不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その44

 本日も、血族関係や親子関係等が絡む関係解消事例を見ていきます。

 予めお詫び:本裁判例は、LEX/DB(文献番号28020556 )から引用。形式的な修正追加あり(「」等で明示なし)。

 

  名古屋高判平8・12・19〔「万屋食品」 対 「万屋薬品」商号使用差止訴訟・控訴審〕平7(ネ)808(最二小判平9・6・30〔同・上告審〕平9(オ)557、津地裁平7・9・12〔同・第一審〕平4(ワ)162)

控訴人(被告) 株式会社万屋薬品(代表取締役 I.N.)
被控訴人(原告) 万屋食品株式会社(代表取締役 H.M.)

 

■事案の概要等 

 本件は、被控訴人が控訴人に対し、主位的に、平成5年5月19日法律47号による改正前の不正競争防止法(以下「旧法」)1条1項2号に基づき、三重県内で周知な被控訴人の商号「万屋食品株式会社」と類似する商号「株式会社万屋薬品」を控訴人が使用して被控訴人の営業活動と誤認を生じさせ、これにより被控訴人は営業上の利益を害されるおそれが生じているなどとして、控訴人の商号の使用の差止めと控訴人の商号登記の抹消登記手続とを求め、予備的に、商法19条、20条1項、21条に基づき、右同旨の差止め及び抹消登記手続を求めた事案です。原審は被控訴人(一審原告)の主位的請求を全部認容したため、控訴人がその取消しと被控訴人の請求の棄却とを求めて控訴を申し立てたものです。
(旧法1条1項2号は、改正後の不正競争防止法(以下「新法」)2条1項1号、3条1項の該当部分に引き継がれ、両者は同趣旨のものと解されるから、新法附則2条本文の規定により、本判決は、新法の右規定が適用され、新法2条1項1号、3条1項に基づき、請求の当否を判断しています。)
 

■当裁判所の判断

Ⅰ.不正競争防止法に基づく請求について
1.被控訴人の商号の周知性の有無について
 裁判所は、以下の認定事実より、「現に被控訴人の取引先や一般消費者に控訴人との間で営業主体の混同が生じていることを併せると」、被控訴人の商号は、「遅くとも控訴人が株式会社に組織変更された平成3年当時」、「取引者の間では、三重県内の北は津市から南は志摩郡や度会郡までの地域及びその周辺において、また一般消費者の間では伊勢市や志摩郡阿児町やその周辺において、周知性を有し」、「右時点において、控訴人の営業地域において周知性を有してい」たと認めました(下線筆者)。
 (1)被控訴人の商号の起源は、明治時代、
H.M.及びH.R.の祖父の畑中万次郎が自己の名の「万」を取って「万屋商店」と名付けた味噌、醤油等の調味料、酒類、飲料等の小売店を、三重県伊勢市一之木に開業したことに遡る。この営業及び営業表示が、万次郎から子、孫H.M.と引き継がれ、H.M.が昭和33年にその営業を「万屋食品株式会社」の商号の下に法人化し、現在に至る。

 (2)法人化前の万屋商店は、昭和24年ころから、漬けたなすなどを細かく切って味噌の中に入れた「さい味噌」を製造、販売するようになり…三重県中南勢を初め…広く販売し…たが、その後は次第に販売量が減って行き、被控訴人は、それに連れて味噌・醤油等の調味料、酒類、ジュース・お茶等の飲料水、食品等の小売を主たる営業とするようになっていった。
 (3)被控訴人は、法人化直前ころに卸部を作り、卸と小売の営業をし、昭和44年に卸部を伊勢市上地町の「問屋センター」内に移転(現本店所在地)等し、昭和56年に志摩営業所を設置し、この二店舗で各商品の卸及び小売を営む。平成3年ころの卸売の範囲は、主に三重県内の津市、亀山市、名張市、伊勢町、南島町、志摩郡一帯、鳥羽市などで…これらの地域に約1000軒の取引先(食品の小売業者)を有する。他方、小売の需要者(一般消費者)は、店舗のある伊勢市、志摩郡阿児町やその周辺が中心。平成3年以降の被控訴人年間売上は10億円から11億円程度となる。被控訴人は最近、度会郡玉城町に三店目の店舗を設置。
(4)控訴人は、平成7年1月末時点で、北は三重県内の津市から南は度会郡南勢町までの地域に店舗を設置して、いわゆる「ドラッグストア」として医薬品、化粧品、食品…、雑貨等を販売。控訴人は九店程の店舗を新たに設置して現在21店舗等。


