ジュネーブ半径500Mな毎日 -106ページ目

ジュネーブの歴史 魔女裁判の覚え書き

公立校に通う5年生の長女が、

今年から歴史の勉強をするのですが、

どの時代から始めるのかと聞いたら

中世以降らしい。

日本だと縄文時代から勉強した訳ですから

なんか、あれ?そんな過去500年ぐらいだけを勉強するんだ~ってちょっと拍子抜けしました。




しかし中世ってものすごい長いし、その間にジュネーブはサヴォワになったりならなかったり忙しい訳なので、

どのように勉強するのかと思っていたら



どうやら1600年頃から学習するらしいです。

サヴォワがその後永遠にジュネーブを諦めたという「エスカラードの戦い」の頃からなので、

ジュネーブとしてはこの頃から、自治が固まってきたというような感覚なのでしょうか。





しかし、私の興味はそこではなく、

ジュネーブの子供達、もしくはスイス、ヨーロッパの子供達は「魔女裁判」について勉強するのだろうか?

ということだったのです。

「魔女裁判」とは大体15~17世紀に西ヨーロッパで荒れ狂うように行われた「魔女狩り」のことです。
魔女裁判は、法王、国王、貴族、大学教授、文化人が率先して煽り立てたような感があり、狂信と政治が深く結びついた、未だに誰も全容を知ることのできない長く残酷な歴史の大きなうねりだったのです。13世紀にフランスで始まった魔女狩りは、アメリカの「セーレム魔女裁判」にまで飛び火してやっと17世紀末に収束していったのです。
日本語では「魔女」と言いますが、「魔女狩り」の対象になるのは、男性、女性、子供、幼児、老若男女かまわず、告発されればほぼ「魔女」として審問・拷問・処刑されて行きました。

「魔女」の本質は「悪魔と結託したもの」という意味で定義として
・悪魔と同盟を結び、悪魔の助けを利用して不可思議を行うことに同意する者    「妖術論」1608年
・魔女は悪魔と結んだ契約の力によって、常識では理解できない不思議を行う者 「妖術論究」1599年
というものがあるそうです。


互いに密告し合い、告発し合い、拷問し処刑して行く勢いは
なんだか集団ヒステリーのように見えなくもありません。


「魔女」自体は紀元前から存在していたにもかかわらず、「魔女の行う悪行」(呪術で人をのろい殺すなど)ではなく「魔女であるということそのもの」が処刑の対象になったことはそれまではありませんでした。
しかし、15世紀以降、「魔女である」ことは「処刑に値する」ことになって多くの魔女が処刑されたのでした。



「なんでそんなひどいことが起こりうるの?」



っていう感覚は、きっとこれからの人たちも持った方が良いと思うので、私は魔女狩りについて少し勉強しようと思ったのです。だって、「なんでそんなひどいことが起こるの?」っていうのは近代でも現代でも起こっていることだから、一部の情報に狂信的にならないようにしないといけないと思うからです。




そんな訳で、ジュネーブでも魔女狩りが行われていたかどうか、気になるところですが、

ジュネーブでも魔女狩りが行われていました。

残っている資料によると、1513年のわずか3ヶ月間で500人の魔女が処刑されています。

当時のジュネーブの人口が10万人だったそうですから、200人に1人がその3ヶ月で処刑されたのです。一説ではそのために「村が全滅した」という記述も残されています。魔女狩りは200年以上に渡ってヨーロッパを吹き荒れて行ったので、実際にはもっと多くの人たちが処刑されているのでしょう。

例えば、
私が住んでいるアパートから4人
子供が通う学校から4人
職場から2人



って数えて行くと、いつか自分も「魔女」として告発されそうで怖くないですか?
子供が告発されたらどうしようって思ったら、もう逃げ出したくなりますよね。
それに、自分が告発されそうになったらとりあえず他人を告発するって言う人も出てきそうじゃないですか?



