不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その1

本日は、原告の元従業員が新たに会社を設立し、原告と同種の業務を行ったことにより紛争となった事例を見ていきます。

  大阪地判平9・12・25〔シャーレンチ事件〕平7(ワ)2319

 

■事案の概要
 本件は、原告が、原告シャーレンチの付属部品である原告インナーソケット及び原告アウターソケット(以下「原告製品」と総称する)の各形態は原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として周知性を取得していたところ、被告会社が製造・販売する製品は、それぞれ原告製品と同一形態であり、原告製品との誤認混同を生じさせると主張し、被告会社に主位的に不正競争防止法2条1項1号、3条、4条に基づき差止め及び損害賠償を、予備的に民法709条の不法行為に基づき損害賠償等求めた事案です。原告及び被告会社は、ともに電動式工具等の製造販売その他の事業を営む会社であり、被告P1は、原告の元従業員で、原告退職後に被告会社を設立し、その代表取締役となりました。

 なお、シャーレンチは高力トルシャーボルトをナットによって締め付ける器具で現在電動式が主流であり、トルシャーボルトの形状、寸法は、日本工業規格(JIS)により規格化されているため、シャーレンチのインナーソケット又はアウターソケットの各係合孔の形状、寸法は、各社製造のシャーレンチにおいてほぼ同一だそうです。(「シャーレンチ」とはなんだろう?と思われる方。例えばTONE株式会社さんのHP(こちら)が参考になります。)

 

■争点

 争点は4つありましたが、下記争点1に対する判断を主に見ていきます。下記争点2も多少触れます。

争点1(一)原告製品の各形態は、原告の商品であることを示す出所表示機能を取得し、原告の商品表示として周知性を取得しているか。

   (二)被告製品の譲渡等により原告製品との誤認混同を生じるか。

争点2  被告会社が被告製品を製造、販売した行為は、民法709条の不法行為を構成するものであるか。

 

■当裁判所の判断

本事案では、不競法2条1項1号の「不正競争」の成立要件のうち、「商品等表示性」が問題となりました。

 

1.判断基準

「商品の形態は、本来、商品の機能を効率的に発揮させ、あるいは商品の外観上の美感を追求する等の目的で選択されるものであり、本来的に商品の出所を表示することを目的とするものではない。しかしながら、商品の形態が他の業者の商品と識別できるだけの特徴を有している場合であって、その商品が特定の主体により一定期間独占的に販売されるとか、商品の形態について強力に宣伝広告がされる等の事情により、第二次的に特定の主体の製造、販売する商品であるとの出所表示機能を取得し、この商品表示性を取得した商品の形態が周知性を取得することがある(もちろん、右のような事情があれば、常に必ず商品形態が商品表示性、周知性を取得するというようなものではない)。」

 

2.本件に関する判断

 裁判所は「原告製品は…従来のソケットには見られなかった形態上の特徴を有し、高い市場占有率を占めている原告シャーレンチの付属部品たる消耗品として別売りされてかなり高い普及度に達しており、しかも、株式会社マキタが原告製品と似た形態のソケットの販売を開始した平成五年六月頃までの間、独占的に販売され」ていたと認定しました。

 周知性が認められ得るとも考えますが、その前提となる「商品等表示」の存在を以下のように否定しました。 

 「需要者が原告製品を購入する場合、原告の販売代理店…に電話又はファクシミリにより原告シャーレンチの型式番号及びボルトのサイズを告げてこれに適合するソケットがほしいという形で注文」し、「原告製品が店頭に陳列されて販売されるようなことはなく、需要者は、まずもって、原告シャーレンチに取り付けて使用できるものであるか否かという機能上の観点で購入すべきソケットを選択し…、原告製品の形態自体又は右形態から識別される商品主体を商品選択の基準としているものではな」い。「しかも、原告製品は常に原告の商標である「TONE」という商標を付した包装箱に入れられて原告製品自体は見えない状態で出荷されそのまま需要者に販売され」る。また「原告シャーレンチに適合する他社のソケット(例えば被告製品)を需要者に納品するという稀な場合でも、取引者たる金物店等や需要者は、被告製品も原告製品と同様に原告シャーレンチに取り付けて使用できるソケットであるという観点で販売ないし購入し…その形態のみからその商品主体を識別し、その形態の同一性から被告製品を原告製品と誤認混同して販売ないし購入しているとまでいうことはできない」。