2 控訴人の商号と被控訴人の商号との類似性の有無について
 裁判所は、原審を支持し「控訴人の商号「株式会社万屋薬品」は、被控訴人の商号「万屋食品株式会社」と類似するものと判断」し、「取引者や一般消費者が、両者の外観、呼称、観念に基づく印象等から、両者を全体として類似のものとして受け取るおそれが極めて強い」等を加えた。

<地裁判断>

「原告の商号「万屋食品株式会社」と被告の商号「株式会社万屋薬品」を比較すると、営業品目を表す「食品」と「薬品」の部分が異なるにすぎず、いずれの商号も同一の「万屋」という個人的商店の屋号から派生した商号であることを取引先や需要者に印象づけるものであってその主要な部分は「万屋」の部分にあり、前記1の原告の取引の実情及び後記の被告の取引の実情をも考慮に入れて、右両者の商号を全体的に考察すると、被告の商号は原告の商号と類似しているものというべきである。」
 

3 営業主体の混同のおそれ及び営業上の利益を害されるおそれの有無について
 裁判所は、以下の認定事実により「控訴人及び被控訴人双方の営業内容、営業地域、各商号相互の類似性を併せる」と、「控訴人が、控訴人の営業地域において周知性のある被控訴人の商号と類似する商号を使用することにより、両社が親子会社、系列関係あるいは緊密なグループ関係にあるものと取引先や一般消費者に誤信させ、営業主体について混同を生じさせるおそれがあり」、「これにより被控訴人の営業上の利益が害されるおそれがある」と認めました。(下線筆者)

 (1)H.R.は、夫のH.Y.とともに、H.Y.の発案で、昭和40年ころから…被控訴人の倉庫となっていた建物を借り、「万屋薬品」の店名で薬品の小売業を始めた(控訴人の本店所在地)。当時扱っていた商品は、薬品以外には、医薬品ドリンク、健康ドリンク等…トイレ用品、洗剤等の日用雑貨等」。「その後は玲子が一人で店を切り盛りする状態となった」。なお、H.Y.は、H.R.と結婚した昭和37年以来被控訴人に勤務。
 (2)万屋薬品は、昭和五七年ころから、取引先に勤めていたIの指導で、チラシ等をまいて宣伝し、安く商品を販売する方策を取るようになり、次第に効果を上げた。Iが勤務先を退職して万屋薬品の経営に参加。H.Y.及びH.M.も同意し、万屋薬品は、昭和58年2月有限会社組織とされ、H.R.とIが代表取締役就任、H.Y.も取締役となる。H.Y.は実際には経営には全く関与なかった。
 (3)有限会社万屋薬品は次第に事業を拡大し、売上を増加。昭和62年2月1日から昭和63年1月31日までの事業年度における売上は約5億7000万円。支店を逐次増加させ、売上も増加し、扱う商品の幅も広がり、被控訴人販売の商品と競合するウーロン茶等の飲料水、醤油等の調味料等も扱うようになり被控訴人との軋轢が発生。
 (4)昭和62年7月、H.Y.は、H.R.の求めにより有限会社万屋薬品の取締役を辞任。H.R.とH.Y.は昭和63年1月5日離婚。
(5)有限会社万屋薬品は、平成3年9月30日、株式会社に組織変更し、現在の控訴人(商号は「株式会社万屋薬品」)となる。IとH.R.が控訴人の代表取締役に就任して現在に至る。控訴人はその後も新店舗を開設し、平成8年8月1日現在で、北は三重県四日市市から南は同県度会郡紀伊長島町までの地域に合計21店舗を設置した。

