草木の声 (短歌) -2ページ目

草木の声 (短歌)

母の短歌をまとめました 興味のある方はどうぞご覧ください

9 続き

 

 

花をかざしぬ

 

菊の香り(あと)を追いくる庭を去る(おうな)の荷にある野ボタンの鉢

 

(うつつ)よりひと足ふた足ぬけ出でて叔母は童女へ花をかざしぬ

 

絶え間なく陽差しを(さえぎ)るうすき雲、肉親という者とのくらし

 

闘病の(くや)しさ見せぬ遺影かな頬笑みつづけ死の(のち)をかざる

 

ライトペン贈られむかえる誕生日残りし夢を消さずにおこう

 

スキー積み日常するりと抜けてきぬ細胞ふつふつリフレッシュする

 

前向きがプラス思考が色あせる日総身にまとうコスモスの風

 

ひとが言うしっかり者の自縛(じばく)とく結び目さがして旅に発ちたり

 

はる日和(ひより)きめごとひとつが雑談にたびたび流れすくい戻しぬ

 

 

 

()(かえ)りくるを

 

一まいの雲が千切れて差す冬陽(あか)りささんか中東ニュース

 

迷走の中をイラクへ発ちてゆく迷彩服に付けやる日の丸

 

日の丸と黄色いハンカチ(あふ)れ出し国の内部が知らぬ間に病むや

 

()りもせずくり返したる(たたか)いの聞けど語れどつじつま合わぬ

 

報復を重ねし歴史ききながら大雨三日降るにまかせる

 

 

 

 

巡り来る八月

 

花はちす開く八月巡り来る()きて帰らぬ父似のわれへ

 

硫黄島に果てしわが父の骨をおもい幸せ失なう夢みなくなる

 

硫黄島に果てし兵士の父の骨わたしの中でも風化はじまる

 

雷鳴に(すが)りし母のひざの記憶亡き後のわれを支えつづけし

 

母を連れ昔語りをききながら歩くまぼろし オミナエシ咲く

 

家のまわりに花を咲かせば冥界(めいかい)()たる人を語りだすはな

 

叔父の命手放すごとくあきらめし風邪はわたしの喉を離れない

 

おろおろとわれの指定席さがす夢予約をせずに産れきしなり

 

(かも)一羽いつまで水路に残りいる所詮ひとりとおもえば清し

 

朝穫(あさど)りのアスパラガスがぽっきりと穂先が跳びて初夏に入る

 

 

 

うるし花咲く

 

(あきら)めずとんがっている神経をいなす一樹のねこやなぎ(まぶ)

 

人混みをぬけきて払うざらざらに渇きしことば浮遊(ふゆう)している

 

肯定も否定もできぬが多くなり中途半端に生きる足()

 

短かすぎるどの一日もずんずんと重たい入り日で終りをつげる

 

旅三日家出のように姿消すうるし花咲く秋の気配(けはい)

 

雨後(うご)の森肩をよせあい(しずく)する地表の種子がいっせいに動く

 

冬を越しぎしぎし(ゆる)むほねの音にんげんらしく立ち上がろうぞ

 

(つくろ)いし骨が発するひめい聴き(いま)だ果せぬ行き先ありぬ

 

首かしげ鉄骨を組む一部始終(しじゅう)(とび)見ている ()られた止り樹

 

さむ空へ鉄骨にゆっと伸び上り目の前にあった嵐山かくす

彩雲 (辛夷(こぶし) 第十合同歌集より) 平、十三~十七年 (六六~七〇歳)作

 

 

 

 

(ふき)のとう

 

 

匂いおこす南の土手のふきのとう包みの中を開きて見せる

 

競い合いつくし()を出すアスファルト熱い挑戦見届けてやり

 

十月のすらりと伸びし影と遊ぶ(たの)しからずや生死わすれて

 

朝もやの釣人の浮きへ()らすまなこ魚の味方に傾きはじむ

 

 

 

 

旅、一

 

(あか)あかとマッターホルンの三角錐朝明けてくる窓を開けば

 

