不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その17

本日も、原告の元従業員が新たに会社を設立し、原告と同種の業務を行ったことにより紛争となった事例を見ていきます。

 

  東京地判平19・10・30〔「仮住まい情報センター」事件〕平19(ワ)14569、平18(ワ)20189

 

甲事件原告 日本テンポラリーハウス株式会社  
 同上被告 ケイズマネージメント株式会社(被告会社)、被告A及び被告B

乙事件原告 テンポラリーハウスサービス株式会社

 同上被告 被告A

 

■事案の概要

 甲事件原告は、不動産の売買、仲介等を業としていました。

 乙事件原告は、甲事件原告の100%子会社で、不動産の所有、売買・仲介等を業としていました。

 被告会社は、宅地建物取引業等を業としていました。

 被告Aは、被告会社の代表取締役で、乙事件原告の元従業員兼取締役でした。

 被告Bは、被告会社で、甲事件原告の元従業員でした。

 甲事件原告及び被告会社は,いずれも,仮住まい物件の仲介(持ち家を新築,改築する者に対し,建築期間中の仮住まい物件を仲介すること)を主な業務とする会社です。

 本件では、不正競争防止法上の争いについては、ア)甲事件原告が、被告会社らに対し、甲事件原告の営業表示として周知な「仮住まい情報センター」の文字又は当該文字と図形要素からなる表示(以下「原告表示」)に類似する被告表示を同様の業務に使用する行為は不正競争防止法2条1項1号の営業主体混同惹起行為に当たるとしてその差止を求め(下線筆者)、イ)甲事件原告の元従業員Bが不正の手段により甲事件原告の営業秘密である本件情報(顧客情報)を取得し、被告Aと共謀の上で、被告会社の営業活動に使用したことは同項4号に当たるとしてその使用の差止等求求めた事案です。

 そのほか、被告Aの取締役としての競業避止義務違反や忠実義務違反、被告A及びBの従業員としての誠実義務違反等が主張された事案です。

 

■争点

 争点1 被告会社による被告表示の使用が,不正競争防止法2条1項1号の営業主体混同惹起行為に当たるか否か
 争点2 被告らに不正競争防止法2条1項4号に当たる行為が認められるか否か
 争点3 乙事件原告の被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無
 争点4 甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する,被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無
 争点5 甲事件原告の被告会社及び被告Aに対する争点1及び2の不正競争行為による損害賠償請求権の有無
 争点6 甲事件原告の被告らに対する,専任媒介業者を介さずに被告会社の事務所を賃借したことによる不法行為に基づく損害賠償請求権の有無

 

■当裁判所の判断

1.被告会社による被告表示の使用が,1号の営業主体混同惹起行為に当たるか(争点1)
 裁判所は、「甲事件原告が仮住まい物件の仲介業を開始した当時から、原告表示をちらし、顧客紹介用紙、下敷き、新聞広告等で使用しており、原告表示は、甲事件原告の営業表示として周知性を有する旨の記載があるものの、その使用期間、使用頻度、使用態様等については具体的な記述を欠」き、「原告表示が甲事件原告の営業表示として周知性を有するものと認め」られないとしました。すなわち、甲事件原告は、下敷きを約5000部、ちらしを約3万部作成した旨主張するが、これらの作成部数を裏付ける証拠はなく、甲事件原告創業者Dの陳述書にも、甲事件原告が、原告表示を18年間以上にわたり使用を継続し周知性を獲得した趣旨の記載があるが,原告表示の使用期間,使用頻度,使用態様等の具体的記述を欠き認められないとしました。また,甲事件原告が、ちらし、下敷き、ガイドブック中で原告表示を使用したことがあること、新聞広告中で原告表示を使用したことがあることが認められるが、これらの事実のみでは,甲事件原告による原告表示の使用期間等を具体的に認定できないとしました。
 かえって、甲事件原告は、平成19年1月ころ、自らの広告を掲載あるいは掲示した新聞広告や看板等において、原告表示を全く使用していなかったことが認められ、同事実に照らすと、甲事件原告が原告表示を自己の営業表示として,現在まで継続的に使用してきたものであるか疑わしいとし、その余の点について判断するまでもなく、被告会社による被告表示の使用が不正競争防止法2条1項1号に該当する旨の甲事件原告の主張は理由がないと判断しました。

 

2.被告らに不正競争防止法2条1項4号に当たる行為が認められるか否か(争点2)
 裁判所は、「ハウスメーカーの営業担当者から入手した名刺が秘密の情報」(本件情報)が、不正競争防止法2条1項4号の「営業秘密」として保護されるためには、秘密管理性、有用性及び非公知性の各要件を充たす必要があるとし、争いのある秘密管理性及び非公知性についていずれも否定し、原告の主張を認めませんでした。

 

