Gardianinho~polisherman diary~ -7ページ目

Gardianinho~polisherman diary~

サッカー・長万部・モノ

晩上好!

 

今日から中国は清明節。今年2018年は4月5,6,7が休みになっている。

 

私用が終わったので、初めて重慶に1ヵ月以上滞在している。

日本の食べ物が恋しくなる所だが、ここ数日、ある思いが頭の中によぎっていた。

 

「おいしいラーメンが食べたい!」

 

重慶小面や蘭州ラーメンがおいしいのはわかっているが、それでも食べたい。

という事で、今日は電車を乗り継ぎ、日本でもおなじみのあの店に行ってきた。

 

 

 

 

写真の向きが申し訳ないが、一風堂。

最寄りの小汁字(xiaoshizi)で6号線に乗り、紅旗河溝(Hongqihegou)で3号線に乗り換え観音橋(Guanyinqiao)で降りる。

4番出口から出て見える唐辛子のモニュメントを右手に抜けたところにある北城天街という大きなショッピングモールの3Fにある。

隣には寿司屋があり、更にほかのフロアにはユニクロ、H&M、ホリスター、アディダスなど、日本でもなじみ深いブランドが多いので、ラーメン以外にも楽しめる所でもある。

 

さて、一風堂は11時オープン。地図サイトには10時と書いてあったが実際は11時であった。

メニューを見ると、通常の白玉や赤玉に加え、期間限定で醤油豚骨“横浜家系”があった。

家系好きの私は迷わず注文。55元だった。

注文中に日本人とばれたせいか(麺の硬さを中国語で聞かれ答えられず。。。)、中国の日式ラーメンにありがちな、薄味ではなかったのは嬉しかった。

 

流石に麺までは中太麺とはならず、豚骨ラーメン用の細麺であったが、それ以外は具にほうれん草にのりと、忠実に再現されていた。

味自体は大満足である。次回の帰国までまだ1ヵ月以上。とりあえずラーメン禁断症状は出なくて済みそうだ。

 

 

毎日が目まぐるしく変わる3月だった。

 

まず、沖縄挙式。

金曜日の春秋航空で重慶成田の直行便。

台風影響による使用機到着遅れのため、帰国したのが22時前。

実家帰宅後は親と話す暇もなく翌日の準備。

土曜日は6時前には家を出て、8時頃のフライトで出発。

つまり、4時間睡眠状態で沖縄に向かう。

疲労と緊張のせいか、食べ物もろくに通らず、挙式当日を迎えた。

 

挙式にて牧師の方が話された「野口英世の母の話」は、我々の状況を踏まえて、考えてくれた言葉だと思う。

「かの野口英世の母は、はるか遠い異国の地で活躍する息子の無事を毎日毎日祈っていたという」

で始まった言葉は、心に刻まれる事になると思う。

 

虎舞竜の「ロード」ではないが、何でもないようなことが幸せなのだ。

仕事に行く間事故にあっていないか、

知らぬ間に無理して体調崩しているのではないだろうか、

心配しだしたらきりがないのだけれど、今は毎日寝る前に、嫁も俺も、無事に一日が過ごせたのだな、とベッドで思いにふけっている。

異国という不自由だらけの環境では、何気ない毎日が送れる幸せを、強く感じなければとつくづく実感する。

 

少し脱線したが、挙式は滞りなく終了した。強いて言うなら、料理が美味しかったため、ついつい酒が進み、最後のスピーチの時には頭の回転が悪くなっていたぐらいだ。

式の後に誕生祝でサプライズで花束を渡したのだが、持っておきたいと嫁が言い出し、押し花代で追加出費となった。大きい額だが、時に思い出を残すためにお金を使うことは悪くないだろう。

翌日は念願のA&W、沖縄そば、首里城、国際通りと無難な沖縄満喫をし、帰路についた。

ここでも飛行機が遅れ、成田についたのは予定より1時間後。京成線は最終列車だった。翌朝を考えて成田に安いビジネスホテルをとったのは大正解だった。

久々のビジネスホテルで6時間寝たら、すぐ出国。中国に戻って疲労が取れるまで丸1週間かかった。

 

つまり、3月2週目は疲労との戦いだった。とはいえ、月末に重慶ミニマラソンを控えた身。身体にムチ打って走り込みをするしかなかった。

 

3週目には、日本から役員が来場。週末に観光に行った。土曜日は近くの蒋介石の遺跡巡り。彼については初めて知ったが、近代中国史の中では重要な役割を持つし、中国の歴史に少し興味がわいた。

 

日曜日は世界自然遺産である武隆カルストに行った。

日本では考えられないような地形であり、その壮大な自然に圧倒された。

写真では伝わらない迫力なのが残念である。

 

さて、その翌日、風邪を引いた。鼻水が止まらないのである。次の週末にはマラソンであるというのに。

仕事から帰宅すれば、ネギ、卵の入った暖かいそばを食べ、酒を飲むこともなく寝た。

なんとかマラソンには間に合った。

 

さて、25日に開催された重慶マラソン。5kmのミニマラソンの部に参加した。重慶領事館主催のチームで参加したので、前日には壮行会が行われた。

領事館に足を踏み入れることなど今後まずないだろう。とても綺麗で、料理もおいしかった。

 