アルプスの空は私に味方してアイガーも氷河も花さえ添うる

 

教科書に墨をぬりたる(つか)えありこの目で見たしアメリカへ着く

 

あこがれと(あらが)い抱くアメリカの表通りと裏通りのかお

 

待ち伏せし銃声が鳴る錯覚をグランドキャニオンの赤き岩場は

 

 

 

旅、二

 

すり減りてくぼむ石段(いしきだ)へ歩を合わせ万里の長城の坂を登りぬ

 

眼うらの西安(せいあん)()天竺(てんじく)へシルクロードをシュミレーションする

 

靴底の中国の土を払いいつ、くたびれている二人の三足

 

瀬戸内の引き潮さざ波ゆうぐれの島三千をゆったり洗う

 

足摺(あしずり)のビロー樹の影に入りたり足うら遍路のごとく熱しよ

 

 

 

自己主張

 

階段をかけ上がりゆく足(あし) 退却はじめしわたしの前を

 

日常のすきを突きくる青臭い(とが)ったひと言によろけいるなり

 

少年の二十七(せんち)スニーカーげんかんに帰り反対むきぬ

 

自己主張あたまの上を飛び交いし夏休み終り歌集をひらく

 

背にずんと重たくありしおのこ今われを(こころ)みにふらふら背負う

 

幼しと思う()の子に背負われて笑いいる声のトーンふらつく

 

こどもでもおとなでもないと見上げたり呼気(こき)を整え手(みじか)に話す

 

初便りにっこり絵文字を書き入れて新しい風送りくる少女

 

思春期をすくすく伸びて遠ざかる誰の手も()らぬ無口さびしむ

 

 

 

絵手紙

 

お見舞いにと絵手紙を書くおさな子と病院ごっこの如し夫よ

 

共生(きょうせい)の病巣きょうを限りとし切り離されて(のう)ぼんにのる

 

さくら咲き命びろいと言うことばおもう夫へのひとしおの春

 

不用意にも猫が夫の身代(みが)わりになりたるごとく言い合いし夜

 

穂の先へ止まるトンボの羽つかむ夫へ呼気あわす秋のひととき

 

 

 

銀杏(ぎんなん)の葉っぱ

 

ままごとの魚、大根ころがりてあるじも客も消えている春

 

ひよひよと黄色い園児帰りくる二時間ほどをふところ離れて

 

おさな子の遊び相手に選ばれてビーズ通しに熱中してゆく

 

(とし)わすれ(わらべ)まじりタンポポの(かん)(もう)吹きぬ天地四方へ

 

おさな子が二番目に好きな入院の夫に()りし銀杏の葉っぱ

 

飯事(ままごと)の今日のメニューはハンバーグ何時から手付き少女になりぬ

 

熟れはじめしブルーベリーの枝ゆらす幼子と風とかわる()わるに

 

おんなの児スキー特訓する(つま)の最大の笑みへ (こた)えるV字

 

ただいまあ、張りきっている一年生重くはないかかばんも期待も

 

 

 

 

7 続き 

 

 

豆剣士

 

豆剣士の白い素足が定まらぬ打たれ強くなれたっぷりの未来ぞ

 

(きょ)を突く(かたき)のごとき剣がまえ恐れるべきもの知りはじめたる

 

ひょろりと伸び兄になりきれぬ少年の屈折する夏、水やたら撒く

 

再開を果せし男の子と老犬のうるむ鼻と鼻、ぬすみ見る窓

 

素直なる(わらべ)のこころかいま見え信じる気になる国の未来も

 

 

 

 

足音に

 

足音に土をはじきてのけ()りしささげの気負いは六尺を越ゆ

 

秋の野へこころの(ひだ)のうらおもてひらひら開きて残照をあびる

 

連想は美しく開く(くるま)(ひだ) (うね)にビートのかざりステッチ

 

朴の木に振り下ろしゆく斧の先おもわぬ詫び言こぼれておちる

 

 

 

マールとジャンプ

 

