いなくなってしまった大好きな夫へ -20ページ目

あの日の続き6

朝から入院した健康体の私は、すこぶる元気なので病室で携帯ゲームをしながら夫の到着を待っていた。
2人部屋だったが、誰もいなくて個室状態でのびのびしていた。


そのうち夫の弟から、私が入院している○○大学病院に到着したと連絡が入った。


最初の話だと、弟が夫に付き添って来るとのことだったが、予定が変わって夫は救急車、弟は自分の車で到着したらしい。


しばらくして看護師さんから夫が到着したので、少しだけ面会できると言われた。


ドキドキしながら夫に会いに行った。
状態が良くなってからは一度も面会できていない。


夫に会いに行くと、夫は目を閉じていた。
「夫くん!!(夫の名前)」と呼ぶと目を開けた。


うつろな目だったので、「私がいるって分かってますかね?」と看護師さんに聞くと、「夫さん!!(夫の名前)奥さん来ましたよ!分かりますよね!」と看護師さんが夫に大きな声で呼びかけた。


夫は目をちゃんと開いて大きく頷いた。
人工呼吸器を使っているので声は出せないが、ちゃんと私を見た。


私「夫くん!(夫の名前)よく頑張ったね!もう少しだけ頑張れる?」と聞くと、また大きく頷いた。


その時、夫が目をぎゅっと瞑った。


今思えばなんだけど、その時の顔はいつも謝る時の様な申し訳なさそうな顔だったので、きっと声の出せない夫は、こんな事になってごめん!と言いたかったんだと思う。


しかし私は今までの状況やたくさんの医療機器に繋がれた夫を見て、咄嗟に「看護師さん!なんか苦しそうな顔をしました!」と言った。


すぐにまた夫を見ると普通の顔に戻っていたので、やっぱりあれは申し訳ないという表情だったのだと思う。


看護師さんは「え?苦しくはないと思いますよ。今さっき眠り薬を入れたので眠いのかな。」とかそんな事を言ったと思う。


私  「会社の事心配してたでしょ?」


夫   頷く。


私  「私がきちんと会社に連絡して、会社のみんなも夫くんが元気になって戻ってくるの待ってるって!何も心配しなくていいって!ゆっくり治してって言ってたから何も心配ないよ!」


夫   頷く。


私 「もう少し頑張ろうね!」


夫   頷く。


私 「ファイトー!!!」


夫   大きく頷く。


そして夫の手を握った。
夫は信じられない程に強い力で私の手を握り返してきた。


暖かくて柔らかくて力強い手の感触だった。
私は嬉しかった。
すでにこんなに元気なのだから、移植さえ乗り切れば間違いなく元気になって退院できると思った。


でも今思うと、多分もっともっと言いたいことや聞きたいことがあっただろうな…
娘の事とか、自分の体のこととか、その他にも沢山あったと思う。
これが最後の意思疎通になった今となっては、もっとたくさん質問したり、話しかけたりすればよかったな…


あの時の私はとりあえず今は何も心配いらないって事を伝えたかった。
また元気になって会えると思っていたから…


あまり面会の時間も取れずに、すぐに面会は終わりになった。
先生の話だと、私から肝臓が移植される事を夫に伝えたが、常に薬が効いている状態なので、どこまで理解しているか分からないとの事だった。


手術の日は3月15日月曜日。
その日は刻々と近づいてきた。
あれほど意気込んでいた私も、いざ入院して手術の日が近づくと、やっぱり怖くなってきた。


どうしよう…
お腹を切って肝臓を取り出すなんて…
私に出来るかな…
失敗したら私は死ぬかも…
そしたら娘はどうしよう…


それでも私がやらなきゃ旦那は助からない。
旦那を助けるためには私がやらなきゃ!
この手術が終われば元気にまた家族3人で生活できる!
絶対にやる!選択肢は1つ!やるしかない!


