<数値目標>
https://www.youtube.com/watch?v=GAlv_aVMdIU&list=PLrWxcegPNiyj-M05glrorpUrXekNDKejm&index=4
HSK1~2 #2~#4 背了三十四分钟单词。
https://www.youtube.com/watch?v=p-UOKjfYwQk
ズボラ中国語。听写十七分钟。很容易♪100分
https://www.youtube.com/watch?v=_HTW8HU9LmY&list=PLZI8vVTxzS7k7jbSknCDOssrgqGpd3BCS
2h46min~end,听写四十一分钟句子。
https://www.youtube.com/watch?v=1Y-YMrJuKxk
0~21min, 背了半小时单词。
誰でも簡単!ネイティブ中国語専門チャンネル,一共两个小时二分钟。
とりあえず、補習完了!
さあ、今夜はSalsonだ!踊りあかそう!! ♪♪
<地域猫>
昨日Hedefさんのところで野良猫の話が出ていたが、
地元では「地域猫」として行政が、1捕獲>2不妊手術>3元に戻す>4餌、トイレ管理をしていて住民もそれに協力している。
https://www.town.umi.lg.jp/soshiki/40/43950.html
だから自宅に来る野良は皆、耳カット済み(不妊手術済み)の野良で逃げもせず慣れたもの、住民から大事にされていることが分かる。
でも1日も早く彼らがいなくなることが目標。
<AI入門講座>
野口悠紀雄著の『AI入門講座』を読み始めている。初心者用で非常に判りやすい。実は現役時代の90年代に遺伝子解析にNHIの遺伝子解析ツールでAIを使用していた経験があるが、当時は仕組みも知らず。ユーザーに徹していた。その時の印象で、
<アルゴリズムを変えれば別の結果が出る>
との印象があったので、『AIは大したことない』と思っていたが、最近はイメージ認識や機械学習が進み昔とは段階が違う機能を持つようになったみたいで、少し勉強しようという気になった。
70過ぎのリタイヤ爺さんが「今更?」という気もしないではないが、イメージだけでも掴んでおくのは重要な気がする。
<駕輿(かよい)八幡宮>
木曜、イオンモールのスタバで暫く過ごした後、次の神社駕輿八幡宮へ行く。
http://www.komainu.org/fukuoka/kasuyagun/KayoiHatiman/hatiman.html
場所は何時ものモールから近く1キロもない。池の畔にあり地元の人のランニングコースになっているようでよく整備されている。
途中、以前訪ねたことのある三宮神社(酒殿の下の緑の位置)があるがこの八幡は道路から奥に引っ込んでいるので神社があることはこれまで知らなかった。
駕輿を「かよい」とは読めないが天皇の乗り物の「カゴ」から来たらしい。Wikiによれば、
『駕輿丁(かよちょう)は、かつて日本の朝廷に所属し、高貴な人物の載る駕輿(がよ、鳳輦や輿の意)を担ぐことを主たる任務とした下級職員である』とのこと。
ついでに昨日の神社については此処で、
http://www.komainu.org/fukuoka/kasuyagun/TabiisiHatiman/Hachiman.html
『神功皇后伝承を歩く』上2
地元以外にも糸島に宇美八幡宮があることを初めて知る。この祭神は上宮が仲哀天皇、本宮に応神天皇、神功皇后他6神。ここでは《上宮と本宮》がある。p94 更にここでも仲哀天皇の仮埋葬の伝承も。p96
ここで神功皇后の遠祖に「あまのひぼこ」がいて、これは新羅に出生を持つ「いとて」と同じ。p96 つまり神功皇后はもしかすると新羅の王家と関係を持つ。その後の調べで、神功皇后はさらに王位継承権すら持つ可能性が出てきた。そのように考えると、仲哀天皇が「気がすすまぬ三韓征伐」を彼女が天皇の死後、何としても達成しようとした理由があるような気がする。この点についてどのような通説があるのだろうか? これは今後の課題。
仲哀天皇は熊襲(あるいは熊鷹の説もある)相手の戦いの途中で死ぬ(突然死)が、その死因が色々説がある。病死の他に戦死(流れ矢)の伝承もある。p99、p125
極端なものとして、皇后による暗殺もあるが不思議ではない!←これはweb検索より
此処らは記紀以外にも風土記、社記(各神社の伝承)と色々あるようだ。日本古代史が記紀中心研究からなのは致し方ないとしても注意すべき。
さて、本題に戻ると、この相手の熊襲(あるいは熊鷹)の背後に新羅があるとの説。因みにこの熊鷹の墓(塚)が朝倉にあるらしい。p137
「たぶらつ姫」による皇后暗殺の話もある。これについては下巻に詳しいらしい。p106
崩御後、香椎宮から奥まった山間、斎宮に遷都している。その地形が敵からの防御に向いていることがよくわかる。109ページ
ところで三韓征伐を、新羅、高句麗、百済とする説もあるらしい。p111
兎に角、記紀は様々な説を併記していることでも有名。それはクルアーンも同じ。聖書は度重なる会議で異端説は排除した点で異なる。
考古学的には鉄器と銅器がほぼ同じ時期に日本に入ってきたとか。前者は武器、後者は祭儀用に発展したとか。p118
ということは、その前には金属器は持っていなかった。なら石器しか持たない先住民との力の差は大きい。勝負にならなかっただろう。水耕稲作と鉄器を持つ集団に置き換わったに違いない。
つまり、金属器と稲作はほぼ完成した形で日本に導入された事が様々な考古学的資料で知られている。つまり、共にかなりの技術を持つ集団が海を越えて大勢やってきたことになる。それを暗示するような装飾古墳がたくさんある。つまり多数の船団と騎馬を描いたもの。p119、p138
以上で上巻終了。次に下巻が楽しみ。そこには地元の神社が沢山記載されていそうだ。







