<想定外?>
今朝もいつも通りの時間に起床。オフ日なのでゆっくり、朝のニュースをチェックする。
大雨で各地に被害が発生しているらしい。しかしいつも思うのだが「想定外」とか「記録的な」と言うが本当か? これだけ頻繁に「記録的」や「想定外」が起これば<日常>と考えた方がいい。
それに被害が起こる場所は同じではないにしても、大体条件が決まっている。天井川だったり急な傾斜地。そうした場所には基本「住まない」というのが基本ではないか? 実は団地の周りにもそのような場所に新しい住宅が建てられたりしている。河川の氾濫により洪水の可能性のある場所を知るのは必ずしも簡単ではないが、ハザードマップは簡単に入手できる今の時代、不可能ではない。まして傾斜地での新築は論外だろう?!
自宅を建てる時、大雨の日に候補地を下見したことがある自分としては理解に苦しむ。尤もそれでも地震については全く無知で、宇美断層から1.5キロの場所に土地を決めてしまった(汗)
<遅れてきた青年>
昨日のMDさんのblogにカルフォルニアのMissionの紹介が出ていた。
テーマから離れてまず頭に浮かんだのがイーグルスのHotel Californiaだ。これはボヘミアン・ラプソディーと共に私の青春の曲(汗)。
Hotel Californiaではカルフォルニアの修道院が出てくる。(少なくともMission Bellで)
MDさんからは「退廃」の曲と言われたが(汗)、「60年代の跡」を80年代に《遅れてやってきた青年》が『ワインを飲み損ねた』ことを惜しむ曲と解釈した(汗) この意味を判る人はどのくらいいますかな?
60年代のカウンターカルチャーは同時代で共有することはなく(幼過ぎた)。10年以上遅れて、その魅力に取り憑かれて「夢のカルフォルニア」にやってきたものの、廃墟しか残っていなかった、その無念感?
昔、別のところでも反応して大変だった(汗)
これは再録でも残している。
ナビなど無かった当時は地図は必需品。これはその何代か目のやつ。
SalsaでもHotel Californiaは踊れそう♪ これをどうダンスするかは個人の技能次第!今夜のSalsonは超〜楽しみ!! 何しろ1ヶ月ぶり!!!
https://www.youtube.com/watch?v=WJYReFd5dIw
<本が山積み>
『老人支配国家日本の危機』。図書館に本を返還しに行った時、思わず目に飛び込んできた本。題名もさることながら、かのトッドの本。手元に読むべき、あるいは読んでいる本、が沢山あるのに気がついたら貸し出し手続きをしてしまった(汗)
一気に半分程読んでしまったが、結論から言えば、これまで様々な雑誌やインタビューで語られてきたことを纏めた本で、見新しさはない。それでも改めて通読すると分かり易い面もあるのでお薦め。
『信仰の現代中国』12
著者の筆は写実的で淡々と描写されている。しかし時折、厳しい批判も混ざる。これが著者が中国から追放された理由だろう。
この本の背景は2012年頃、まだ習近平氏がトップの座につく前の話ではあるが、それほど昔の話でもない。しかし、この10年は中国においては長い、大きな変化も起こっただろうと想像する。例えばこのような情景が描かれている。ある宗教指導者の妻が肺がんで亡くなる。その葬儀の最後に葬儀の行列が通りの交差点で葬儀に使った紙製の様々な飾りを積み上げ点火して大きな焚き火をするシーンがある。その場に警官はいたが、特に静止することもなく、この葬儀の最後を見守ったとか。p284
さて、今このようなことは許されるのだろうか?
先に述べたように習近平は宗教を統治に利用した。宗教側もそれを受け入れた。あるいは利用した。ある人物は以下のようにいう。
『これからやるのは伝統文化を強調すること… 奇跡の時代は終わった』p273
習近平は精神面の不安の解消を最大の課題としたと著者はいう。また汚職追放とも繋がっているとも。即ちどちらも最低限の道徳が欠けていることに対する彼の解答だと。p290
このことは先に読んだ『中国の歴史認識はどのように作られたのか』と共鳴する。もはや共産主義は用済み。その代わりにナショナリズムに共産党の正当性を当てなければならない。ナショナリズムにすぐ使えそうなものが伝統文化、即ち、仏教であり道教に基づく信仰心だと言うことか?
中国は今でも古代文化が生きている唯一の場所だと。なぜならギリシャやエジプトの古典を読みその伝統を続けているところはどこにもないと。p274
ここで初めて意味がわかった単語がある。それは「城中村」都市の中の村。都市と農村が分離している中国で都市の中にある農村と言うこと。p282



