「広さはどれくらいですか?」
「三人はいる」
「わかりました」
 ポポドスは荒野を見渡して、手ごろな場所に魔方陣を描き始めた。
 荒野の地面は固くて描きにくいが、その分、消えにくい。
 でも固いよな、とやっぱり嫌になるが。

 大きな魔法を行使する際、術者の負担を減らすために用いる魔方陣は、見習いにも描ける。
 修業生時代に腕が痙攣するほど描かされた。
 って、今でも修業生だけど。

 ただし、実践で使用するとなると許可が要る。
 この場合は指揮官がポポドスに指示したのだから、誰も文句を言わない。
 はずだ。

「おい、見習い」
「…………」
 他門の役導士の足が、ポポドスが今描いた魔方陣の一部(しかも面倒くさいところ)を踏んだ。

「ちゃんと描けんのかよ、おまえ」
「いま壊されたところがキレイに描き直せればできますよ、きっと」
「へー。自信あるんだな、見習いのくせに」

 顔がぐっと近づく。
 煙臭い。
「兄弟子のケツにくっついて仕事にありつけんのは、今のうちだけだからな」
「…………」

 だから俺はタダ働きだっつーの!

 辞めたい。魔導士なんてなりたくない。早々にここから立ち去りたい───そう思うのがこういうときだ。
 むやみに八つ当たりされるのも、嫌になるくらいの雑用を押し付けられるのも仕方がないとしても、向けられる蔑視だけは慣れない。

(もし、大お祖父さまなら、どうしたんだろ……)
 大師の肩書きをいただく曽祖父にももちろん、見習い期間があっただろう。
 あの人だったら、このイラだつ男をどう料理しただろうか。

 召喚獣に喰わせるだろうか。
 それとも炎で丸焼きにするだろうか。
 もしかすると案外、素手で殴るかもしれない。
 顔がぐしゃぐしゃになるまで。





「そりゃおまえがやったら問題だよ」
 といったのは先輩のミマだった。

 ポポドスの魔方陣は問題なく術者を補佐し、任務は無事に終わった。
 帰還の準備をしている途中で追加の任務が入ったミマに縋られ、ポポドスも追加の任務にお供することになった。
 いいけどさ……。

 陽が落ちて冷たい風の吹く荒野に二人。
 ミマ特性のスペシャル保存食メニューで腹ごしらえし、大きな毛布に包まって背中を合わせて座り込んだ。

 大きな岩の陰とはいえ、荒野の夜は冷える。
 月明かりさえ冴え冴えとして、光が肌を突き刺すようだ。

 次の任務の人員は明日の朝に到着予定で、かわいそうな二人はこの荒野に待ちぼうけ。
 いつものこととはいえ、悲しくなる。
 今度、転勤願いでも出そうかと思うくらい。



 先輩ミマは主に、南大陸にある支部からの命令で動く。
 ポポドスはまだ正式な役導士ではないので本部預かりのはずなのだが、多忙な弟子ミマを哀れんだ師匠が勝手に貸し出したのだ。
 最初は新天地が楽しいばかりだったポポドスでも、ミマの多忙さにはついていけないと、このごろ本部が懐かしくてしかたがない。

 それでもなかなか戻りたいといえないのは、この可愛そうな先輩がいるからだ。
 オナベとはいえ女性だ。
 女兄弟のなかで育ち、女性に優しくするのは当然と洗脳……もとい、教育されたポポドスには、先輩を残していく度胸はない。





「俺、魔導士なんて向いてないよ」
 任務から外れると敬語が抜ける。
 珍しいことに、二人の師匠であるイグリス導師の弟子たちは極仲がよく、敬語が少ない。

「オレも思う。おまえは羊飼いか牛飼いが似合うよ」
「マジ? 実は俺ツボ売り目指してたのに」
「ツボぉ? いまどきツボなんて売れないよ。
 肉類が一番だって」
「肉かよ。

 いや、マジでさ、ミマ。
 俺、知識試験受かって魔導士辞める」
「開花しないから知識に転向? 似合わね!」
「うるさい!
 俺だってさ、素質があるんなら能力開花させたいよ。
 でももうすぐ二十年だぜ。二十年。
 ……やってらんねぇ」

「そっか」
 ミマが珍しく溜め息をついた。
 吐き出された息が薄い白を纏う。
「おまえなら、知識試験、軽く受かるよ。

 寂しくなるなー」
「泣くなよ」
「胸貸せよ」
「師匠の胸なら予約しとく」
「しとかなくて良し!」

 ぐいっ、とミマが背中を反らす。
 押されたポポドスは後頭部をぶつけられ、前のめりになる。
「ミマ! 痛い!」
「気合い入れてやる!」
「はぁあ!?」
 力いっぱい押し返しても、ミマには勝てない。
 空に浮かぶ月を悠々と眺めるミマの耳の後ろしか見えない。

「一発で受かれよ!」
「はぁあ?」
「落ちたら襲うぞ」
「部屋のカギ強化しときますっ」

 本気でやられそうなので、本気で言った。
BlueLineBlue-DCF_0495つゆかけうどん.JPG
何かの番組で、四国の製麺所で食べるうどんが放送されました。

うどん。

うどんだ。

わたしはうどんが食べたいんだ!