雷を恐れる犬を許せしよりわれの徒労の収縮はじまる

 

どの子より猫の主張の大胆さ雨に降られて顔つき合わす

 

枯れ原へ()け出してゆく老犬に冬を越す足ためされている

 

どれどれと言う物腰の家人(かじん)おし(あと)を従きくる猫と暮しぬ

 

張りし耳に何を聞きいる猫の背よ聴きたきことのみ拾う耳()

 

 

 

 

朝刊を

 

大き荷を背負わんとして目が覚める身軽(みがる)き今なら何処でも行ける

 

チャンづけで呼び合う女四人旅笑い過ぎし喉へ眠剤をおとす

 

旅の朝つがいのつばくろ現われて一夜の吾等をもてなす()振り

 

せんだんの香る花びら降り注ぐ原爆ドームの鎮魂の川へ

 

朝刊を開けば内戦の火花ちる西に東にさまよう人ら

 

日に三度作りし食事は胃に消えてはるの()に降るふあふあの雪

 

次つぎと幸せふえる錯覚に増やせし物が空虚さを()

 

一日とて替りてやれぬ血縁を見舞い涙腺もろくなりきぬ

 

聴きくるる耳を捜している(おうな)いちりんの()を共にする

 

 

 

 

深夜便(ラジオ)

 

もう一度とATM機に(うなが)される(ほころ)びはじめし椿に触れ来ぬ

 

誰もみな思いどうりにならぬ故笑うために売るチケット広告

 

ゆきづまるフィクションの文字乾くゆえわれと犬とに目薬をおとす

 

イヤホーン耳を(はず)れし深夜便 耳覚すまでひそひそささやく

 

元気になるフィトンチッドの降る森へ(わらび)首が反り返りいる

 

日勝の未完の馬が荷を引きて現れそうなゆうべを帰る   (神田 日勝)

 

指をさし(とお)山なぞる遊びなどくり返しもう何処へもゆけぬ

 

犬が老い引き綱かろきに買い替えて互いの日々を大切にする

 

 

 

 

過去も未来も

 

()(くぼ)に煮干しの白い目抜けて落ち朝日ぼんやり立ち上がりくる

 

風を入れまどろむ時のしあわせに過去も未来も青くて透明

 

行き過ぎとおもう現世(うつつよ)止められず壁の時計の音低くする

 

ざぶんざぶんと海岸線へ爪を立て温暖化する海が狙えり

 

物あふれ物に(まぎ)れる真心をそっと拾いあげて世は二〇〇〇年 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

段丘辛夷(こぶし) 第九合同歌集より) 平、八~十二年 (六一~六五歳)作

 

 

 

草や木のこえ

 

 

ひとかかえ森の香りをもち帰り樹や陽や風のこえふくらます

 

うぐいすと聞き()遊びせし山路()()られやすき魂もちぬ

 

鶯と聞きなし遊ぶを()らえば草木ゆうらり聴かぬふりする

 

山を降り日も夜も転がる川底の小石を(すく)えばあふるる時空

 

玻璃(はり)へだてこちらへ向きて立ちつくす一木一木のいのち見る冬 玻璃(ガラス)

 

 

 

少年

 

少年の()きた玩具が首を振り逃走をはかる雨の(ちまた)

 

時忘れおのこが(きわ)めたトンボ取りひっさげた理論見直してやる

 

(あり)(づか)(とりこ)なりし少年の長く伸びたる脚が(いた)だす

 

おさな児へ自在にもどる少年の投げ出す足の踏み行く未来

 

本当の親友同士と胸を張りつかの間の夏を遊びほうける

 

 

 

 

血が騒ぐ

 

子を連れて遡行(そこう)ごとく帰りきし喧噪(けんそう)しずめて雪ふりしきる

 

北の血が騒ぐとばかり帰りきて雪降れば降るを止めば止みしを

 

虫を追い川を求めて行方(ゆくえ)しらず()の子の肢体(したい)ひき締まる夏

 

