秘密結社

桐生 操
秘密結社―世界を動かす「闇の権力」 (中公新書ラクレ 255)
中公新書本体じゃなくて、ラクレだから、これでいいんだろうけど、新書でオカルト陰謀論とはどんなもんだろうか。著者はヨーロッパ中世ものとかをよく書いている人で、これをトンデモだと言い切れる知識が私にあるわけでもないのだが、イルミナティにロックフェラー家やケネディ家とともに世界を支配する一族として入っている李家っていうのはチト違うんでねえのかな。李鵬に李光耀、李嘉誠は別に親族ではないでしょうが。大体、この本に書いていることが事実としたら、世界を支配しているのはフリーメーソンなのか、三百人委員会なのか、イルミナティなのか、バチカンなのか、円卓会議なのか、CFRなのか、一体どれなのかハッキリしてもらいたい。ヨハネ・パウロ2世銃撃も、ケネディ暗殺も複数犯がいることになってしまうのだが、オナシスがケネディを殺して戦利品としてジャクリーンを得たというのは、ムーでも考えつかないストーリーだ。まあ処女が産んだ男が救世主だなんて話自体がトンデモと言えば、トンデモな訳で、キリスト教の権威に対抗するに、トンデモにはトンデモでという話になるのは、ある種当然なのかもしれない。最後は9.11陰謀説で締めなんだけど、ユダヤ人 500人欠勤説は否定されたんじゃなかったかな。まあアラブ世界ではこれが常識みたいだけど。しかし、「奥の院」といい「9.11」といい原田武夫とかベンジャミン・フルフォードなんてのも、やはりどっかの「秘密結社」の一員なのかしらん。結構ジュセリーノとかと同じ結社だったしりて。
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僕は在日「新」一世

ヤン テフン
僕は在日「新」一世 (平凡社新書 397)
ニューカマーの韓国人は、在日より親日であるとは、よく言われることなのだが、この著者が堂々と在日「新」一世を名乗るのも、在日とニューカマーの間の微妙な関係が背景にある様だ。「ポスト在日」は、通婚同化で消え行く在日三世、四世ではなく、今や二世が登場しようかというニューカマーが担うことになりそうだが、そこで日本人は「強制連行」の頚木から解放されるという訳にはいかないだろう。著者は海外自由渡航解禁世代で、それ以前の「密航」系が「在日」に収斂されたのに対し、あくまでも「自由意志」で日本に来て、残った以上、それほど日本に対する気負いも敵意も存在しないのは当然だろうし。むしろ最後の「反共教育」世代であるからにして、日本に自由の空気を感じることもある様だ。日本に来た著者の受け皿が在日社会であった様に、現在の韓国人の留学生などはニューカマー社会が受け皿になっていることも多いのかと思う。そこにまた軋轢が生じるというスパイラルは、同胞社会を頼って、世界を渡り歩く韓国人の通過儀礼みたいなものなのだろう。著者の様にそこから抜け出し現地社会に溶け込むことを韓国人の価値観では是としているのかどうか分からないのだが、少なくとも、アメリカ人になることは賞賛されても、日本人化することは非難される向きが多いのではなかろうか。その意味で、「嫌韓流」の徹底批判などバランスをとる必要があったのかもしれないが、実は林信吾にうまく嵌められたのかもしれない。
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日本は中国でどう教えられているのか

