【第一次安倍内閣】緊縮批判が財務省を利する【官僚との死闘】 | 独立直観 BJ24649のブログ

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流行に浮かされずに独り立ち止まり、素朴に真っ直ぐに物事を観てみたい。
そういう想いのブログです。

 安倍総理大臣は、「安倍政権は財政再建の旗を降ろすことはありません」と言うことがある(https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2017/0925kaiken.html)。

 安倍政権は緊縮財政であり、その原因は財務省にあるなどという話が聞かれることがある。

 では、国債を発行しまくって公共事業を大盤振る舞いすれば財務省に勝ったということになるのだろうか。

 第一次安倍内閣当時、財務省が勝手に財政を大盤振る舞いしようとした。

 そう言ったら意外だろうか。

 長谷川幸洋氏の論説を長めに引用する。

 大盤振る舞い自体が政権に打撃になるのみならず、その後が問題なのだ。

 「財務省が増税するために、歳出を膨らませるって話」。

 長谷川氏には、財務省の大盤振る舞いは政権攻撃の「クーデター」のように映った。

 財政拡張を求めることは、必ずしも財務省を攻撃することにはならないのである。

 「キレイキレイで財務省はいつも歳出削減に懸命だ、なんて思ってるとしたら、財政政策のホントの話なんて分かりませんよ」。

 官邸は第一次内閣の経験を踏まえて政権運営をしているのだから、これを振り返っておくことは官邸の意図を読む上で有益だ。

 

 

 

長谷川幸洋 「官僚との死闘七〇〇日」 (講談社、2008年) 76~104ページ

 

「 税収が増えたら使ってしまえ

 06年10月27日金曜日の夜だった。私は麻布十番の辺りを、タクシーで走っていた。そこへ、旧知の官僚から携帯に電話が入った。

「長谷川さん。実は、財務省が大型補正予算の編成を検討しているようなんです。景気が好調で、自然増収が5兆円に達する見通しになった。これをすべて財政赤字削減に回してしまうと、来年以降の予算編成が大変になるので、2兆円ほど補正で使ってしまいたい、というんですが……」

「え、なんですって?」

「財務省の主計局長が経済産業省の事務次官と話をして、補正で2兆円使うということで、腹を合わせたようなんです。もう、下の方にも話が伝わっています。具体的に予算要求の『タマ』を出す必要があるので、課長補佐クラスが検討し始めているのです」

 景気が好調だと、税収は当初見通し以上に増える。それが自然増収である。

 私はびっくりした。

「税収が好調だから、使ってしまおう」なんて発想はどこから出てくるのか。

 しかも、主計局長がそんな話を経産次官とするなんて、まったく耳を疑う話だった。経産省は予算を要求する立場である。予算を査定する財務省の主計局長が査定前から「ことしは、これだけカネがあるから、使っていい」と言うなら、一も二もなく飛びつくに決まっている。甘い査定をあらかじめ約束したも同然だった。

 だが、ひと息ついて冷静に考えてみると、私は「やっぱり、そういうことか」と妙に納得した。それは、こういうことだ。普通なら、税収が増えれば、財政赤字は少なくなるので、結構な話である。ところが、自然増収で財政状態が改善してしまえば、当然ながら、増税機運は遠のいていく。「税収が増えているのだから、増税する必要はない」という議論が勢いを増していくからだ。

 財務省主計局の最終的な目的は、増税だったのである。税収増のために増税が難しくなるくらいなら、むしろ使ってしまって、増税の可能性を少しでも残しておきたい。そう考えたのではないか。私がそう思ったのは、かなり以前に、主税局を長く経験した財務省幹部から、こんこんと諭されるように聞いた話を思い出したからだった。

 

 財務省内の水面下の対立

 先に記したように、私はかつて「財政再建には大幅増税が不可欠だ」という立場に立っていた。自分の本にもそう書いたし、財務省内を取材で歩いていても、そう唱えていた。それで、あるとき主税局OBの幹部に「主計局は毎年、あれだけ歳出削減にがんばっているのだから、主税局は当然、増税を訴えていかなくてはなりませんね」と話した。率直に言って、増税に檄を飛ばしたのである。

