華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -12ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

どうも初めまして。

わたくしはこのブログの管理人と一緒に暮らしている親戚の者です。

緊急を要する内容につき

管理人に代わってわたくしがこのブログを一時的に預からせていただきます。




突然のお知らせですが

このブログの管理人は昨年の9月下旬

携帯電話、預金通帳、健康保険証などを残して突然失踪し

同年10月、警察への捜索願を出し、現在も行方を探しております。





書き置きなどは見つかっておらず

自宅には管理人が普段履いていた履き物が全て残されており

裸足で出歩いたことになります。





一方で失踪前日に携帯電話を解約されていたり

預金通帳の残高は無くなっているどころか

出所不明の大金(約500万円)が失踪の1ヶ月前に振り込まれており

振り込みから失踪するまで預金は全く手付かずの状態だったりと

管理人の失踪前後には不自然な点が多く

現在に到るまで目撃情報は何一つ無いため

何らかの事件・事故に巻き込まれた可能性も否定出来ません。





管理人は失踪前「生きている意味がない」「死にたい」と何度か漏らしており

ここ10年ほどはなかったのですが、過去に大量服薬や首吊りで自殺を図ったり

酔っ払った勢いでビルの屋上や橋桁の上に立て篭もって飛び降り自殺をほのめかし

警察が駆け付ける騒ぎを度々起こしており

仕事のストレスやアルコール依存症の影響で精神的に不安定だった時期があります。





近年は髄膜炎の後遺症で半身に麻痺が残って身体の自由が利かなくなり

追い打ちを掛けるようにADHD、反社会性パーソナリティ障害の診断

そして昨年は身内の不幸も重なって塞ぎ込み

精神状態が著しく悪化していました。





これまでの背景や状況から今回の失踪は人生に悲観した末

人目に付かない場所へ姿を眩まし、既に自殺した可能性が非常に高いと

捜索願を出した警察署の方は話しています。





自殺はしていなくても

時間の経過と共に、季節は冬を迎え

失踪時はおそらく半袖だったと思われるため

寒さ厳しい今の時期は野宿による凍死の恐れもあることから

親戚として、家族として、一刻も早く管理人が発見・保護されることを願っています。





管理人とSNSで交流のあった方で

失踪の動機や失踪後の行方に心当たりがありましたら

些細な情報でも構いませんので何卒御一報をお願い申し上げます。





《追記》

平成30年3月18日

イタズラ防止と不特定多数が閲覧するコメント欄におけるプライバシー保護の観点から

コメント欄は閉じていますが

メッセージは常に受け付けております。

誠に勝手ながら、御用の方はメッセージにてお願い申し上げます。
意味もなく生存報告。

あ、そうそう……シチズンのエコドライブを買って2週間が経ちましたが、まだ携帯での使用はしていない&連日の雨と曇り空でまともに光を浴びていなかったので、ここ数日天気が回復したことからこまめに引き出しから引っ張り出して窓際にて充電してる。


↑活躍の機会(仕事)もなく、日長窓の外をボーっと眺めて過ごす我が家の窓際族(笑)つーか、終身雇用・年功序列の会社システムがとっくの昔に崩壊し、使えないヤツは容赦なく“ニコポン”される今のご時世とあってか、この【窓際族】という言葉も最近はめっきり聞かなくなったね……。今は若者言葉(?)の【社内ニート】なんて言うらしいね。ちなみに、私は土方や工場勤務といった肉体労働系のブルーカラーだったから狭義の意味でのサラリーマン経験はない←





てか、全く触れてなかったけど、コイツは電波時計でして、購入して充電し、現在まで時計の精度を見ていたけど、永久カレンダーの【うるう年設定】と受信結果に対する実際の指針とズレていた秒針の【基準位置合わせ】をした以外、竜頭での時刻合わせは一切していないのですが、ホントにズレない!(驚)

ラヂオの定時ニュースや次の番組が始まる前の秒読みカウント、電波時計と同じくらい正確とされるスマホの時計機能ともピッタリ一致してスゴく気持ち良かった(小並感)

電波時計だから当たり前っちゃ当たり前ですが、普通のクォーツ式や機械式にはない“精密感”というか、その規則正しい秒針の運針、指示精度の高さは流石3万円越えのそれなりのお時計だと実感しました。

