不正競争防止法2条1項1号の裁判例をよむ

個人的興味からのランダムピックアップ裁判例 その5

本日も、原告の元従業員が新たに会社を設立し、原告と同種の業務を行ったことにより紛争となった事例を見ていきます。

  東京地判平3・11・29〔オータ事務所事件〕平1(ワ)1519、平1(ワ)15555

 

原告(反訴被告) オータ事務所 こと O
被告(反訴原告) 飯島事務所 ことI

 

■事案の概要  

 被告は、昭和47年10月から同63年6月までの間、原告事務所に勤務した後、原告事務所を退職し同年12月以来、行政書士の業務を行っており、同業務を開始するに際し、原告の顧客に対し、「オータ事務所勤続一六年の実務経験を生かし」、「官公庁を結ぶパイプ役」という文言の記載がある挨拶状を送付したところ、原告が、その使用する「オータ事務所」という表示は、遅くとも同年12月までには、三多摩地区を含む東京都内における行政書士業界やいわゆる経審業者(建設業法所定の経営に関する事項の審査の申請をする建設業者)を含む建設業界において、原告の業務たることを示す表示、すなわち,旧不正競争防止法1条1項2号(現行法2条1項1号に該当)にいう「営業タルコトヲ示ス表示」として広く認識されるに至つていると主張等し差止等求めた事案です。

 

■当裁判所の判断

Ⅰ.旧不正競争防止法1条1項2号について 

 裁判所は、「被告が、昭和63年12月頃、行政書士の業務を開始するに際し、原告の顧客に対し、「オータ事務所勤続一六年の実務経験を生かし」、「官公庁を結ぶパイプ役」という文言の記載がある挨拶状を送付したことは当事者間に争いがなく」、「被告が送付した挨拶状の本文は、「拝啓 時下ますます御清栄のこととお喜び申し上げます。さて私儀オータ事務所勤続一六年の実務経験を生かし、この度左記において行政書士事務所を開設して独立する運びとなりました。皆様と官公庁を結ぶパイプ役として、ご期待に添えるよう一生懸命努力する所存でございます。何卒宜しくご指導ご鞭達を賜りますようお願申し上げます。まずは略儀ながら書中をもちましてご挨拶申し上げます。敬具」という内容のものであつた」と認めた上、以下のように判断しました。

 

 すなわち「右挨拶状中の「オータ事務所」という用語は、文中において、「さて私儀」の後、「勤続一六年の実務経験を生かし、この度左記において行政書士事務所を開設して独立する運びとなりました」の前に置かれているのであつて、「オータ事務所」の文言に続く「勤続一六年の実務経験を生かし」と結びついて、被告がオータ事務所に一六年間勤務していたという経歴を表しており、更に、その後の「この度左記において行政書士事務所を開設して独立する運びとなりました。」との記載と相まつて、被告がオータ事務所から独立したことを明言しているのである。そして、行政書士法一条、一条の二によれば、行政書士の業務は、地人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成し、右書類を官公署に提出する手続を代わつて行い、又は当該書類の作成について相談に応ずるというものであるから、「官公庁を結ぶパイプ役」という用語は、行政書士の業務を端的かつ比喩的に表現しているものというべきであり、また、「官公庁を結ぶ」という用語も「パイプ役」という用語も共にありふれた表現であつて、仮に原告が「官公庁を結ぶパイプ役」という用語を慣行的に使用していたとしても、右文言それ自体はもちろんのこと、「オータ事務所勤続一六年の実務経験を生かし」との文言と相まつても、右挨拶状を受領した者をして、原、被告間に経済上、組織上何らかの緊密な営業上の関係が存するものと誤信させるものとは認められない。そうすると、被告が、右挨拶状において、自己の業務であることを表示するものとして「オータ事務所」の表示を使用したものということはできない」。


