ブラフマー、マヘーシャ(シヴァ)であり、結局の所、万有はガネーシャに回帰すると説く。そして、この世界の正義(dharma)が衰退し、不正(adharma)が蔓延る時、悪を滅ぼして世界の秩序を回復すべく、ガネーシャは出現すると説いている。
又、『ガネーシャプラーナ』の後半部において世界の四つの時期(ユガ)に対応したガネーシャの四つの相を説くが、その概要は以下の通りである。
 先ず、ダルマ(dharma)が完全に行われている最初のクリタ・ユガの時期においてガネーシャはマホートカタヴィナーヤカ(Mahotkatavinayaka)として現れる。それは身色赤色で10臂であり、獅子をヴァーハナ(乗物)として悪魔ナーランタカ、デーヴァンタカ、ドゥームラークシャを滅ぼすと言う。
 続くダルマが4分の1失われたトレーター・ユガの時期にガネーシャはシヴァとパールヴァティーの子として生まれる。この時期のガネーシャはマユーレーシュヴァラ(Mayuresvara)と言い、身色白色で6臂であり、孔雀をヴァーハナ(乗物)として悪魔シンドゥーを滅ぼすとされる。又、この時期の転生の終わり頃にヴァーハナである孔雀を兄弟神スカンダに与えるとされる。
 更にダルマが4分の1失われたドヴァーパラ・ユガの時期にガネーシャは再びシヴァとパールヴァティーの子として生まれると言う。この時期のガネーシャをガジャーナナ(Gajanana)と言い、身色赤色4臂であり、鼠をヴァーハナ(乗物)とすると言う。かかるガジャーナナは悪魔シンドゥーラを滅ぼす一方で、ヴァレンヤ王に「ガネーシャギーター」を説いたとされる。
 更にダルマが4分の1失われたカリ・ユガの時期にはガネーシャはドゥームラケトゥ(Dhumraketu)として現れると言う。それは身色灰色2臂、或いは4臂であり、青色の馬をヴァーハナ(乗物)としてこの時期に蔓延している不正に終止符を打ち、諸々の悪魔を滅ぼすと言う。


(3)『ムドゥガラプラーナ』
 『ムドゥガラプラーナ』もガナパトヤ派によって編纂されたと考えられており、編纂時期に関しては14世紀を下限とする説、或は16世紀を下限とする説、若しくは18世紀頃とする説がある。
 当聖典もガネーシャに関する多くの伝承や儀礼を説くが、特に特徴的なものがガネーシャの八化現説である。その概要は以下の通りである。
Ⅰ ヴァクラトゥンダ(Vakratunda)
 ヴァクラトゥンダはガネーシャの最初の化現で、万有の総体としての絶対者、ブラフマンの形相の具現化と言われている。悪魔マトゥサリヤースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は獅子。
Ⅱ エカーダンタ(Ekadanta)
 エカーダンタはガネーシャの第二の化現で、全ての個別の霊魂の総体としての絶対者、ブラフマンの本質の具現化とされている。悪魔マダースラを滅ぼすとされている。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅲ マホーダラ(Mahodara)
 マホーダラはガネーシャの第三の化現で、先のヴァクラトゥンダとエカーダンタの統合とされ、世界の創造過程に入った絶対者、ブラフマンの叡智の具現化とされる。悪魔モーハースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅳ ガジャーヴァクトラ(Gajavaktra)(ガジャーナナ(Gajanana)
 ガジャーヴァクトラ(ガジャーナナ)はガネーシャの第四の化現で、先のマホーダラと対の存在とされている。悪魔ローバースラを滅ぼすとされている。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅴ ランボーダラ(Lanbodara)
 ランボーダラはガネーシャの第五の化現で、世界の創造過程において神々が生まれる段階に相応するとされ、ブラフマンの純粋な力であるシャクティーを伴う。悪魔クローダースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は鼠。
Ⅵ ヴィーカタ(Vikata)
 ヴィーカタはガネーシャの第六の化現で、スーリヤに相応し、ブラフマンの輝ける本質の具現化とされる。悪魔カーマースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は孔雀。
Ⅶ ヴィグナラージャ(Vignaraja)
 ヴィグナラージャはガネーシャの第七の化現で、ヴィシュヌに相応し、ブラフマンの保存の本質の具現化とされる。悪魔ママースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は大蛇。
Ⅷ ドゥームラヴァルナ(Dhumravarna)
 ドゥームラヴァルナはガネーシャの第八の化現で、シヴァに相応し、ブラフマンの破壊の本質の具現化とされる。悪魔アビマナースラを滅ぼすとされる。ヴァーハナ(乗物)は馬。

(4)『ガナパティアタルヴァシルサ』
 16世紀から17世紀頃に完成したガナパトヤ派系の聖典と見られ、『ガネーシャウパニシャッド』という別名を有する。
 当聖典ではガネーシャはブラフマンそのものと看做され、ガネーシャは「あなたはブラフマー、ヴィシュヌ、マヘーシャ(※シヴァのこと)。あなたはインドラ。あなたはアグニにして、ヴァーユ(風)。あなたはスーリヤにしてチャンドラ。あなたはブローカ(大地)にしてアンタリクシャローカ(空)、スヴァルガローカ(天国)。あなたはオーム(Om)。」と讃えられている。
 この他、同聖典ではヨーガにおけるガネーシャとチャクラの関係、ガネーシャのマントラ等について説いている。