まぁ、そんな些細な話はどうでもええか。





しっかし……天気が良くなったとはいえ、こうもカンカン照りに暑いとなかなか外に出て…とはならんのうー…。

まぁ、嫌々通ってるリハビリ以外はほぼ自宅(敷地内)から一歩も出ないヒキコモリオヤヂだから天気の良し悪しは大して関係ないわなwww

まぁ、これといって予定もなく、正直暑くてダルいので、今日もジワジワと暑い自室(※)で涼しくなる夕方まで昼寝を決め込みます。

※私は昔から冷え性でエアコンや扇風機が全くダメなものでして、一人暮らしをしていた頃~旧自宅~現在の新居に移り住んでからも自室にはエアコンを設置してません。窓から入る風、団扇だけ、風鈴の音を聴いて涼を取る原始的なスタイルですw
今日は父親の7回忌の命日でした。


在り来たりな言葉ですが、6年は早かったような遅かったような、まぁ、よー分からなん。

父親がガンで死んだという知らせを母親から受けるまで父親がガンだったこと、入院してたこととか何も一切知らされてなかったし、それくらい父親と実家とは疎遠だった6年前。

ガン自体は10年くらい前に見つかってたらしく、私がしばらく顔も会わせなかった、私の知らないところで放射線や薬剤による治療はしてたようですが、年を追う毎に身体中あちこちに転移し、最後は目や鼻、口、耳、肛門と、身体中のありとあらゆる穴ボコから血を吹き出し、苦しみながら多臓器不全で死んだと、父親の最期を看取った母親とじい様から伝え聞いている。

そして放射線や抗ガン剤による治療の影響か、父親を焼き場で荼毘に付した後は骨がほとんど残らず、喉仏も拾えなかった。

それくらい身体中がボロボロだったんだろう。

父親は被爆者手帳持ち、後期高齢者一歩手前のいい歳だったけど、父親が死んで一番ショックだったのはおそらくじい様。

既に100歳を越えた、いつお迎えが来ても不思議じゃない自分より先に息子を亡くすことの不条理さや悲しさは相当なものだったに違いない。

父親の亡くなる前年に妻であるばあ様を亡くしたばかりでまだ悲しみが癒えていなかった時期に不幸が続きましたからね…。

私は晩年の父親とは仲が悪かったから、父親が死んだ直後は「ざまぁーねぇ」なんて思ってたから、家族や親族がパニクってる&シクシク泣いてる中で唯一私だけは気味が悪いくらい冷静さを保って現状把握をしていたから、粛々淡々と葬儀業者の手配と葬式の準備をし、父親を送り出したのは覚えています。

実の父親を亡くしたのに涙一つも見せず、まるでトラブルの事後処理を行う役所の職員のような事務的で冷淡な対応を平然とやっていた私は傍目には異様に映ったかもしれないし、今にして思えばあの時の私は異常だった。

でも、そんな私も父親を亡くして事の重大さに気付いたのは四十九日を終え、父親の入った骨壺を納骨する日。

自ら墓の石室に骨壺を納めようとした時、自然と目から一筋の涙が頬伝って骨壺に零れ、この時になってようやく自分は父親を亡くして“悲しい”という気持ちになりました。

そして危うく骨壺を手から滑らせて落としそうになって一旦骨壺を墓の脇に置いた瞬間、櫃を切ったように私は“わぁーっ!!”とその場で崩れ落ちて大泣き。

たぶん骨壺を1時間くらい抱いたまま座り込んで手放さず、納骨を拒否…──というより、父親の死を受け入れられない、父親の死を否定したいという一心で私は涙や鼻水、地面に頭や顔を何度も打ち付けて出血した自らの血と泥で顔をグチャグチャにし、わーわー泣いて全く動けなくなりました。

あの時の私は本当に酷い状態でしたよ。

あれから6年が過ぎ、今でこそ父の日などに父親が生前大好物だった地元で有名な高級洋菓子店の高価なクッキーの詰め合わせを気前よく、笑顔で仏壇に供えてやれるくらい落ち着きを取り戻しましたが、今でも最後まで父親と仲直りはしなかったこと、死に目に立ち会えなかったこと、結婚して孫を抱かせてやれなかったことが唯一心残り、後悔として残りました。

親孝行らしいことは何一つしなかった自分。

【石に布団は着せられず】──まさにそれですわ。

まぁ、今となってはどうにもならないこと、口にしても仕方がないことです。

↑形見分けの時に勝手に持ち逃げされ、危うく換金されかけたところを愚弟から奪還した父親の時計。18Kベゼル、サファイアガラス、ホーロー文字盤、青焼き針、と父親の遺品の中で数少ない金目の品。この手のコンビ時計は趣味じゃないから全く使うことはないけれど、たまにこうやって取り出し、秒針のステップ運針をぼんやり眺めています。
ラヂオを聴いてるんだけど、九州地方は相当荒れてるみたいですな…。

