日本語を書くときに、「~することができます。」という表現は冗長なので、「~できます。」にするように、との注意書きをよく見ます。
ベルーガも、なるべくこの注意書きに従って、短く、簡潔に書くようにしていました。
しかし、ある時、1つの言語体系の中に2つの同じ表現があるのは変だ、きっとどこか違うに違いない、と思いました。
それは、次のような文を書いていた時です。
「○○(製品名)を選ぶことによって、お客様は、~~できます。」
なんとなく、感覚的に、この文章は次のように書いた方がいいような気がしました。
「○○(製品名)を選ぶことによって、お客様は、~~することができます。」
<違いはここにあった>
この違いは何だろう?
と思い、少し考えてみました。
「お客様は、」がキーワードのような感じがします。
似たような表現でよく出てくるものに、「○○(製品名)で~~ができます。」というものがあります。
これはこれで違和感はない。
ということは、動作主が「お客様」か、動作主を明示しないか、で違うような感じがします。
<選択肢があるかどうか>
そこで、調べてみると、「することができる」は、選択肢を与える場合に使われるとありました。
(https://jikobunseki-lab.com/surukotoga-dekiru/48/)
つまり、しなくてもいいけど、やってみたら~~ができます、ということ。
ということは、「お客様は、~~することができます。」は、お客様は、(○○(製品)を選ばなくてもいいけど、)選べば、~~できますよ、と言っている雰囲気になるということではないでしょうか。
お客様に対しては、「選ばない」余地も残しつつ、できることを表現する。
そんな時は、「~~することができます。」を使うといいようです。
<何でも禁止するのは良くない>
冗長だから、といった理由で使わない方がよい、と言うのは簡単ですが、本記事でご紹介したように、冗長表現が存在するのにも意味があります。
なので、「冗長だから、なるべく使わない方がよい」くらいにしておくのが無難かと思いました。
なんでもかんでも禁止してしまうと、表現幅が狭くなり、自由のない文になってしまいますからね。
ちなみに、前述のサイトでは、『「することができる」は、英語の「be able to do」を和訳したときに生まれた表現だと言われてい』るそうですが、どうなんでしょうね。