監督:ティム・バートン
出演者:ジョニー・デップ 、マーティン・ランドー 、サラ・ジェシカ・パーカー
1994年/アメリカ


一昨日のロバート・エヴァンズのサクセスストーリーとは真逆。
成功作品なし。酷い映画だけ作って死んだと言われる、
エド・ウッドの自伝映画。

同じように映画に対する情熱があるも同じ人生にならない。

ただ、死んだ後に、
こうやっていい監督といい役者が自分の人生を肯定してくれる映画を作ってくれる。
死んでもまだ、彼の人生は誰かによって生かされている。
生きている数十年だけが人生ではないと思うとちょっと楽しい。


ジョニー・デップは、
自分を捨てて役になりきる。
何をやっても同じに見える役者とは器が違う。
演じることが自分の仕事だと分かっている。

でもちょっと視点を変えて、
「まったくエドだ」と思って観ていると、ボワンとデップが見えてくる。

仮面が外れているという訳ではない。
彼がその人そのものになっているから、
どっちがどっちか分からないし、
どっちがどっちでも良くなってくる。


子供時代、
芦屋雁之助が山下清だと思っていた。
疑う余地がなかった。
演じた役ののちの人生をもずっと背負う。
そんな覚悟がある役者にしか与えられない評価。


彼を救ったオーソン・ウェルズの言葉。
「他人の夢を撮ることはない」
たまに、こういうなんでもないようで素敵な言葉を聞かせてくれる人がいる。
説得力を持って言葉にしてくれる人は、
その存在だけで、貴重。

エド、いい人生やん!



監督:ブレット・モーゲン、ナネット・バーンスタイン
2002年/アメリカ



公開当時に、この映画は変わっていると聞いた覚えがある。
それが何だったのか、思いだせないまま見始める。


現存する写真と映像のみで作られているドキュメンタリー。
現在でこそ、PVで当たり前になっている手法だけど、
その当時はどうだったんだろう?

退屈するかと思っていたけど、
典型的な”アメリカンサクセス”な話。
紆余曲折があり、スキャンダラスありで、
飽きることなく観れる。


ドキュメンタリーとしては、
この手の話はほとんど興味がないのだけど、
最後の方。
この言葉の為に、映画は運ばれていたと分かる。

「苦労する価値はあるのか?」
「自分のしていることが好きだから、
 私は心から楽しんでる。
 だから、価値があるよ」

今の私の精神状態をえぐる。
やめて欲しいが、彼は正しい。




監督:ルイス・ブニュエル
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャン・ソレル、ジュヌヴィエーヴ・パージュ、ミシェル・ピコリ
1967年/フランス


「夜顔」はすでに観ているけど、
観ていなかった「昼顔」をようやく観ることができた。

新しい映画というより、どういう話が「夜顔」に続いていくのか。
一体、あの2人に昔何があったのか?
ということを知る為に。

カトリーヌ・ドヌーヴの美しさとパリの美しさに目を惹かれがちだけど、
話も、この当時にしては衝撃的だったと思う変質的な性と愛の形。


主役のセヴリーヌが後に、
なぜ執拗なまでにミッシェル・ピコリ演じるアンリを避けていたのか。
なぜ罪悪感に苛まれていたのか。
ずっとおびえていた理由は。
そういったものが明らかになった。

この映画を観てから「夜顔」を観れば、
あの二人の行動がもっと理解できたのだろう。

今思うと、
この美しく上品な映画をオリヴェイラ監督はうまく引き継いでいた。

ミッシェル・ピコリは、
いい歳の取り方をし過ぎじゃないかと思ったが、
よく考えれば、あのしつこさやバーでの語り、女性に対する態度は、
あの若き彼があったからこそ出てくる姿。