日焼けした男の子の夏が終結したらいの(たにし)飼い主にされる

 

貼り足して描きしおのこの海が届き日がな波打ち心ひき立つ

 

 

 

(そび)える(やま)

 

銀色のえぞ松一樹胸を張り枯死(こし)せる今も(たましい)とどめる

 

低いよと暗示をかける夫がいて雲かかる岳へ誘い出さるる

 

山肌を這いのぼる風踏みしめる関節の古い(くさび)なかせて

 

空を指し聳える岳をトラバース足にまかせゆく一生もまた

 

不自由を補いくるる夫と杖わが好奇心をあたためる秋

 

咲き続くインパチェンスの一途さに気負える過去の(ひき)()しが()

 

死角(しかく)より密かに苦の種芽生(めば)えれば出番のごとくいそいそとせり

 

値札(はず)すメンズシャツのボタン穴怖れつつ覗く貴方の余生

 

歳月は言い合えるほど距離を縮め(わか)らぬところが明確になる

 

(いたわ)とおもいせしこと(はず)れおり微調整してしみじみ二人

 

大雪山 (雪が降った旭岳)

         九月二十一日

 

 

 

 

 

豆ぐつ一足

 

瑞みずしい豆ぐつ一足加わりて未来へつま先向けて並びぬ

 

幼児ときょうを終りし夕日みんと熱くなりたる胸合わせ抱く

 

手稲山連れ立つ少女は白い蝶背を励まして頂に立つ

 

一夜降りふっくら丸みしかまくらにどの子の頭か見え隠れする

 

さみしきか疲れたこころを独占し蝶々のように(まと)いくる少女

 

 

 

子守り唄

 

無垢(むく)な耳へ祈るがごとき子守唄地上やさしく緑あふれる  (万知)

 

児の瞳こころの中を覗きこみ笑えば笑う人に生れしなり

 

腕の中にほったり眠るみどり児の甘酢ゆき匂いが眠気を誘う

 

モノクロな惰性の日々を塗り変える嬰児(えいじ)大ぴらな泣き声を上げ

 

()の笑い(かか)えし花が揺るるごと(おだ)しき言葉を一身に(あつ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素粒子 (辛夷 第八合同歌集より) 平、三~七年 作(五六~六〇歳) 

 

 

 

 

背を押す風

 

咲きのぼる花をたのしむ明けくれに背を押すような秋の風吹く

 

昨日も今日もあるがままには生きられず東と西に分かるる川見ゆ

 

(しゅ)を抱き吹かるるにまかす麦があり 抗いつづける()まぶしかり

 

背の風が吹き登りゆく山頂を見上ぐる一生の目標のごと

 

立枯るる樹のふところに雛育つ不毛の期待もつことやめん

 

()()陽にやせた魂あそばするつかず離れずとぶ秋あかね

 

すかす窓かすかにとどく口笛の麦と兵隊終るまで動かず

 

頸寒くタオルを巻けりその温みまたあたらしいかなしみを生む

 

 

 

 

麦わら帽子

 

 

前向きの心ずるずる後退しかき立てて捜す麦わら帽子

 

(にわか)(あめ)ゆきづまる思考たたかれて空白の胸に落ちくる雫

 

ひっそりと生かされてある歳月か 予測せざりし残生の長さ

 

落ちている輪ゴムひとつに見る主張ふがいなき身を折りて拾えり

 

家族顔している犬と影並べいつまでもつづく錯覚にひたる

 

短からず長からずとぞ行く方のいずれかなしき産れきしこと

 

一言に喜憂する身の冷えやすしひき寄せて見る冬のアネモネ

 

したたかな地下茎をもち潜むあり弱音を吐けばたちまち(さか)

 

 

 

珈琲をおとす

 

ゆったりとコーヒーおとす(したた)りに解放される夫の休日

 

それぞれのもてる常識かく違い(むな)しくせまるテーブルの暮色

 

あたたかく注がれているきみが()はプラス思考への変換装置

 

山あいに夫の背が消え永遠にとり残さるる仮定に身震う

 

