「アンアン」1970
赤木 洋一
「アンアン」1970
「アンアン」の編集長であった人の思い出話なのだけど、元々「エル」との提携雑誌だったらしく、当時としては簡単ではなかったフランス出張の話が多くを占めている。エールフランス大阪就航とか、南回りとか、サイゴン、テルアビブ寄航といったところからも時代を感じるが、著者が満洲育ちというのも別に変でもなんでもないけど、感慨深いものがある。「アンアン」とか「平凡パンチ」を作っている人たち、下手すりゃ読者が満洲帰りというのは、今ではありえないだろうが、満洲(あくまでも都市の話だが)がハイカラで、内地との生活格差もあったことを考えれば、そうした新奇に富んだものにすんなり、入っていけたのが満州育ちの特質だったのかもしれない。今で言えば「帰国子女」みたいなものなのだろうが、その引き揚げの労苦もさることながら、今と違って、日本社会に溶け込む以外逃げ道がない生活にも苦労はあっただろう。「アンアン」は未だ健在らしいが、「平凡パンチ」の復活話はどうなったんだろう。この本は平凡社なのだが、平凡社と平凡出版(現マガジンハウス)は全く別の会社らしい。なんか紛らわしいね。
★
朝日VS.産経ソウル発
黒田 勝弘, 市川 速水
朝日vs.産経ソウル発―どうするどうなる朝鮮半島
何かと思ったら、朝日と産経のソウル支局長の対談。朝日新書ということで黒田にとってはアウェーになるのだが、黒田の知名度に朝日が便乗している形で、まえがきからして黒田だし、クレジットも黒田の方が先。約20もの年の差があるということもあろうが、この辺は「韓国式」なのかもしれない。一方の市川という人は、もう東京に移動になったらしい。となると、初めから勝負あったといったところなのだが、朝日の代表として市川氏も頑張ったことは頑張った。ただ、やはり黒田の正論には歯が立たなかったといった印象。最初はお互い様子見の展開だったが、徐々に黒田のジャブが効いて来て、市川も反撃を迫られる。しかし黒田の老獪な術中にはまり、クリンチして逃げるといった展開。黒田の様な達観した「確信犯」ではなく、「朝日的価値観」に疑問はあるもの、そこからは完全に自由になれず、葛藤を抱えている市川はKOを逃れても、なんとか判定に持ち込んだといったところ。ホームで判定勝ちできないのは相手が何十年も王座を守っているチャンピオンだからであって、3年足らずの経験では挑戦しても玉砕あるのみであろう。毎日に黒田の著書に真っ向から対立したソウル支局長がいたが、是非とも次は指名試合でお願いしたい。
★★
ジプシー
水谷 驍
ジプシー 歴史・社会・文化
新書ではたぶん初ではないかと思われるジプシー本。著者は長年、この問題をやってきた人で、ジプシー文献の翻訳者としても知られているのだが、元々は経済学畑の様だ。この本ではそうした一般向けのジプシー啓蒙書の役割を十分果たしているし、既習者にも、まとめとして重宝する内容となっている。学究肌らしく、ジプシーとの接触を繰り返すことにより、過剰な思い入れや勘違いをしてしまったり、ジプシーを被差別民として定義することにより、階級史観から抜け出せないといったこととは無縁で、文献を整理し、それを相対化してまとめるという、基本ともいうべき研究方法が功を奏している感じもした。「ジプシー」といえば、相対化しないことには収拾が付かなくなるほど多種多様なサブグループが存在し、「ジプシー」という名称一つとっても、自称、他称、蔑称、はては商標として捉える者がいたり、バラバラであり、著者が「ロマ」ではなく、「ジプシー」をタイトルとしたことについても、様々な議論の遡上にあって、これが一番妥当であると判断したからであるという。啓蒙でもなんでもなく趣味の過疎ブログである私は面倒くさいので併記にしているが、「ロマ」を使うなら「ロマニ」の方が妥当の様だ。ただ、日本では「ロマ」がP・Cになっているので、とりあえずこれで良いだろう。とにかくそうした様々な議論をまとめてくれるのは貴重であり、インド起源説にも様々なバリエーションがあることや、フィンランドのカーロとか珍しいものや、ジプシー人口の数値の不確かさや、DNAにおける白人性といったものは勉強になる。フラメンコとジプシーの関係についても詳しいのだが、昔、大学の授業で、その辺をスペイン人(カスティーリャ人)教師に尋ねたら、フラメンコは元々アンダルシアの伝統であって、ジプシーとは全然関係ないという驚くべき答えが返ってきたことがある。この本によると「フラメンコ」という言葉自体がジプシーを意味していたこともあったというが、その起源については、影響があったのは間違いがないが、議論があるとしているのは、著者もスペイン人から似た様なことを言われたことがあったのかもしれない。最後はサンカまで出しての、「日本とジプシー」。完璧な入門啓蒙書である。
★★★