一昨日(15日)、テロ等準備罪が賛成165、反対70で無事成立しましたな。
ちょうど一昨日は下界(都会)へ用があって出ていたけど、いつも以上にこの日は街頭演説やデモ集会、ビラ配りがそこら彼処で見かけ、随分熱を上げていたけど、まぁ昔から【反戦と反核は広島の華】【怒り(対決)のヒロシマ、祈り(対話)のナガサキ】だなんていう“褒め言葉”で言い表される地元広島では相も変わらず平常運転って感じ。
基本的に政治的無関心な層になるであろうオイラにしてみれば庶民がデモや座り込みでギャーギャー騒いだところでどうせ何も変わりゃしないと思うし、正直なところ時間や労力の無駄だよね…。
本気で政治を変えたい、反対派が言う所謂“共謀罪”を取っ払いたいと思うんじゃったら選挙に立候補して議員になって党を結成するくらいのことでもしなきゃこの国の現状は変わりゃしない。
それが出来ずにただ文句を言うだけならネットでボヤいてればいい。
あと、デモや集会に参加して共謀罪の対象になるのではと心配するくらいならそういったものに参加しなきゃいいし、黙って大人しくしてればいい。
たかが国から監視される、ポリに捕まる程度のことでヒビって活動出来なくなるような“生半可な覚悟”しかないなら…ね。
そもそも政治とは国や国民を豊かにするためのものじゃない。
政治とは本来、自分たちの命や生活、地位、利権を守るための階級闘争です。
アフリカや中東のような紛争地帯で繰り広げられる血で血を洗う戦争も広義の“政治活動の一形態”であり、日本のような生っちょろい平和的なデモではどうにもならない・悠長に言ってられないほど国民が飢えている(具体的には干ばつや高い失業率、水源や石油などの資源枯渇)、又は憲法や法律で国民の権利や自由が保障されていない圧制国家では武器を取って戦うことが自分や家族の命、権利と自由を守ることになる──そういった世界の実状を知ると政治とは統治する側・される側はまさに“命懸け”なんです。
まぁ、これはあくまで“極端な意見”とはいえ私の毒吐きに不快な思いをされる方もいらっしゃるかとは思いますが、自分が不利益や危害が及ばないようにと考えた時にじゃあ何が最善のトラブル回避になるか──それは【触らぬ神に祟りなし】…疑われるような事はしない、関わらない、近寄らない…コレが一番です。
それと何度も書きますが、テロ等準備罪はテロリストや犯罪者の共謀・準備を取り締まる法律であり、市民団体や労働組合などの真っ当な団体は当然テロ組織でも犯罪組織でもないから、まず取り締まられる心配はありません。
法律の趣旨や目的をちゃんと理解していない大多数の愚かなこの国の民は“現代の治安維持法”だなんて狂ったように騒ぐけど、本当にオマエらアホか?
政治とは関わり合いを持たないフツーの庶民がフツーに働いてフツーに生活してフツーにマジメな人生を送る限り、まず関係ない法律です。
あの自民党、政府にしては今回のこの法案を成立させた成果は私は評価します。
何かを守るためには何かを犠牲にしてでも、悪者扱いされようとも為さねばならないことがある──それをハッキリ態度(法案成立)で示したのですから。
もっと国や政府が率先してテロや犯罪の取り締まりを強化するための第一歩としてしっかりやってもらいたいものです。