華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -13ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

テレビぶっ壊れて2週間ほど過ぎて感じたことなんだけど、あれだけ熱心に録画&円盤にダビングして観ていたドラマに対する興味が失せちゃったっていうか、何かどうでもよくなったわwww

元々オイラはケーブルで特定のドラマを観る以外はNHKのニュースしか観ない人間なんだけど、国内外の政治や経済といった世界情勢を伝えるニュース(在外邦人向けの日本語放送も含め)や天気を知るだけならBCLラヂオでも十分だから、そうなるとテレビって自分にとって言うほど必要じゃなくね?…なんて思い始めまして…( ̄^ ̄)

なので、ケーブルを即刻解約しちゃいましたwww

月々のケーブル使用料を払う必要が無くなって少しだけゼニが浮いたぜ(*´∀`)b

普段の生活の中でこういうちょっとしたキッカケで無駄を見つけ、改善していくことの大切さを再認識させられました。

まぁ…元々浪費癖がちょっと、いや“かなりある”私なので、なかなか自分自身じゃ気付かない無駄も多いんだなぁと。

てか、テレビを買う必要性も当分無くなったから、何か“生活の足しになるもの”、又は“文化的に豊かになりそうなもの”を近いうちに買いたくなったぞ?

物欲オバケ(笑)が顔を覗かせつつある今日この頃です。
父の日、何あげる?
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バッケンモーツアルト(←広島市のお隣、廿日市市にある広島有数の洋菓子店)のカラス麦クッキーの大容量缶詰を仏壇に供えてやりました。



父親は生前かなり甘党で、昔から糖尿気味で医者に甘味物を控えるよう言われていても「甘ぁもん食っていぬる(=死ねる)んじゃったら本望」と言って、腐って足首から先を切断する一歩手前になるまでなかなか食生活を改めなかったほど。

このバッケンモーツアルトのカラス麦クッキーは晩年のお気に入りのお菓子だったらしく、末期ガンでまともな食事がほとんど喉に通らなかった中で「カラス麦(クッキー)を食いたい」「買うてきて食わしてくれい」と、しきりにねだったらしく、ついに口にすることなく息を引き取ったとか(←泊まり込みをしていた母親の談)。

まぁ、そんな父親を不憫に思ったワケじゃないけど、今日は一応父の日ということで何となく気まぐれで、めんどくさいけど、時計屋と一六銀行に行くついでに隣の廿日市市にある本店に逆方向で遠回りして立ち寄り、焼き立て製缶ホヤホヤのヤツをわざわざ買うてきたワケですよ。

ちなみにこのクッキー、普段の私なら絶対に口に出来ない地味に高い贈答用のヤツで、その割に賞味期間が異様に短いちょっとした高級菓子。

舌ばかりはいっちょ前に肥えて無駄にグルメだった亡き父親の食べ物の嗜好にはつくづくゲンナリですが、まぁ、賞味期間が迫って“お下がり”になったら全部オレが食っちゃるけど(苦笑)
所用で隣町へ外出中。

そして休憩中。

↑このモーリスとこうして写真に収まる風景は今日で最後。ゼニをかけた割に出撃回数は2回、実使用は超短期間でほぼ引き出しの肥やしだったけど、まぁ、コイツには“いろいろ”あったからまぁ仕方がない……。これから最後の死化粧をしてお暇に出します。
一昨日(15日)、テロ等準備罪が賛成165、反対70で無事成立しましたな。

ちょうど一昨日は下界(都会)へ用があって出ていたけど、いつも以上にこの日は街頭演説やデモ集会、ビラ配りがそこら彼処で見かけ、随分熱を上げていたけど、まぁ昔から【反戦と反核は広島の華】【怒り(対決)のヒロシマ、祈り(対話)のナガサキ】だなんていう“褒め言葉”で言い表される地元広島では相も変わらず平常運転って感じ。

基本的に政治的無関心な層になるであろうオイラにしてみれば庶民がデモや座り込みでギャーギャー騒いだところでどうせ何も変わりゃしないと思うし、正直なところ時間や労力の無駄だよね…。