強く弱く風は葉裏を撫で返す自然体とは言うはやすかり

 

執着のこころをおさえ()りつめた樹は簡潔な再生をみせる

 

そぼ濡れて下駄の鼻緒をすげかえる古い記憶を呼び戻す雨

 

言いしとて言わざとても苦しからむまといつくよな風が続けり

 

思いいま時間が無いと聴きもらせし(うち)なるひとつか()の言い訳も

 

 

 

 

画像の鳥

 

爆音のイラクのニュースに耳をむけ手に白和えがふっくり出来上る

 

内乱の死者の画像に慣れてくるを(おそ)れて回す天気予報

 

猫と見る画像の鳥が飛び去りて変わるソマリアの危うきいのち

 

洞穴(どうけつ)土となりしや()きし父なみなみと(みず)供え続ける

 

自らの傷口ひらくような日を救われている河馬(かば)のポスターに

 

心しめる優しき人の不しあわせ見に来たる川なみなみと広し

 

草や木やけものの呼吸そくそくと肌を冷やせりあさひかわ峠

 

許さるる無駄のひとつか新聞をすみからすみ迄読み終りたり

 

若く見える若く見えぬと言い合いてあなたと一日余命を減らす

 

 

 

 

孫たちの夏

 

秘やかにおさなが開く庭の蛇口この夏の暑さを(うるお)してゆく

 

乱雑に脱ぎ捨てられたサンダルに混じる豆ぐつの赤きみぎひだり

 

おさな児の帰りて広き空間に転がるコマのあざやかな(うず)

 

暑かろう寒かろうとて猫に()ゆく夏くる秋従うばかり

 

狛犬のトンボがほしい幼ふたりなだめて深き(やしろ)の森ゆく

 

ゲレンデに()さきスキーをあやつりて自分の力を信じはじめる

 

はばからず泣きて笑いて帰りゆく高層ビルの窓のひとつへ

 

よみとれる形をなしきしおさな文(ふう)じ入りたる潮の()がせり

 

 

 

 

 

 

 

 

樹景   (辛夷(こぶし) 第七合同歌集より)昭、六一~平、二年 (五一~五五歳)作

                  

 

 

風のこえ

 

ひと夏の疲れた耳を森におく(ほお)の実ゆっくり熟しはじめる

 

(かば)うわれ捨身のわれをひとつ身に病み重ねつつ燃えいるいのち

 

うつうつと素直にさせてくれぬ日を煮物の蓋がこきざみに鳴る

 

稲首の延び上る夏真盛りあわあわと居る胸つきあげる

 

カルミア

 

真夏日のぱりっと乾くシーツ二枚迷いもともに(さら)されていつ

 

すこしずつ風が風よび吹きすぎる秋へと静かに移る夕暮れ

 

言うも悔言わぬも悔とおもうとき言葉ことごとく風のようなる

 

明けはなつ窓に集まる夏の声どの子の(のど)か変りはじめる

 

 

 

娘の婚

 

吹き消し得るほどの炎とおもいしに五年の月日愛を育てぬ

 

頭よせ婚姻届けを書きとめる二人の背なの秋の陽まぶし

 

ふり返り胸に手をかざし発ちゆく() 添う人があり海が待つなり

 

いつの日も心通わすふたりなれ冬の陽ぬくくその背包みぬ

 

 

 

初孫

 

家中にみどりごの泣く声あふれふっくり積れる雪ふるわせる

 

来れば疲れ来ぬとて疲るる絆なり夕やみ早き冬おとずれぬ

 

置きゆきしテープを聴ける午さがり喃語(なんご)うながす娘の声の母なる

 

あとを追う幼がありて充実の娘が帰りたり日暮れ早まる

 

嫁ぐ娘と病みやすきわれを伴いて職終える夫 それぞれのやま

 

(

 

平成へ

 

 

平成へ移りゆくを見る一月七日松飾りはずれ弔旗あがりぬ(平成元年)

 

