彩雲 (辛夷 第十合同歌集より) 平、十三~十七年 (六六~七〇歳)作
蕗のとう
匂いおこす南の土手のふきのとう包みの中を開きて見せる
競い合いつくし頭を出すアスファルト熱い挑戦見届けてやり
十月のすらりと伸びし影と遊ぶ愉しからずや生死わすれて
朝もやの釣人の浮きへ凝らすまなこ魚の味方に傾きはじむ
旅、一
赫あかとマッターホルンの三角錐朝明けてくる窓を開けば
アルプスの空は私に味方してアイガーも氷河も花さえ添うる
教科書に墨をぬりたる閊えありこの目で見たしアメリカへ着く
あこがれと抗い抱くアメリカの表通りと裏通りのかお
待ち伏せし銃声が鳴る錯覚をグランドキャニオンの赤き岩場は
旅、二
すり減りてくぼむ石段へ歩を合わせ万里の長城の坂を登りぬ
眼うらの西安を出で天竺へシルクロードをシュミレーションする
靴底の中国の土を払いいつ、くたびれている二人の三足
瀬戸内の引き潮さざ波ゆうぐれの島三千をゆったり洗う
足摺のビロー樹の影に入りたり足うら遍路のごとく熱しよ
自己主張
階段をかけ上がりゆく足足 退却はじめしわたしの前を
日常のすきを突きくる青臭い尖ったひと言によろけいるなり
少年の二十七糎のスニーカーげんかんに帰り反対むきぬ
自己主張あたまの上を飛び交いし夏休み終り歌集をひらく
背にずんと重たくありしおのこ今われを試みにふらふら背負う
幼しと思う男の子に背負われて笑いいる声のトーンふらつく
こどもでもおとなでもないと見上げたり呼気を整え手短に話す
初便りにっこり絵文字を書き入れて新しい風送りくる少女
思春期をすくすく伸びて遠ざかる誰の手も要らぬ無口さびしむ
絵手紙
お見舞いにと絵手紙を書くおさな子と病院ごっこの如し夫よ
共生の病巣きょうを限りとし切り離されて濃ぼんにのる
さくら咲き命びろいと言うことばおもう夫へのひとしおの春
不用意にも猫が夫の身代わりになりたるごとく言い合いし夜
穂の先へ止まるトンボの羽つかむ夫へ呼気あわす秋のひととき
銀杏の葉っぱ
ままごとの魚、大根ころがりてあるじも客も消えている春
ひよひよと黄色い園児帰りくる二時間ほどをふところ離れて
おさな子の遊び相手に選ばれてビーズ通しに熱中してゆく
齢わすれ童にまじりタンポポの冠毛を吹きぬ天地四方へ
おさな子が二番目に好きな入院の夫に選りし銀杏の葉っぱ
飯事の今日のメニューはハンバーグ何時から手付き少女になりぬ
熟れはじめしブルーベリーの枝ゆらす幼子と風とかわる代わるに
おんなの児スキー特訓する夫の最大の笑みへ 応えるV字
ただいまあ、張りきっている一年生重くはないかかばんも期待も