 歳出予算を査定するのは主計局であり、税制の立案をするのは主税局であったからだ。すると、その幹部は「全然、分かってないな」という表情を浮かべて、こう話してくれたのである。

「長谷川さん、違いますよ。あなたは財務省の水面下で戦われている基本的な議論の構図が分かってませんね。対立といってもいい。主計局が本当に狙っているのは、歳出削減ではない、増税なんです。それに抗するように、主計局に対して『増税を唱える前に、歳出削減にもっと汗をかくべきだ』と唱えてきたのは、つねに主税局なんです」

「どうしてだか、分かりますか。主計局というのは、予算を配る立場でしょう。国会議員を前に、床の間を背にして『そうですか、そんなに必要なら、これだけ予算をつけてあげますよ』ともったいぶって話すのは、主計局の官僚なんです。それには財布をいつも一杯にしておきたい。だから、いつだって増税したいんです。それに対して、主税局というのは、国会議員に平身低頭でお願いして『お金がなくて予算がつくれません。だから、どうか増税を認めてください』と頭を下げて回る立場なんです。だから、主税局の官僚はそんな辛い仕事をする前に『主計局がまず歳出をカットしたらどうだ』と訴えているんです」

「長谷川さんの認識は逆ですよ。本当は、主計局は歳出を確保したいから増税を狙う。主税局は増税の重荷を背負いたくないから歳出削減を訴えるんです。そんなこと、少し考えれば分かるでしょう」

 私にそう説明した後で、その幹部は断言した。

「はっきり言って、私は、世の中を悪くしてきたのは主計局だと思ってますよ。」

 無駄遣いや非効率がいつまでたってもなくならないのは、主計局が財政の苦しさを訴えて増税を狙う一方、本当に身を削るような歳出削減をしてこなかったからだ、と言いたかったのだろう。

 私はこの話を聞いて「目からうろこ」の思いだった。初めて、財務官僚から本当の話を聞いた、と思った。そういう目で財政再建の議論を見直してみれば、いろいろな構造がはっきりする。「主計局長が補正で2兆円を使う、と言った」という今回の話も一見、とんでもない話のようで、すっきり理解できる。幹部が教えてくれたように、主計局の中では、実はまったく辻褄が合っていたのである。

          *

 それにしても、安倍政権が改革と財政再建に全力を挙げる方針であることを知っていながら、補正予算で2兆円のばらまきとは、政権に対する露骨な挑戦といってよかった。「これは安倍政権に対する財務省のクーデターではないか」。そんな言葉すら脳裏に浮かんだ。

 私は電話の相手に「ありがとうございます。全然、知りませんでした。ひどい話ですね。すぐ調べて、またご連絡します」と言って、タクシーを止めた。そして、高橋(※1)に電話を入れた。高橋は話を聞くと、怒りに満ちた声で言った。

「そんな主計局長はクビだな」

 いよいよ、安倍政権と霞が関なかでも財務省との本格的な戦いが始まったのである。

 

 赤字額のハードルを下げる

 冒頭の官僚が言った「自然増収の5兆円をすべて財政赤字削減に回してしまうと、来年以降の予算編成が大変になる」という話の趣旨はこういうことだ。

 06年度の財政赤字は当初予算で約30兆円(正確には29兆9730億円)だった。そこで、仮にその年度に見込まれた5兆円の自然増収を全額、赤字減らしに使えば、06年度の赤字は単純計算で25兆円に減る。すると、07年度以降の予算編成は「赤字25兆円」が議論の発射台になる。25兆円の赤字を上回るような予算を組むのは、政治的に難しくなってしまうのだ。景気がいいのに、前年度に比べて赤字拡大の予算を組めば、マスコミが「安倍政権は財政再建に真剣ではない」と批判するのは目に見えているからだ。

 赤字を25兆円に抑え込むためには、当然、歳出削減努力も継続せねばならず、歳出を増やすのは難しくなってしまう。

 そこで、歳出削減という苦しいハードルの高さを事前に下げておく。つまり、増収分のうち赤字減らしに使うのは3兆円にとどめ、残りは使ってしまうのである。そうすれば、06年度の赤字は最終的に27兆円になるが、07年度以降も同じく赤字27兆円が当面のハードルになって、赤字25兆円の場合に比べて、歳出削減の手綱を緩めることができる。主計局としては「ホッとひと息つける」というわけだ。