曖昧な終わり方は、
オリヴェイラ監督の「昼顔」への愛情。

こういうしっかりした映画が土台にあるからこそ、
「夜顔」は、いい映画になることができた。








監督:アキ・カウリスマキ
出演:ジャン=ピエール・ レオ、マージ・クラーク、ケネス・コリー
1990年/フィンランド、スウェーデン


面白い。
「映画はこうであってほしい~!!」
と思わせる映画。


ストーリーは誰でも思いつきそうな話。
思った通りのストーリー展開。
でも、何でもない話をいつものように彼はスゴく面白くする。

ユーモアがあって、終始クスクスと笑っていた。
そして、
「きっと、最後はハッピーエンドでしょ?」
って思ったりしながらも、ドキドキしたりワクワクしたり。

最後まで本当に楽しませてくれる。
大爆発とか面白いセリフがなくても、
興奮へと笑いへと監督によって導かれてしまう。


画面の色彩も、
ピカソの絵のように完璧なバランスでフレームの中にのせられている。

彼の居場所が分かる。そして彼に会いにいく。
その時に彼女は青い服を着る。
本当に僅かしか画面に映らないけど、
そこになくてはならない色が普通の顔をして在る。

そんな、細かな部分から、
部屋の壁、自由にはできないはずの空まで、
一目で彼の映画だと分かる色が溢れている。

相変わらずの独特な映像世界。
風景を見る視点がとても豊か。
この人の目で世界を見れば、
きっとこの世は美しさで溢れてるんだろうな。


神経質そうで、実はどうも好きじゃないジャン=ピエール・ レオ。
役者としてはやっぱり気になる。
やわい、甲斐性のない男を演じるとすごく巧い。
ペロンパーと違って、
魅かれる要素がない男を演じるのだけど、
彼の浅はかな行動に笑いが止まらない。


アキ・カウリスマキの映画。
褒めてばっかりだな。






監督:アキ・カウリスマキ
出演:マッティ・ペロンパー、アンドレ・ウィルム、カリ・ヴァーナネン、ジャン=ピエール・レオ
1992年/フィンランド


いつも通りの話といつも通りの映像。
そしていつも通りの役者。
違うのは、フランスを舞台にフランス語を話しているってこと。

どこからどう観てもカウリスマキの映画なのに、
どこからどう観ても良きフランス映画の匂い。
そうとう、フランス映画が好きなんだろうと一目で分かるのに、
やっぱり彼の映画でしかないこの世界。

ヌーヴェル・ヴァーグの寵児、ジャン=ピエール・レオまでが出てきては、
もう、ヘタなフランス人監督は足下にも及ばない。
フランス映画好きはもう歓声をあげるしかない。


いつも気にはなってたけどこの映画で本当に忘れられなくなった。
ペロンパー。
なんていい役者なんだろう。

全くもって冴えないのに、
女を口説く勇気も持ち合わせてないくせに、
一度口を開けば果てしなくロマンチスト。
この感じ。

きっと男の人は、この人の言動に絶対的な共感と憧れをもつんだろう。
女の人は、こういうダメ男ならと分かりながらもダマされてしまう。
全てを信じようと思う。

レニングラード・カウボーイズではあんな酷いマネージャーを演じていた人が、
この映画や愛しのタチアナでは本能をくすぐるような男を演じる。
あまり役者に興味がない私もに分かる。
ジワジワとしみる、とてもいい役者。


男を何度も裏切り出て行った女が戻ってきた時、
もう死は迫っている。
その彼女の為に3人の男が、
何よりも大切にしていたものを全て売ってしまう。
その為に貧乏をも許し、彼女を失う怖さより強かったとても大切なものを。

もっと早くその行動をとっていれば、
きっと初めから失うこともなかったのにやっと全てを失ってから気づく。


やっぱり、この人の映画は同じ終末に向かう。
人間、歳をとるごとに執拗につきまとう陰が、
何度も愛の話を通して描かれる。

背負うものの重さと優しさが反比例してるということに気づかない人には、
あの3人の男たちのかっこよさを絶対に理解できないだろうな。
そして、彼女の行動も黙って許せないと思う。

要するに、
大人にも子供にもなれないくすぶった人間しか出てこない優しい映画。





監督:ウディ・アレン
出演者:ウディ・アレン 、ヘレン・ハント
2001年/アメリカ


相変わらずのウディ・アレンが演じるうだつの上がらない中年男。
理屈が過ぎることろや、
感情を思考が追い越す発言をしたり、
反対に繊細すぎるところがあったり。

でも、彼がたまに語る本音や友人に漏らす一言は痛いほど分かる。

傷ついたところがまだ塞がってないし、
自ら塞がらないままでいようとしている節もある。
悲しい思いをもう二度としたくないという気持ちも。


ストーリーはとても練られていて面白い。
でも、映画が終わって思いだすのはそういう男の弱さや本音。
悲しい思いを繰り返す恐怖より衝動に負けてしまった強さ。

女は、そんなところを見せられたらお金や快適な未来を捨てることはきっと簡単にできてしまう。

男も女も大人は複雑でとても単純。
そこがかわいい。
彼の映画はそんな部分でできている。



監督:トーマス・ヤーン
出演者:ティル・シュヴァイガー、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ティエリー・ファン・ヴェルフェーケ
1999年/ドイツ


死が間近に迫った二人が、
一度も見たことのない海を見に行くという話。
死ぬことは決まっているのだから、
怖いものは何もなくて、
二人はどんどん犯罪をエスカレートさせていく。