春くると怠惰(たいだ)なわれの耳を起すスノーダクトのささやく水音

 

めざす塔描かず来しゆえ挫折とも違うさびしさ雨が連れくる

 

降りつづき赤き血うすめる雨のおと本一冊が手に重くいる

 

 

()の表札

 

力たくわえふところを出る(なに)(こん)家族に加えしはるかなる日よ

 

子離れの儀式ともおもう結婚式喉までの(たかぶ)りのみこみて坐す

 

()の表札書きて掛けきぬ子離れの準備ととのう朝からの雨

 

母と呼ばせ抱きしめるように育てし子いつしか先を行くに従う

 

子二人の婚の写真を壁につりふたりで向き合う朝夕の卓

 

()さぬなれど育てし証を握るように()に授かりしみどり児を抱く

 

つくづくと雛のお顔を見て選ぶ父になりたる息とのひととき

 

きらきらと平成元年如月(きさらぎ)の十勝の峰みゆ みどりご衣里よ

 

 

 

(いさり)(函館)

 

しらしらと漁火ひとつまたひとつ消えて明けゆく津軽海峡

 

声あげて笑う幼を二度三度さし上げる窓に漁火がうごく

 

やわらかく()中にあるにぎり(こぶし)泣きやむまでを唄う守りうた

 

ゆくゆくは消えゆく姓を継がんとぞ男の子産れたり北は花の季

 

ははの目で午睡の幼が(えが)かれて秋がただようなかを届きぬ

 

来る度に(もと)いのごとく付けてゆく背丈のしるし存在のしるし

 

満ちてくる日があるように思いつつ来しまぼろしの鳥をはなちぬ

 

しみじみと何も無きことをよしとする祈りのことば短くなりぬ

 

つかの間の人遠ざけて鳴くせみの夏やせの森(せり)の花咲く

 

 

腰の刀

 

読み聞かす桃太郎になりきる幼子の頭のはちまき腰の刀よ

 

鬼が島へ連れて行きたい人選に今日は外されし 幼の寝顔

 

幼子を土と遊ばせ夢想する遊びに()いて戻りくるまで

 

サンダルを日がな鳴らせるオカッパの泣くを笑うを犬と見ている

 

 

 

揚げ花火

 

 

揚げ花火川面をゆらし開くなりさかさ花火のあえかなりしよ

 

人を恋い人に疲れて黙しおりあまえる犬の鎖ときやる

 

夏ですと折込みちらし十九枚あざやかに明るく金曜日の朝

 

はたはたと竿に袖通すトレーナー夕立の掃射の標的になる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防風林 (辛夷 第六合同歌集より) 昭、五六~六〇年 (四六~五十歳)作

 

 

この平穏を

 

陽が登り開く花あり閉じる花あり数えるほどのこの平穏を

 

よろこびはひと跨ぎほどに菜を蒔きて日毎育つを待ちたることも

 

とめどなく失いゆくもの補うとやたら花数ふやしせばめぬ

 

はからずもきずつけ合いて生きているどの面ざしもやさしきものを

 

いかように生きても迷うわれの指紋うすれつつあると思いて立てり

 

(つつが)なきくらし裏切る(しこり)ひとつ描き来し未来あやうくさせる

 

そろいたる双の乳房を見おさめて湯けむりの中揺らぎて立てり

 

 

うす寒く乳房ひとつのかろき胸かき抱きつつ人にまぎれる

 

あるように痛む乳房の傷痕をさすりてねむる浅きねむりに

 

病む度に子が大きくなりていてもろき倖せつづけゆくなり

 

 

家紋

 

何気なく見てきし墓石の家紋いま重荷となせし父祖のおもいを

 

くりかえす盛衰のあとたどりつつ古りし過去帳書き替えるなり

 

誇れという父の記憶の遠くして(いた)ばかりの夫の少年期

 

なにを継ぐ誰が言うともなく寄せし娘への期待の重たかりしよ

 

 

いのちの電話

 

今まさに鳴りひびくベル試さるる吾とも思う「いのちの電話」

 