 (6)一方、被控訴人は、平成3年7月1日から平成4年6月30日までの事業年度においては、売上は約11億円であり、本社の売上は約8億円、志摩営業所の売上が約3億円。被控訴人では、飲料水が主力で、夏場売上の比率は30%ないし40%。
 (7)昭和60年ころから、控訴人の扱う商品の範囲が拡大するのに伴い、被控訴人と控訴人との間で、商品の競合が発生し、問題が発生する。すなわち、被控訴人は、昭和63年ころ、その主要な取引先である牛虎チェーンから、有限会社万屋薬品が被控訴人の支配会社であると誤認され、ウーロン茶等の飲料水を被控訴人が牛虎に卸している金額よりも安い金額で控訴人を通じて販売しているとの強い非難を受け、納入価格の見直しを迫られ、いくつかの商品については取引を打ち切られてしまった」。「平成3年には、醤油を、控訴人が約3分の1の100円の価格で販売したことから、被控訴人は牛虎を初め各取引先からクレームを受ける事態となり、被控訴人は控訴人に抗議と善処を申入れた。被控訴人は、各取引先からこの種のクレームを時々受けた。
 また、平成四年初めころ、控訴人が販売には免許が必要な本みりんを販売し、被控訴人は税務署から疑われ、問い合わせを受けた。小売の関係でも「特に志摩営業所においては、控訴人がチラシをまいた直後には、そのチラシを持参して安い飲料水等を被控訴人営業所へ買いに来る消費者が跡を絶たない」。また、電話で注文を受けたのに対し、商品を届けた際に先方が控訴人と混同して被控訴人に注文したものであることが判明した例もある。さらには、控訴人の取引先が、控訴人宛の書類を、間違えて被控訴人に送付してきた例もあり、また間違い電話も少なくない。


4.差止め及び商号登記の抹消登記手続の請求の可否について

 裁判所は「控訴人の商号(「株式会社万屋薬品」)の使用は、控訴人の営業地域において広く認識されている被控訴人の商号(「万屋食品株式会社」)と類似の商号を使用して被控訴人の営業と混同を生じさせるおそれがあり、そしてこれにより被控訴人の営業上の利益を害するおそれがある」とし、「被控訴人は控訴人に対し、新法2条1項」等に基づき、控訴人の右商号使用の差止め及び商号登記の抹消登記手続を請求することができる」と判断しました。


5 信義則違反ないし権利濫用(控訴人の抗弁)の成否について
 裁判所は、次の事実が認められるとし「被控訴人代表者のH.M.は、法人化前の「万屋薬品」及び「有限会社万屋薬品」の商号使用」を許諾したが、身内の夫婦について、「被控訴人代表者H.Mと薬店の事業主体であるH.Y.及びH.R.との間に…縁戚関係があること、ないしは「万屋薬品」又は「有限会社万屋薬品」の事業がそのような縁戚関係にある身内の者の事業であることが当然の大前提」で、「縁戚関係にないIが経営者として同会社の事業全体に大きな影響力を行使している状況の下」、離婚し、H.Y.が「有限会社万屋薬品から完全に無関係になるという事態に至」れば、「「万屋」の名称の使用の許諾を受けた趣旨が損なわれ、右の大前提が失われる」から、離婚に際し「H.R.に対し「万屋」の名称の返還、すなわち「万屋」の名称を含む商号の変更を求め、その使用の許諾を撤回したことは、十分了解することができる」と認定しました。