本気で政治を変えたい、反対派が言う所謂“共謀罪”を取っ払いたいと思うんじゃったら選挙に立候補して議員になって党を結成するくらいのことでもしなきゃこの国の現状は変わりゃしない。

それが出来ずにただ文句を言うだけならネットでボヤいてればいい。

あと、デモや集会に参加して共謀罪の対象になるのではと心配するくらいならそういったものに参加しなきゃいいし、黙って大人しくしてればいい。

たかが国から監視される、ポリに捕まる程度のことでヒビって活動出来なくなるような“生半可な覚悟”しかないなら…ね。

そもそも政治とは国や国民を豊かにするためのものじゃない。

政治とは本来、自分たちの命や生活、地位、利権を守るための階級闘争です。

アフリカや中東のような紛争地帯で繰り広げられる血で血を洗う戦争も広義の“政治活動の一形態”であり、日本のような生っちょろい平和的なデモではどうにもならない・悠長に言ってられないほど国民が飢えている(具体的には干ばつや高い失業率、水源や石油などの資源枯渇)、又は憲法や法律で国民の権利や自由が保障されていない圧制国家では武器を取って戦うことが自分や家族の命、権利と自由を守ることになる──そういった世界の実状を知ると政治とは統治する側・される側はまさに“命懸け”なんです。




まぁ、これはあくまで“極端な意見”とはいえ私の毒吐きに不快な思いをされる方もいらっしゃるかとは思いますが、自分が不利益や危害が及ばないようにと考えた時にじゃあ何が最善のトラブル回避になるか──それは【触らぬ神に祟りなし】…疑われるような事はしない、関わらない、近寄らない…コレが一番です。

それと何度も書きますが、テロ等準備罪はテロリストや犯罪者の共謀・準備を取り締まる法律であり、市民団体や労働組合などの真っ当な団体は当然テロ組織でも犯罪組織でもないから、まず取り締まられる心配はありません。

法律の趣旨や目的をちゃんと理解していない大多数の愚かなこの国の民は“現代の治安維持法”だなんて狂ったように騒ぐけど、本当にオマエらアホか?

政治とは関わり合いを持たないフツーの庶民がフツーに働いてフツーに生活してフツーにマジメな人生を送る限り、まず関係ない法律です。

あの自民党、政府にしては今回のこの法案を成立させた成果は私は評価します。

何かを守るためには何かを犠牲にしてでも、悪者扱いされようとも為さねばならないことがある──それをハッキリ態度(法案成立)で示したのですから。

もっと国や政府が率先してテロや犯罪の取り締まりを強化するための第一歩としてしっかりやってもらいたいものです。
3日前(9日)に起きた突然の(テレビの)お釈迦騒ぎ&ずっとコツコツ録画・ダビングしてた海外ドラマを録り逃してしまったショックを未だひきずっている南部廣洲。

そんなこんなで今日はリハビリに行く意欲もなく、サボっています←

オイラ、自分自身のこと(特に生活面)に関してはかなり大雑把&テキトーな人間だけど、その一方で自分の中でのマイルールや、ある特定の事柄や習慣に対する(病的に近い)こだわりが一つでも守れない・出来ないとそれがこの上なく苦痛やストレスになる、ある意味“完璧主義者”的な面もあるため、番組の録画失敗一つとっても私にとっては我慢ならないこと。

この傾向は子供の頃から変わらなくて、例えば、日めくりカレンダーを毎日千切るのが日課だった小学生の時、千切ってカレンダー側に残る紙の余白が右とか左に偏って残っていたらそれが気になって仕方がないとか、割り箸を割った時にキレイに真っ直ぐ割れないのが嫌で使う割り箸の切れ目に走る節見て厳選する(※節が真っ直ぐじゃないor真っ直ぐ割れなかった割り箸は一切使わない)とか、そういう普通の人なら何ら気にも止めないようなことに神経質になるみみっちいレベルの話です。

家人の者の勧めであっち系の内科に受診した時にこの話を医者にしたらあからさまに(゜◇゜)←こんな顔をされ、ADHDと人格障害(反社会性)と併せ“強迫神経症”の疑いも指摘されたので、まぁ…あながちそうなのかもしれません。