受話器より声になみだのにじむとき(したた)ようにわが耳を打つ

 

いつまでも続く沈黙の受話器重しわれの神経も試されている

 

長々と人憎むことば聴きしゆえねんごろに耳を洗いてねむる

 

短からず長からずとぞ行く方のいづれかなしき産れきしこと

 

 

 

夕焼け

 

さそう陽に(おの)が縛れる紐をとき風にゆれ伸ぶ野の草を摘む

 

(いさか)をこと更さけて来し吾のはげしき内部に風を当ており

 

どのわれも肯定し得ず頼りなく少し伸びきし爪を切りやる

 

生きることに執するわれと見守る(つま)と、無言に交す媒酌の席

 

影までも臆病になるわが生きのまとえる夕焼け身に染みるまで

 

亜麻の花母の記憶も淡あわと他人のように遠のきてゆく

 

()りて話題は前後し饒舌につづまるところ死を競うあう

 

歌のメモ広告の裏がわれに合い捨てやすし寂しきうたばかりなり

 

 

娘の背なに

 

娘は背なに園児のざわめき付け帰り緩やかに今わが子に戻る

 

電話とり園児とかわす娘の声のやさしさ ははにも見せざる顔で

 

希うがに臥し床にとどくピアノ曲わがい寝るまで弾きつづけよ

 

明日ゆえの心づもりの子離れは進まざるままに わが長き影

 

 

夫の定年

 

(つま)ただ心かよわせ来しわれの名が呼ばれいる受彰式場

 

(つつが)なく生き来しような錯覚をおこす拍手に立ち並ぶわれ

 

定年の貸与(たいよ)服からはずされし手箱の中の階級章

 

ヘリよりのちいさき屋根がわが機軸たしかめ合える記念飛行

 

ネクタイを贈られ再び職につくためらう五月の風舞う中へ

 

 

 

 

えぞにう(辛夷(こぶし) 第五合同歌集より) 昭、五一~五五年  (四一~四五歳)

 

 

 

印を押す

 

わが若く汗となみだのしむ土を印二十あまり押して立ち退く

 

子の背丈きざみ上りゆく柱あり冬陽にせまる解体の日に

 

十五年のあやうき日日をいま一度急きて来ましぬ別れの赤い屋根

 

わが深部に打ちとどく杭二本、一五坪ほど道路用地に

 

気負い来し生きに疲れてふり返る見上げる空は限りもあらず

 

わがうちのくぎりひとつを確かめて遥か発ち行く雲を見送る

 

さみしさは自虐のあとをひたひたとわれを軸になしかけ巡る仔犬

 

山鳩が啼きてひらきゆく初夏よわれは願いをあらたになせり

 

 

 

 

懐を出る

 

受話器おき伝わらぬこころもどかしく未来むく子のことば短かかり

 

振り向かず()は春泥を帰りゆく言葉かける距離一瞬に逸する

 

ふところを一足ごとに遠ざかる 息を追い確めねばならぬひとつ

 

つながざるに似る故もなき性にくむ抗いつつもわれを越えてゆく

 

子がためと言いて傷つけし幾万のわが口を離れし言葉を思う

 

青年のうなずきつつ聞く別れ際すでにし吾を越えしと思う

 

朝な夕なつながざるとも偽らぬ愛できし日々を返りみる夕べ

 

地をけり翔びたちてみよ汝のまだ見えざるものが見えるやも知れぬ

 

 

 

娘の灯り

 

  娘の部屋の灯りがもれる静けさに予測の未来いくつ展べみる

 

 望み聞き仔猫をかいて子を喜ばすささくれし柱のちさき手形よ

 

 叱りてはわれの疼みに触れるのみ言葉なきまま風をみており

 

いとおしむ時はももたず娘は十八にわが気負いきし日日をさみしむ

 

いのちとう頼りなきものをたのみとし心積りの未来どこ迄

 

生く限り背負わねばならぬ荷がありき(のが)れざる愛おしき重たさ

 

