『太宰府史跡発掘50年』 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<数値目標>

https://www.youtube.com/watch?v=xer8C_poG98&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=10

HSK4 #8~#10 背了三十九分钟单词。

 

https://www.youtube.com/watch?v=gqQ8C9hiehs&list=PLPJh8_1ABGf-jRObywBx7hE6kWCaIb3I1&index=4

中国まる見え情報局。3,4 十分钟频道。

 

https://www.youtube.com/watch?v=mFypKnu8Wd0

誰でも簡単!ネイティブ中国語専門チャンネル,做三十四分钟作文和听写。一共一个小时二十三分钟。

 

やや物足らないが、木曜補習完了とする。Better than Nothingてへぺろチュー爆笑

 

夜のSalsonは日曜イベントでなし。今日は、否、今日も遊び倒そう!!ラブ照れ

 

 

 

 

<昨日のホットな話題>

内輪で盛り上がった「」、「佤族」を巡る話題。そこで取り上げたのはつい最近の遺伝子研究で、縄文人とwa族の遺伝子比較だが(現代は古代人の遺伝子を取り出して解析できる時代になった!)。

 

同じような遺伝子解析を三十数年前‼️ に自分自身の手で(文字通り手作業で!)行ったことがある。

 

当時、スタッフと大学院生数名でチームを組み、半年以上の時間と数百万円‼️の研究費を費やした仕事。

 

今では全自動で1週間あれば1万円程度で出来る内容。否、外注だな!我々の手を煩わせる事はない!

 

下の図は1991年にOxford Univ. Pressの某専門誌に発表したものから。爆笑グラサン

 

ヒトとラット等の遺伝子構造から、ある癌関連遺伝子の「標的サイト」を予測する研究。

 

ここでは系統樹分析ではないが、遺伝子(タンパクのアミノ酸配列)が重要な部分では保存されていることがわかる。

 

同じ様な現象を利用して、ヒトと他の脊椎動物、あるいは人種間の系統樹を決める、上のような研究も発展可能。自分自身でやった事はないがデーターベースのツールを利用して色々議論した事がある。

 

この時アルゴリズムを替えると別の結果が出て、当時「AIは余り当てにならないな」との印象を持った事があるが、またこれは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

<緊急入手>

二度目の本だったり、読むに耐えない内容の古代史の本で、中断した本が続き、手元に読むべき本がなくなり、急遽太宰府図書館まで本を借りに行く。

 

地元の図書館でなく遠い太宰府にしたのは、太宰府政庁の朱雀門跡とおぼしき礎石(下記)を現地確認したいがため。政庁跡地横の無料駐車場に車を止めて朱雀大通りを200m程歩いて南下、御笠川に掛かる橋の袂に、その礎石があった。

 

 

その場から北に政庁跡を眺める。

 

場所は此処。

 

 

 

 

 

『太宰府史跡発掘50年』

九州歴史資料館出版、2018年。

 

この年、2018年は太宰府の発掘が始まって半世紀だとか! p2

 

しかもこの発掘、整備事業大変だったみたいだ。当時(1960年代)、日本は高度成長期。発掘でこの地域が史跡に指定されて様々な制約を受けることに対し、地域住民から指定への強い反対運動が起こったらしい。p6 

 

この時代は国家の権力に対する反発もあった時期だろうから「さもありなん」という感じだ。 発掘記念式典の背後には反対派の団結旗が靡いていたとか。p7

 

そのような歴史を経て太宰府の史跡が保存されるようになったこと、またそれに尽力された人たちがいることに感謝したい。この発掘により、それまでの12ヘクタールから一挙に122ヘクタールと10倍にも指定地が拡大された。p17

 

こうした史跡指定はそこに住む住民の生活にも大きな影響を与えるわけで大変だったろうと思う。制限もあったろうが、結果としては現在の太宰府の財産となり市の財政に大いに貢献している。それが分かるのは図書館の蔵書や設備の比較。

 

平城京の朱雀門に相当する門があったのではないかとされる巨大な敷石(上記)が御笠川河畔から見つかり、現地で保存されている。p14

 

是非、次回太宰府図書館に行く時確認したい。>昨日確認しました!  地元だからとても便利♪

 

 

太宰府からは当時、放射状に九州各地に道が広がっていたというが、p21 

 

まだ、今の所、それが実感できない。これは今後の課題。