不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その6

本日も、原告の元従業員が新たに会社を設立し、原告と同種の業務を行ったことにより紛争となった事例を見ていきます。

  最2小判昭58・10・7〔日本ウーマン・パワー事件・上告審〕昭57(オ)658)

 

上告人(控訴人・被告)日本ウーマン・パワー株式会社
被上告人(被控訴人・原告)マンパワー・ジヤパン株式会社

 

■事案の概要  

 被上告人は、事務処理請負業*の創始者であって当該業務分野で世界最大の企業である米国ミルウォーキー市所在のマンパワー・インコーポレイテッドの子会社として昭和41年11月30日設立登記され、設立以来、その商号である「マンパワー・ジャパン株式会社」及びその通称である「マンパワー」の名称を用いて上記業務を営んでいました。

*上記請負とは、顧客の需要に応じて通訳、翻訳者、英文・和文タイピスト…電話交換手、経理事務職等各種の専門技能者を顧客の事務所又はその指定する場所に出向配置して依頼された事務を処理等することだそうです。人材サービスのパイオニアといったところでしょうか?同社HPは「こちら」。

 一方、上告人は、昭和51年4月15日設立登記され、同月30日、本店を設立当初の新橋二丁目一六番一号ニユー新橋ビルから肩書地に移転し、目的を英文・和文タイピング、国際・国内テレツクスオペレーシヨン、英文・和文速記、キーパンチ、事務機オペレーシヨン等の請負に関する業務等と変更し、その商号である「日本ウーマン・パワー株式会社」の名称を用いて被上告人と同じ事務処理請負業を開始しました。そこで、被上告人が上告人に対し、営業表示の類似性及び出所の混同が生じることを理由に、旧不正競争防止法1条1項2号(現行法2条1項1号)に基づき差止請求等求めた事案です。

 

■当裁判所の判断

1.判断基準

(1)「ある営業表示が不正競争防止法一条一項二号にいう他人の営業表示と類似のものか否かを判断するに当たつては、取引の実情のもとにおいて、取引者、需要者が、両者の外観、称呼、又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのを相当とする。」

(2)同号にいう「「混同ヲ生ゼシムル行為」は、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が同人と右他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解するのが相当である」。

 

2.本件に関する判断

(1)裁判所は、商号及びその通称である「マンパワー」の名称は、被上告人の営業活動たることを示す表示として周知性を認め、また、被上告人は「同一営業主体であると間違えた上告人の顧客から電話を受けた」ほか、「被上告人の顧客から「新しく女子部ができたのか」…等の質問や問合わせを受けたことがある」などの事実に基づき以下のように判断しました。
 すなわち「被上告人の商号の要部は周知のものとなつていたその通称の「マンパワー」という部分であるのに対し、上告人の商号の要部は「ウーマン・パワー」という部分であるというべきところ、両者は、「マン」と「ウーマン」の部分で相違しているが、現在の日本における英語の普及度からすれば、「マン」という英語は人をも意味し、「ウーマン」を包摂する語として知られており、また、「パワー」という英語は、物理的な力のほか人の能力、知力を意味する語として知られているといつて差し支えないこと、被上告人と上告人とはいずれも本店を東京都内に置いて前記事務処理請負業を営んでおり、右各事業は人の能力、知力を活用するものであつて、両者の需要者層も共通していることを考慮すると、両者の需要者層においては、右「マンパワー」と「ウーマン・パワー」は、いずれも人の能力、知力を連想させ、観念において類似」というべきで、「被上告人の商号の「ジヤパン」の部分及び上告人の商号の「日本」の部分はいずれも観念において同一であるから、前記需要者層においては、被上告人の商号及びその通称である「マンパワー」という名称と上告人の商号とは全体として類似」と受け取られるおそれがある。「被上告人の商号及びその通称である「マンパワー」という名称と上告人の商号とが類似しているとした原審の認定判断は正当として是認でき、原判決に所論の違法はな」い。

(2)「上告人は、被上告人の周知の営業表示と類似のものを使用して、上告人と被上告人とを同一営業主体として誤信させる行為ないし両者間に緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をしたものであつて、結局、上告人は、被上告人の営業活動と混同を生ぜしむる行為をしたものということができ、これと同旨の原審の認定判断は正当として是認することができる。」

(下線ブログ筆者)

 