 財務省の中堅幹部が、私にこう語ったことがある。

「主計局官僚の骨の髄まで染み付いた基本的態度は『自分は絶対に失敗しない』という点にあるんです。目の前に目標が与えられるとすれば、その目標は絶対にクリアする。それには、まず目標のハードル自体をできるだけ下げてしまおうとする。そのうえで、ポンと飛んでみせる。『ほら、ちゃんと飛べたでしょう』というわけです」

「彼らはみんな、受験競争を勝ち抜いた最高のエリートと思っているから、自分が『目標を達成できない』などという事態はとても認めがたい。そのためには、なんだってする。目標が正しいかどうかは、重要ではない。自分が達成できる目標に設定するかどうか、が肝心なんです」

 「赤字を27兆円にとどめる」という発想には、まさに「自分たちが達成しやすい目標を設定する」という主計局官僚の真骨頂が表れていたのである。

 

 閣議決定に抵抗する予算要求

 この「大型補正話」は10月末の時点で、永田町や霞が関では、ごく少数の人間しか知らない極秘事項だった。経産省や国土交通省、総務省などにとって、大型補正予算は経緯がどうであれ、歓迎したい。その一方「補正でばらまき」などと批判されれば、安倍政権の政策転換とも受け取られかねず、関係者は「外に漏れれば、つぶれる」と懸念していた。

 私は「これは安倍官邸と財務省の激突になる」と直感して、各方面に情報収集を始めた。いまだに霧の中の部分もあるが、おおよそのところは次のようだった。

 官邸のキーマンになったのは、内閣官房副長官補の坂篤郎である。

 旧大蔵省出身の坂は官邸で省の利害を代表しつつ、安倍の信頼も厚く、両者を調整する立場にあった(※2)。坂は首相補佐官の根本匠にも相談を重ねていた。自民党でも、有力な中堅議員が動いていた。

「動いていた議員は商工族として経産省に近かったうえ、中川秀直幹事長の側近としても知られている。彼が絡んでいたので、根本首相補佐官は『幹事長も了解しているはずだ』と思い込んでいたのではないか」(中堅官僚)

 私は情報を集めていくうちに、1枚の紙を入手した。

 経産省の外局である中小企業庁が作成した補正予算要求のための極秘の内部資料だった。日付は10月31日付である。

 地域活性化のために必要な中小企業対策として、金融対策に2826億円、ものづくり支援に240億円、商店街振興に473億円、小規模企業対策に10億円などと項目が並び、総額3641億円の要求を掲げている。

 私が冒頭の官僚から大型補正話について、最初の情報をもらった翌週には、はやくも経産省や中小企業庁で着々と具体化に向けた検討作業が進んでいたのである。経産省とすれば、せっかく財務省が大盤振る舞いしてくれるというのだから、ばらまきと批判を浴びないように、政権の目玉政策である経済成長戦略と整合的になるように具体的な予算項目をそろえておく必要があった。そんな「タマ出し作業」は経産省のお手のものだった。

 全体の予算編成に目を配る財務省は今回、2兆円を使ってしまいたい立場だったが、もっともらしい個別政策を並べるところまでは手が回らない。だからこそ、主計局長と経産事務次官が事前に腹を合わせて、連係プレーをする必要があったのである。

 最も金額がかさむ金融対策の内訳をみると「無担保・無保証融資の推進」とあり、中小企業金融公庫と国民生活金融公庫と合わせて、計800億円を要求している。中小公庫と国民公庫は05年末の政策金融改革で、一つの金融機関への統合が決まっていた。

 政策金融改革では、全体の貸出残高は国内総生産(GDP)比で2008年度までに半減するという方針が閣議決定されている。にもかかわらず、真正面から抵抗するように、貸出残高の拡大を目指していた。

 公庫の無担保・無保証融資は日本経済がどん底にあったころ、各地で活発に利用された。中小・零細企業を支えるのに、それなりの効果があったのはまちがいない。一方で、相当な部分の融資が焦げ付き、多くのカネが結局、国民負担となっていた。