気掛かりだった長崎の壱岐も被害が出てるみたいだし、今年は本当に梅雨が荒れてます。

我が地元広島もここ一週間、嵐のような豪雨が度々発生し、スマホのエリアメール(?)とか自治体の防災メール、自宅に備え付けてる地域の防災報知器ま(防災無線)でガンガン鳴るのなんので、まぁ大変なこと。

5~6日に掛けては今のところこちらの地域では何ともないんですが、県北側の安佐北区とかそれより上の北広島町とか、更にその上の島根などの山間部、そして隣の山口や福山市では川が氾濫、農作物が流される、高齢者ばかりの一部地域で避難出来ず孤立してるとか、そういう様々な被害情報も入ってるから中国地方も他人事じゃないです。

九州地方、そして中国地方でもこれ以上の被害が出ませんように…。

そして早く梅雨が明けますように。

オイラの生まれ故郷、小学生まで育った長崎の壱岐もついこの間同様に記録的な豪雨で被害が出てるらしい。

オイラが小学生の時に家族と親戚で広島に移り住んだのも豪雨による土砂災害で被災したのがキッカケだったから、この50年に一度と呼ばれるような豪雨は少年時代に経験した土砂災害、そして3年に我が地元広島を襲った8.20土砂災害を思い起こされ、胸が痛くなる…。

中国地方でも被害は出てるけど、これ以上九州地方で被害が広がらないことを祈るばかり。

特に熊本なんて昨年の地震やら今回の記録的な豪雨で踏んだり蹴ったりで本当に気の毒。
賢者モードに陥ってます。

やっちゃったよ……。






ちなみに衝動買いしてしまったのはコレ↓

シチズンコレクション FRD59-2391





たぶん、時計に対して特に興味や関心がない世間一般の庶民(※ガラケーやスマホを持っている人)の感覚としてはこのクラスの時計は並の時計ちょっと高い時計の間くらいなんでしょうが、私の金銭感覚(所得レベル)では3万越えの時計は分不相応に高価な代物……。

万年金欠病の普段のオイラなら絶対にポンとは買えない。

ですがここ最近、リアルやネットでずっと嫌なことがあったり、日々の生活が鬱屈した気分だったし、更に実は少し前、よく使っていたセイコークォーツタイプ2のカレンダーが壊れてしまって傷心気味だったんでしょうな……。

それに加え、賃貸関係で取引のある下界(都会)の某地銀でアパートの建て替えに必要な融資に絡んだ大事な本契約があったこの日は“ちぃとばかり”酒を飲んでいた(※)。

※堅苦しい場が苦手&人見知りでコミュ障な私はこういう時には大体酒を飲んで臨むことが多い。

ハイになって気が大きくなっていたこともあり、ロクに頭も働いていない(冷静な判断力や正常な思考力も落ちた)状態でいつの間に某地場系百貨店の時計売り場にフラフラと足を運んでいて、事前の下調べや下見、試着もせず、時計売り場の姉ちゃん(←化粧がちょい濃かったからありゃ年増か??)に「コイツをくれ!と、ショーケースに陳列されたコイツを指差し、その勢いでこのシチズンの時計を買ってしまいました←





ストレスから解放されて安心したのか、帰りにまたコンビニでカップ酒、それとおつまみの大福を買い求め、原爆ドームの脇を流れる元安川沿いの雁木に胡座をかきながら大福と一緒にダラダラ飲み、それからタクシーを拾って帰った辺りまではおぼろげに覚えてますが、記憶はそこまで。

翌日(つまり昨日の3日)の朝、お外は清々しく晴れ、スズメがちゅんちゅん鳴く声で目覚めた私は窓際にこのシチズンの時計が置いてあるのに気付き、衝動買いしたあの日の夜を思い出し「嗚呼……やってしまった…」と後悔←

まぁ、買ってしもうたもんは仕方がない……。





んで、買った時点では動いていなかったコイツがちゃんと動くかどうかチェックするため窓際に置いてしばらく待ったのですが、見ての通り、今のところ不具合もなく元気に動いています。

