体調不良 & 『図説バルカンの歴史』4 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

本日は体調不良で特別休日。

天候不順で油断した次第、特に喉の痛みが酷い、普通の風邪だと思われるが用心第一。

 

 

 

<世界ふれあい街歩き>

火曜の昼間はパリ、ベルヴィル。移民たちの街だとか。パリには何度も行ったが、歩いた場所はノートルダム近辺のごくわずか、一度もベルヴィルには行く事はなかったし、名前すら知らなかった。

https://www.nhk.jp/p/sekaimachi/ts/NJVPP9ZYK6/episode/te/9NXWNGVGJ3/

 

キラキラと輝く、アラブ世界研究所が窓越しに見える当時(90年代中頃)の共同研究者の研究室からサンジェルマン大通りを西へ、途中カルチェラタンの中世博物館で中世壁画や彫像・史料を堪能し、そこからさらに西行すればロマネスク教会のサン・ジェルマン・デプレがある。パリはゴシック建築にどうしても目が奪われるが、ロマネスク建築も僅かだが存在する。アラブ世界研究所からサン・ジェルマン・デプレまでの道は此処で。

https://www.google.com/maps/@48.8504602,2.3458585,16z?entry=ttu

 

勿論、セーヌ川中洲のシテ島にはゴシックのノートルダム大聖堂やサントシャペルがあるのでこれも見逃せない。この界隈は歩いて移動できる距離なのでサンジャックやルーブルがある北岸も色々見所がある。そういえば、火災に見舞われたノートルダムはその後どうなったのだろうか? もう一度フランスに行きたいが、当然その時はパリが寄港地になる♪

 

夜七時半からはイタリア、シェナとフィレンツェ。近くのルッカ、ピサには行ったことがあるが、そこから福岡〜北九州の距離にある、これらの超有名な街にはいく機会がなかった。現役時代は時間の余裕がなく、リタイヤするとお金の余裕がなくなる(涙)個人的には中世の街と聞くシェナに興味がある。

 

フィレンツェ、シェナは再放送で実は二回目だったが、二回目でもOK。

https://www.nhk.jp/p/sekaimachi/ts/NJVPP9ZYK6/episode/te/YX8YY16VRR/

 

残っているのではなく、残している

 

という言葉が、今回も印象的。全く! 同じ言葉に反応するとは進歩がないね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

『図説バルカンの歴史』4

19世紀から20世紀初頭に欠けて続々とバルカン諸国は独立した。特にロシア・トルコ戦争でトルコの敗戦後、次々と。この時、それぞれは中世の王国の歴史を元に民族国家モデルがフランスなどの影響を受けた動きだが、そもそもバルカンは産業革命も経験せず、近代国家の基盤となる均質な市民、国民といったものがなく、地縁や血縁といった共同体に基づく農村社会が基盤だった。p112 むしろ自他を分ける明瞭な違いはイスラムか、正教か、カソリックといった宗教が主だったと言う。p98

 

しかも中世の王国は領土的に重複していた。例えばマケドニアは肥沃な平野と良港にして交易の要となるテッサロニキがあり、いずれもセルビアとブルガリアが領有を主張する魅力があった。p93 さらにここにロシアと西欧列強の帝国主義的利害が絡み複雑な様相をとった。

 

またバルカン内部でもギリシャとセルビアとブルガリアは利害が相反した。例えばギリシャとセルビアにはそれぞれ過去の栄光に基づく、「大ギリシャ主義」、「大セルビア主義」が対立した。p89

 

<データーベースとして>

あの宗教学のエリアーデがルーマニア人であることを初めて知る!! p113