 5兆円の自然増収が如実に示していたように、景気は上向いていた。企業を取り巻く環境が大きく好転しているにもかかわらず、経産省と財務省は「中小・零細企業支援」という名目で、税金を使った官製金融を膨らませようとしていたのである。その究極的な狙いが、自分たちの天下り先である政策金融機関の生き残りにあったのは、いうまでもない。

 ほかにも新型商店街形成支援に400億円など、どんな政策効果があるのか、税金を使うのにふさわしい事業なのかどうか、よく分からない要求項目がいくつも並んでいた。

 

 密室で決まる「予算の抜け穴」

 補正予算は、不況になると政府が発動した景気てこ入れの典型的な手法である。90年代のバブル崩壊後は歴代政権が「景気対策」の名の下に、毎年のように乱発し、92年から2000年まで、公共事業を中心に補正予算の事業規模は総額130兆円を超えた。

 国債発行で賄った赤字予算の結末が、国と地方でいまや800兆円に達しようという巨額債務につながっている。世間の注目が集まる当初予算と違って、補正予算は夏の概算要求基準(シーリング)の枠外でもあった。だから、当初予算さえシーリングを守って緊縮型にしておけば、補正で出しても、シーリング破りという批判を受けないですむ。いわば、「予算の抜け穴」のようなものだった。

 霞が関と永田町の密室で決まる補正予算は国会で審議されるものの、議員やマスコミの関心は同時に審議される翌年度当初予算の方に集まって、チェックが届きにくい。財政当局が政治家と内々に結託して、大盤振る舞いをする「隠しポケット」のようになっていた。

 2001年に発足した小泉政権は、そんな補正頼みの財政てこ入れ政策にきっぱりと決別し、公共事業を毎年削減してスリムな政府を目指した。「筋肉質の政府」を公約に掲げた安倍政権も小泉政権の「小さな政府」路線を基本的に継承している。補正によるばらまき予算は透明性に問題があっただけでなく、基本的な政策路線としても相容れない。私も高橋も、そう確信していた。

 私は、この大型補正構想をつぶすために、安倍に出すメモを書いた。「補正予算問題について」と題した10月30日付のメモは、とりあえず思いつくまま批判の論点を列挙したものだ。

「『自然増収5兆円、うち2兆円を再チャレンジ、地方活性化、成長支援(景気刺激)に使う』という路線は、マスコミからまちがいなく『改革路線からの転向』『ばらまきへの回帰』と猛批判を浴びる」

「マスコミは『安倍路線は小泉改革路線の継承・深化』と受け止めていた」

「小泉改革路線とは『小さな政府』『ばらまきはしない』『痛みに耐える』が軸」

「景気がようやく立ち上がって、税の増収分を一部とはいえ、歳出増に使うのでは、筋が通らない」

「百歩譲っても、増収分を財政政策で使うなら『減税』が筋。法人税減税の原資にするなら、グローバル化対応で理屈がたつ。再チャレンジ、地方活性化、成長支援などと支出名目をたてても、個別項目の歳出増は結局『ばらまき』になる。経産省などは『2兆円といわれても、何に使っていいか、思いつかない』というのがホンネ。公共事業まがいになるなら、最悪。改革路線の否定になる」

「しかも、それだけばらまいても、実際にどれだけ刺激効果があるかは不明」

「財政で緩めて、日銀の利上げを容認すれば、政府・日銀で『財政緩和・金融引き締め』で政策方向が正反対になる。最悪のポリシーミックスである」

「そもそも景気刺激のための『補正予算』など、マスコミは期待していない。そんな手法自体が『終わった』とみられている。『財政出動で景気刺激』という発想自体が『抵抗勢力の象徴』であり、反・改革路線と受け止められる」

 

 怒りがにじんだペーパー

 「マスコミの目」を強調したのは、そういう視点から訴えた方が安倍の耳に入りやすいと思ったからだ。新聞社の論説委員である私自身も、そんな補正が通るなら、もちろん社説で批判する以外にない。その点もはっきりさせておきたかった。

 政策的には自然増収があるから、赤字削減が先決であり、景気刺激を考えるとしても、まず利上げ阻止が最優先になる。財政政策を発動する場合でも、減税を優先すべきで、歳出増加は最悪の選択というのが、私の考えだった。