3 乙事件原告の被告Aに対する、被告Bの引き抜き行為等による損害賠償請求権の有無(争点3)
(1)裁判所は認定事実に基づき以下のように判断しました。
 すなわち「被告Bが、甲事件原告を退職してすぐに被告Aの設立した被告会社に転職し、その取締役に就任したのは、かねてから甲事件原告を退職しようと考えていた被告Bから被告Aに対し、仮住まい物件の仲介の仕事を被告会社で一緒に行うことを要望し、被告Aが被告Bの上記要望を受入れたことによる」と認定し、被告Aが、被告Bに対し、甲事件原告からの退職や被告会社への入社を勧誘したとの事実を直接に示す証拠はなく、また、「被告Aによる被告Bへの退職の勧誘があったと推認するには足りない」などと判断しました。そして、被告Aによる取締役在任中の被告Bに対する退職勧誘行為があったと認めることはできないのであるから,この点につき被告Aに忠実義務違反があったとはいえないと判断しました。
 なお、「被告Aが乙事件原告(又は甲事件原告)の行う事業と競合する仮住まい物件の仲介事業を実際に開始したのは,平成18年2月初旬ころ以降であるから,同認定に係るそれ以前の被告会社の設立、開業準備行為自体は、取締役としての競業避止義務違反には当たらず、また、上記準備行為が乙事件原告における勤務時間中に行われたことや上記準備行為自体によって乙事件原告の業務に支障を来したことを認めるに足る証拠はないから…忠実義務違反があったとはいえない」と判断しました。

 

(2)被告Aの従業員としての誠実義務違反についても、「乙事件原告主張に係る被告Aによる被告Bに対する退職勧誘行為があったと認められないこと、被告会社の設立準備行為が乙事件原告における勤務時間中に行われたとも、また、上記準備行為自体によって乙事件原告の業務に支障を来したとも認められないことは、既に説示したとおりであるから、被告Aに、誠実義務に違反する行為があったとは認められない」と判断しました。

 
(3)被告Aの自由競争逸脱行為の有無について、「取締役を退任し、あるいは会社を退職した後であっても、取締役であった者、あるいは、従業員であった者が、一斉かつ大量に従業員を引き抜いたり、営業秘密を保有する従業員を引き抜いて、その秘密を漏洩させたりすることによって、競業行為を行おうとするような場合には、当該競業行為は、自由競争として許される範囲を逸脱するものとして違法と判断され得る」とし、「被告会社に参加した従業員は,被告B1名のみであること,被告Bが甲事件原告においてトップの営業成績を上げていたとはいえ、被告Bの業務内容がその性質上他の従業員による代替性のないものであるとは認められないこと、被告AはC社長と相談して退職時期を定めており、また、被告Bも、定められた就業規則に則って退職を申し出ていること、被告Aが虚偽の退職理由を告げたとはいえないこと、甲事件原告は、被告Bの退職の申出を受けた後も、特に慰留」等なかったこと、被告Bのハウスメーカーへの「あいさつ状の内容も甲事件原告の顧客を不当に奪うことを目的とした内容とはいえないこと」などに照らせば「被告Aが、自由競争を逸脱する行為を行ったものとは認められない」としました。

 

 以下、その他の争点につき省略。

 

4.結論

 裁判所は、甲事件原告の甲事件請求及び乙事件原告の乙事件請求は理由がないとし、いずれも棄却しました。

 

■BLM感想等
 元従業員等が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員等が従前の会社のサービスとある程度同じものを提供する場合、当該会社は元従業員等に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。本ブログで、大阪地判平9・12・25〔シャーレンチ事件〕平7(ワ)2319等、種々そのような事例があり、併せて、営業秘密である本件情報(顧客情報)の取得を争い、また、元従業員等の競業避止義務違反、注意義務違反又は誠実義務違反等が主張されていることが少なくありません。

 不正競争防止法2条1項1号の出所混同惹起行為の主張は、商品等表示性や、その周知性が認められるためのハードルは高いため、なかなか認められないのですが、同号に基づく主張が否定される場合でも、競業避止義務違反等と併せて主張しこれについては認めらえる場合(例えば、東京高判平15・12・25〔街路灯事件〕平15(ネ)3073、平15(ネ)4455)もあるようです。

 また、本件では、原告らが自己の営業表示と主張した「仮住まい情報センター」の文字又は当該文字と図形要素からなる表示については、使用するサービス(すなわち、仮住まい物件の仲介(持ち家を新築,改築する者に対し,建築期間中の仮住まい物件を仲介するサービス))との関係で、普通名称や記述的表示として把握され、自他役務識別力が極めて低いと判断され得るものですが、一方で、その会社の提供するサービスがどのようなものか、需要者が把握しやすくする表示でもあり、使い方管理の仕方で十分に訴求力があり、重要な無形資産となり得たものだったと考えます。

 したがって、本件原告らとしては、「仮住まい情報センター」の表示の下で、独自の仮住まい物件の仲介サービスのビジネスモデルを構築し、当該表示とサービスをリンクさせて提供していき、一方、社内の従業員等に対しては、どのような業務が競業避止義務違反になるのか明らかにして、契約等で縛りをかけるのがよかったのではないかと思います。とはいえ、そのようなビジネスモデル等を構築することは簡単なことではあるので、本件のような事例では、元従業員等と争う前に、勝訴できる可能性を専門家と十分に検討し、訴訟費用に費やす費用、手間、時間を、別途、その会社独自の無形資産作りの方に振り分けた方がいい場合もあるかもしれません。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

  (^u^)コーヒー ==========================

知的財産-技術、デザイン、ブランド-の“複合戦略”なら、

ビーエルエム弁理士事務所兼・今知的財産事務所BLM相談室

の弁理士BLMと、今知的財産事務所の弁理士KOIP

==============================コーヒー (^u^)

東急沿線の商標屋さん!ビーエルエム弁理士事務所

東急目黒線から三田線直通で御成門駅近くの今知的財産事務所!