まぁ、私もこの歳になってADHDや人格障害を医者に診断されるまで自分にそういった自覚は全く無かったし、分かったからといってコレばっかりは自分にはどうしようもない。

やっぱり自分が世の中では社会不適合者の部類になるんだというのがハッキリして良かったような悪かったような──何とも複雑な気分です。

まぁ、そういうこともあって最近はあっち系の内科へ行くのを止め、周りの向ける奇異の目や評判なんて気にせず、自分はこういう生き物(個性・習性)なんだと完全に開き直り、残りの人生を生きていこうと思ってます。

そういう社会人・大人として至らない不完全な自分、世間一般の生活・行動様式に馴染めない自分、自分の抱えてる闇(病み)で生き辛さ・息苦しさを感じる自分も含めて“自分”だと思いますから。

四捨五入でアラフィフにもなってこんな事をグダグダダラダラ書くクズキワオヤヂをどうぞ笑ってやってつかぁさい。
小学生の頃好きだったお菓子、教えて?
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塩大福、饅頭、御萩(牡丹餅)、羊羹、落雁、求肥、金鍔──この手の和菓子が大好物だった。

てか、子供の頃に住んでいた長崎の壱岐は本土から離れた島だったから大きなスーパーがなかったし、今みたいにコンビニなんてものもなかった時代。

あるのは個人商店が数件と駄菓子屋が1件あるくらいだったので、選べるお菓子の選択肢が少なかったです。

ちなみに上記の和菓子は大抵は仏壇のお供えで、日にち(賞味期限)が来て下げられたらお下がりを食べるわけですが、今みたいにラップやフィルムでぐるぐるに包装されてるワケじゃないから線香を焚いた時の臭いが付いてて、お下がりを食べる時はもれなく“線香臭かった”んですよね(苦笑)

まぁ、それが離島の田舎では当たり前だったし、仏壇のお下がり以外はお盆やお正月に親族が集まった時に板チョコやミルクキャラ、か○ぱ○びせんがお小遣いやお年玉と一緒に振る舞われるくらいで、なかなか間食用でおやつなんて食べられなかった。

そもそも私は家庭の事情で祖父母の元で育てられてたし、2人とも私を育て養うために朝から晩まで畑仕事(どうしてもお金が必要な時は既に60を過ぎていたじい様が時折期間工として本土へ出稼ぎに行っていた)で共働きだから、子供ながら2人に気を遣ってしまってお菓子やおやつをねだることもなかったんです。

※父親が博打や女遊び、連帯保証人かなんかで借金をこさえて一時期極貧になった時期を除けば、母親がいない・父親が不在がちな私がみすぼらしい、ミジメな思い、同年代の近所の子供たちかはみもん(=仲間外れ)にされないようにと祖父母が相当見栄を張って良いトコのお坊ちゃんのような服を着させたり、ねだらなくて流行りのオモチャをよく買ってくれていたから、私自身は体感的に経済的に不自由を感じたことはなかった。

たぶんあの時、素直に祖父母にねだってればお菓子は買ってくれただろうし、リクエストすれば食べたいおやつも出たかもしれない。

ただ、自分が迷惑を掛けているせいで祖父母が苦労してしんどい思いをしているのに、自分がああだこうだワガママを言ってはいけないっていうのが無意識になって、良くも悪くも他人の顔色を気にする(気になる)性格、自分に向けられる視線には敏感な習性になり、本音を言えない・甘えるのがとにかく下手で不器用なあまのじゃくな子供だったと思う(←今もそういう面で昔と変わってないらしい)。

なので、和菓子を見ていると、そういう肩身の狭かった・居心地の悪かった幼少時代を思い出します。

好物だけど、何とも複雑な気分です。
ついさっき、録画のセット状況を確認するためテレビを付けようとしたら、いくらリモコンで電源ボタンを押しても画面が付かず「えっ?!えっ?!」と焦り、リモコンの電池切れかと思い、電池交換をしたのですがこれもダメ。

ならばテレビの本体側から電源を押してもうんともすんとも言わず…。

完全にお釈迦となりました…(泣)