 これは、ほとんど世界標準の経済政策といっていい。高橋ももちろん同じである。教科書的にいえば、公共投資の追加など歳出増加は、減税より景気刺激に効果があるとされる一方、大きな政府につながる。減税は減税分が貯蓄に回れば、景気刺激効果は少なくなるものの、どう支出するかは家計の選択に委ねられ、かつ小さな政府への道である。

 小さな政府を志向する私も高橋も、歳出増加よりも減税を選ぶのは当然だった。そんな基本的論点すら、まともに議論されず、政府の密室協議でいきなり歳出増加に走るのは、私たちには「絶対に認められない政策」だったのである。政権の本質的な性格が問われる重要局面だった。

 私のメモを基に、高橋が論点を再整理して、1枚紙にまとめた。そのペーパーは「政権を貶める卑劣なやり方なので、徹底的に潰し、毅然たる対処をすべき」と激しく批判し、関係者の実名を挙げて処分も求めていた。私たちの怒りがにじんでいた。この紙は11月2日に井上総理秘書官を通じて安倍に手渡された。

 

 2兆円の「へそくり」

 自民党の中川秀直幹事長も動いた。

 中小企業庁が予算要求資料をまとめた、まさに同じ31日、中川は官邸に安倍首相を訪ねた。中川を取り巻いた記者団は「総理とは、社会保険庁の話ですか」などと質問を浴びせたが、中川は「まあ、いろいろね」と笑顔を見せて、質問をかわした。実は、中川は総理執務室で安倍と補正問題を話し合っていたのだ。高橋は、こう私に内容を教えてくれた。中川が言った。

「大型補正はまずいのではないか。政権の方針転換と受け止められかねない。慎重に判断すべきだ」

 すでに私たちからも報告が上がっていた安倍は、こう応じた。

「役所の動きが早すぎる」

 安倍は中川と「大型補正予算は編成しない」との方針を確認する。そのうえで、翌11月1日午後、坂と根本を執務室に呼んで、大型補正予算の編成作業を見直すように指示したのである。

「総理と幹事長が事前に、どこまで話を知っていたのかは分かりません。いずれにせよ、この話の中心に財務省がいたのはまちがいない。再チャレンジ政策をとりまとめた坂は最初から、再チャレンジ政策が大型補正の理由になる、とみていたのではないか」(自民党関係者)

 この「総理指示」で、財務省と経産省が動いた「大型補正の密謀」に決着がついたはずだった。ところが、ここから巻き返しの動きが始まる。

 翌2日の毎日新聞朝刊を手にした井上総理秘書官は、目を疑った。一面に「07年度予算・国債27兆円以下に・安倍首相が近く指示」という記事が掲載されていたのである。それまで一切、水面下に伏せられていた大型補正の話が初めてマスコミに取り上げられ、世間に表面化した瞬間だった。記事は次のように記していた。

「政府は1日、07年度予算に盛り込む国債の新規発行額を27兆円以下とする方針を固めた。安倍晋三首相が近く、政府・与党に指示する。安倍首相はすでに来年度の発行額について『今年度(29兆7000億円)以下』とする方針を示しているが、景気回復に伴う税収増と歳出削減の徹底で小泉政権時代を上回る赤字縮小を実現し、財政再建継続への決意を示す」

 事情を知らない読者が読めば「景気がいいから税収が伸びて、赤字を27兆円以下に減らすのか。結構なことだ」と思ったに違いない。だが、本当は25兆円まで減らすことができるのだ。「27兆円以下に」という記事の趣旨はまちがいではないが、ここで2兆円があたかも「へそくり」のように、こっそりと隠されてしまったのである。

 井上は出勤途上の車の中から、財務省出身の総理秘書官である田中一穂(※3)に電話を入れ、問い質した。

「けさの毎日の記事は一体、どういうことですかね。総理は、そんな指示を出すつもりはありませんよ。財務省は何を考えているんですか」

 この毎日記事がきっかけになって、他のマスコミも一斉に取材に動き出す。

 その日の官房長官会見では、記者から「一部報道があったが、27兆円以下に抑えるという総理の指示があるのか」と質問が飛んだ。塩崎泰久官房長官はこう答えている。

「所信表明演説でも、平成18年度(06年度)の29兆円、約30兆円弱ですね、これを新規国債発行額として下回るように、と総理は言っているわけで、報道された数字について、特に指摘しているような事実はありません」