で、生麺を茹で、茹で汁で温めたどんぶりに投入。
もちろん、茹で汁は捨ててから麺をいれる。

卵をひとつ。
麺つゆをたっぷりとかける。

できあがり!

もう!?
もうだよ!!



本場の味には程遠いだろうけれど、気分を味わいつつ。

召し上がれ!
「ごめんね、ポポドス」
 そう言って彼女は彼の前から去っていった。

 これで四度目だ。
 何がって、振られたのが。
 恋人に振られたのは人生のなかで四度目なのだ。





「どう思います、大お祖父さま!?」
「いつまでも見習いのおまえに、愛想がついたというところだな」
「……!」
 ひどい。
 昔から遠慮のない人だが、傷心のひ孫にいう言葉ではない。

「だいだいな、ポポ」
 曽祖父は召喚獣に淹れさせたお茶を飲み、溜め息をついた。
 その仕草は老齢したもののようだが、外見はポポドスよりも少し年上にしか見えない。
 いつ見ても無駄に若い。

「一人前の魔導士でもないおまえが他人に現を抜かしているから悪い。
 魔導士を辞めたいのなら、まずは魔導士になるべきだろう?」
「そりゃそうですけど……」

 悲しいかな、ポポドスは魔導士身習いを二十年近く続けている。
 小さい頃から素質を見込まれ、叔父と父に強引に学舎にいれられ魔導士に師事させられたが、どういうわけか能力が開花しないのだ。

 これに首をかしげる父に鍛錬がぬるいと叱られ、意気地がないと叔父に笑われ、目の前の曽祖父にはこのとおり、呆れ顔をされている。
 魔導士なんて大嫌いだ!



 そもそも、なぜポポドスが、成りたくもない魔導士にならなければいけないのか?
 実はこれでも、魔導家と呼ばれるほど多くの魔導士を輩出してきた一族の生まれなのだ。
 歴代の大魔導師の半数は、彼の一族、リーイ家の人間だと言われている。

 ポポドスの目の前にいる曽祖父───性格には曾祖母の兄弟───も、早々に引退してはいるが、その特殊能力は右に出る者がおらず、今でも任務に借り出されているようだ。

 ポポドスの父ももちろん優秀な魔導士で、今では故郷で子どもたちの教育に当たっている。
 ポポドスを無理やり師事させた叔父など、南の支部で重任に就いている。
 会ったことはないがほかにも、健在の叔父たちは重鎮として、従兄弟たちは有望株といわれているらしい。

 とにかく、リーイ家の男の大半は魔導士だ。
 魔導士でないリーイ家の男などリーイ家の人間ではないと言われるほど。

 でも、できることならポポドスは、リーイ家を追い出されてもいいから魔導士になりたくない。



「大お祖父さま。
 俺、本当に魔導士に成れるんでしょうか?」
「運しだいだな」
「うん?」
「おまえに魔導士としての素質があることは、わたしもわかる。
 だが、おまえが何をきっかけにして開花するのかはわからない。
 だからおまえの場合、修業や鍛錬以上に、現場に出ることだな」

 そういうわけで、ポポドスは魔導士身習いのくせに任務に出ている。
 もっぱら兄弟弟子にくっついていくのでいいのだが、他門の人間がいるとものすごく冷たい目で視られる。

 こんな風に。
「見習いが何してんだ?」
 他門の魔導士がポポドスを見下ろしていった。
 これで何度目だろうか……。
 辞めたい。

「導師長の命令でいます」
「…………ふーん」

 任務に出る魔導士のことを役導士というが、その長は役導師長。
 それと肩を並べる導師長の命令なら仕方がない。

 と、頭では思っているが、他門の役導士は見習いが現場にいることが気に入らないようだ。
 試験も受けずに美味しいところだけいただこうなんてそうはいかねェゼ、なんて感じだろうか。
 ポポドスだって好きでいるわけではないのに。

 っていうか、無給だぞ。
 タダ働きなんだぞ!



「ポポ、気にすんなよ」
 他門の役導士が去って、ポポドスの肩に腕を乗せて言ったのは同門のミマ。
 オナベな先輩だ。
「あいつ、このまえの試験に落ちてイラってるんだよ。
 無視無視。
 それよか、現場さきに洗ってくれ」

 ミマは魔導士としての能力は低いものの、指揮官としては優秀で、このところ休みがないと愚痴っている。
 それでも現場に出れば目の色が違う。

「気をつけろよ。悪魔の領域が近い」
「そんときは先輩の好きな黄色い声で呼びますから」
「ゼッタイ行かない」
 なんて冷たい先輩だろう。