ちなみにカルヴァンがジュネーブにやってくるのが1540年代近くですから、「魔女狩り」と「宗教改革」は同時に行われていたような空気があったのかもしれません。ルネッサンスが開花しているこの時期に、なんだかものすごい混沌とした感じですね。


ちなみに、私の見た資料によると

ジュネーブ500人 (1513年)
トレーブズ 7000人 (年代は不明)
ザクセン 133人(1589年の一日だけで)
サン・アラマン  200人以上 (1596年だけで)
ラブール  600人  (1609年)
ストラスブルグ 5000人 (1615年~55年)

というように人数が累計されていきます。





「魔女狩り」はヨーロッパ全土で行われていたにもかかわらず、公国によってその厳しさが違い、イタリアは犠牲者が少なく、フランスやドイツは多い傾向にあるようです。スペインでもイングランドでもスコットランドでもポーランドでも行われた「権威者や権力者による組織的な魔女裁判」、ジュネーブでも行われていたのですね。そもそも小さい街だと思っていたジュネーブも、記述に残るくらいですからやはり存在感のある街であることは確かなようです。

全容がつかめていないからこそ、歴史の中に忘れられて行く魔女狩りですが、
現在の「ほうきにまたがって空を飛ぶ魔女」は、当時の「魔女集会に出かけるために深夜煙突から家を抜け出した女性の魔女」なのであり、
今日「美しい淑女」という意味の植物「ベラドンナ」は、当時は深夜に森の中、村のはずれ、教会の中、公会堂で行われたとされる「魔女集会」でトリップするための麻薬として使われていたのであり、
忘れられているようで忘れられていない魔女狩りの歴史。



忘れないようにした方がいいんじゃないかな~と思ったりする私なのですが。
もう誰もそんなこと気にしないのでしょうかね?



参考文献  「魔女狩り」  森島恒雄   岩波新書 (1970年)















たまに日本を叩きたくなるのかな?



昨年も確かありましたよね

日本人がクジラを残酷な方法で捕っている映像が公開されて

ものすごい議論になったとか。

その捕鯨の仕方は明らかに「やらせ」っぽい残酷さだったわけですが

それでもスイスでも放映されたそうで

いやだなと思っていました。

ある学校では、日本人がいる教室なのにも関わらず

担任の先生まで偏見ある言動を始める始末だったとか。




私の近所の人も一日中テレビを見ているのか

会うと必ず日本の話題を振られるのですが


この間もばったり遭ったところで

「そういえば。このあいだ日本のことをテレビで見たんだけどね、

面白いね~!」



ーーああ、今度はなんでしょう??????ーーーー



この方、

前は、日本人が行う犬の度がすぎた派手な誕生日会についてのドキュメンタリー?を見て驚いていましたが
(そんなことするのはごくごく少数派だから、そういうのを海外で放送しないでほしいのですが)

今度は何をご覧になったのでしょう。


私たち、偶然遭ったとはいえ、遭った場所はなんと

バス停・・・・・・。

向こうからバスがやってきます。









photo:01


それで、なぜか、
こういう人に限って声が大きいんですよね。
なんでですか?


その人は続けます。

「日本人は猿を食べるんだね!」

ー食べません

「でもテレビでやっていたよ。日本人がね、中華料理店で、猿を食べるんだよ。しかも猿の脳みそだよ。」

ー中華料理については詳しくありませんが、
猿の脳みそを食べたことのある日本人は、私の周りでは1人も知りません。聞いたこともないのですが。


「それがすごい残酷なんだよ。だって、生きている猿の頭を刀で切って、スプーンですくって食べるんだよ。猿はまだ痙攣しているんだよ?」



所はジュネーブであり
場所はバスの中であり
日本人の私は、そう、アウェーです。
くわえておじさんの声は大きいし
周りの人の耳がみんな私たちの方を向いているような気がする。


どうすりゃいいの?



