書評 & 『日本の大問題』2 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

<福岡には複数のサルサクラブがある>

先生と男性メンバー1人で女性1名が男性の代役で、何時ものことながら女性の人数が多い。男装の女性は上手。パフォーマンスをするということで知り合いや、サルサ仲間が集まったようで、初めてみる顔も多い。昨夜も新しい人5〜6人と踊れて、初心者の人は1人だけでやはりそれなりに踊れる人ばかり。

適当にボケているので修正不要なのがいい。

 

そんなこんなで、僅か2時間程度だが、珍しく休みなしに動き、ヘトヘト状態で10時頃には退散。やはり体力落ちていますね。昔は連続で深夜12時クローズの時間まで、4時間くらい踊れていたのに。因みに今は11時がクローズ時間。

 

そんな新しい人からの情報として、福岡には私の知らないサルサクラブが他に2つほどあるとか。ま、当たり前といえば当たり前。基本1箇所しか行かない方なので知らないのは仕方ない。今更行動範囲を広げる気はなし。

 

 

 

 

<書評なんか何になる>

本は少し読めば自分なりの評価が下せるものだ。それが他の人の評価と違おうが問題ではない。他人の書評を読んで、ああでもないこうでもないというのは愚の骨頂。まさに二次情報。外国のニュースなら直接、現地に行き入手できないから何でも一次情報というわけにはいかないが読書なら簡単。書評なんか読んで何になる。書評読んで本読んだ気になるな!

 

 

 

 

『日本の大問題』2

1〜2章で現代社会について対話がある。そこで、

 

「産業革命で生産力が急激に上昇すると死亡率と幼児死亡率の低下で人口が上昇する」と冒頭でてくる。それに伴い普遍的に出生率が低下するのだが、常にラグが生じる。p69

 

ここでも出生率と幼児死亡率の関係はデーターを示して何度も議論したこと。民族、文化、宗教を問わず普遍的な現象だ。


著者はそのラグにより社会危機が生じると言いたいようだ。これは産業革命だけでなく農業革命などでも起こる。中国史を紐解くと、新たな農作物の導入などで人口が急激に増えることで起こった戦乱や飢餓があるように感じるが、どうだろう?

 

ヨーロッパは《ユースバルジ、Youth Bulge》だという。p71

 

初めて聞く言葉だが、これは人口ピラミッドの若年層が大きく膨らむ状態で現象自体は昔からよく知られたこと。Toddなどは現在のアラブにおけるテロの多発をこれで説明している。

 

また欧州の18〜19世記の植民地支配もこの時期、無産者若年層が増えすぎて植民地に流動する内的要素があったし、受け入れる側、主に新大陸では受け入れる余地があった。しかし例えば中国では既に人口が多すぎるので、あれだけの豊かな資源を持つ国だったが植民地にならなかったということか? p73

 

更に日本の高度成長期に話は飛ぶ。戦争に負けたが戦後、中東から購入した石油はアメリカが自国で調達するより3割安価だったそうだ。だから日本が人口ボーナスの時期だあることと、この安いエネルギーで優位に立てたという。p76

 

『中学生くらいの数学でA=Bで違和感を感じないのは感受性が弱いかもしれない』との指摘がある。p96 

 

確かにAとBは違う。これはこれらが《同じものに成りうるとの概念操作が必要》だ。感受性を抑えた脳化と言えるかもしれない。これまでそのような脳化は知性によるものだと感じていたが養老氏は《そのようには考えない》ということのようだ。

 

そのあとに原発についての議論が続くが藻谷氏は『原発は金銭的にペイしない』と明言する。p103

 

完全に同意できる。これは廃棄物処理の費用を入れていないことは、このblogでも再三指摘してきたこと。しかしこのような明確なことが何故か広く認められていない。それと日本の原発に保険をかけるとしたら700兆円と計算されたそうだ。p104

 

保険金の額の真偽はわからないが、地震列島の上に建つ原発のリスク計算が出来るとするなら、その金額もありうるだろう。そしてそれでもなお日本が原発を進める本音には『潜在的な核保有能力を持ちたかったからだ』という。p106

 

完全に同意できる。否、それ以外に適切な理由が思いつかないといった方が正しい。だから化石燃料大国のイランもサウジも原発を持ちたがる。しかしそもそも核兵器は『現実的な選択肢に将来有り得るのか?』と説いた方がいい。例え同盟国、米国ですら許さないだろう。

 

藻谷氏は『日本的価値観の中だけに篭ってしまう人が増えた』という。p134

 

増えたかどうかは知らないが、問題や対立から逃げる人は多いと思う。だから反対意見を述べられると怒ったり、拒否したりする人は多い。《特にネット上ではかなり多い》。

 

ディベートに勝つことが目的で、《落ちどころ》を探すことができない人だ。養老先生はそんな人はいずれ『痛い目に遭う』という。p137 藻谷氏は『自分の考えを相対化できない(人)』だという。p141 まさにその通り!(笑)

 

人間は出力しないと入力できないと養老氏はいう。赤ん坊が体を動かすようになれば自然と入力が変わってくるとか。p151 そして、生まれて2日目くらいから「社会脳」として設定されると。つまり外部との対話に積極的な状態に置かれるとか。p160

 

さらに脳は最初は局在論で説明つくが、例えば脳梗塞や外科手術で一部が壊れても時間が経つと残った部分が再生されると。p159

 

このことはラマチャンドラン氏の『脳の中の幽霊』でも議論されていたことだ。

 

最後に『知の技法』は養老氏が東大出版会の理事長だった時に出したらしい。最初、なんで売れるのかわからなかったらしい。p203 

 

あれもなかなかいい本だったと思う。私も最終講義で紹介した本。