<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=rqCA-PAqcdE&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=12
HSK4 #10~#12背了四十二分钟单词。
https://www.youtube.com/watch?v=N9aHLoVDy_Q&list=PLPJh8_1ABGf8__S-OjKDIl0Zc6w4e9_f2&index=2
中国まる見え情報局,十分钟。
https://www.youtube.com/watch?v=6lY0aBx5q-s
誰でも簡単!ネイティブ中国語専門チャンネル,0~51min。听写一个小时句子。
https://www.youtube.com/watch?v=4agHI6x-gj8
李姉妹ch、看了十三分钟李频道。一共两个小时五分钟。
运动;爬山散步 4.7km,7242步,2楼。
本日も「魔の木曜日」熟睡して7時起き。多少時間合わせの感なきしもあらずだが、ゼリギリセーフとしよう。
散歩は車道を使うと、同じ高度(40m)移動でも2階分しかスマホは感知しない。距離は伸びるが時間が倍かかるのでやはり階段移動がいいね。
<Salsa Class>
昨夜のクラスでは回転が非常に多いので手の繋ぎかたが難しい。女性にとってリードが判らなくなるので「手を離さないよう」にと注意されたが、回転が沢山入るので、そのままだと女性の手を捻ってしまう。それが一番きにするところ。
人差し指と中指で引っ掛けるようにしてリードする必要がある。
以下のサイトから
女性もホールを作るようにしてホールドすればいいのだが、お互い素人なので難しい。
上以外にも、肩を使うリードも重要。寧ろこちらがメインだと思うが、回転時には離れるので指先しか繋がっていない。
<今朝のNHK-BSワールドニュース>
沢山のニュースの中、各国が何を重要視しているかが判るので毎日注目して視聴している。勿論、NHKが選択している部分もあるだろうが。基本ニュースの選択は各国の放送局任せ。
ガザ:
今週の死者の65%が南部の避難先とのこと、ヨルダン川西岸でも死者は100名を超えた。死者は双方これまでに8,000人だがイスラエル側は最初のテロの時。イスラエルはハマスと一緒にパレスチナ人を圧殺するつもりなのだろう。口先だけのネタニエフ氏。情勢は悪化しかない。希望はない、しかし9-11の時もそうだが、ああした事件の後に「冷静になろう」といっても難しい。当時、米国議会で「Wait a minute」といったのは1人のみ。それはわかるのだが…
(独り言)それにしてもイスラエルという国、ますます嫌いになりそうだ。そもそもユダヤ人の中の「選民思想」が気に入らない。
韓国:
韓国中西部、忠清南道でランピースキン病(LSD)感染事例が追加で確認されるなど拡大傾向が続いている。大陸と陸続きの半島国なので防疫はワクチンしかない。日本はその点恵まれているが、ワクチンによる予めの予防が重要。感染経路はやはり中国経由だろうか?
中国:
习さんカルフォルニアのニューサム知事との会談とのこと。表向きはAPEC関連だが、中国も米国との関係緩和に努めているということか。
『洛陽伽藍記』3
添付図で見ると西側は寺院が多い、特に注目するのは白馬寺、仏教が中国に初めて入り、漢の明帝が立てたとされるもの。
ここで1つ文句を言おう。本文中の地名が地図に出ていないのが一番の問題。その他、寺院の漢字が文中と添付図で異なる。1例を挙げれば宝光寺、添付図では寶の字が使われている。すぐ分かると言われればその通りだが、他にも沢山、図と本文中の漢字が異なる場合があり、ちょっと不親切。
城西は商業都市、大市があり特に西方からの貿易商が住んでいた地区でリッチな界隈。中には大商人(劉宝)がいて中国各地に支店を持ち、塩や穀物の相場を決めていたとか。p175 また皇族の屋敷もあったようだ。p180
また酒屋も多く、その酒は暑い盛りに樽に蓄えても10日味が変わらなかったという。多分、アルコール度が高いのだろう。事実深酔いしたらしい。p177 但し、蒸留酒らしき記載はない。
文中、『(西域の南、これまで国交がなかった国から)初めて沙門がある地方からやってきた』との記述があるが、p189
その僧は北行して洛陽にきているのでどうやら東南アジア経由のよう。法顕が既に帰路は海路を使っているので、当然、このルートは開発済み。因みに法顕は義熙9年(413年)、海路(南海航路)で青州へ帰国した。
191ページに穀水の河川を大雨の時、洛水に流す水路が作られたとの記述がある。長分橋という堰だが、添付の図にはない。城外から7里というから洛陽の周りを取り囲む水路ではなさそう。添付の地図に是非入れてもらいたいもの。
第5章は城北。
予想通り、この地区は山地なので記載は少なく、大部分は宋雲の西域域の逸話(518年)。この宋雲紀行は読んだことがあるが、失われたblogに記録していて今は失われた。当時、感想として『先の法顕伝といい、この宗雲行紀といい、稀有な記録なのだろうが、やはり円仁のものと比べると質・量ともに見劣りがする』 と記録している。
https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12631380797.html
<データーベースとして>
北魏はチュルク系で遊牧民、鮮卑の拓跋部が建てた王朝とされる。p254