西村 克仁
日本は中国でどう教えられているのか (平凡社新書 398)
平凡社新書だし、また例のアレかと思ったら、意外とスグレものだった。著者は同志社の付属中高で教えているという現役の歴史教師らしいが、独学で中国語を勉強し、研修制度を利用して北京に1年間留学してきたのだという。一応研修ということで、北京の中学、高校で授業参観をして、その内容や先生、生徒の声を報告するという形。その内容自体は予想通りのもので、別に驚く様なことはないのだが、笠原センセとは世代の違いなのか、著者は「日本の良心派」とか持ち上げられることを是とせず、現場感覚で淡々と中国と日本の授業の違いを説明していくので、非常に説得力のあるものとなっている。戦後の歩みをみると、「歴史を鑑」とした筈の中国が、隣国との紛争に明け暮れ、国民を虐殺し、弾圧してきたのに対し、「歴史を鑑」としていない日本が平和を謳歌してきたというのも皮肉な話だが、となると、中国の言う「平和」とは、日本の「平和」とは根本的に異なるものであるということは理解せねばならないだろう。中国が言う「平和」とは愛国主義であり、軍事力であり、(中華)民族主義であることについては、日教組もあっと驚くタメゴローなんだけど、この辺は「つくる会」の人たちの主張と奇妙な一致をみたりする。現役の教師である著者は、そうした右か左の政治的は話は回避する習性がある様で、その正否の判断は留保して、中国の生徒たちの活発な意見表明に圧倒された様だ。さすがに同志社でも日本の中高生がここまで「歴史認識」に熱くなることはない様だが、その回答が教師を含めて、ここまで一致したものだと気味が悪いことはたしか。日本のアニメとかを褒めて、歴史と日本政府を断罪するというのが模範解答であることは、アジアカップ以降、政府が決めた方針の様で、日本でも王敏などが雛形を示しているのだけど、要するに「歴史認識」には模範解答が存在して、議論の余地はないということ。となると両国の「歴史認識」の共有とは、「模範解答」の共有ということになるのだが、そうした教条的なものに抵抗があるのは著者が日教組世代でることとも関係あるだろう。中国の教師は文革や六四を経験している世代が主流ということが、今のこどもたちにどう影響しているのか分からないが、これから「戦争を知らないこどもたち」が教壇の主流となると、また状況は変わってくるのかもしれない。教科書など騒ぎ立てるほどこどもたちに影響力などないと思っていたのだが、なるほど「歴史認識」が受験と関係あるとなると、話は別だ。ただ、日本人教師の授業参観を許す様な北京の進学校ではなく、地方の荒れた学校とかだと、また事情は違うのかもしれない。中国も自分たちがそうだから、日本でも、「A級戦犯を祀らなくてはならない」とかが模範解答の「歴史認識」がテストで出るとでも考えているフシがあるが、ここはキムタクでも使い、歴史教師を主人公とした学園ドラマでも作り、輸出して誤解を正すのが一番、効果があるんじゃないのか。
★★★
バチカン

郷 富佐子
バチカン―ローマ法王庁は、いま (岩波新書 新赤版 1098)
この著者は「進歩派」の朝日には珍しい女性特派員だったのだが、最近、記事を見かけないなと思ったら、出世したのか左遷なのかよく分からんポジションでの国内勤務になっているらしい。イタリア語が出来るという話は聞いていたので、てっきり帰国子女かとも思っていたら、どうも高校留学したらしい。日本ではカトリック系女子中に通っていたそうだが、この題材にしても、自分の宗教は明かさない。大手新聞は不偏不党を金科玉条にしているけど、そうじゃない聖教とか赤旗みたいのを除けば、新聞記者で自分の宗教を明らかにしている人はあまり聞かないな。何か社の掟でもあるんだろうか。その点、バチカン付きの報道陣の話などは興味深いのだが、著者がここに受け入れられたのも、報道陣の公用語らしいイタリア語が出来ることに加え、宗教的要素もあるのではないかとも感じてしまった。まあ、日本人女性だからというところもあるだろうが。そんな感じで著者の取材裏事情を中心とした、バチカン解説となっており、記者ものだから、歴史はほどほどだし、例によって読みやすくてよい。西側の主だった首脳が参列した先代の葬儀に小泉が行かずに、外相ですらなかった川口順子を出したことに著者は批判的だが、カトリック国でない日本はあれで良かったんじゃないかという気がする。小泉が靖国参拝したらダメで、バチカンの葬儀には出ろというのも何か変な話だ。もっとも小泉が陳水扁と鉢合わせするのをチャイナ・スクールが阻止したのかもしれんけどね。胡錦濤の指示か得点稼ぎか知らんが、時期が時期だっただけに小泉もバチカンに乗り込んだら面白かったかも。
★★