向けられた拳銃さえも、
死を少し早くするだけだと大笑いする。


海は人が天国に行った時に必ずみんなの話題になる話。
海とあんな大きな太陽が溶けあう。
そんな嘘のような現実があったことを、
天国ではみんなが話していると信じられている。

ドイツ人にとって海は憧れだ。
魚を一度も口にすることなく死ぬ人も多い。
海と太陽を求める為に、
彼らは働き旅行をする。

海と太陽は、日本人がオーロラや大草原に美しさと憧れをもつのと同じ。
地球上に当然あるものを、見ずに死ぬというのは悲しい人生。


2ヶ月半インドのゴアにいた時、
海の目の前で暮らし波の音をずっと聞いていた。
そして、毎日夕日を見た。
何も予定のない旅で唯一習慣にしたこと。

80日間毎日海を見ていると色々なことに気づく。
街で生まれて育った人間には全く知らなかったもの。

潮の満ち干。
夜の暗さ。
太陽と月がよく向かい合うこと。
自然に人が支配されていること。
夕日が落ちてからが、本当のこの世のものでない景色が始まること。
この景色を毎日見るためだけに海のそばで生きることができると分かったこと。


目の前にいる二人を殺さずに海へ送り出した男。
また、同じ話をする。
「天国で海は、必ず話題になるんだ」って。

海を見たことがある人は、ドイツ人で海の見たことのある人は、
きっと彼の気持ちがわかる。
死ぬことが決まっている人間に海を見せずに天国に行かすことはできない。


ドイツ人を少しでも知っていると、
この映画の端々には、嫌というほどのドイツらしさがあることに気づく。
ドイツ人なら「ステレオタイプだ!」
と嫌な顔をするかもしれない。

どこがでなくて、
会話の全て行動の全て思考の全てがドイツ人らしい。
それを全部繋げていくとこういう話になる。

ひねった話ではないしどこにでもありそうな話だけどいい話だと思う。



監督:アキ・カウリスマキ
出演者:マッティ・ペロンパー、ザ・レニングラード・カウボーイズ、サカリ・クオスマネン
1989年/フィンランド


中学生の頃この写真を見た。
コミックバンドの話だと思っていて、
当然リバーフェニックスなんかに夢中だった頃。
この映画に興味を持つことはなかった。

まさかこのお笑いB級映画だと思っていたものが、
アキ・カウリスマキの映画だったとは。。


空の高さも決して高さで撮らないような、
広さと奥行きを強く感じさせる映像。
人物が、白々しくも美しい配置。
ロックンロールと半端じゃない量の酒。
どうしようもない片田舎。

いつも通りの設定の中に、
いつも通りの冴えない主人公達の冴えない話。


この人の映画を観て、
大笑いしたことも泣いたこともない気がする。
でも、クスッと笑ったりちょっとじんわりしたり、
なんでもない喜怒哀楽が自然に現れてきて、
それでいて気持ちいい感情のまま散歩に出かけたいような気持ちにさせてくれる。


アメリカまで行って車で旅をする。
そんなこと誰もが経験することじゃない。
でも、隣町で猫でも探すような感じで描かれている。

どこにでもあるような目線で、
それを誰でもできるような感じでこなしていく人達。
実は、無謀な旅をしていて修羅場もたくさん経験してる。

バンドだって、スゴい技術ととてつもない吸収力で、
進化なのか退化なのか、
乗り越えたのか取り残されたのか、
全く分からない変化を常にしている。


この監督は話を劇的に表現して心を揺さぶることを頑として避ける。
どんなシチュエーションでも、
ごく日常の鼓動の速さ、何気ないものに目を奪われる感じの方をとても大切にする。



監督:柴田剛
出演:長谷川隆也、西田有祐、角谷悠
2001年/日本


おそいひとの柴田剛監督の作品。


おそいひとに比べると、荒削りな部分があったりするけど、
この監督は映像だけでなく、
それは、結局映像に繋がっていくのだけど、
物語を展開していく発想が、
とても個性的で、才能に長けていることが分かる。

なんだろう。
どんな言葉でも、表現できない。
私のボキャブラリーが、少ないということもあるけど、
あの世界を、言葉では表現できない。

頭の中では、
あれとあれが繋がって、
あれが、あれが、、とあれという言葉ばかり使っている。
そう、あれのことなんだけど。。。

奇抜なアイデアと映像だけがスゴい。
と言う人もいるが、
そのアイデアを考えだせる、発想力と
それを映像化してしまう力は、
才能と呼ばず、なんと呼ぶ?


内容の分かりづらい部分もあるけど、
もともと、分かりづらい部分が核となるような、
そんな話。
それよりも、緻密さが明らかに軸となる、
話の作られ方。

70分ほどの中に、ぎっしりと、
映画が詰まっている。

まだまだ、観てみたい監督。