周りの人たちの耳がこちらを向いていているような気になります。

それはまるで無言だけど、好奇心に満ちた目のようです。

獲物の足音を聞き分けようとするオオカミの尖った耳のように、

パラボラアンテナがこちらを向いてくるかのように

乗客の耳が私たちの会話を受信しようと神経を研ぎすませているかのように見えます。



なんだか自分が日本代表している見たいに思えてきました。

私がここで変なこと言ったらきっと、それは彼らのランチ時の話題になること間違いなし!






ー日本人は、刺身のように魚を生で食べます。

そう、まるでフランス人がステーキタルタル(生のお肉)を食べるようにね。(←ここ強調)

でも、猿の脳みそを生で食べるなんて、そんな残酷な食べ方はしません。

もし、それが本当だったら大ニュースになりますよ。

日本の中でも大問題になります。

日本の中の中華レストランでの映像って、なんか怪しいですね。

そんな料理を提供する中華レストランは聞いたことないんですけどね。

寄生虫とかも心配だし、やめた方が良いですよね~。







でも本当にそんな番組やっているのでしょうか?

私はテレビを見ないのでわからないのですが、何チャンネルでやっているのでしょうか?

ほんと、謎です。

日本はこのようにたまに叩かれています。

ある人曰くニュースがなくなると日本を叩くとか。



この際、無国籍風な人間で歩く方が安全かも。


photo:02


100人100色ぐらいなジュネーブ




iPhoneからの投稿

飼い主と犬の「ちょっと足りない」愛情物語


先日、体調をすっかり崩して寝込みました。

病院ですぐに見てもらうことが難しいスイスで

大病はしたくない物です。

私は漢方薬を大量に常備しているので、

体調を崩しかけたらそれを飲めば大抵大事には至らないのですが、

今回は突然がくっと来てしまいました。





ずっと寝込んでいると、カレン(犬)が私の足下から一歩も動かずに

ずっと丸くなって寝ているではありませんか。

私が水を飲みに行けば、ついてきて

ベッドに戻ると再び丸くなって寝るのです。

私の具合が悪いのがわかるのでしょうか。

昔飼っていた猫も、こんなふうに病気の人のところに行っては寝ていました。

病人の隣でずっと添い寝なんて、いやだろうなと思うのですが、

カレンはずっと、そうしているのです。

私は体の節々が痛く、

熱を測ったら37度以上ありました。

カレンにはきっと私が熱があることが分かるのでしょうか。

「ありがとう、カレン。

まるでカレンが私の病気を吸い取ってくれているような気がする。

早く良くなるからね・・・・・・」

なんて思ってました。





半日ほど寝込んで

少し楽になった気がしたので熱を測ってみたら37度ちょうど

「ああ、もうこのまま下がるだろうな」

と安堵のため息をついたとたんに




カレンが激変しました。




カレンが突然、犬なのに豹変したのであります。

お気に入りの赤いボールを私のところに持ってくるではありませんか




「なげて!なげて!

あそんで!あそんで!」




と言っています。


photo:01





まだ体はつらいので、どこに投げているか分からないけどとにかくボールを投げるのですが


「もっと遠くまでなげてよー」

だけならまだしも

「こらー、もっとまじめに投げろー」

みたいな、

少年野球チームのコーチ?

みたいな気合いの入りっぷり

至らず失礼いたしました。


photo:02






どうやら、カレンにとって「37度の人間は病気じゃない」

らしいです。

カレンよ、私はまだまだつらかったのだよ?







photo:03





願わくば、人間の大人の平均体温をカレンに学習させないといけないかな?

平均体温が低いから、回復期にうっかり飼い犬にこき使われる人間の一例でした。









でも、今日は長いお散歩に行ってあげなくては。

動物には人間の体調が分かるのですね。

何かが見えるのかな?それとも感じるのかな。

すごいですね。

もう少し、思いやりがあれば、もっとすごいけど。