手術の前日、先生から手術の流れについて説明があった。詳しくホワイトボードに図を書きながら説明してくれた。
私と夫の弟と2人で説明を受けた。


私の肝臓を50%移植する。
手術時間は私の方が短く、6〜7時間。
夫は10〜12時間くらいかかるだろうとの事。


ドナーの私は腹部をL字に20〜25センチ程切開する。
切開の傷は一生消えない。
生体肝移植は、人や状況に判断されるのではなく、自分の強い意志で手術に臨む事が条件で手術直前まで拒否できる。
術後は1日だけICUに入る。
経過が良ければ翌日には一般病棟に行き、翌日からリハビリが始まる。



夫についての説明もあった。
傷はドナーよりも大きい。
術後1〜2週間はICUでの治療となる。
回復しているとはいえ、人工呼吸器が外せない状況下での手術となるため、術後は感染症などが心配される。
しかし、今の状況だと脳も大丈夫そうなので、成功すればまた社会復帰できると思う。
ただ、肝臓が破壊された事により腎臓もかなりのダメージを受けているので、退院後は透析が必要な体になるかもしれない。



他にも言われたけど大まかにこんな内容だったと思う。
とりあえず元気になれば透析でもいいやと思った。



私は「先生、どうか宜しくお願いします!手術の時は、とりあえず何をしてもいいので、目が覚めないよう麻酔をガッツリかけて下さい!」とお願いして話は終わった。


あの日の続き5

たくさんの検査をこなし、検査結果が出た。
結果から言うと、医学的に見て私の肝臓を移植する事が望ましいという事に決まった。
理由は、夫の弟は脂肪肝が少し見受けられた事とガンマGTPが基準値より少し高かったとの事で、私は全てにおいて基準値だったからだ。

先生の説明では、もし私がいなければ夫の弟の肝臓でも移植は可能なレベルだと言っていた。
しかし、より良い肝臓の私がいるので、それを移植するに越した事はないということだった。


私自身もなんとなく血の繋がった兄弟の方が拒絶反応も少なく良いのでは?と思っていたが、きちんと事前検査を行った上で移植すれば特に血の繋がりは問題ないという事だった。


いざドナーが私に決まると、その後の検査は私1人で受けた。どの部分を切除するか、私にどのくらい肝臓を残して夫にはどのくらいあげられるか、また血管の位置なども細かく見て、具体的な移植手術に向けての検査をした。


今助けてやる!待ってろ!私がいるぞ!絶対に助ける!という気持ちで、手術に対して怖い気持ちは微塵も感じず検査をこなした。


その頃、夫の容態はかなり悪く、こちらの決意とは裏腹に移植が難しいかもしれないという状況になっていった。


夫の入院先の病院からは、毎日○○大学病院に夫の状況や身体データを報告し、綿密な連携を取り合っているとの事だった。
状況はというと、脳波が平坦で意識の回復がないかもしれないという事態になっており、このまま亡くなってもおかしくないと言われた。
それでも移植さえすれば何とかなると思っていた私は、とりあえず移植してほしいとお願いした。


どちらの病院からも言われたのが、このままいくと脳死になるかもしれない。意識レベルがかなり悪い。移植手術に踏み切れる可能性はかなり少なくなって来ているとの事だった。


生体肝移植というのは、健康な人間にメスを入れて肝臓を移植する手術のため、ドナー側としても命懸けであり、脳死になるかもしれない人や、回復の可能性が見込めない人には倫理的に手術が禁止されていると言われた。
つまり、そこは健康なドナー側が優先されるとの事だった。


そんな状況下でも、夫は絶対に回復してくれると信じて、私はドナーになる為の検査を続けた。
精神的にも身体的にも余裕のない中での検査を終えて、あとは夫の回復を待つだけになった。
かなり難しい状況でドナーの検査自体が無駄になるかもしれないと言われ続けたけど、諦めてたまるかと思っていた。


そして奇跡が起こった!!
夫は回復傾向になった!エクモも取れ、肺も綺麗になり、あれだけ意識も脳波もなかった脳のCTにも奇跡的に悪化は見られないとの事だった。
やっぱり!!絶対に回復すると思ってた!
若い頃からいつもそうだった。
最後の最後で絶対に挽回する人だもん!
もうだめだと思ってたところから運を発揮するタイプだったもんね!!


