オリエント急行の時代
平井 正
オリエント急行の時代―ヨーロッパの夢の軌跡
オリエント急行は最近復活したりしている様だが、その第一号が走ったのは1883年というから大変なものだ。ただ、その黄金期は1900年代前半までだった様で、オリエント急行と称する列車が乱立したこともあったが、欧州全土を巻き込む戦禍の時代に入ったことが、夢の大陸縦断鉄道の生命線をも断ち切った。戦後も東欧が鉄のカーテンの向こう側になってしまったり、航空路が発達したこともあって、二度と黄金期を迎えることはなかった。タイトルが「オリエント急行の時代」となっていることからも分かるように、オリエント急行そのものよりも、オリエント急行が走った時代の、その通り道である東西欧州史、オスマン帝国史概説といった趣の本。著者も何とか本題のオリエント急行に戻そうとするのだが、西洋史家としては、その背景を理解していなきゃダメだよといったところがあったのかもしれないし、オリエント急行ネタだけで紙幅がもたなかったかもしれない。しかし、やはり著者の狙いとしては読者に、オリエンタル急行を追体験させるところにあったのではなかろうか。その意味では車窓の向こうにみえる国がどんな国だったかを知ることは追体験としては欠かせない。もちろんアガサ・クリスティーやマタ・ハリ、ジョセフィン・ベイカーといったアクターたちについても触れているので、車内でも退屈はしない。我々の時代はユーレイルパスなんてのが欧州旅行の定番だったが、今では格安航空に太刀打ちできないだろう。オリエント急行のみならず、欧州鉄道旅行が金と時間のある者の愉しみになる日は近いのかもしれない。
★★
宗教vs.国家
工藤 庸子
宗教VS.国家
副題が「フランス<政教分離>と市民の誕生」ということで、面白そうな感じがしたのだが、革命期の歴史講釈が多く、イマイチ繋がりがよく分からんかった。もっともフランス革命が、現代世界の主流な政治体制の嚆矢となったことは間違いないのだが、それが、現代世界が抱える矛盾の源であるということも言える。国家の権威を宗教の権威の上位に置くことは画期的なことであったが、国家の下での平等に失望した者は、やがて宗教の下での平等へと回帰する。そうなると、政経分離ということ自体が矛盾を孕んだものであることを否定することは難しくなってくるのだが、フランスが今なおライシテを金科玉条としているのは、革命という原点に拘泥しているからにも思える。その意味ではアメリカが、ピューリタン的宗教国家の側面を今なお色濃く残している(これも失望による原点回帰の意味合いが大きいと思うが)のも、国家の根源とは何かというコンセンサスが確立しているからとも言えよう。日本の「戦後民主主義」もその一種なのだろうが、それが外的要因による外来思想であったことが、国家の根源を曖昧化させ、政治も無力化させたということなのであろう。今頃になって国家の品格がどうのとか美しい国がどうの何て言ったところで、国民のコンセンサスが何もない状態では、このまま曖昧国家として生きていく方がベターな様な気もする。
★★
東アジア共同体をどうつくるか
進藤 榮一
東アジア共同体をどうつくるか
ASEAN+@なら良いんだけど、なんかこう中国の影がちらつくね。北朝鮮の総括もまだ出来ていないみたいだし、どうつくるかを中国が決めて、それに従うというのは考えもの。ヨーロッパをお手本とするなら、個々の国もお手本にしなくてはならんのに、統一モデルだけ持ってきて、儒教で団結せよは暴論。
★
ユダヤ世界を読む
佐藤 千景
ユダヤ世界を読む―啓典の民による国民経済建設の試み
創成社新書の国際情勢シリーズ「世界を読む」は結構、書き手の個性に影響された造りとなっているのだが、中でも若手の方のこの著者は、他の執筆人に比べて独自色があまり感じられない。よく分からないが、所謂ユダヤプロパーでもない様で、ユダヤ・イスラエルの波乱の歴史も淡々とした記述。ただ、ユダヤ本の聖書解釈とかが鬼門だった身にとっては、ここまでスラスラ読めるのは気持ちいいし、ホロコーストやパレスチナ問題にもニュートラルというか、あっさりしていて政治臭がない。その代わりというか、もしかしたら、これが著者の専門なのかもしれないが、イスラエル経済についての記述が多く、ほとんどが都市住民だった建国時の農業政策から、最近の日本の投資状況まで詳しい。スウィーティがイスラエル産であったことを思い出したが、ハイテク産業の発展ににも軍事技術の応用があるだろう。「ユダヤ世界」というと商業の民を連想するが、日本のユダヤ本がホロコースト、パレスチナ、宗教(トンデモ系含)ばかりに収斂されてしまうのも、イスラエルとしては不満なところであろう。この辺はイスラエルというより、ユダヤ系メディア(すなわちアメリカのメディア)の意向が反映されているのかもしれない。どこの国でもそうだろうが、自国のイメージが戦争一色というのは憂うべきものだ。今でもイスラエルボイコットが有効なのかどうか知らぬが、アラブ国家とイスラエルの経済関係も強まっていると聞く。日本は未だトイレットペーパー騒動のトラウマを抱えたままなのだろうか。
★★