 「原告製品に関する宣伝広告も、原告製品の形態の特徴をそれ自体として強調し、宣伝しているものとは解されず、また、原告製品を原告シャーレンチに取り付けた通常の使用状態においては、外観上原告製品の形態上の特徴を把握することは不可能又は困難であることに照らすと、…原告製品の各形態は、原告主張の昭和五四年三月又は平成四年一〇月の時点でも現在でも、原告主張の取引者の間だけでなく需要者の間においても、未だ原告の商品であることを示す出所表示機能を取得しているとい」えない。

 以上判断し、裁判所は、原告の被告会社に対する不競法2条1項1号、3条に基づく差止請求…等は、被告製品の譲渡等により原告製品との誤認混同を生じるかについて判断するまでもなく理由がない、としました。(下線筆者。)

 

3.他の争点

 本件の被告P1(被告代表取締役)は、原告入社後、技術開発部に配属され、主として手動式、空動式工具の設計等の業務に従事していたところ、その後、営業部に配属換えになり、技術の分かるセールスマンとして特殊工具の営業に従事等していた事情がありました。原告は、被告P1が原告退職後、自ら設立した被告会社の代表取締役として、原告シャーレンチに取り付けて使用することができるソケットとして、原告製品の各形態に依拠し、原告製品の形態を模倣した商品を販売した等として、不法行為を構成する旨主張しました。

 しかし、裁判所は、同項3号が、最初の販売の日から三年を経過していない他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡する等の行為をもって不正競争とした趣旨等に照らし、原・被告製品の形態が「技術的、機能的に限定されたものにならざるをえない」ところ、原告製品は「被告製品の販売開始時点では既に最初に販売された日から三年を経過し、原告製品の形態を模倣した被告製品の販売を民法上違法とし、模倣者たる被告会社に不法行為責任を負わせることによりこれを禁圧することは、原告に対し投下費用等の回収を保障するにとどまらず、原告シャーレンチに取り付けられるソケット全般について長期にわたってその独占的販売を保障する結果となりかねず、かえって、公正な競争を害する」と判示し、不法行為が成立し得る場合を以下のように示しました。

 すなわち「ことさら原告製品との誤認混同を生じさせて自己の利益を図り又は原告に損害を被らせることを意図するなど不正な競争をする意図をもって、被告製品を原告製品と偽って原告の販売先に積極的、集中的に販売するなど、公正な競争秩序を破壊する著しく不公正な方法をもって、原告に営業上、信用上の損害を被らせたというような特段の事情の存することが必要」であり、本件はかかる事情が認められないと判断しました。

 

■BLM感想等
 元従業員が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員が従前の会社の製品の形態とある程度同じものを製造販売する場合、当該会社は元従業員に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。本件は、原告の販売数量や売上等がある程度あるため、原告の商標「TONE」が模倣されたケースであったなら、不正競争防止法2条1項1号に基づく差止請求が認められた可能性があります。

 しかし、本件原告の製品の形態については、販売又は注文方法において「原告製品の形態自体又は右形態から識別される商品主体を商品選択の基準としているもの」でなく、商品選択に資するのは商標「TONE」である点、被告製品との関係で「その形態のみからその商品主体を識別し、その形態の同一性から被告製品を原告製品と誤認混同して販売ないし購入しているとまでいうことはできない」点、さらに、宣伝広告も「原告製品の形態の特徴をそれ自体として強調し、宣伝しているものとは解されず」、通常の使用状態も「外観上原告製品の形態上の特徴を把握することは不可能又は困難」という点等から、原告製品の形態は出所表示機能(又は商品等表示性)を未だ取得していないと判断されました。したがって、本件の原告製品の形態は、特許法や意匠法等の創作法で保護される創作物、不正競争防止法上保護される営業秘密、同法上保護される商品形態等にも該当していませんので、元従業員は、原告製品の形態と同一又は類似の形態を有する製品を製造販売することは認められるということになりました。

 一方、争点2に関する判断で、民法上の不法行為にも該当せず、結果として、元従業員は、従前の会社時代に培った能力を活かして独自の事業を発展させ得る判断となりました。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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