 そして「有限会社万屋薬品の代表者であったH.R.は、H.Y.との離婚に際し、商号に関するH.Y.の条件を受け入れ、被控訴人代表者であるH.M.に…商号の変更を約したのであるから、結局、控訴人がその商号変更を拒むことが信義に悖るとの評価を受けることはあっても、被控訴人が控訴人に対しその商号使用の差止めや商号登記の抹消登記手続を求めることが信義則に反したり、権利濫用に該当することはない」としました。(下線筆者)
 (1)「H.Y.とH.R.は昭和37年に結婚し、そのころH.Y.はH.R.及びH.M.の母の「ちよ」と養子縁組をし」、「H.Y.は当時薬品問屋に勤めていたが、結婚を機に被控訴人に勤務」し、その後、「H.Y.は、当時同人が持っていた薬種商の免許を利用して、H.R.とともに薬店を開業することを計画し、H.M.に相談した」。「H.M.は、これに賛成し、H.Y.の希望を容れて、「万屋」の名称を含む「万屋薬品」という商号を使用することを許諾」し、「被控訴人の倉庫を改造して店舗として提供するなど、経済的な援助も行った」。H.M.は、H.Y.及びH.R.に、「万屋薬品」の営業について薬品を中心にして行うよう希望し、その時点で「万屋薬品」(有限会社万屋薬品、現在の控訴人)が被控訴人と競合する商品を扱うようになるとは考えていなかった」。
 (2)昭和57年ころから、Iが万屋薬品の販売戦略等について助言」し、「売上が次第に伸びていったことを契機として、Iを経営に関与する形で万屋薬品を法人化して「有限会社万屋薬品」が設立されたが、同会社設立にもH.Mは相談に与り、その設立にも同意し」、「Iは、H.R.とともに同会社の代表取締役に就任し、本格的に同会社の経営に参画」した。
 (3)Iが経営関与後、Iのリーダーシップにより、同会社は店舗を次第に増加させ、その売上も増加し」たが、「H.R.は同会社の仕事に没頭し、H.Y.の身の回りの世話をしなくな」る等し。「他方では、H.Y.の生活も乱れ、同人に女性関係もでき、結局これらが原因で、H.Y.とH.R.の夫婦仲は極端に悪化」し、H.Y.に離婚を申し入れた。「H.Y.は、H.M.を入れた話合いの席でもその話しをし、H.M.もH.R.に対し、離婚となれば、「万屋」の屋号は返してもらわなければならない旨求めた」。「H.R.は、離婚したいとの気持ちが強」く、「条件に同意し、H.M.に対し商号の変更を承諾した上」離婚した。
 (4)H.R.は社名変更を一向に実行しなかった。…平成4年4月に、控訴人のチラシで既に右組織変更が行われたことを知るに及び、控訴人に右約束を任意に履行する意思はないものと判断し、被控訴人は控訴人に対し本件訴訟を提起。


■結論
 裁判所は、被控訴人の主位的請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるとし、本件控訴は理由がないからこれを棄却するなどと判断しました。

 

■BLM感想等

 前回、丸美屋食品工業事件では、周知性を獲得していた「是はうまい」の表示が、戦前戦後を通して、原告会社の製品を表示するものとして周知と認められながら、一方で、戦災により約9年間は休業又は本格的な再開に至っていない状態だった点が認められ、その間、原告会社の元従業員が立ち上げた被告会社が戦後いっきに成長をとげ、周知性を獲得し、不正競争防止法上の行為規制による保護が認められました。この事案と、本件と異なる点は、被控訴人(一審原告)が継続して営業を行い一定の地域で周知性を保持しており、一方、控訴人(一審被告)は、その被控訴人から使用許諾と解釈できる条件で、「万屋」を要部とする表示の使用を開始したため、そのような控訴会社(被告)(代表取締役 I.N.)と、被控会社(原告)(代表取締役 H.M.)との関係を考慮したものと考えます。本件を読むと、控訴人(一審被告)も、自らの営業努力で周知性を獲得しているようにも見えますが、すでに被控訴人(一審原告)が周知性を獲得し、出所混同が生じる事態が生じ得る場合は、控訴人(一審被告)に不正競争ありと判断し、周知性獲得は尊重されないとの趣旨と考えます。

 なお、海老葬儀店事件では、「海老」という氏名と、それぞれ他の文字とを結合した商標同士の類似性を認めませんでした。本件の場合は、「株式会社万屋薬品」の「薬品」も、「万屋食品株式会社」の「食品」も識別力がない又は極めて低い部分と解されて、「万屋」の要部を共通にする場合、出所の混同が生ずると判断されています。海老葬儀店事件も、正当な承継人と評価し得る有限会社海老葬儀店(代表者 高橋S)が原告となっていたら、本件と同旨の類否判断となっていた可能性があります。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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