念のため、3日の朝~夕方、最近は明るくなった19時まで約半日ほど日の光に当てました。

正確な充電量はもちろん、充電完了の合図もないから実際の充電具合は分かりませんが、まぁ、ちょくちょく充電してれば大丈夫でしょう……たぶん。

てか、試着も何もせずで買ったから私の細い手首ではブレスレットがブカブカで、このままじゃ使えないため、コマ調整をしなきゃなぁ……。





まぁ、全くの予定外、無計画な買い物だったから、実を言うと今のところ全く使うメドが立っていないため、この時計の機能というか、その挙動や精度を見るという意味でしばらくは“観賞用”として楽しんじゃろうと思います。

何だかんだいって新品で3万越えの時計を自分用に買うのはこの歳になって人生初←

衝動買いとはいえ、新品の時計はやっぱ嬉しいもんな!
こっちは凹んでる&悲しい気分になってる時に限って起業やら副業やら資格やらスピリチュアルやら、ワケの分からん業者の“いいね!”が多く押されてホント気分が悪い!

何でこういう迷惑な連中はブログから締め出されないんだ?
おはようございます。

書いてることが二転三転、支離滅裂、迷走暴走を繰り返している南部廣洲でございます。

昨日の記事からまたじっくり考えたのですが、今後はより一層、“独り言”を細々と書いていくことにしました。

……と、言っても、あれだけ鬱々とした暗い内容ばかりの記事、そしてブログを辞める・辞めないで騒いできたのだから、今更誰もこんな記事を読む者などもう居ないだろうから、こんな“お知らせ”も形式だけの無駄なもんなんだけどな。

まぁ、これからは完全に日記帳(もといホントの意味でのチラ裏)としてしかブログの利用を考えていないし、これまで積み上げてきたものを捨てていく覚悟で“恨み辛み書き殴りチラ裏備忘録雑感帳”として再スタートを切ろうと思います。





もう私はリアルでもネットでも人の輪に入っていく自信がないし、自分のアクションに対する周囲の視線や反応が怖くなってしまったし、正直、誰かと関わり合いを持つことが疲れたし、嫌になりました。

どうせ誰もオイラがずっと抱えてきた苦しみや辛さ、悲しさ、寂しさなんて分かってくれないし、それを分かってもらおうという意思表示すらも諦めてしまいました。

「だったらいつまでもアメブロに居座ってないで何故辞めないんだ」と思うだろうけど、本当に居場所や行き場が無い俺なりの世間に対するささやかな“抵抗”だと思ってるし、クズキワオヤヂなりにも“意地”ってもんがあります。

ネットも安住の地ではないとはいえ、リアルじゃ言えない自分の“本音”を叫べる場所、何もない空っぽな自分が唯一ハッキリとした“生”を実感出来る場所、生きがいのない自分が生きがいの“代替”としている場所、自分という“人格”を自己分析して客観的に“表現”することが出来る場所はネットの中のSNSしかない自分です…。

根暗で虚しいキッモいオッサンだと思うだろうけど、私が精神的に縋れるものは他にはないです。

「人生辞めたい」「死にたい」とか言いつつも死ぬだけの気力や度胸もなく、こうして未練タラタラにSNSに居座り続けるこんな生きるだけ無駄な歩く産廃のクズキワオヤヂをどうぞ笑ってやってつかぁさい。





さて……虚しい自分語りをダラダラと書くのも疲れてきたから、ここいらで止めときます。

紙面…いや、サーバー(?)の容量の無駄だし。
予約投稿。

どうもこんばんわ。

この前の記事でコメを下さったアメンバー様、どうもありがとうございました。

記事を書いてからそれ以降、パソコンもスマホも一切覗いてなかったので、コメの承認前の段階で放置してましたが、先程ちゃんと読ませていただきました。





んで……あれからいろいろ考えましたが……あまり、いや、全然答えが出ないです。

ブログを辞めるのか辞めないのか…それもですが、それ以上に自分に残された今後の人生とか何とか…。

自分は何をしたいのか、何をすればいいのかとか、考えても考えても何も浮かばない。

完全に思考停止。

まだこうしてブログに愚痴を書き殴る気力があるだけマシかもしれないけれど、それだって何の解決にもならない。

ウマシカなオイラでもそれくらいは分かってる。

分かってるんだけど、それ以外、何のやる気も起きないのだからタチが悪い。





まぁ、どちらにせよ、今後のブログについてもまだ本当にどうするのか何も答えが出ていないし、リアルでの自分も今後はどうするのか考えなければならないので、引き続きブログは放置です。

一方通行で申し訳ありませんが、今は考えがまとまらない、まともに思考が働かないでいますので。





追伸…

この記事から約12時間後にコメやメッセの受付を閉じます。





2017/07/01…

加筆修正。コメ、メッセを再開。