 実際、安倍の指示はなかった。

 

(中略。官邸と財務省との戦い)

 

 だが、最終的に大型補正予算の結末はどうだったか、といえば、残念ながら、必ずしも勝利だったとはいえない。せいぜい「かろうじて引き分けに持ち込んだ」という程度ではなかったか、と思う。

 舞台裏では、執拗に「巻き返し」の動きが続いていたのだ。

(中略)

 いまになって振り返れば、一時はもっと「大ばらまき」になりそうだった補正の流れを、なんとか引き戻した感じはある。だからといって「勝利した」とは、とても言い切れない。ばらまきを求める勢力は強大だった。

 「世間では歳出削減一辺倒で努力している、と思われていた財務省が実は、それほど単純ではない」。私はそのことを、冒頭の電話から始まる実際の出来事で思い知らされたのだった。」

 

 

※1 高橋洋一

※2 平成26(2014)年、坂は日本郵政の顧問に就任したが、第二次安倍政権の反対に遭い、退任となった(https://www.nikkei.com/article/DGXNASFL040PU_U4A300C1000000/http://www.news24.jp/articles/2014/03/05/06246967.html)。

※3 平成27(2015)年7月7日から平成28(2016)年6月17日まで財務事務次官。

 

 

 

https://twitter.com/hasegawa24/status/111829520658595840

 

 

 

 以上を読んだ上で、予算に関する報道を見ると、見方が違ってくるのではないか。

 「国債発行額を抑えるのは緊縮財政!」「財政再建なんか気にするな!」という批判を軽々にできなくなるであろう。

 国債発行額を増やし、財政赤字が増え、プライマリーバランスが悪化すれば、それが増税機運を高めることにもなり得る。確かに財政赤字が増えたところで財政破綻となることはなく、増税も必要ないのだとしても、そういう理解をしている国民は少ないのである。

 「上げ潮派」という言葉を覚えているだろうか。安倍総理大臣は増税に消極的だからこそ、国債発行も抑えているのではないだろうか。

 

 

 

「財政赤字10年ぶり低水準、税収増見込む-来年度予算案を閣議決定」 ブルームバーグ2017年12月22日

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-12-22/P1AXQP6JTSE801

 

「政府は22日、2018年度一般会計予算案を閣議決定した。総額は社会保障関係費の増加に伴い97兆7128億円と6年連続で過去最大を更新したが、60兆円近い税収を見込み、新規国債発行額を8年連続で減少させた。これによって、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)は改善し、赤字額は10年ぶりの低水準となった。

  歳入のうち税収は27年ぶり高水準の59兆790億円。賃上げを想定し、所得税を前年度当初比6%増の19兆200億円としたほか、消費税収は2.5%増の17兆5580億円と見積もった。法人税収は1.8%減の12兆1670億円。国債発行額は2%減の33兆6922億円に抑え、国債依存度は34.5%と10年ぶり(当初ベース)の低水準に抑えた。

  これによって国債費を除いた歳出と国債収入以外の歳入を差し引きしたPB赤字額は10兆3902億円と2年ぶりに改善し、5兆1848億円の赤字だった08年度以来の低水準を記録した。国・地方を合わせた政府の長期債務残高は対国内総生産(GDP)比196%の1108兆円程度、国の普通国債残高も対GDP比156%の883兆円程度といずれも過去最高を更新した。

(後略)」

 

https://twitter.com/moltoke_Rumia1p/status/944834879044313089

 

https://twitter.com/hirohitorigoto/status/954720434703880192

 

<24日追記>

 

https://twitter.com/hirohitorigoto/status/943653848329084928

 

https://twitter.com/hirohitorigoto/status/943698376339550209

 

https://twitter.com/hirohitorigoto/status/943824973281423361

 

https://twitter.com/ankotobukit20/status/943443790190166016

 

<追記ここまで>

 

 

 

 先日DVで逮捕された三橋貴明(経世論研究所所長)は、

「2010年にPB目標を閣議決定し、翌年からひたすら新規国債発行額を減らしていく。財務省は、こと「緊縮財政路線の推進」という点にかけては、超有能です。」

という(https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12339051181.html)。

 三橋は財務省批判を標榜している。リフレ派に対して「財務省にとって実に都合が良い考え方」と非難する(https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12324588639.html)。

