『「イタリアの最も美しい村」全踏破の旅』4 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

今日は朝から自治会主催の行事の裏方として参加。
2年任期の役員として最後のお勤め。そんなわけで超~早めのアップ。




<理研で雇い止め、1年後に600人>
研究チームの解散のニュース、500以上ある研究チームの12%が解散。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ee1c1cb114a153d420d05dfaac9b17e4e89592c7

ありそうな話で驚かない。大抵の大学が導入した任期制。理研とて例外ではない。しかしこうした事がどれだけ日本の科学水準を低下させたのか検証されることはない。
https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12604538962.html

一方でABお気に入りの大学には不可解な資金が供与される「忖度」の行政。あの「腐敗のブランディング事業」だ。
https://ameblo.jp/bigsur52/entry-12694905678.html





<イタリアとフランスの地形>
イタリアとフランスの立体地図を見ると、これまで誤解していた色々なことが分かる。例えばイタリアとフランスはアルプス山脈という自然の障壁で隔てられている。また、フランスの中央山系がまさにプロバンスと呼ばれる場所で、これまで地中海沿岸の後背地とイメージしていたのが間違いだと初めて知った。

 

 

さらにイタリアの山脈とフランスの中央山系は繋がっているわけではなく途切れている。アルビのカタリ派やワルド派は山沿いに移動したわけでなく、モンペリエ&マルセイユからリヨン=ディジョンに繋がる低地部を少なくとも1回は横切らないといけないということ。
https://yahoo.jp/1Mp17I




『「イタリアの最も美しい村」全踏破の旅』4
著者はクリスチャンなのか、宗教的題材を描かれたフレスコ画などに造詣が深く、また「祈りを捧げた」という表現も出てくる。p287 ま、たとえクリスチャンでなくてもこうした非常に宗教的な事物に触れるとそういう気持ちにある場合もあるのでなんとも言えないが、、、

トンガリ屋根で有名なプーリア州のアルベロベッロは出てこなかったが、これは小さな村ではないからだろう。その代わりに唯一この屋根を持つ村としてロコロトンドが紹介されていた。どうやらアルベロベッロのすぐ南東2~3キロの村。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5854/trackback

それにしても山の中の砦に囲まれた村にしても、海岸線の堅固な要塞に囲まれた村。それは中世ここらがイスラーム圏との激しい攻防に明け暮れた要衝で暖からだ。一見、平和で穏やかな村に見えるが、その歴史は過酷なものがある。それゆえにこそ、堅固な石造りの村ばかりなのだろう。

<データーベースとして>
16世紀にスペインが建てた、ヨーロッパ最大の要塞があり、その広さは2万5千平方メートルだとか。名前はCivitella del Tronto チビッテラ・デル・トロント。場所はここ。p318
https://velvetescape.com/civitella-del-tronto-abruzzo/

カラブリアにはギリシャ人植民地として発達したサンタ・セヴェリーナSanta SeverinaやアイエータAietaがある。後者のギリシャ語の意味は「鷲」だとか。p400、p404 一方で、チヴィータCivitaはアルバニア語の残す村。p402 いずれも山のうえに築かれた城塞都市。

シチリア島には、山頂に城壁を持つモンタルバーノ、エリコーナ Montalbano Eliconaがある。この街は4世紀以来、ビザンチン、アラブ、ノルマン、ホーフェンシュタウフェン、アラゴンと様々な異民族に支配されたとか。p422 それはサヴォカSavocaも同じのよう。p424 ここではエジプトの習慣も残すミイラが礼拝場に残されている。

こうしてみるとイタリア半島南部、それにシチリア島、サルデーニア島は本当に民族交流の地という気がする。それは実体としては闘争の歴史、血に塗られた歴史でもある。美しい風景からはなかなか想像が難しいが、岸壁の上に聳える砦や、山中に建てられた城塞都市にそれを気づかされる。

以上、綺麗な写真で眺めるだけでも楽しめるが、その背景の歴史を思うと複雑な気分にもなる。それは今、ウクライナで起こっていることと無縁ではないだろう。