今回は久しぶりに現代の小説をご紹介します。

70年代のカリブ海に現れた魅力的な人魚の物語。





「マーメイド・オブ・ブラックコンチ」

モニーク・ロフェイ:著

岩瀬徳子:訳

(左右社 2023年2月刊)





時代は1976年、舞台はカリブ海に浮かぶブラックコンチ島。

島の漁師デイヴィッドが漁の合間にギターを弾きながら歌っていると波間から女性が顔を出しました。

赤い肌と黒く長いドレッドヘア、銀色の白目、そして長い魚の尾。人魚はデイヴィッドの歌とギターに惹かれて現れたのでした。

デイヴィッドもまた人魚に心惹かれ、二人は海で会うようになります。

ところが島で開催された釣り大会でアメリカ人たちが人魚を釣り上げてしまいます。

珍しい獲物として博物館に売られようとしていた人魚をデイヴィッドは盗み出し、自分の家の浴室で世話をすることに。

すると次第に人魚の体から鰭や鱗がなくなり、終いには魚の尾も腐り落ち、中から人間の足が現れました。

人魚はアイカイアという名で、はるか昔の先住民族の少女だったのです。美しい娘だったアイカイアには求婚する男が絶えず、それを妬んだ他の女たちからの呪いで彼女は人魚の姿に変えられ、海に追放されたのでした。

人間に戻ったアイカイアはデイヴィッドと愛し合うようになりますが、古の女たちの呪いはアイカイアを逃がそうとせず不穏なことが度々起きるようになります。さらに釣り大会でアイカイアを釣り上げたアメリカ人の親子が人魚を取り戻そうと島にやって来て・・・。



本作の人魚アイカイアは、人魚が人間に変身するのではなく元は人間でした。呪いによって人魚にされてしまうのですが、人間に戻っても銀色の白目と指の間の水かきは残っています。

人魚が人間に戻っていく描写で、人魚の体に棲んでいた小さな蟹や海の昆虫や軟体動物たちが人魚の耳や鼻からどんどん逃げ出していくという部分が強烈。グロテスクではあるものの実際に人魚がいたらこんなふうに海の生き物と共生しているのかもと思いました。


アイカイアの赤い肌はずっと昔に滅んだ先住民族であるタイノ族のもの。

カリブ海の島々にはヨーロッパ人が持ち込んだ伝染病などで激減した先住民族、その後の白人の支配、19世紀になって解放された黒人奴隷たち、と民族・人種の歴史が絡まり重なっています。

半分人間で半分魚のアイカイアだけでなく、デイヴィッドをはじめ主要な登場人物も島の過去と絡んだ異質な部分を自らの中に抱えています。

アイカイアと関わることで自分の異質な半分と向き合うことになる彼らも、かけられた呪いのようなものを解こうとしているように感じました。


本書は1976年当時を綴る物語の文章、現在(2015年)から過去を回想するデイヴィッドの日記、詩のように語られるアイカイアの独白の3つのパートで構成されていて、これが現実的でありながら幻想的でもあるという不思議な味わいを出しています。

訳者あとがきによればブラックコンチは架空の島ですが、作者モニーク・ロフェイの出生地であるトリニダード・トバゴ北部をモデルにしているそう。

カリブ海の島々についてほとんど知らなかった私ですが、幻想的でエキゾチックな物語は充分楽しめました。70年代のカリブの音楽など文化的な部分の知識があればもっと楽しめたかもしれません。