新書野郎 -145ページ目

災害防衛論




広瀬 弘忠
災害防衛論 (集英社新書 (0416)) (集英社新書 (0416))

ザ・総論って感じ。一歩間違えればトンデモだが。
★★

作家の誕生




猪瀬 直樹
作家の誕生 (朝日新書48) (朝日新書 48)

作家になりきれなかった人ね。
★★

ぼちぼち結論



養老 孟司
ぼちぼち結論 (中公新書 1919)

ラクレでよかったんじゃない?

演出家の仕事




栗山 民也
演出家の仕事 (岩波新書 新赤版 1105)

岩波系演劇人か。

元老 西園寺公望



伊藤 之雄
元老西園寺公望―古希からの挑戦 (文春新書 609)

面白かったけど、激動の時代に91歳まであるから、どっと疲れたよ。
★★★

吾輩は天皇なり




藤巻 一保
吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件 (学研新書 14)

熊沢天皇カームバック!
★★

下流社会 第2章




三浦 展
下流社会 第2章 なぜ男は女に“負けた"のか (光文社新書)

何だかなあ。
「かまやつ女」は一向に定着する気配はないけど。

ビートたけしと「団塊」アナキズム




神辺 四郎
ビートたけしと「団塊」アナキズム (集英社新書 402B)

これも強引なこじ付け全開。

国際保健政策からみた中国 




大谷 順子
国際保健政策からみた中国―政策実施の現場から (九大アジア叢書 8)

「九大アジア叢書」もなかなかお目にかかれないと思ったら、改称してからまだ4冊しか出てなかったのか。中国の石炭政策のヤツが新刊みたいだけど、九大でもやはり「アジア」は中国か。ということで、こちらも自給自足の九大の先生が書いた本。人口からエイズ、環境、サーズ、タバコに酒まで一通り、説明がなされている。そうした基本事項が報告書チックになるのは、著者が元WHO(初の)中国駐在日本人職員という人だったから。ちなみに世銀(初の)日本人保健専門家という経歴でもあるそうだが、世銀にそんな専門職があること自体知らなかった。とはいえ、一応新書タイプなのだから、教科書ではなく、読み物としての色をつけることに苦心した跡は覗える。新書なのに複数の人からコラムを募って、その筋の専門からのナマの報告を載せるようにしていたりもする。中国についての本を出すのが長年の夢だったそうだが、なんでも、ジュネーブ本部勤務を辞してまで、九大に赴任したのも、「中国に近い」からという理由だそうだ。それだけ恋しいという中国なのだが、本文からは全くその気配が伝わってこないのも「国際公務員」の「品格」ということなのだろうか。サーズの時も中国勤務だったそうで、その裏話などは興味深い。WHOの下部組織が、純粋な地域割りになっていなくて、モンゴルが「モスクワで教育を受けたから」という理由で、ヨーロッパに入ったり、パキスタンが「インドと一緒はイヤだ」と地中海に入ったり、タイが「東南アジアに中国が入るなら大国扱いされないからイヤ」と日本が入る太平洋に行ったりといった事情は面白い。しかし、当時の中国最大の「WHO問題」とは、台湾問題であったろう。あの時の恨みを「台湾人民」は決して忘れない訳だが、その点については完全に無視。この辺は「国際公務員の品格」ではなく、「中国が恋しい」という旧国立大教員の事情を表しているのかもね。
★★

南京事件論争史 




笠原 十九司
南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか (平凡社新書 403)

笠原と平凡社新書ということで、稲田と文春新書同様、始めに結論ありきのモノなのだけど、どうもイチイチ反論することに疲れたので、これを最後にして、後は後代に託すことにしたということらしい。面白いのは自分、本勝、東史朗などを「史実派」とし、秦、北村を「虐殺少数派」、産経とか諸君を「否定派」と色分けしている点。「虐殺少数派」や「否定派」のフィールドである文春、産経に対する敵意は大変なものがあるが、「史実派」が岩波、大月、高文研、青木、中帰連、朝日では、どっちもどっちだという気がしないでもない。日本軍の史料や兵隊の証言に疑念があるなら、同様に中国側の史料に対しても検証して然るべきだと思うのが、本人が認めている通り、国際的に「日本の良心派」と持ち上げられることは、国内で愛国者と言われるよりは気分が良いということなのだろう。ただ、さすがにアイリス・チャンについては分が悪いのか、「批判したこともある」ともしている。しかし、数の問題ではない、日本人が中国人を蔑視していたから大虐殺が起きたのだという、中共の主張に忠実な点において、やはり学者としての信用を妨げる。相手が「鬼畜米英」ならまだ分かるが、蔑視しているから「虐殺」したというのはどうもピンとこない。数が問題ではないなら、「虐殺少数派」も認めるべきだと思うのだが、藤原彰が提示した20万人が譲れない最低ラインである様だ。「数」については、最近、中国も辻褄が合わなく来たのか、「政治カード」としてか、譲歩を示唆しているのだが、「少数派」と「大虐殺派」の中間をとって20万人説で定着させたいのかもしれない。たしかに欧米では「定説」化されたホロコーストを否定することは難しいし、史実して疑問があっても、「学者の良心」として、「悲劇の歴史」を受けいてなくてはならないというのは事実であろう。とはいえ、欧米の「学者の良心」は、「ホロコースト」の犠牲者の子孫が現在行っている民族大虐殺も同様に、告発し、歴史化し、記録し続けている。それがホンモノの「史実派」であり、「良心派」だと思うのだが、どうだろう。著者が、日本人は中国人を蔑視しているから、中国側の史料を信用していないと考えている限り、著者が日本人一般の信用を得ることはないのではなかろうか。
★★