そうなると、夫の回復待ちだった私は、移植手術の為すぐにお呼びがかかった。3月12日金曜日から○○大学病院に早速入院する事になり、夫もその日に合わせて転院してくる事になった。


入院当日、私は朝9時までに病院に行かなければならなかったので夫の転院には付き添えなかった。
そこで、夫の弟が付き添う事になった。


私は朝、いつも通り娘を学校に送り出し、その後の事は自分の両親に全て託して病院に向かった。
予定では2週間程の入院。


家を出る前に、必ず退院してくると信じていた夫のLINEに「勝負の時が来たよ!今から病院に行く!必ず元気になって再会しよう!」と送った。


夫が退院してLINEを見た時に、私がありったけの勇気と希望を持って家を出たこの瞬間のことを自慢しながら話そうと思っていた。


でも結局このLINEが既読になる事はなかったよね…

あの日の続き4

間も無くして医師が来た。

医師「この度、ご主人を担当させていただきます○○です。詳細な検査を行った結果、ご主人は急性肝不全で劇症肝炎だと思われます。」

聞いた事もない病名を耳にして、この時私の中での漢字変換は「激少肝炎」と勝手に変換して、何かが急激に減少して体調が悪くなったのかと思っていた。

私「それで、その劇症肝炎はどうすれば良くなるんですか?」

医師「現在、生命維持をする為の治療を続けております。しかし、肝臓がすでに致命的状況にあります。今日も原因究明のための検査を50種類くらい行います。」

私「原因は何が考えられるんですか?というか、ちゃんと状況を理解できていないのですか、昨日まで会社に出勤していて、さっきまで普通に会話していたのに、こんな急な事ってあるんですか?」

医師「劇症肝炎は数週間で急激に肝臓が破壊されて、数日の間に死に至る事もあります。原因究明の為の検査と生命維持の為の治療は継続しますが、肝臓移植が必要になるかもしれません。」

私「か、か、肝臓移植!?」

コロナの影響で病院自体が面会できないため、また連絡しますと言われ、訳のわからぬまま帰宅した。
それから、劇症肝炎についてネットで読み漁った。
急激に症状が悪化する事、急性肝炎の中でも1%くらいの人しかならないという事、そして一番目に入ったワードは、致死率がかなり高いということ。
救命手段の中には、やはり肝臓移植というワードがあった。

昨日まで普通に家族3人生活していて、もう今日には移植の話をしているって、どんな状況!?
私の頭は全然追いついていなかった。


その日の夕方、病院から電話があった。

医師「急激に容体が悪化しています。肝臓が破壊された事により、腎臓まで悪くなっていますので輸血をしながらの透析を開始しました。そして、肺までダメージを受けています。」

私「は、はい…とにかくお願いします。助けてください。」

医師「肝臓がここまで破壊されていると血を固める力がないので、首と脚に2センチの穴を開けるエクモは出血が止まらなくなる恐れがある為、通常使いたくないのですが、エクモしか道がありません。細心の注意を払い、10人分くらいの血を輸血しながらエクモを導入します。」

私「お願いします!それで、主人は大丈夫なんでしょうか。」

医師「明日の朝まで待つか分かりません。それと、昼間お話しした移植の話を急ぐ必要があります。当院では移植を行っていないので、○○大学病院への紹介状を書きました。間に合えば今日取りにきてください。」

夕方連絡を受けて、その日の夜22時頃紹介状を取りに行った。
救急搬送されたのが2月26日金曜日。
肝臓移植の話が出たのが翌日の2月27日土曜日。
紹介状を持って○○大学病院に出向いたのが2月28日の日曜日だった。


大学病院が日曜日にこの様な時間を取ってくれる事自体が、夫は本当に一刻の猶予も許されない状況なんだと思った。

この日は、ドナーになる為の検査内容や条件等を聞きに行く為、私と夫の実弟で行った。
主人のご両親はすでに他界している。
兄弟は弟だけ。
その弟と一緒に向かった。


説明を聞く前から、私も夫の弟もドナーになる意思は固かった。
ドナーの条件は詳細な体の検査をした上で健康である事!そして、何よりも揺るがない強い意志の元での立候補!との事だった。


早速翌日の3月1日からドナーになれるかどうかの検査が始まった。
その間、夫の容態は悪く、意識はないままだったが、いつ回復してお呼びがかかってもいいように、こちらはこちらで移植の準備を万端にしておこうという事になった。


○○大学病院で自分たちの検査をしながら、夫が入院している病院からの状況報告を待つという毎日が始まった。しかしエクモをつけた後は連絡が減った。
連絡がないのは安定している証拠だと医師から言われたのを思い出して、ひたすら祈りながら自分たちの検査をこなした。


1週間前は普通の家庭と何も変わらない平凡な家族だったのに、この変わり様に追いついていけず、何でこんな事になってるんだろ…って考える暇もないくらい必死だったし、ただ夫を助けたい一心でたくさんの検査をこなして時間が過ぎていった。