最後の外来
沈んだ1日
今日は気分が沈みっぱなしの日だった。
景色が灰色に見えて、近所に咲いている綺麗な紫陽花も、いつも道に寝そべっている可愛い猫ちゃんも、全部灰色に見えた。
今日もたいして何もやっていないから疲れてないはずなのに、何もする気になれなくて娘をお迎えに行く時だけ頑張って外に出た。
学童の先生と少しお話ししたけど、私うまく普通を装えていたかな…
ひきつった顔や、おどおどした話し方になってなかったかな…
普通を装うの、大変だな…
こんなんで普通の生活に戻れるかな…
6/15に、私の術後の傷の最後の外来がある。
それ終わったら仕事しなきゃな。
傷の具合は、今はもう普通の生活は大丈夫になった。
くしゃみと咳はまだ少し痛む。
傷というより、中が痛む。
あと体をねじったり伸ばしたりすると少し痛むな。
膿や汁?が5月まで長引いていたので、頻繁に洗い流してガーゼを替えていた。
暑くなる前に傷が塞がって良かった。
この傷は勲章だな。
胸の真ん中から、おへそにかけて。
そこから肋骨の方に向かってL字に縫い目がある。
夫を助ける事は出来なかったけど、傷は一生消えないから、いつでも思い出せる。
この時の夫への自分の精一杯の想いを鮮明に思い出せる。私にとっては夫が生きていた証で、夫をとても想っていた証拠。
夫はいつも言ってたな…
ママや○○(娘の名前)は絶対怪我しないでよ!
自分が怪我するよりイヤなんだからね!って…
だいぶ大怪我になってるよ…笑笑
でもパパ…
傷、お揃いだね…^ ^
それは嬉しいな…
また色々考える
また土日に親しい友人が自宅に招いてくれた。
いつも誰かに支えられている。
本当にありがたいし感謝の気持ちでいっぱい。
夫が亡くなるまで、これほど人のありがたみを感じた事はなかったかもしれない。
これも全部夫が教えてくれたんだと思っている。
でもやっぱり家に帰ってくると淋しさに襲われる。
取り止めのないことを考える。
夫は絶対に死ぬ予定じゃなかった。
助かる要素しかなかったと思う。
どうして死んだのだろうか…
誰かに連れてかれたのだろうか…
夫は毎年人間ドックを受けていた。
肝臓の数値は少し悪かったが経過観察レベルで、他は全てAだった。
元々の疾患はなく、他に持病もなかった。
健康そのもので病気とは無縁だった。
飲み薬も数年に一度風邪を引いてパブロンを飲むくらいだった。
入院前日まで会社にも行っていたし、入院したその日も普通に会話できた。
その夫が、移植まで成功したのに結局亡くなった。
どうしてだろう…
やっぱり誰かがお迎えに来て夫を連れて行っちゃったんだ…
すぐに家に戻ってくる予定で、服も脱ぎっぱなし、携帯もそのままテーブルの上に置いて行った。
でも結局二度とこの家に戻ってくる事はなかった。
どうしてこんな事になってしまったのか。
とりとめのない事をずっと考えてしまう。
どうしたら夫と話せるだろうか…
何か術はないのかな…
そんな事ばかり考える…
どうにもならないのにね…