確かコレ、7年くらい前にかつて所属していたサバゲーチームの同志たちが失業中で落ち込んでいた&金欠だった私の誕生日祝いに買ってくれた地デジ対応の液晶テレビ(三菱)──気が付けばもうそうなに経つのか。

つか、こんな時間じゃ修理を頼むor急きょ買い換えるにも下界(都会)の電気屋はとっくに閉まってるし、そもそも私はクルマが運転出来ない&クルマ運転出来るひよこ(従姉)も職場の食事会で不在……。

2年前から毎週録画&ダビングしている海外ドラマが……(大泣)

もう完全にオワタ……(血涙)
昨年の鳥取県中部地震で山口(岩国市)に避難中の鳥取のじいさんばあさんから電話が掛かってきたんじゃけど、何でも故郷の鳥取での生活再建をあきらめ、娘夫婦たちと山口で同居することになったとか。

向こうは昨日くらいから梅雨入りしたらしいが、こちら(山陽側の瀬戸内海)鳥取ほどジメジメしとらんで過ごしやすいんじゃと。

広島も今日明日あたりから天気が悪くなるから、梅雨入りは近い。





んで、そう思うて今日は曇り空の中、急いでジャガイモを掘った(←写真を撮る余裕がなかったけど、まぁまぁ出来とったよ)。

つーか、まだサツマイモのつるが若干残っとるから、これも植え付けとかにゃならんのんじゃけど、左手に握力が入らん&びっこ引きながらのノロマ作業だから今日はヘトヘトでそっちまで手が回らなんだ……。

挿し穂に切り揃えたサツマイモのつるは水を張ったバケツに入れて日陰に置いておけば1週間~10日くらいは平気だけど、それまでに天気の良い日が来ればいいんじゃが……。

まぁ、(道楽とは言うても)百姓は自然を相手してナンボの作業だから、こればっかりは天の気に任せるしかない。




鳥取のじいさんばあさん、これから暑うなるけど、穫れたジャガイモと茶菓子(もみじまんじゅう)は送っといたから食べてくれぇのう。

梅雨明けたら様子見に岩国へ行くけぇな。
昨日は夏バテ(←ハヤスギナイカ?w)でダウンして寝落ちしちゃいましたが、ジャガイモ(キタアカリ)を収穫する前にサツマイモ(鳴門金時)も植えた。

↑手前のがサツマイモ。奥が収穫間近のジャガイモ。

今年で109歳を迎えた我が家のじい様は4年ほど前に百姓を完全に引退してしまったし、私自身も足が悪くなってからは以前のように2町(※約2ha。1haは1万平方米)の畑をトラクターを使って作業が出来なくなり、今となっては旧自宅の裏庭にある8歩(≒0.24a強。1aは100平方米。10aで1ha)の半分程度を使う家庭菜園レベルに落ちぶれてしまった我が家…。

それでも私は百姓が心底好きらしく、麻痺で握力が弱くなった左手と鍬の柄を紐で括り付けてサポートし、健側の右手でしっかり握り締めながら植え付けの3週間くらい前から土起こし・畝立てをしておき、3日前から予め育てていたサツマイモのつるの挿し穂作り、そして今日は植え付けをました。

プロの農家さんにしてみれば私のやってることなんて“拙い仕事”かもしれないけれど、自分にとって百姓仕事は日々の食生活の足し・生活防衛の一環。

収入になる・ならないは別として我が家で消費する分にはこれくらいの規模で十分ですから。

貯蔵が利くものを必要な分だけ作り、食べ切るくらいがちょうどいい。

今年も例年通りの収穫になればいいですが、自然や植物を相手にする仕事(道楽?)だから何年と作り慣れた作物でもこればっかりは分からない。

故に百姓は“大変”じゃあるけど“面白い”のかもしりれませんが(苦笑)





もし、もっと早くに実家の農家を継いで、寂れた休耕地(田と畑を含め合計13h)を再び耕し、設備投資&人を雇って農場経営なんてのもやって頑張ってれば十分な収入ではなくても多少は生活の足しになったかもしれないと思うと、ちょっと残念だなぁと後悔する今日この頃です。