  東京地判昭56・1・30〔日本ウーマン・パワー事件〕昭53(ワ)3303(東京高判昭56(ネ)347〔同・控訴審〕昭57・3・25

 

 上記最高裁判例は、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示の類似性、出所の混同の判断において有名な事例ですが、実は、上告人(一審被告)は、被上告人(一審原告)の従業員でした。下級審における当裁判所の判断で、以下のような被告の主張に対し判断がされています。なお、控訴審は、第一審を支持しほぼ引用しているので省略します。

 

Ⅰ.被告の仮定抗弁について
 裁判所は「原告が、被告及び被告の代表取締役Sを債務者として…東京地方裁判所に対し、原告が右Sと締結した雇用契約中の競業禁止条項に基き被告の営業の停止」等を求める競業禁止の仮処分を申請し、裁判上の和解が成立したことは当事者間に争いがないとしたうえ、「被告は、右和解の成立により原告が不正競争防止法に基づく被告に対する商号の使用差止等の請求権を放棄した旨主張する」のに対し、「かかる放棄をしたと認むべき記載はないし、他に右主張を認めるに足る証拠はない」としています。すなわち「「債権者は、債務者らに対し、第(1)項記載の雇用契約書第一四条に基づく債務者会社の営業の差止請求及び損害賠償請求をしない」と明記されていて、この記載からすれば、原告は営業の差止請求と競業禁止条項違反を理由とする損害賠償請求をしないとしたことは認めえても、右主張のような差止請求権の放棄をしたことは認めうべくもない」などと判断しています。(下線ブログ筆者)

 

Ⅱ.信義則違反の主張について

 裁判所は、「原告が右仮処分の申請をした時には、被告は既に日本ウーマン・パワー株式会社という商号を使用して営業をなしていたこと及び原告はそのことを熟知していたことは」認められるが、「(一)右仮処分事件においては…雇用契約中の競業禁止条項の解釈やその有効性、競業関係の有無、右Sが原告を退社した後の行動等が主な争点とな」っていたこと、「(二)原告は、右事件において、被告が原告の商号と類似する商号を使用している旨の主張をしているが、右主張は、被告の営業が不法な競業行為であるとする原告の主張を根拠づける一つの事情として述べられているにすぎないこと、(三)右和解成立直後に…債権者(本件における原告)の代理人は「商号については保留します」と述べていること」が認められ、右事実に前記当事者間に争いのない和解条項を併せ検討すると、被告の右主張は理由がないこと明らかである。

 

■BLM感想等
 元従業員が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員が従前の会社のサービスと同種のサービスを提供する場合、元従業員に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。これまで、シャーレンチ事件ネットスクール事件等も元従業員と会社との間で紛争が生じた事例で、本件も同様の事例です。

 しかし、本件では、被上告人(一審原告)について、事務処理請負業の創始者であって当該業務分野で世界最大の米国企業であることに当事者間に争いはなく、その商号又は営業表示たる「マンパワー・ジャパン」等の周知性も認められるところ、かかる請負業自体を、被上告人(一審原告)を退職後も、上告人(一審被告)が行うことは認められる旨、和解が成立していたわけです。このような場合に、かかる営業に、上告人(一審被告)が、日本ウーマン・パワー株式会社という商号を使用することが許されるのかが問題となりました。「マンパワー・ジャパン」と「日本ウーマン・パワー」がいずれも未使用又は使用期間が短くほとんど世間に知られていない状況では、事務処理請負業等のサービスとの関係では、非類似とされ得る余地はあったかもしれません。また、「マンパワー・ジャパン」の名称の下で、上告人(一審被告)が被上告人(一審原告)とともに事業を立ち上げたり、同一の創始者をルーツにもつ、対等な関係にあった上で両者が袂を分かち、一方が「日本ウーマン・パワー」の使用を開始した場合は、当事者の関係解消後もそれぞれ「マンパワー・ジャパン」と「日本ウーマン・パワー」は併存可能であった(つまり双方差止は認められなかった)かもしれません。

 しかし、本件では、裁判所は、「「混同ヲ生ゼシムル行為」は、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が同人と右他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解するのが相当である」と判断して、いわゆる広義の混同を認めたわけです。

 結局、上告人(一審被告)としては、同じ事務処理請負業を行うにしても、異なる商号又は営業表示を考え、従前の職場で獲得したスキル・ノウハウを基礎にして、自身のアイデアを付加し、創意工夫でサービスを提供していくべきということに尽きるように思います。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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