 しかし、実際のところどうだろうか。

 そもそも第二次安倍内閣発足以降、予算総額は増えているのに「緊縮財政路線の推進」というのはおかしいし(http://hirohitorigoto.info/archives/231)、自然増収によって税収増が実現されている中で国債発行を増やし、プライマリーバランスを悪化させれば、増税の気運を高め、財務省を利することになるのではないか。

 確かに、経済理論上は国債を発行しまくって財政を拡張しまくって早期にデフレを脱却するということも正しいと言えるかもしれない。

 しかし、それが政治的にも正しいとは限らないのである。

 三橋は昨年「財務省が日本を滅ぼす」という財務省批判本を出したが、長谷川氏が指摘する「財務省=歳出削減一辺倒」という典型的な誤解に陥っているため、財務省を批判しているつもりでその体をなさず、財務省を利するものになっているのではないか(予算総額が増えているのに緊縮だと批判を捻り出しているあたり、財政赤字の拡大への固執が感じられる。誤解などしておらず、意図的にこういう主張をしている可能性もある。)。

 

 


 

 

https://twitter.com/mikaguramai/status/955028229756133376

 

 

 

 三橋メルマガに、中野剛志(経済産業省官僚)が「消費税増税より大きな問題」という記事を書いている。

 これこそが財務省を利する論理なのではないか(https://ameblo.jp/khensuke/entry-12098013927.html)。財政赤字の拡大は、さらなる増税を招くであろう。

 なお、この記事に名前が挙がっている西田昌司参議院議員は「毎年、1兆円以上の社会保障費が増大します。安定財源として消費税の増税は避けられません。しかし、上述のように、経済をデフレから脱却させる方が先で消費税の増税はその後です。」と言いながら(http://showyou.jp/claim-main/index.html?id=441#claim_441)、最終的にはデフレ脱却前の増税へと転んだ(https://www.youtube.com/watch?v=r44EvZkf334)。まぁ今にして思えば、デフレを脱却した後に消費税増税に賛成するのもいかがなものかと思うが。西田議員は基本的に増税志向の財務省寄り・官僚寄りなのではないか。

 

 

 

「【東田剛】消費税増税より大きな問題」 「新」経世済民新聞2013年9月25日

https://38news.jp/archives/02384

 

仮に消費税を増税したって、そのデフレ効果を上回る大型の財政出動をやれば、「倍返し、いや10倍返しだ」となるでしょう。

 

「繰り返しますが、重要なのは、「消費税を上げないこと」ではなく、「財政赤字を拡大すること」なのです(例えば、西田昌司参議院議員は、このことを理解されている)。」

 

※ 「東田剛」は中野のペンネーム。

 

 

 

 「安倍政権は財政再建の旗を降ろすことはありません」。

 一見すると安倍政権は財務省に屈したように思えるかもしれない。

 しかし、実際のところは、財務省を相手に戦う意思表明なのではないだろうか。

 景気回復・自然増収によって財政再建が進めば進むほど、増税機運は弱まり、財務省には不利となろう。

 そして実際の政権運営は概ねこうなっているであろう。安倍政権は、消費税再増税を2回延期しつつ、税収を増やし、国債発行額を抑え、財政再建を進める。増税気運を高めたくないということであり、財務省には面白くないのではないか。

 財政を巡る駆け引きはわかりにくい。そしてこれを誤解すると無自覚に利敵行為をしてしまうこともある。気をつけたいものである。

 最近、小室哲哉氏の不倫疑惑を取り上げた週刊文春記者が小室氏引退について「本意ではない結果」だと弁明していることが話題になっているが、安倍政権に対して国債発行不足で緊縮財政だと批判することも「本意ではない結果」を招き寄せる危険があるのではないだろうか。

 

 

 

https://twitter.com/chairtochair/status/955072281226563584

 

https://twitter.com/gatten_taku/status/954920717551742976

 

<2月1日追記>

 

https://twitter.com/chairtochair/status/958357746578935813

 

https://twitter.com/chairtochair/status/958674424479211520