さて、マラソン自体は8時開始であり6時ホテル発と早起きで大変であった。

8字になっても、列が動かない。スタート地点から手前1km程、ランナーの行列なのである。最初の10分弱は全く動かず。スタートライン付近まで来た頃はさすがにジョグが出来るようになっていたが、スタートの写真を撮る人間の多いこと。渋滞の理由がわかった気がする。

さて、小雨の中の5kmは楽しかった。荷物を背負って走らなければならず、後半腕まで血が回らなくなったのを除けばだが。

途中領事館の女性に写真を撮ってもらい、わけのわからない応援集団とハイタッチしたり、楽しんだ。序盤、マラソンというのにコース幅ギリギリまで横断幕を広げ、行進していた集団には流石にビビった。こいつらマラソンでも何でもないやんけ、と。広告持ちの歩き人がたくさん居て、それをかわしながら走る必要があったので、トップギアで走れるまでは700m程かかった。

ゴール地点、電光掲示板で45分ちょうどでゴール。最初動けなかったのを考えると、28,9分ぐらいでゴールだと思う。

元々走るのは苦手な人間なのだが、これはこれで面白かった。早い遅いは別として、走るのを少し好きになった。

継続的に取り組もうと思う。

 

さて、月末には赴任して3ヵ月、ようやく1年のテーマが決まった。現地スタッフともコミュニケーションは少しずつ取れて来てるし、

現場も挨拶したら返してくれる。結果で恩返しできるように頑張らなくては。

 

さて明日から四月。生活にも少しずつ慣れてきたし(といっても完全は無理だろう)、仕事も私用も充実させたい一か月だ。

 

 

 

では

 

 

 

 

気付けば春節も終わりが近づいている。

 

いわゆる旧正月“春節”は中国人にとって大きな休暇の一つ。(もう一つは国慶節)

 

重慶の町並みは真っ赤に染まり、新年快楽が飛び交っている(中国語が合っているかはわからないがあしからず)。

 

私用もあって赴任しておきながら頻繁に日本に帰っている。

 

中国はマナーがな、と日々通関する一方で、日本ってこんなにひどかったっけ、と思う節がいくつかある。

 

電車乗り降りの際に降りる人を待たずに乗り込む老人、エスカレーターに広がって乗る若者(地域差はあるかも

しれない)、電車内で大声で会話する学生、、、

 

日本ってこんなに余裕なかったっけって思ってしまった。

 

海外から見る日本と、今現実の日本との差。これがすこしずつわかってくる。

 

自分も反面教師に、紳士にならなければ。

 

 

 

 

さて、冷蔵庫に入れておいた野菜が気付けば成長している。

中国の野菜の育て方が非常に興味深い。

 

では。

 

 

気づけば2月。

挙式を翌月に控えバタバタしているが、気づけば重慶に赴任しまもなく1ヵ月である。

 

ここ重慶、とにかく晴れ間が少ない。それが小さなストレスになっている。

元々は霧の街。朝は100m先が見えない日もある。ごもっとも、時々現れるPM2.5と

区別がつかないが笑

 

地下鉄にはしばしば乗るが、年末に重慶空港第3ターミナルからの地下鉄がようやく

開通し、交通の便が一気によくなった。(2018.2.1)

T3から私の住んでる最寄りの小好字まで1時間。今まではプラス30分かかっていた

のだから、これは大きい。

 

買い物は、思ったより不便は少ないが、それでも気になる点がいくつかある。

①玉ねぎが売っている店が少ない

 なぜか中国のスーパーで見つけるのは紫玉ねぎばかり。

②袋は有料

 買い物時の袋は0.2元。日本よりエコが進んでいるともいえるが、袋入りますか、

 の中国語がわからない自分にとってこれは難しい。最近はスーパーに行く際は

 レジ前で買い物袋をレジ店員に見せびらかしている。

③少し違う野菜たち

 人参も玉ねぎも、なぜか日本のものより細長い。人参はまずいような。。。

 

まだまだあるが、この辺で。

 

さて、今月は春節。明日は忘年会です。

 

PS ウイスキー(teachers)片手に書いていたらまとまりのないブログになってしまった。。

 

 

2017年もいよいよ終わり。

2年毎に訪れるオリンピックイヤーでもないので、サッカー観戦は例年より少なく、少し消化不良だ。

といっても、DAZNの出現で、いろんな試合のハイライトを見るようになったが。


さて、今年一年は、人生のターニングポイントと言うには十分過ぎる濃い一年であった。


まずは、結婚だろう。
この歳で結婚を決めると、周りからは早いね、と言われるが、良いと思った相手に出会えれば、年齢は関係無いと思う。
とにかく、今言えることは、結婚決めておいて良かった、ということである。
異動の時点でまだプロポーズしてなければ…と思うと、結婚はタイミングとはまさにこのことだろう、と思う。

もう一つ、大きなターニングポイント、海外赴任である。
この歳で、このタイミングで、と考えることは色々あるが、決まったことに口を出すのは弱い人間。全てが良い機会と思い、来年一年頑張ろう。


色々書きたいが、昼のフットサルが効いて眠い。
とにかく、身体を大事に、一年頑張ろう。