 上記のほか、裁判所は、「被告は、原告の顧客に対し、オータ事務所にいた飯島と言つたとの趣旨の供述をしているが、仮に右供述のとおりの事実があつたとしても、オータ事務所にいた飯島との発言は、被告の経歴を端的に表現したというにとどまるから、右供述をもつて、被告が、自己の業務であることを表示するものとして「オータ事務所」の表示を使用しているものと認めることはできない」などと判断し、以上のとおりであるから、「被告が、行政書士の業務を行うに当たり、その営業表示として「オータ事務所」の表示を使用しているとの事実は、これを認め」られず、旧不正競争防止法1条1項1号、1条の2第1項に基づく原告の請求は理由がないと判断しました。(下線ブログ筆者)

 

Ⅱ.その他の請求(債務不履行責任、不法行為責任)

 裁判所は、就業規則が、会社の機密を漏らしたときを懲戒処分としているが、これに基づき、原告の顧客に対し、被告が競業活動をしない旨の合意が成立していると認めることは困難とし、また「原告は、単に、事務所内の朝礼において、経営者として、朝礼に出席している職員に対し、一方的かつ概活的に、職員による顧客名簿に関する守秘義務や原告の顧客に対する競業活動の制限についての自己の希望を示しただけで」、「これをもつて、原告と被告との間に、被告が原告事務所を退職した後に一定期間、原告の顧客に対して競業活動をしない旨の合意が成立したものとは認め」られないとし、かかる合意の成立が認められない以上、債務不履行に基づく原告の請求は理由がないとしました。

 また、裁判所は、「被告は、行政書士の業務を開始するに当たり、東京建通新聞の入札情報欄、東京都都市計画局建築指導部建政課の閲覧所備付けの建設業者名簿一覧及び自己の記憶等に基づいて、原告の顧客を含む建設業者等に対し…挨拶状を、知人友人分と併せて五〇〇通くらい送付し、また、電話又は訪問等により、建設業者等に対し、自己に業務を依頼するよう勧誘して、業務を行つてきた」と認めるなどした上、原告の顧客であつた業者の依頼による被告の業務行為自体をもつて原告に対する違法な行為であるということもできない」と判断しました。

 

■BLM感想等
 元従業員が、独立し、独立前に所属していた会社の事業と同種の事業を行うことで紛争が生じる場合があります。特に、元従業員が従前の会社のサービスと同種のサービスを提供する場合、元従業員に対し不正競争防止法2条1項1号に基づき差止請求を行うケースが散見されます。これまで、シャーレンチ事件ネットスクール事件等も元従業員と会社との間で紛争が生じた事例で、本件も同様の事例です。しかし、これまで見てきた事例は同号の「商品等表示」該当性自体が問題となっていたのに対し、本件では、原告・オータ事務所の商品等表示性は認められ得る事案でした。その上で、本件は、いわゆる出所識別機能を発揮する使用、文言上は「商品等表示」としての使用(旧法上は、商品表示又は営業表示としての使用)であったのか、という点が問題となりました。裁判所は、かかる使用に該当しないと判断したわけです。なお、「官公庁を結ぶ」「パイプ役」の用語は共にありふれた表現とされています。

 従前務めていた組織(会社、事務所等)でスキル等を磨き、自己に蓄積してきたスキル等を活かして独立しようとする場合、どのような組織でスキルを磨く等してきたかで、顧客から得られる信用は異なってくると思います。そうすると、確かに、原告・オータ事務所で過去に勤めていたことを謳うことは、同事務所の信用力を利用しようとする行為と言えなくもないですが、被告が原告・オータ事務所の名称にフリーライドし、出所の混同により原告の顧客を奪おうとの意思が認められないような場合には、不正競争の目的を認める必要性も許容性もないと言えます。さらに、見方によっては、被告が優秀であれば、原告・同事務所の信用も高まる可能性もあるわけです。一方、被告のサービスの質が悪い場合には、原告と被告は無関係とすべく、「オータ事務所」等の使用の差止の必要性はあるかもしれません。

 

By BLM

 

 

 

 

 

 

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