許しみな許されてきし過ぎこしの思いすなおに夜ふかまりぬ

 

生きるとは働くことと疑わぬ爪にエナメルやさしく塗りぬ

 

心まで病むまじとおもう紅ひきて朝の厨に蛇口一ぱい開く

 

 

 

 

思いを()せる

 

草原は空につづけり()をとじて思いを馳するおよばざるひとつに 

 

ゆれつつも何時しか丸める葱坊主追わるるに似し日々のくらしは

 

われの手に包被は堅き朴の芽の若葉たためるみなぎり握る

 

なにゆえに悲しみさえもなつかしきふり払う気負いに立てる雪の窓

 

ふる雨に花芯ぬらして咲きつのる一夏のいのちわれに伝えて

                                                 

                                           

                                                                                

                                                   

                                              

                                                  

                                                   

                                                 

                                                

                                                 

                                                

                                               

                                             

                                       

象 限 (辛夷(こぶし) 第四合同歌集より) 昭、四七~五〇年 (三七~四〇歳) 

 

 

地形も小川も

 

里は耕地整理の音たかく地形も小川も製図どおりに

 

家やしき跡かたもなく数枚の水田となりて空写しおり

 

悲しみの国境をみる監視塔署名簿に太く返還願う

 

歯舞の手にとるような眺望に望郷の心いたく知らさる

 

 

 

あふれだす歌

 

()れし娘と育てし()の、想い出のページめくればあふれだす歌

 

出産をお年玉だと云いて待つ夫晴ればれと祝賀にのぞむ

 

安じし子いつの間にやら大人びて臥せいる母を励ましくるる

 

出張の父まつ男の子の心根に試練の日々がむくわれてゆく

 

 

 

 

      山頂より夫につづきて()を画くシュプールあざやか 子がふたり

 

娘の曲に詩をつけやりて口づさむ箱に入れ取って置きたき思い

 

一人娘は、一三〇の丈持ちて少女らしさを匂わせ話す

 

(どん)(ぐり)を両のほほにいれ運びゆくリスと()とわれ深まる秋に

 

 

 

 

祖父

 

地を拓き激動の世を耐えて生きここに祖父米寿を迎う

 

感情や打算におぼれぬ強さもつ祖父の大きさ吾も継ぎたし

 

つぎつぎに息は戦いに老いの身に農を背おいし手はさらに大きく

 

吹雪く中故人となりし祖母かえる抱きよせ(ねぎら)祖父の優しさ

 

 

 

父を偲ぶ

 

 

 

 

()  消えやらぬドキュメンター「硫黄島」洞穴悼し父の骸は

 

一木なし戦い終えし上空をヘリで種まきすべては終わりぬ

 

「種子送れ」最後となりし文着きぬ発送待たず戦いは終わる

 

若き父 母の一回忌を児と祈り 細きおもてに発ちて征きにし

 

父母の生きた証は弟とわれが継ぎにし確かな脈うつ

 

 

 

 

()     蓮咲かせ脆き花びらいたわりぬ少女に余る祈りのいくつ

 

植え征きし蓮華の蕾を束にして父したう思春期は吾に永かり

 

蓮の葉にひとつぶの水玉ころがして征きし父待つ戦後十年

 

幸せを得れば失う不安もつわれのうなじを夫が見守る

 

 

 

 昭和47年から 北海道 辛夷(旭川)に入会、

第11合同歌集が出る1年前に退会した     

  武田富美子の作品を この度1冊にまとめました。

3000首以上の中から抜粋するのは体力的にも大変で、

結局 子と孫など(計13冊)のみ手作りで

内容も自然詠、家族、わかりやすい歌となりました。

ありがたいことに読んでみたいとおっしゃる方がいましたので 

ここに順次上げていきます。(娘、慶子)

 

 

 

 

草木の声

 

 

 

 

 

 

優しさにこだわりつづける薄き耳たてて聴きいる草や木のこえ

 

 

風はいま吹きゆく先のみなぎりをわれに聴かせて遠ざかるなり